月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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犀犬猟群

 琥珀2155紀。同じ志を持った組織がまとまりきったこと、天才二人との関わりを持つことが出来たこと以外にも、大きな出来事が起こる。私たちの行く末を決める転換点である。

 

 戦首の統率と「紅月」を同時に失い、かつての勢いが削がれ続ける歩離の猟群。戦乱の世から逃れるため、ヒスイノに身を寄せる狼も未だいる中、ほぼ同時期に二つの組織が生まれ出た。

 一つは、力を見せ台頭した猟群。もう一つは、戦場に現れ死者を弔う僧侶の集団だ。

 

 狼として諜報や純粋な戦闘力、戦術など、様々な形の武器を磨き続ける白狼猟群は、歩離の民の情勢に最も詳しい。私の師匠を知っていた統率者の孫世代に当たる、三代目の白狼可汗が私に情報を流した。その集団はどちらも、私に面会を望んでいると。

 ヒスイノに所属しない狼の多くは古き歩離を重んじ、敵対的な態度を取り続けるというのに、話がしたいとは。三代目白狼可汗から詳細を聞けば聞くほど、二つの集団が特異であることを感じさせる。

 

 私は公務の空きを作り、二つの集団の長と直接会うことにした。まずは若き猟群、犀犬猟群と名乗る集団からだ。巧みな交渉力で繋がりを持ったという白狼可汗が仲介人となり、面会の時間を捻出する。

 そして私は、集団として数のいる各種族から一人ずつ出してもらい、計九人の書記を連れて器獣に乗った。

 

 九人に書記が増えたのは、単純な人口増加が起こったからだ。狼、狐族、人間種、オムニック、慧駿、造翼者の六種族を基本として、豊穣に未来を見出した仙舟人、持明族、それと他の動物的特徴を備えた豊穣の民もヒスイノに定住するようになったのだ。

 仙舟では長命に関わる全てを見せたがらない。だがひそかに外部へと逃れる者は追うことが出来ない。持明族はヒスイノで新たな龍種が次々に生まれていることを人伝に耳に挟み、一人また一人と私たちの惑星に迎えられる。

 また新たに加わった豊穣の種族については、一大勢力を築けるほどに数が多いわけではなく、多種族の集まりが一人代表として出席するようになっている。今回は上半身が人間で下半身が蛇の、虺種が選出された。

 

 

 私は船の中で、今回訪問する特異な猟群について考える。犀犬とは、歩離の言い伝えにおける、無敵の防御力を誇る神獣の名前である。まだ獲物の血が流れる様を知らなかった幼き頃、この神話に憧れを持ったものだ。

 私たちが、歩離の生物科学技術と他星の技術を融合させて、半生体鎧を中心に開発しているのに対し、犀犬猟群は冷たい鋼鉄科学を扱うらしい。

 

 また犀犬猟群は私たちと同じように、惑星を拠点として活動しているようだ。こういった特徴も、遊牧民として特定の拠点を持たない狼の生活様式から外れている。私はまだ会ったことのない創設者に対して親近感が湧いた。在り方はまだ不明瞭ではあるが、新しい歩離を興す狼が私の他にも現れたことに喜びすら感じる。

 

 毘舎闍という名前の惑星で、猟群の主は待っている。私は器獣の中から猟群の暮らしぶりを眺め、白狼たちが駆る器獣に先導されて地表に降り立った。

 

 

 白狼可汗と部下の白狼たちが合流した。白狼可汗はぶっきらぼうな口調で、私に言う。彼女の心臓には、初代から託されてきた欠け月が入り込んでいる。三代目も含め三人分の知識と経験があるため、対面で会う機会こそ少ないが、会うたび師匠の同志の面影を感じさせる。

 

 

「緑翠猟群の主様…いや、もう猟群で括れる大きさじゃないか。狂风さん、ついてきてくれ。…戦闘の準備も忘れないようにな。」

「…何?面会とは形ばかりの罠ということか?」

「いいや、罠なんかじゃない。あんたに対しては友好的に振舞うだろう。…おそらくな。だが俺らの猟群と奴らは交戦した上で引き分け、お互いの間に協定を結んだ。根っこは俺たちと同じなんだよ。」

 

 

 白狼可汗はため息を吐き、会うことが億劫そうに言う。まだ50歳だというのに、くたびれた様子だ。猟群同士のにらみ合いは疲労がたまるのだろう。二代目は欠け月を託した狐が若すぎるように思えるが、それだけ彼女は長として優秀なのだ。私は、40年ほど前の小さかった三代目を思い起こす。

 

 

