約束
誅羅の暗殺が成功した後。目的を果たした私たちは解散し、巡海レンジャーたちとは別の道を行く。
集団の力によって滅びを回避するため動く組織と、あくまで個人の力を重視し正義を為そうとする少数精鋭。どこまでも広がる星海において再び会合することはあるか分からないが、私は予感している。
絶滅大君以外にも、大規模な破壊を行う者は存在する。多くの人命が個人の力によって失われようとしている時、巡海レンジャーはそれを悪とみなすだろう。利害の一致が起こったとき、私たちは手を取り共に戦える。
別れる前に、やるべきことがある。バーで交わしたティエルナンとの約束についてだ。私は白珠とティエルナンに呼びかけ、船まで合流してもらうことにした。
双方が揃い、ティエルナンに巡海レンジャーが十数人付いてきた。私は宇宙船にて、ティエルナン自身がどうしたいかを尋ねる。彼は考え込んでから言った。
開拓の精神のままに巡海レンジャーに同行していたティエルナンだったが、共に戦っている内に、己の道が続く限り義侠たちと行動したいと思うようになったという。そのため、ピノコニーにいる友人ミハイルに自身の無事を伝えた後、付き添いを申し出た巡海レンジャーたちと旅に出ようと考えていると。
「…ミハイルと話したいことは山ほどある。…彼の開拓が、どれだけ険しい道を進んできたか。お嬢さんに狼のお方、君たちのタリアでの話は目が覚めるほどだったよ。ミハイルは過去に縛られず、進み続けている。私も己の道を見つけ…それぞれの開拓を行くのだ。」
「では…ティエルナンさん。ピノコニーへの滞在は短くなるのだな。」
「折角君たちが与えてくれた機会だ。懐も痛むだろう。ミハイルと話す、それ以上は望まない。」
「それでも出来るだけ、お話しする時間を多く取れるようにします!お二人の思い出も詳しくお聞きしたいですから!」
白珠は端末を取り出して自身の貯金を確認し始めた。私も小遣いとして持っている信用ポイントを見る。白珠と合わせたら、ティエルナン一人であれば一週間は無理なく滞在させられる量はある。カタルス家と懇意にしている身であるため、私と白珠はドリームリーフ内に行くのであれば、信用ポイントを取られずに入ることが出来るのだ。ミハイルはファミリー管理下の十二の刻ではなく、ドリームリーフに活動拠点を置いている。
ピノコニー建設の関係者の知り合いという枠で、ファミリーがどれだけ融通を利かせてくれるかにもよる。しかしこれまで時計屋の友人としてでも通してくれなかったようなので、一般として入ることになりそうだ。
これだけ考えたが、使令に対抗できたという奇跡的な事実が私の頭を埋め尽くしているため、私の小遣いなどどれだけ減っても気にならない。
既に「抗う者」たちや深緑の騎士たちに対して、巡海レンジャーと交わした約束は話してある。私はかつて列車に乗っていた二人のナナシビトのため宇宙船を駆り、ピノコニーへと向かった。
惑星規模の巨大ホテルへとたどり着く。宴の星としての名が飾りでない煌びやかさだ。
私は星海の飛行中にファミリーとアポイントメントを取り、ドリームリーフへと入ることを伝えた。ファミリーの人間は柔らかい対応で、歓迎する旨の社交辞令を返してきた。
カタルス家とファミリーは現在協力関係を保っている。水面下でいがみ合うこともなく、ファミリーの穏健派が派閥間を取り持っている状態だ。
宇宙船内で話を付けたが、巡海レンジャーの面々はピノコニーには降りず、個人の宇宙船で待機するらしい。彼らが星に降り立つとき、それは「悪」が人の波に姿を隠したときだ。敵がいないのに騒ぎを起こすつもりはないと、口々に言っていた。
そのため私と白珠、そしてティエルナンの三人でフロントへと赴くことになった。フロント前にいたピピシ人たちが首を真上にあげて、ひっくり返っている。私は背の小さい彼らを踏まないよう慎重に足元を見て歩き、代表として受付係へと話しかける。人間種の受付係は顔をこわばらせていたが、要件を伝えるとすぐ仕事にとりかかった。
「こんにちは、予約をした狂风という者です。チェックインをお願いします。私とこちらの白さんは、ドリームリーフの特別通行資格を持っているため確認していただきたい。」
「狂风さん、ピノコニーへようこそ。…狂风さんと白さん、お二人のお名前の確認が取れました。もう一人のお連れのお客様は何日滞在なされるご予定ですか?」
「長めに取っておこう。九日でお願いします。」
受付係は素早い手つきで名前を探し当て、てきぱきと応対する。
私は受付係の言葉に従い、信用ポイントを出す。白珠も半分出し、人間種の金銭感覚からすれば膨大な金額を使って、ティエルナンの分の期限付き通行証を発行してもらう。これで夢境に向かう準備は整った。
十二の刻用のドリームプールが静置された部屋ではなく、ドリームメーカーのための地下に用がある。広く空間の取られたエレベーターを用いたが、私の体でみっちりと詰まり、窮屈なまま下へ降りることとなった。
ホテルの一室は少しばかり暗いが、幻想的な雰囲気を併せ持っている。団体用に複数置かれたドリームプールにそれぞれ浸かり目を閉じる。海に沈んでいくような気分を味わいながら、共感覚夢境へと意識を落とした。
