月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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触れる本質

 ルアン・メェイの宇宙船が向かう先は、星間地図に記されていない辺境の地であった。周囲には人の住まう星系は全くなく、レギオンの軍勢が目標に設定することはまずない。喧噪を望まない彼女だからこそ、自然だけがある惑星でひっそりと研究を行うのだろう。

 

 私は、人の気配がしない建造物群を宇宙船から見る。彼女の服装と同じく、建造物も仙舟にあるものに似ている。これは全くの偶然とは思えなかった。

 ルアン・メェイが船を降ろした場所へ着陸させる。そうして、宇宙船から降りた私は、手招かれるままに彼女へとついていった。

 

 彼女は電子端末をちらりと見て、まだ白紙のレポートを表示させる。おとがいに手を当てる姿は、これから行う研究を考えているようだった。ルアン・メェイは私の体を上から下まで眺めると、撮影用の機械で全身を撮り、レポートにおける左上の空白にその姿を添付させた。

 

 

「こちらにいらしてください。まずは各臓器の細胞と、体液の採取を行います。」

「ええ。それと、豊穣の使令由来の血肉も採ってみてください。どの臓器から生成されているのかは、まだ解明できていないものです。」

「はい。サンプルの採取が終わったら、一度休憩にしましょう。大丈夫です、一瞬痛みはありますがすぐに治りますから。」

 

 

 私の言葉が通じているのか分からないが、ルアン・メェイは微笑を以て返した。おそらくだが、この対応は彼女が被験者とする知的生命体にかけるパターン化された言葉なのだろう。外来から来た病人に、ヒスイノの医者がかける気休めに似ている。

 私は度重なる肉体の損傷で、痛みは身体の機能の一つ程度に認識が変容している。どれだけ痛かろうと、私の死には届かないからだ。

 交渉事は後々行うとしよう。私はルアン・メェイの言葉のままに、一つの建造物へと足を運んだ。

 

 

 仙舟に似た雰囲気のある建造物の内部は、意思を持たない研究用の機械が動く、無機質な構造であった。床は円であり、壁は滑らかな曲線を描いている、円柱型だ。

 室内にルアン・メェイの指示が響く。部屋の上に取り付けられているガラス板の向こうには彼女が立っており、無表情でこちらを見ている。彼女は私の名前を個体を識別するための、ただの名称のごとく呼んだ。

 

 

『…狂风、巨大有機生命体用シャーレの中央に立ってください。130秒後に採取用の機械器具が作動します。』

「承知しました。」

 

 

 私はルアン・メェイに了承の意が分かるよう手を挙げてから頷き、部屋の中央の四角く盛り上がった地点で立つ。すると部屋の壁から動力アームが展開され、私の四肢を拘束した。力を込めれば破壊できる強さだが、並みの動物であればもがいても脱出は不可能だ。

 なるほど、この実験場に持ってくる生物は、ほとんど理性のない原始的な生物なのだろう。私は目の前に小さなアームが複数待機するのを眺める。ブザーが鳴ると共に、それらは私の目を貫いた。

 

 目に舌、体表から始まり、アームは私の体内にまでその動きを進める。体組織の修復には、豊穣の果実から抽出した液体を使っているようで、私が治癒するよりも先に効果を発揮した。彼女が言っていた「すぐに治る」という文言は、これを指していたのだ。私は変幻自在の血肉を展開し、それも採取できるようにした。

 アームは最後に、私の心臓を削り取ろうとしたが、弾かれる。日夜欠かさず欠け月の粒子を摂取してきたため、生半可な一撃ではキズを入れられないほどに強度と柔軟性を増しているのだ。

 こつりこつりと硬質な音が私の体内から響く。その度に激痛が走るが、ふいにそれは止まった。ホログラムで表示される項目にはチェックが入れられ、アームは私の体から出ていく。そのアームの先端には光を反射して輝く、緑色の粒が付着していた。

 

 上を見ると、ルアン・メェイは端末の一点を真剣な表情で確認していた。彼女は、しばらくしてから制御室のスイッチを押す。再びブザーが鳴り、拘束器具は私から離れていく。

 

 

『サンプルの採取は終了しました。シャーレの入口は開けたので、そのまま退室してください。』

 

 

 

 建造物の前で待機していると、ルアン・メェイが声をかけてきた。

 

 

