この琥珀紀に台頭した、猟群の名を冠さない集団。独自の戒律を作り、戦場の死者を悼む彼らは「丹輪寺」の僧侶を名乗っている。何でもこの寺の僧侶たちは、狼と狐共通の故郷である、青丘の地での神話を再評価しているらしい。
白狼可汗は以前私に、小首を傾げながら詳細を話してくれた。進んで戦わないにしろ、己の身を守るために爪や牙は必要であるのに、それさえ身体の偽装によって意図的に使えなくしていると。ただ逃げ回るだけなのに、ここまで大きな組織になれたのが不思議だとこぼしていた。
犀犬猟群との会談が終わった後、私の方から彼らの拠点に赴こうとしたが、まず代表がヒスイノに訪問したいという。私は彼らを歓待することにした。誓って殺生を行わないという異質さに強く興味を持ったのだ。
この生涯を通して、半ば結論がついている事象がある。それは、奪い殺すことは豊穣の民の本質ではないが、薬師から賜った動物的欲望、狩りの本能を無くすことは不可能であるということ。肉も食べず狩りも行わないで、彼らはどうやって生きているのか。私はそれを知りたい。
丹輪寺の僧侶は武力を持たない。そのため白狼猟群に協力を願い、派遣した深緑の騎士と共に、僧侶たちをヒスイノ-Ⅱへと連れてきてもらった。私は船着き場にて彼らを出迎える。
「狂风様、丹輪寺の僧侶の護衛を完了いたしました。」
「ありがとう。長旅で疲れただろう。しばらく休んでくれ。」
「はっ!失礼いたします!」
若い狼がその場から去ると、白狼猟群の狐族たちも書類へのチェックを終えて、その場を去った。帰りも彼女らに送ってもらうことになるため、しばしの休息を取りに行ったのだ。
宇宙船から降り立った僧侶たちは、きょろきょろと星の環境を眺めている。丹輪寺の構成員はほぼ全てが歩離の民だと聞いていたが、どこからどう見ても狐族の姿だ。匂いだけが彼らを狼だと認識させる。
身体の偽装とは、ここまで巧妙なものなのか。私は先頭に立っている代表の僧侶に話しかける。
「ヒスイノへ遥々ようこそ。私が狂风だ。実りある会談にしよう。」
「おお、なんと荘厳な出で立ちだろうか。ありのままの姿であっても、澄み切った水面のごとく…。私は摩騰と申します。ヒスイノへ我らを通してくださったことに感謝を。」
摩騰と名乗る性別不明の僧侶が手を合わせ、会釈をする。後ろの僧侶たちも摩騰に倣い、頭を下げた。彼らの衣類は統一されており、首元には輪が付けられている。その首輪は装飾の少ない素朴なものであったが、自らを律しようとする確かな意志の表れが刻まれていた。
数が多いため、会談用の個室の中でも大広間に僧侶たちを案内する。テーブルには肉や野菜の類を置いた。試すわけではないが、白狼猟群と共有している報告書類には、旅の間ほとんど食事を取らなかったとあったため、入用だと思ったのだ。
摩騰以外の僧侶の内十数人は食事を見て目を輝かせていたが、頭を振り目を瞑る。私の促しに対し、摩騰は穏やかに返す。
「肉を摂らなくては、体はやせ細るばかりだろう。どうぞ食べてくれ。」
「狂风殿、お気持ちだけありがたく頂戴いたします。我らの戒律は、貪らずを掲げておりますので。」
「そうか…。そこの僧侶たち。食べたければ、いつでも言ってもらって構わないからな。」
丹輪寺の五大戒律である「害せず、余らせず、貪らず、憤らず、放逸せず」。これは僧侶たちに深く根付いているようだ。彼らの忍耐強さに私は驚いた。
私は食事を護衛に下げてもらうと、早速会談を始めることにした。まずは、彼らの姿についての疑問を晴らすために質問をする。
「あなた達が望むものについてお聞きしたいところだが、一つだけこちらから尋ねさせてもらってもいいだろうか。」
「ああ、我々の外見についてでしょうか。…我らは爪を振るって他者を害さないよう、ある薬を服用し狐族の姿を模しています。歩離と狐族の起源は同じ。遺伝子に働きかける特殊な薬を調合しているのです。」
そう言って、摩騰は懐から錠剤を取り出す。姿を遺伝子レベルで変化させるとは。これも生物科学技術の賜物か。私は疑問を解いてくれたことに礼を言うと、再び尋ねる。
「自由に体を動かせないのは、辛くないのか。狩りの本能を抑えることは難しいだろう。」
「ええ。ですがこの苦痛を耐え凌いでこそ、殺戮という選択肢から抜け出すことが出来るのだと考えています。血火の輪廻から抜け出すために、己を律することは必要不可欠であると。」
「なるほど、そういった考えもあるか。」
摩騰はまだ自戒が不完全であり、狼に戻って爪を振るってしまう僧侶もいると言った。だがそういった者も考えを改め、本能を抑えるために日々精進しているのだという。