路地裏のごとき場所で目が覚める。ドリームリーフに着いたとき、皆が目覚める場所は決まってベンチだ。私は座り込んでいた小さなベンチから立ち上がり、白珠とティエルナンに合流する。
「ティエルナンさん。ここはドリームメイクの才能がある少年が作り上げた、最初の場所だ。路地裏を抜けたら、きっと驚くと思う。」
「そうか。ラザリナの理論は多くの若者に使われているのだな。」
私はティエルナンにドリームリーフの要素を説明していく。ここがミハイルとその仲間たちが開拓した世界だと、強く印象付けるために。私より頻繁に来ている白珠も説明に加わり、寂れた雰囲気の道が少し明るい雰囲気を醸し出す。
そして私は重い扉をぐいと開け、真なるドリームリーフをティエルナンに見せる。そこは十二の刻と変わらないほどの活気で満ちていた。
ティエルナンは視線を彷徨ませ、混沌としながらも芸術的な街並みを見ている。その瞳には知的好奇心の光が詰め込まれていた。
「これが…ミハイルの開拓の結晶。」
「ミハイルさんにはファミリーを通じて、今回の訪問を伝えてある。しばらくすれば、彼が来てくれる手はずだ。」
「ティエルナンさん、折角なので夢境での食べ物でもいかがですか?現実でお腹が膨れなくても、新鮮で楽しめると思いますよ!」
「ありがとう狼のお方、気が早って仕方がないが落ち着くことにしよう。お嬢さんのおすすめをいただこうかな。」
ドリームリーフでは優秀なドリームメーカーたちが競い合い、建築物や食事の再現にいたるまで、新しいものが開発、追求されている。武術一本という出で立ちのティエルナンも、待っている間は少年のごとき振る舞いであった。
時間が経ち、待ち合わせの場所へと向かう。そしてしばらくの間視線を下に向けていると、額の真ん中で水色の髪を分けた男性、ミハイルがやってくる。白珠と私は彼に手を振り、ミハイルと合流すると、笠を深く被ったティエルナンが歩を進めた。
ミハイルの顔が驚きに満ちる。ティエルナンは悪戯気な表情で笠を上げた。旧友だからこそ見せる顔だ。
「ああ、僕は夢を見ているのか…?夢境の中で、こんなにも都合の良い幻を…。」
「ミハイル、ようやく君に言うことができる。ただいま、戻ってきた。」
ティエルナンとミハイルは互いの背中を抱き、再会の喜びを噛み締めていた。ミハイルに至ってははるか昔に亡くしたと思っていた親友が現れたという状況であり、最初はぼんやりとしていたが、私たちに何度も確認を取った後、ほろりと涙をこぼした。
現在彼らは二人でドリームリーフを巡っている。ミハイルから連絡が来るまで、水入らずの会話を楽しんでもらおう。白珠が聞きたがっている冒険譚は後から話してもらえる。
「こっちも楽しんで待ちましょう!一緒にドリームリーフを訪問する機会って、余りないですし!」
私は、白珠が差し出すアイスクリームのような憶質を受け取り、口に含む。現実の食べ物よりも儚く、解けていく。ドリームメイカーが想像した通りの味を感じられるように作られているのだろう。現実の私では感じられないほどに繊細な味も、脳内に直接刺激が行っている。ドリームメイクの面白さを感じながら、私はあちらこちらを歩き回る白珠についていく。
丸三日たって、ミハイルとティエルナンは戻ってきた。クロックボーイの話や、これまでピノコニーで起きたことをミハイルが、巡海レンジャーと共に戦って開拓してきた話をティエルナンがして、話題が今も尚尽きない。
これからドリームリーフ内をまた回る予定であるそうだが、私たちの同行も許された。そのため私たち四人で、奇妙だが新しい風の吹く街を歩いていく。
白珠から二人にナナシビトとしての物語を聞き、彼らはそれに答える。私の生まれていない時代の惑星群の話は、好奇心が満たされる。彼らは薬師の恩恵を受けているわけではないため、少しずつ外見は老いて、やがては天寿を全うする。開拓の精神を生涯持ち続けられる彼らに対し、私は筋の通った信念を感じ取った。
そしてこの日夜続く談笑も、終わりのときが来る。だがミハイル、ティエルナン双方の顔は晴れやかであった。充分なほどに話し、互いの道を理解し尊重した結果だ。
「巡海レンジャーと共に先陣を切る…この、開拓の旅も悪くない。戦いの果てに命が尽きることになろうと…最後まで、君の開拓が実りあるものになることを願い続けるよ、ミハイル。」
「ああ、僕もだ。片時も君やラザリナのことを忘れたことはないけれど、これからは旅の無事を祈ることが出来る。」
「お二人とも、パイプは繋いでおいた方がいいだろう。ティエルナンさん、私か白さんに言ってくれれば、再び連れて来よう。」
「何から何までありがとう。」
今度来たときは「時計屋」として信用ポイントの負担をしようと、ミハイルが言う。内部から働きかければファミリーも門前払いなど出来ないだろう。
彼らは固く手を握り、そして別れる。開拓する場所は違えど、会うことは難しくなくなった。命ある限り、次がある。道半ばで開拓は終わらず、本懐を遂げる。
こうして、ティエルナン並びに巡海レンジャーたちと別れた後、一旦の平穏が訪れた。絶滅大君の動きはあるが、救助活動によって人命は想定以上に掬い取れる時代が続く。
だが物事は波のごとく変動していく。数年後、二つの出来事が重なることで、私の生涯において激動の時代が始まる。