月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

46 / 128
天才の着眼点

 技術開発部の責任者によれば、チャドウィックのプロジェクトを視察する際に、私の同席も可能であればお願いしたいという言伝を、スクリューガムから預かったらしい。この数琥珀紀の間に、私たちが作り上げた勢力とヒスイノ自体の知名度は急速に上がっている。チャドウィックが言うように、豊穣の民がカンパニーと協力していることに物珍しさがあるのかもしれない。何にせよ、向こうから話す機会を作ってくれたのはありがたいことだ。

 私は、今まで見たことがないほどに高揚しているチャドウィックを横目に、スクリューガムが私に求める物を考え続ける。

 

 

 そして伝えられていた視察の日。機械生命体の王は単身宇宙船から降りてきたようで、研究施設前にその姿を現した。黒いシルクハットを被り、機能美と凝った意匠のバランスが取られた衣類に身を包んでいる。細身の機体でありながら、統治者としてのオーラと絶対的な才能の開きを感じさせる。

 彼は技術開発部に連れられ、チャドウィックと私に対面した。チャドウィックが開口一番に礼を言い、スクリューガムは、その聞き心地のよい機械音声を発して返す。

 

 

「スクリューガムさん、星間航路プロジェクトに興味を持っていただけて…私と私のチームはとても光栄です。私がチームを代表して、感謝申し上げます。」

「チャドウィック博士、感謝の必要はありません。貴方が解明してきた理論の数々が実際に形となった――幾千万の命を救うプロジェクトを拝見したいと考えたのは私の方です。…そして横にいらっしゃるのが、クゥアン・フェンさんでお間違いないですか。」

 

 

 片眼鏡越しに、スクリューガムは私の体を見て尋ねてくる。私は頷いた。

 

 

「はい。この施設並びに惑星群の管理を行っている、狂风と申します。こうしてお会いできることを心待ちにしていました、スクリューガムさん。」

「貴方の組織した「抗う者」は、星海中の危機を取り除いていると聞いています。ですが私が貴方にお会いしたいと伝えた訳は、別の事柄によるものになります。結論:博士のプロジェクトとは全く違ったお話になりますので――また10システム時間後に質問をさせてください。」

「…ええ、その問答であなたの疑問が解消されればいいのですが。」

 

 

 スクリューガムはチャドウィックの方を向き、頷く。

 そしてチャドウィックはいつも以上に表情筋を動かし、自身の理論を話しながら研究施設においてどこまで開発が進んだかを彼に説明していく。無機生命体には表情が存在しないが、スクリューガムの物腰柔らかな返答から温厚かつ紳士的な在り方は分かる。また開発製品に対する疑問点を次々に尋ねていく姿は、純粋に知的好奇心を刺激され、それを楽しむ学者そのものだった。

 

 

「この実験室における、虚数理論の応用は革命的だ。現時点で、数琥珀紀分は理論の発展が見込めるでしょう。質問:打抜き機構における、自動歯車FDB1057からFDB1840まではどのような機能補助があるのでしょうか。」

「やはりこの可動部分に目を向けられると思っていましたよ!この補助があることで、試作機26号機と比較し、虚数エネルギーの分断距離が、2.57%伸ばせるのです。これによって装置の小型化が進められました――」

 

 

 チャドウィックが解き進めた理論の論文を、博識学会や本人からもらい、この開発製品についても理解を深めたつもりだったが、断片的にしか彼らの会話を理解することが出来ない。先進的な理論を凡人が噛み砕くには、時間をかけなくてはならないのだ。幸い、彼らの会話は音として認識できているので、記憶の中から引っ張り出してくることは可能だ。

 この場で私が行うべきは、天才たちと少しでも接点を作ること。聞くところによると、「天才クラブ」のメンバーは並外れた知性を持つが、人に興味がない者が多いらしい。だがスクリューガムとチャドウィックからは、対人関係に淡白な印象は受けない。そうでなくてはカンパニーと協力などできないだろう。一部のメンバーは話が通じて、その内の一握りが目の前の二人なのだ。

 

 専門的な話ではないときは会話に参加し、その思索の深さを読み取る。二人の天才の問答による濃密な時間は瞬く間に過ぎ、スクリューガムが言った10システム時間がやってきた。

 

 

