月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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振り返ること無し

 母艦に戻れば、十五回月が瞬く前の焼き直しのような光景が広がっていた。「玄爪猟群」、暗殺や隠密といった技を得意とする猟群から来た歩離の傭兵たちが、爪を尖らせ私を威嚇する。前と違うのは、それを止める者がいないということだ。入る前に私は器獣へ、母艦のある場所にて待機しておくよう指示した。

 

 傭兵の何人かがこちらにゆっくりと近づいてくる。そのとき、獣艦の奥からよく知る狼がやってきた。ひどいにやけ面だ。こんなにも下卑た彼の表情を、私は見たことがなかった。

 

 

「狂风、お前は大失態を犯した…。狂った言動は変わらず…最悪を更新したな。群れを、一族の誇りを踏みにじる言葉を吐いた。もはや、この群れにはお前へついていく狼はいない。俺こそが群れの主だ…!」

 

 

 兄は笑い声交じりに、私を指さす。父は死に、母も群れを離れている。兄は、群れの新たなる主になることを渇望していた。だから、私の宣言を愚かだと嘲笑しているのだ。穿空は、今まさしく力に溺れていた。

 私は、傭兵が繰り出す音を出さない攻撃を避けながら、奥へと進んでいく。この母艦を離れるときは、跡を濁したくはなかったが、降って湧いた好機を逃せばきっと後悔していた。

 そのまま場を去ろうとする私に、穿空は声を荒げる。

 

 

「逃げ出すつもりか!ここで死んでいけ、愚弟!」

「死ぬつもりは毛頭ない。これから、父上の遺産をありがたく使っていくがいい。」

 

 

 激昂した穿空は、傭兵たちに追撃を行うよう命じた。傭兵たちは私に向かって、威嚇ではない殺気の籠った一撃を放ってくる。玄爪猟群の狼にとって、雇い主の命令は絶対。命令を履行することが、自身の信用と更なる強さを得られることに繋がるからだ。

 私は内壁を引きちぎって障壁とし、傭兵たちの動きを遅くしながら狐族と、一部の歩離の民に向かって声を張り上げる。

 

 

「皆聞け!力を示せず、ただ死を待つことを望まない者たちよ。私、狂风と共に、新たなる歩離を目指すときが来た!」

 

 

 私が十数年の間、必死でかき集めた絆だ。歩離では必要とされない分野に才があった故にひた隠しにし、群れの中で地位を向上できなかった者。ただ使役され、餌や奴隷として早くも死を迎える狐族。歩離は軽視し、だが私は尊ぶ、強さを持った人たち。

 母艦から繋がる獣艦を隈なく走り回り、呼び出した。

 

 

「狂风さん、突拍子もないことをしたな…。」

「この風に乗りましょう、皆。」

 

 

 私の声を聞きつけ、歩離の民と狐族が応える。目を潰され、作業のみに従事するよう命じられていた狐族も、他の狐族に支えられ部屋を出てくる。突然に行動を開始した少数に、群れの者たちは目を白黒させていた。まだ私の宣言は広まりきっていないのだろう。

 歩離の民二十八名に、狐族八十一名。私が手を伸ばし、今日まで生き延びていた人々が共に走る。

 

 一見規則性がないように縦横無尽に走り抜ける私たちに対し、傭兵たちは対策を練れない。それもそうだ。私が語った理想を真剣に舗装しようとしてくれた狼は、特定の艦で固まっているわけではない。個々が自らの才を伸ばせる場所が欲しいと望んでいたのだから。

 だが、傭兵たちは走る狐族の多さから、奴隷が多く収められた場所に来ると踏んだ。私が最後に立ち寄るつもりであった場所には、傭兵十数人が待ち構えている。

 

 

「お力添えを、老爺。他の狼らも頼む!」

「一戦から退いたというのに、こきつかいおって。若いの行くぞ!」

 

 