「ああ分かった、用心するとしよう。…後この面会が終わったら、ヒスイノで飯でも食べていくといい。まだ若いのだから、こちらに頼っても良いのだぞ。」

「おじさん…いや、今は仕事中だ。気を張っているんだから、そういったことは後で言ってくれ!」

 

 

 私は白狼可汗並びに白狼猟群の皆や、ついてきてもらったヒスイノの書記たちと雑談しながら、歩を進める。対談の前に体が固まっていれば、終わった後の疲弊はより大きくなる。それに私の心の中には絶対の自信がある。いざというときはここにいる全員を守れると。年々体内エネルギーを増やし成長している実感はあるため、狼が総出でかかってきても返り討ちに出来る力は持っている。

 

 

 歩いていくと、狼と人型の集団が私たちを出迎える。鉄の外骨格に身を包み武装した兵士だ。人型はおそらく狐族だろう。この猟群は狐族との融和も進んでいるのかと、私は兜の奥で驚きの表情を作る。集団の内の一人、人型の鎧を着た男性が頭を下げて言う。

 

 

「只里古可汗がお待ちです。我らが師、狂风様…屋敷の奥にご案内します。」

「…随分と私を買ってくれているようだな。」

「それは勿論のこと。貴方様が狼の未来を示したことで、わが主はこの猟群を作るまでに至りました…。」

 

 

 道中、案内人のことを聞く。彼は叱力延という名前であり、この猟群において最高武官、大夷離菫の位まで昇りつめたのだという。彼の出自は戦奴であり、只里古可汗に買われることで犀犬猟群に加わったという。単純な肉体強度以外の強さを重視するのは、歩離の中でもある文化だが、真の意味で出自を問わないのは珍しい。

 犀犬猟群の主は、やはり柔軟な思考を持っているようだ。ますます話すのが楽しみになってきた。

 

 

 屋敷の最上階にまで辿り着き、扉が開けられる。そこにいたのは、猟群の長にしては細身の狼だった。

 犀犬猟群の主、只里古可汗。野心に目を光らせた狼が口元だけを和らげ、私たちを出迎える。

 

 

「ようこそ毘舎闍へ。私は只里古。ずっとお会いしたいと思っていましたよ…。」

 

 

 

 只里古可汗は、同行者に対して用意していた人数分の席へ、私を大きなソファへと促した。装飾の派手な内装を視界に入れながら、白狼可汗の後、私からも挨拶をする。狼同士の交渉での口調は、多少荒くするが礼儀は忘れない。同格以上だからこそ、へりくだった口調にすれば隙が出来ることを理解しているからだ。

 

 

「只里古可汗、私もお会いできるのを楽しみにしていた。今日はどちらにも価値ある会談にしたいと考えている。よろしくお願いする。」

「ははは…!白狼の群れと手を組んだ利は確かにあった!ここに貴方様をお呼びしたのは、交易のためもありますが…ただ一目そのお姿を間近で拝見したかったのですよ。」

 

 

 只里古可汗は「外骨骼動力鎧」と名のついた鎧を見せながら話し始める。奇しくもヒスイノで装甲が開発される際、初期段階で付けられていた名称だ。

 

 第二次豊穣戦争後に生まれた彼は、歩離の多くが忌み嫌うヒスイノの装備に憧憬を抱いたのだと、爛々と目を輝かせて言った。元来の虚弱な体を補うためには外骨格こそが必要だと考えており、人間種であっても狼を圧倒できる深緑の鎧は彼の考案する鎧の手本になったという。

 また只里古可汗には、豊穣の使令と対峙しその力の一部を喰らった私を見たいという考えもあった。彼は猟群を立ち上げるとき思ったそうだ。狼の古訓に反していたとして、歩離の民の中で最も力があるのは、ヒスイノの主であると。ならば新しきを行くことこそ、強さを得られる効率的な手段だ。

 

 技術者や研究者よりの考えではあるが、こちらを何が何でも殺したいという敵意は全く感じられない。話を聞いているとヒスイノの考え方を少なからず取り入れているらしく、それが考えの根幹にも至っているようだ。

 彼には単純な好奇心と戦闘意欲だけがある。

 

 

「貴方の理念は、確かに狼とかけ離れている…だがそんなことはどうでもいい。私たちの技術で、貴方に爪が届くか。そして深緑の鎧と、犀犬の動力鎧…どちらが優れているか。是非試したい…!」

「腕試しというわけか。その純粋な闘争心は好ましい。そちらの準備が済んだら、すぐにでもやろう。」

「やはり、話が分かるお方だ。…大夷離菫を動かせました。では交易について、移らせていただきましょう。」

 

 