 チャドウィックは額を拭い、晴れやかな顔をしている。別の領域とはいえ、自身と並び立つ頭脳と技術を持った人物と話せたのは、彼にとって喜ばしいことだったのだろう。二人は同じ時間を共有したことで打ち解け、崩した呼び方で話す。

 

 

「チャドウィック、このプロジェクトの成功は、星海全体の文明レベルを大きく引き上げることでしょう。貴方の頭脳が兵器に使われなかったことに、私の感情中枢は深い安堵を示しています。」

「ああ、スクリューさん。プロジェクトの凍結は第三者が行ったものですが――このヒスイノ-Ⅷで研究を進めることで思いました。破壊兵器が「壊滅」の勢力に打撃を与えられるとしても、その被害は甚大なものになる。美しい自然も人も、破壊では守ることが出来ないのだと。」

「…貴方は、環境に感化されたのですね。有機生命体の思考は柔軟で、実に興味深い。」

 

 

 チャドウィックが力説し、私の方を見る。ヒスイノの環境は、多くの人間種に心身の健康を与えられるよう開拓を行った。天才であっても彼は人間だ。理論の解明と開発で凝り固まった体もほぐせたようで、私は研究施設の提供を行ってよかったと心から思った。

 

 

「チャドウィック、また訪問させてください。貴方のプロジェクトの成功をこの目でみたいのです。」

「もちろん、お待ちしていますスクリューさん。」

 

 

 スクリューガムは、チャドウィックから多くの知見を得たようだった。再訪の約束を話し、彼は研究施設を離れる。カンパニーの見送りを丁重に断り、私に同行を願った。

 そしてスクリューガムは、提示した時間丁度になると私に話しかけてくる。

 

 

「お待たせしました。ここでは人通りが多いですから、私の宇宙船の中で質問させてください。貴方の体躯であっても、問題なく入ることのできる大きさです。」

「分かりました、ついていきます。」

 

 

 夜の闇に私の白いフードはよく目立つ。だがヒスイノ-Ⅷと周辺惑星での公務について、予め現地の深緑の騎士たちに通達しているため、驚きの目で見られはするが、人は流れていく。

 この惑星群の人口割合は人間種やオムニックが多いが、豊穣の民もいる。この四琥珀紀分の実績の積み重ねで、ヒスイノの民と侵略行為を繰り返す豊穣勢力とは明確に区別されるようになったため、昔のように全身を外骨格で覆うことはなく、特徴的な装甲や装飾品を見える位置につける形に変わっている。

 

 スクリューガムは道行くオムニックに対しカメラアイを追わせているようで、時折頭部の顎部分に拳を当てて思索している。彼からはまだ質問内容を聞いていない。私は彼の発声場所からどのような言葉が飛び出してくるのか、頭を回転させながらついていく。

 

 歩いて十数分。停船場へ着く。

 スクリューガムは宇宙船の扉に認証キーを使い、白一色の空間に案内される。私は入口のみ屈むと、実体化した席へと促されるまま腰を下ろした。

 

 

「宇宙船までお越しいただき、ありがとうございます。クゥアン・フェンさん。」

「私の知っている範囲であれば何でもお答えします。」

「それでは失礼します。…私は貴方の発展させてきた多種族国家において、ケイ素生命体が多数加わっていることを知りました。そして、どの惑星のオムニックとも違う型をしていることも。疑問:ヒスイノのケイ素生命体は独自の技術手法で作り出された機械なのでしょうか。」

「私の知る限りではそうです。オムニックを作る技術は、旧文明から得たもので、惑星で生き残った最後のオムニックと共に数を増やしてきました。」

 

 

 私はヒスイノの名前を知る前、陥落地であった頃の記憶を思い起こしながら話す。復興初期の二つの惑星から、機械生命体と狼は手を取り合ってきたこと。その詳しい説明を彼にする。

 スクリューガムは私の話を聞きながら思考を巡らせているようで、言葉を続けた。

 

 

「追加の質問:クゥアンさんの言う、オムニックの生産技術について、大まかな仕組みを教えていただけませんか。」

「最初に素体を作ってから、思考回路に独自の電気信号を加える手法です。ヒスイノの技術者が旧文明の文献を整理して、技術の再現はできていますが、その方程式については未知の部分が多いです。詳しい文書は、ヒスイノ-Ⅰに保管されています。」

「ありがとうございます。」

 