 私は星の研究者である老狼と、色々な齢で義兄弟姉妹の契りを交わした狼に声をかけ、突き進む。まともに栄養の行き届いていない狐族が狼の相手をするには、不利が過ぎる。狩猟者には狩猟者を。道を開けてもらうために、私は拳を握った。

 

 獣艦の膜をぶち破り、白狼並びに数十名の狐族がいる部屋へと入った。乱戦が繰り広げられる背後の状況に、監視役の歩離の民一名と、狐族たちは困惑している。

 白狼が今何が起こっているのかについて、私に口早に尋ねた。

 

 

「ええと、狂风様。これは危ない状況ですか?」

「そうだ師匠。今から、皆を連れて離脱する。ここに戻ることはない。呼雷様からいただいた恩情、その星に向かうぞ!」

「ああ、何となく理解しましたよ!狂风様、考えを洗いざらいぶちまけましたね!」

 

 

 白狼は枷を外すよう、監視役に腕を見せた。監視役は数瞬逡巡した後、それを破壊する。状況に脳が追い付いたようだ。私は、早い理解を示した監視役の狼に礼を言う。

 

 

「封任、ありがとう。他の狐もお願いする。」

「…唐突ではあったが、ようやく実ったか狂风。」

「ああ。戦首の期待付きだ。」

「看守さまぁ!早くしないとですよ!」

 

 

 監視役は、少しの苛立ちからか口の端を震わせながらも、白狼とともに枷を破壊して回る。彼は狐族と交流する中で、思いが同調した年上の狼だ。私が幼い頃から、監視の役割を担っていた。だからだろう、彼は自由に走り回れる草原を求めていた。

 傭兵が、味方をしてくれている皆に次々襲い掛かっている。奥から群れの者の一部も、走ってきている。人数の不利が広がり、長くは持たなそうだ。

 

 獣艦の隙間から、自らの器獣が見える。私は、母艦の外膜を強化した爪で引き裂き、無理やりにこじ開けた。空気が艦の外に漏れだすが、私の器獣がぴったりと隣り合わせになることでその穴は閉じる。

 枷を破壊し終えた狐族と背後の狐族たちを合流させ、脱出口を指で示す。顔を見合わせ、彼らは次々に乗り込んでいく。

 私はそれを横目に見ながら、乱戦に駆けどんどん味方を離脱させる。そして代わりに多数を私が引き受け、戦闘不能へと追いやる。傭兵たちは単純な筋力では、蝕月猟群の民に敵わない。そして平均的な狼の体躯より、私は成長している。爪や噛み跡を残されながらも、冷静な月狂いを限界まで使うことで、隙ができるほどに数は減らせた。

 

 

「主の子、ここまでやるか…。」

「狂风、殺してやるぞ!」

 

 

 傭兵の一人が倒れ伏しながら呟く。追いついた穿空が、私に激情のまま爪を振るう。彼の刃は、成人の儀以前より鈍っていた。ここまで力を落としていたとは。

 力があったのに、父の栄光を笠に着て昂達へ早々になった兄。父の栄光を借り物だと思わなかった哀れな狼。

 私は最初は借り物であろうと、自分の道を切り拓く力へと変えてみせる。穿空の右腕を強く掴み上げ、全力で曲げた。腕の骨の折れる音が、鈍く鳴る。そして私は右腕で、穿空の腹に大きな穴を開けた。

 

 

「ううっ!?あああ…。」

「さようなら、兄上。母上に伝えてくれ。私は狼の鎧となり、盾となる。歩離の行く道を広げると。」

 

 

 治癒能力が上がろうと時間がかかるように、私は腹を抉り抜き、器獣へと急いだ。大きめの器獣であったのだが、人員でみっちりと中が詰まっている。ここからある程度離れた後、味方の器獣に途中で人員分散するのも悪くはない。

 歩離の民、私も含め三十名。狐族百十五名。おおよそ百五十名は自らの理想のため集い、私の故郷を去った。

 