自然な流れで会談に移った後、摩騰は丹輪寺の「均衡」の経典を話す。豊穣と巡狩、この二柱の均衡が崩れたことで戦乱は広がっている。どちらの勢力が強くてもいけない。極端な意志こそ宇宙の行く末を闇に落とすという考えを。
私は、穏やかな口調で力説する摩騰を見ながら思う。もっともらしい意見だ。自制と不殺の志を集団が持つのも頷ける。
だが私はこうも思う。この「均衡」の考え方を掲げる丹輪寺も、人の物差しで測った、偏りのある派閥だ。
巡狩は目的が果たされるまで永遠に止まらず、豊穣は生を謳歌させようと苦しみまでも与える。確かにこの二つは不均衡を作り出す存在だ。だが丹輪寺の言う均衡が保たれている状態とは、豊穣と巡狩のみならず、星神の強大な力が宇宙から消えた状態のことを言外に指している。
大きな力が水面下でぶつかり合い、この星海は均衡を保っているというのに、其の力が無くなれば正しく「虚無」に宇宙は呑み込まれるだろう。極端な意志があるからこそ星神は存在し、其の考えに賛同するものが現れる。そうして人々の間に均衡が生まれるのだ。
不殺には賛同できるが、極端な締め付けは、僧侶としても人間としても歪んだ方向へと向かってしまう。また均衡の考え方が発展し、私が思考を巡らせた通りの方へ向かうことで、不均衡に落ちる危うさも兼ね備えているように思えた。
私は丹輪寺がどこまで柔軟に対応してくれるかを考えながら、提案を行う。
「狂风殿。様々な派閥と手を組み、派閥や宇宙の均衡を保っていらっしゃる貴方だからこそ信じられる。私摩騰は丹輪寺を代表し、謹んでヒスイノへ庇護をお願い申し上げます。」
「摩騰さん、頭を上げてくれ。あなた方を受け入れる用意は出来ている。だが、ヒスイノを拠点にするならばこちらの要求も呑んでほしい。本当に加わるのは、これを聞いてからでもいいだろう。」
私はヒスイノに加わることで何が起こるかを話した。まずヒスイノは仙舟羅浮や曜青と細い繋がりを持ちながらも、豊穣の勢力である。加えて、侵略を望む豊穣の民からは敵視されている状況になる。
丹輪寺は均衡の元行動しているため、豊穣によった勢力と組むのは問題ないかを問う。
「私の考えでは問題ありません。元より貴方方は略奪を働いていない。分け隔てない利他の精神で星間を繋いでいる。豊穣と巡狩の対立を超越していらっしゃいますから。」
「もう一つが肝心だ。このヒスイノでは、動物的な欲望を肯定している。そのため戒律を重んじている丹輪寺も、寛容であってほしいのだ。例えば、本能を抑えきれなくなった僧侶が出てきたとする。そうなったら無理やり抑え込むのではなく、自由に野を駆けさせ、美味い肉を食べさせてほしい。」
「それは…。」
「教義を守るにも、メリハリというものが大事だろう。あなた方がヒスイノの一員になるならば、苦痛の中にあってほしくないのだ。」
摩騰は深く考え、ついてきた僧侶たちを見る。多くは表情を変えず自らを律しているが、少数はお腹を押さえ、よだれを垂らしかけている。そうだ。欲求に素直であれば、心身は豊かになる。
しばらくして摩騰は小さく頷いた。
「貴方の仰る通りです。同志を苦しめては本末転倒。…改め不殺を志し続けるのであれば、僧に戻れましょう。」
「私からはそれだけだ。他に丹輪寺の方から求めるものはあるか。」
「金身。寺の涅槃殿には、悟りを開き金身となった僧が安置されています。彼らを寺と共に、ヒスイノ付近に移したい。許可いただけますか。」
「迎え入れよう。惑星の地表は、まだまだ開拓の余地を残しているからな。」
派閥の代表として来るだけあり、摩騰は柔軟な対応力を持っていた。清貧を地でいく彼らは交易に使えるものこそ少ないが、農耕の過程で収穫した作物や、狐族に変化でき任意で元に戻れる薬を輸出入することにした。
私たちヒスイノ側からも交換で、溢れないほどに食物の支援を行うことになった。
それからの対談は穏やかに進み、丹輪寺はヒスイノの一員となった。
そして時が経つにつれて、丹輪寺には人が集まってくる。ヒスイノ以外からも、戦いに疲れ平和を望む多種多様な人間の受け皿として。
私は彼らとの間に、平和のための考え方に似通った部分があることに気づいた。片や信仰を捨てた集団、片や薬師の権能を人の利になるよう落とし込む集団。考えの根本は違っても、どちらも今を生きる人間のために存続している。
ならば私たちは共に進める。私は清廉な在り方を貫く丹輪寺が腐らず、僧侶が悟りを開ける環境であり続けられるようにと、支援を続ける。
派閥
丹輪寺-均衡
追加テキスト
―――丹輪寺の僧侶の一部は、生を謳歌するため、五大戒律を破らないぎりぎりを狙う。彼らは冗談交じりに「破戒僧」と呼ばれる。しかし破戒僧と呼ばれようが、彼らは笑う。個の生は抑制と解放の、均衡の内にあり。我らは殺戮という選択肢を超え、広き天地を知っている。