 

 スクリューガムは再び黙り込み、しばらくしてから言葉を発する。

 

 

「…私の仮定が正しければ、それは私が長年取り組んできた――ケイ素構造体がいかにして「生命」としての進化の火を燃やせるのか、その答えに近づける技術である可能性が高いです。」

「スクリューガムさんの探し求めていた答えが眠っている…。」

 

 

 そのような秘密が旧文明には隠されていたのだろうか。

 私は記憶をさかのぼり、セピア色の情景を鮮明にしていく。かつてあった工場。内壁に残った爪痕と銃痕。狼は銃を使わない。私はあの時、オムニックの原住民が抵抗した名残りだと納得した。だがスクリューガムの言葉を聞いて考え直す。本当にそうだったのか?ただの想像だ。

 

 あの銃痕は、歩離の民が来る前からあったのではないか?

 

 スクリューガムは頷き、指を一本立てた。

 

 

「提案:クゥアン・フェンさん、取引をしませんか。残された文献と貴方が私に望むものの、等価交換について。」

 

 

 

 スクリューガムは、私が教えたヒスイノ-Ⅰの位置座標に向けて宇宙船を動かす。宇宙船全体が高度なAIによって制御されているため、簡単な手順で自動操縦へと切り替わった。

 私はヒスイノ-Ⅰにいる責任者に連絡を取り、ヒスイノ-Ⅰのみで使われているデータベースへのアクセスがいつでも行えるように伝えた。

 

 私は、その文献の価値をスクリューガムが判断した後で、実質的な交渉を行うことにした。

 スクリューガムに、私は「壊滅」の使令について話した。「鉄墓」という名の絶滅大君についてである。鉄墓は機械科学技術の発達した惑星を攻め落とし滅ぼすことに重きを置いている。そのため機械生命体にも例外なく降りかかる災厄になるのだ。

 だが機械生命体の中でも頂点に達する頭脳を持つスクリューガムならば、この災いの影響を減らせる。彼の力を少しでも借りるだけで、対処ができず救助活動もままならなかった惑星群に手を伸ばせるはずだ。

 私は、旧文明の知見がスクリューガムの既知でないことを祈った。

 

 

 ヒスイノ-Ⅰに到着してから、私はスクリューガムに情報がおさまっているデータベースにアクセスしてもらう。旧文明の情報については画像として見られるものは破損しているため、実質オムニックのみが圧縮されたそれを読み取ることが出来る。

 スクリューガムは体を動かさず、一点を見つめている。膨大な情報を置換しているようだ。彼の頭部から音が鳴っている。

 

 彼をしばらく見ていると、指が動いた。そしてスクリューガムは深く首を傾ける。

 

 

「…データ解析完了。クゥアンさん、情報閲覧を許可してくださりありがとうございます。」

「どうでしたか。」

「解析結果:ヒスイノ-Ⅰの旧文明は、一部偽装されていました。私がオムニック星IXで現在も行っている模索に似ています。」

 

 

 スクリューガムは話す。私たちの星にいるオムニックが解明できていなかった情報の裏側を。ヒスイノ-Ⅰは名前の記されていない「天才」によって作られた天体であった。オムニックの起源を知る者。その何者かが作ったシミュレーションの一つ。

 ヒスイノ-Ⅰにかつて置かれたオムニックは、自分たちの歴史を巧妙に創作され、与えられた独自の技術を使って文明の発展を行っていたのだ。星海に散らばった、機械生命体を形作るための技術の集合体。それが旧文明にはあった。

 

 

「――結論:いただいた情報は、大きな価値がありました。貴方がヒスイノを発展させていなければ、この情報は失われていました。貴方の望む鉄墓への対抗に、助力しましょう。」

「…よろしくお願いします。」

 

 

 スクリューガムにとって、ヒスイノの文献は想定以上の価値があったようで、私の望むものに二つ返事で答えてくれた。私は降って湧いた幸運を噛み締め、スクリューガムの手を取る。

 

 

 その後、私はスクリューガムと協定を結び、「抗う者」の救助活動は更に効率的になる。また私個人は、二人の天才との繋がりを保ち、その圧倒的な頭脳の恩恵を少なからず受けることができるようになった。

 ヒスイノの民が、星海を自由に駆けられるように。この抽象的な願いへ、私はまた一歩近づく。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。