 

―――――――――――

 

 主を失い、一つの隆盛が終わった群れ。その主の伴侶であった歩離の女性が、旧知の部下と共に艦へ帰投した。静まり返る母艦。女性は、その異常な空気を不審がりながらも、自らの子らを探す。

 残っていた部下に訊けば、兄弟の内兄のみが母艦にいると知った。そして長男の元へ向かうと、彼は目を閉じ唸りながら弟の名を呟いていた。

 群れの恥さらし、愚かな弟狂风。

 

 彼は母である女性の姿に気が付くと、弁明を始めた。弟が狂い、古き伝統を汚す言葉を掲げて消えた。それを外に出さないよう命を絶ちに行ったが、不幸なことに乱戦で深い傷を負って止められなかったと。

 歩離の女性は、次男の残した言葉に腹の底から笑った。あの子に、古い群れを率いるつもりはそもそも無かったのだと理解したからだ。

 

 女性は、子の門出を祝福する。例え滅びゆく群れの中からであろうと祈ろう。育てた子が月のごとく輝く様を。かつて違う猟群にて占星術師であった女性は、特殊な因果を子にも感じていた。

 

―――――――――――

 

 呼雷に示された武器牧場は、双方が近い位置にある。万全の器獣が合流し、二十体。歩離の仲間に対し、同行する狐族は餌ではなく、共に新しい道を行く仲間であることを再三説明した後、人員を分けた。彼らはこれまでの交流から、私を狼の中で最も変わり者であると認識しているらしく、その考えは受け入れられた。

 そのため、人が隙間なく密集していたこの艦には、私と、私より若い歩離が一人、白狼と他の狐族が十人乗船している。

 

 白狼と年若い歩離が、私の持つ座標の写しを横から見てくる。すると右にいる歩離がムッとした様子で、白狼に言う。

 

 

「お前、狂风さんに馴れ馴れしくないか。目を付けてもらっているからといって、狐族は主に従うものだぞ。」

「ああ、申し訳ございません。すぐに離れます。」

 

 

 白狼は目を伏し、狐族の集まる場所へ向かおうとする。監視役が寛大であった部分もある。私は白狼の肩を柔らかめに掴み、留めた。

 

 

「いいんだ坚硬。言っていただろう?私の目指す盾の内には、狐族もいる。歩離の民ではできないことも、彼女らが補えるのだから、対等に接していくのだ。」

「…土いじりには、確かに人員は必要です。…受け止めます。」

 

 

 若き狼は、ゆっくりと首を縦に振る。白狼はまた俺の左に戻り、目標の星について想像を巡らせる。

 彼は付けられた名とは別の道を辿り、土を好む子だ。資源を取り尽くし荒れ果てた星から、一つの芽が出ていた。その光景に豊穣を思い、農作物の魅力を感じ取ったのだという。農民は、歩離の社会では必要とされない。そのため坚硬は、少ない仲間とともにその願望を隠してきた。

 白狼が、星につくまでの時間を考える。

 

 

「狂风様。この速さなら、七つ月が瞬くくらいでしょうか。」

「少し長くなるな。…義兄姉たちは理性的だ、狐族に理解を示してくれると思いたい。」

 

 

 すると、白狼はいつも半ば閉じている目を見開き、作った声で言った。

 

 

「大丈夫ですよ!農耕好きの狼さまも、認めてくださいましたし!」

「白銀の狐!いくら強かろうと、無礼は許さないからな!」

 

 

 狐族と歩離の交流は、騒がしくなり始めた。坚硬は穏やかな気性で、本気で怒っていないため、じゃれ合いのようなものだ。若い狼は、頭が柔らかい。伝統に縛られない発想力を以て、新しい歩離を作れるだろう。

 まだ小さい、出来たばかりの群れであるが、向かう先は明るい。武器牧場の様子が簡潔にまとめられた情報を見ながら、種の芽吹きを感じた。

 

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