「休憩にしましょう。食感を楽しめる菓子が残っています。それをお出ししますね。」

「お気遣いありがとうございます。必要な体組織は採れましたか?」

「はい。以前歩離人をサンプルにしたときは、とても暴れ回ってしまったのですが…あなたが大人しくしてくれたおかげで、効率的に採取出来ました。」

 

 

 生命の研究をする上で、豊穣の民を調査しない訳がない。食感と言ったのも、塩味以外の味覚が薄い歩離の民に合わせたからこその選択なのだろう。

 

 ルアン・メェイは自身の休憩スペースに私を招き入れ、小さな皿に盛りつけられた菓子を出した。毒があろうと、私はその物質の入った状態を傷を受けたと判断し治療できる。二つの指でスプーンを摘み、彼女に合わせてそれを食した。味は希薄であり、僅かな甘みさえ感じられない。どうやらルアン・メェイは、味の淡い菓子を好んでいるようだ。

 欠け月が反応する。菓子以外の何かが入っているということだろう。私はその薬剤の効果が起きる前に、治癒を行う。

 

 私は何でもないように振舞い、ルアン・メェイに注意を移すと、気になっている分析結果を尋ねた。

 

 

「心臓以外であれば、どれだけ採っていただいても問題ありません。それでルアン・メェイさん、被験者ではありますが、私にも分析結果を共有していただけるとありがたいです。」

「あなたは本当に答えを望んでいるようですね。お伝えしましょう。予想外のデータでした。現時点で、あなたは歩離人とは異なった生物であると結論付けられます。」

 

 

 ルアン・メェイは私の口ぶりから思考を読み取ったようで、すんなりと回答してくれた。スプーンを置き、彼女は話す。

 細胞、体液全ての項目で、私の体組織は未知の細胞組織であることが分かった。違いが顕著に表れたのが、細胞の形だ。そもそもの構造が違うが、その機能性については類似するものがある。それは全能幹細胞だ。

 本来歩離人の肝臓は、全能幹細胞を蓄え組織の再生に役立てているのだが、私の体内組織全てがその役割を持った細胞で出来ているという。狐族も全身に全能幹細胞を蓄えているが、全てが全能幹細胞で出来ているわけではない。またその万能な細胞は、常に生まれたばかりの赤子と同じ状態になっており、老いがない。分裂した瞬間に時が戻っているかのように。

 そして血肉と、私の心臓の一欠片の情報についてである。たった一片であっても、それらは膨大なエネルギーを持っているそうで、これを体内に持ちながら自壊しないのは何故か疑問点として挙げられた。

 

 私が喰らった血肉と欠け月、星核の詳細について語ると、ルアン・メェイは血肉の部分に強く興味を持ったようだった。彼女は呟くように言う。

 

 

「生命の本質…その答えに辿り着くための一歩。根源となる存在の在り方は、使令にあるのではないかと、私は思いつきました。」

「つまり、私の取り込んだ倏忽の血肉を分析すれば、貴女の研究は飛躍的に進む。その可能性が高いのですか。」

「少なくとも研究の価値はあります。」

 

 

 ルアン・メェイは菓子を食べ終えると、食べかすを口に付けたまま立ち上がった。そしてじっと私の顔を眺める。続いて出てきた言葉に、菓子の中身が意図的なものであったことを理解した。

 

 

「薬の効果も消せるのですね。数分前の意識を不明瞭にするような状態にしたかったのですが…あなたの心臓はとても不可思議です。自らの意思で造り直した肉体。「血肉」だけでなく、そちらにも興味が出てきました。」

「随分と人間不信でいらっしゃるようだ。だが貴女の言葉を喧伝するつもりはない。それにこの場所の座標も。…本格的な研究に移る前に、取引を願います。貴女が言った報酬について。」

「こういった場合、少なからず怒り、困惑の感情を示すと結果が出ていましたが、あなたからはそれが見受けられません。珍しいパターンですね。」

 

 

 じっと端末を見るルアン・メェイに、私は内心苦笑する。未知の天才に相対するということは、危険に身を投じるのと同じである。その危険に見合った対価を得るためであれば、負の感情を抱くことさえ時間の無駄だ。

 私は、宇宙ステーションで話した追加の「報酬」について、ルアン・メェイに話す。原始博士のミームウイルスによる退化に、仙舟人が潜在的に持つ魔陰の身。どちらも人間種に付加された異常な性質だ。