 私は書記に目をやり、言外に誰が協力してくれるか尋ねる。すると九人の内、狼と狐族が私に分かるように合図をし、鎧兜のフェイスガードを降ろした。

 只里古可汗側も、傍で待機させていた官吏に指示を出す。農耕や鍛冶などに力を入れているとのことだが、動力鎧を上手く扱える人材も多くいるのだろう。

 交易内容について話している間も、闘争の熱気が絶えず室内を循環していた。

 

 

 交渉事は一旦終わり、双方の利益になるように協定が締結される。基本は白狼猟群と同じで、互いの本質的な行動には不干渉を貫き、物資の輸出入を行う。犀犬猟群は防衛の際にしか戦闘行為を行わず、物品や金銭の交渉によって群れを持続させているので、潰し合う状況には陥らないだろう。

 しかし、巨大な猟群に成長しているので、末端にまでは目が届いていないらしい。もし私たちに不利になる状況を末端の者が作り出したときは、躊躇いなく殺してもらって良いと、只里古可汗は冷たい笑みを浮かべた。端々から見える狼の長らしい合理的な冷徹さを、私は懐かしく感じる。

 

 私たちは只里古可汗に連れられ、屋敷の外、動力鎧を試験するための広場にやってきた。広場の中心では動力鎧を身に着けた狼と狐族が立ち、試合相手を待っている。

 大夷離菫の一人が私に言葉をかける。それに頷いて返し、書記の二人に向かってもらう。

 

 

「まずは、貴方様に同行されたお客人にお手伝い願います。おい、お前ら!只里古様に恥をかかせるなよ!」

「へえ…深緑の騎士…。敵対せず、目の前にいるなんてな。」

「文官仕事で体が鈍ってんだ。同胞よ、付き合ってもらうぞ。」

 

 

 狼と狐族はそれぞれ二人ずつ向かい合い、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 鋼鉄の鎧と生体鎧。性質から見ればどちらも一長一短ではあるが、ヒスイノの半生体鎧は何百年も進化し続けている。遠征だったり、「抗う者」としての活動であったりで今も活躍している深緑の騎士が相手になると、並みの狼では防戦一方になる。だが、戦場で相対する古き歩離の民に比べ、明らかに動きが良く持久力がある。肉体は犀犬のほうが細く見えるのにだ。

 

 科学技術の発達が狼の力を支え、更なる進化を遂げる。生まれて間もないのにここまで技術力を成長させているならば、犀犬猟群はこれから急速に発展するだろう。友好的に関係を結べる猟群が未来を見せてくれるのは、心から喜ばしい。

 時間が経ち、犀犬猟群の二人が地面に倒れ伏すまで、私はじっと動きを観察していた。

 

 

「実戦経験の差だな。だがいい動きだった。」

「…くく、流石は戦場の落葉の動き…。」

 

 

 書記の二人が、試合相手を助け起こし言葉をかける。横で観戦していた只里古可汗は、口の端を吊り上げ機能改善について走り書きをしている。

 

 

「ははは…!まだまだ詰められる機能がある。狂风さん、私たちは何れ辿り着いて見せましょう…!さあ、次は貴方様に。神鬼に通ずるその力を見せてください。」

 

 

 只里古可汗は広場の中心に私を手招き、外骨格を纏って構える。私を囲むのは、十人の大夷離菫と只里古可汗の計十一名。そして彼が合図をすると、一斉に私への攻撃が始まった。

 

 

 最新鋭の外骨骼動力鎧は、小さい猟群の主以上の馬力を出していた。私は全身で彼らの攻撃を受け止めながらも、機能補助の優秀さに舌を巻く。これだけの力を猟群の全員が持っていたら、狼の頂点の一角に名を馳せられるだろう。私は紅鎧を用いて、一人一人に紅い人型を当てがった。

 実体化させた固い血肉の武器が、彼らが付ける外骨格の表面を削る。防御力も申し分ない。

 

 致命傷にならない程度に外骨格の機能を破壊し、一人ずつ戦闘継続が出来ないようにしていく。斧槍を振るえば試合ではなくなってしまうため、全て紅鎧で行う。

 

 

「素晴らしい…力のほんの一端で、全てを捻じ伏せるとは。その領域に、いつか私も…!」

 

 

 最後まで継戦していた只里古可汗も、外骨格の破損で動きを止める。彼は届かないと諦めることなく、科学技術によって力を求め続ける。その貪欲さは、狼の原初の欲に似て、より純化された美しい強さだった。

 

 

 それから私たちは試合を通じて更に友好的な関係を築いたうえで毘舎闍を離れ、ヒスイノ-Ⅱにて白狼たちに馳走を振舞った。新しき歩離は拡大する。そして形を変え、強さを尊ぶ在り方は受け継がれる。

 

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