 私がそれらの解決に興味が持てるよう頼み込んだが、ルアン・メェイの返答は芳しくない。口では言いながらも、それには虚偽が混じっている。

 

 

「あなたの望む価値は、他者にあるのですね。利他を以て利己を為す。お話しした通り、ちゃんと報酬は用意しますから安心してください。」

「…なるほど、やはり天才とは人の益になりたいがために頭脳を使う者ではないか。ルアン・メェイさん、これだけお願いできますか。成果を一つだけお借りしたい。どのようなものであろうと、貴女の得た結果は、凡人にとって大きな価値がありますから。」

 

 

 ルアン・メェイとの交渉は至難の業であった。基本的に彼女は誰も信用しない。彼女の過去に苦痛があったからかもしれないが、第一に信用などしなくても個の力だけで生存でき、更には並外れた頭脳を自身のために使うことに注力しているからだろう。どこまでも未知を探究することに特化しているのが天才であり、社交性を持っていることの方が珍しい。

 彼女にとっては、私が頼んだ二つの問題は既知に近いか、後追いでしかなく現在興味が持てるテーマではないのだ。

 

 私はルアン・メェイに対し、現在行おうとしている研究群を聞きだし、それに対応した価値を提供できるかで判断をする。そして私は彼女の興味を引くために、自身の端末を取り出し、実用に至っている研究成果を見せる。

 彼女はデータの中から、一つの実験を目に留まらせる。

 ルアン・メェイは呟く。そして自身の端末からレポートを表示させ、思考を巡らせる。そこにはNo.1024と記載され、失敗とも書かれていた。

 

 

「裂界創造物ではなく動物や持明族を――跳躍を利用した分散――。」

 

 

 彼女は私の端末から類似性のある研究を見つけたようだった。私はルアン・メェイに伝える。

 

 

「ルアン・メェイさん、求める事象が同じでも、手段が違えば結果は変わる。私の肉体だけではなく、我々の持てる素材に生物科学技術を集結させた研究を提供します。取引をして頂ければ、貴女が得られる価値はきっと、現時点以上に跳ね上がる。本質に一歩近づける。」

「あなたには、とびきりのご褒美をあげるべきですね。」

 

 

 ルアン・メェイは真の意味で、私の瞳を見た。そこに対話の相手がいると認識していないような、俗世から外れた目がようやく焦点を合わせたのだ。

 彼女は変数を許容する。絶対の結果より、それを望んでさえいる。

 私とルアン・メェイは、少しの間だけ互いを見た話し合いをした。彼女の興味がこちらの話に向いている間に約束を取り付ける。

 ヒスイノしか所有していない実験材料の提供を追加で行い、ルアン・メェイは確かな「報酬」を渡すという約束を。

 

 彼女が直近で行った実験。その実験の過程を受け取りヒスイノでの研究に加えれば、長期的な視点で見て解決が図れる。

 

 

「機械を有機生命体に近づける実験。有機生命体、機械生命体どちらをベースとしてもサイボーグを作れる成果。これをお借りしたい。」

 

 

 私が選択したのは、とある人物の結論からインスピレーションを受けて行ったという実験だ。この実験の詳細を報酬としてもらうことにする。仙舟人は遺伝子レベルで、損傷を治癒する。そのため機械を異物として体内から排除するのだが、このどこまでを機械生命体と呼べるかを思索する内容に希望を見出した。豊穣に類する種族の細胞を使っても、サイボーグ化は達成されたのだ。

 ルアン・メェイの行った実験におけるサイボーグの技術が発達すれば、欠け月と併用して魔陰の身の発症が起こらない元仙舟人が生まれるかもしれない。またミームウイルスも機械に移し、取り替え続けることで除去ができる可能性もある。

 

 ルアン・メェイは頷き同意した。感情と思考の分析を理論的に行える彼女は、私の腹の底に含む物がないと判断したのかもしれない。彼女は、今後の研究について話す。

 

 

「まず、あなたについての研究を最優先に行うつもりです。遺伝子の変異を起こしやすい種族であっても、体組織まで様変わりすることはありませんでした。一度各細胞を培養して、「再現」をしてみましょう。」

「サンプルならいくらでもあります。結果が出るまで、協力し続けますよ。」

「ええ、狂风…この実験における助手さん。あなたと豊穣を通して、使令の理解へ近づきましょう。」

 

 

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