月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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再現

 琥珀の王が槌を振り下ろし、琥珀2156紀となった。ヘルタからのお使いに、ルアン・メェイの実験への助勢。組織と群れをまとめながら、天才たちの要望に応えるのは骨が折れる。

 チャドウィックとヘルタの共同研究は白熱しているようで、始まってから十数年が経過している。自身の考えや理論をヘルタに伝えきっても尚、その先へと手を伸ばしているようだ。

 人間種の寿命は百年ほどで、丁度その齢だというのにチャドウィックは生き生きとしている。欠け月を取り込んでいない体でも健康を保っているあたり、情熱や生きたいと願う感情は、老いを忘れるものなのだろう。

 

 

 そして仙舟で言う星暦7900年。「抗う者」として滅びの描写がある世界に遠征した私は、巡狩の星神が放った光矢が着弾する様をはっきりと見た。そして其の光矢は、星系を襲う狼の群れを穿ち、原住民さえも消し去ったのである。私はあと一歩が間に合わなかったことに、ひどく苦しんだ。

 数刻後、仙舟が雲騎軍の艦を率いて星系にやってきたが、彼らも原住民の救出が出来なかったことに哀しみを抱いていた。そして彼らは、其の名残を確認した上で去っていった。

 

 私は妖弓並びに、星神に対して畏怖の念を強めた。この生涯において、妖弓の凶矢が流れる様は何度も見てきたが、実際に命を奪う瞬間を見ることはなかったからだ。

 伝え聞いた話だが、第二次豊穣戦争中、光矢は豊穣の軍勢を幾度となく穿ち、あの倏忽にも着弾したという。倏忽は其から賜った、理不尽なまでの再生力で元通りになったようだが、それは使令だからだ。惑星から見れば粒のごとき小ささである凡百は、一瞬で蒸発する。それは、人間種より二倍以上身長が高い私であってもだ。

 

 目に見えないほどに速く、豊穣を討つためだけに動く宇宙の仕組み。其をそのままにしておけば、私たちにも弓を番える可能性を否定できない。

 

 

 あらゆる対策は練っている。「存護の壁」プロジェクトの完成形。惑星を守るための壁には、物質的な硬さの他に「神秘」の力が塗りたくられている。壁を通してヒスイノの存在を不確かにし、其の目を欺くのだ。

 これはピノコニーにいるカタルス家と、名も知らないミハイルの友人がしてくれた細工である。「神秘」の星神、ミュトゥスの信奉者、その内の一派閥に「虚構歴史学者」がいる。彼らは本来、歴史を捻じ曲げることに力を注いでいるのだが、ピノコニーにいる虚構歴史学者は、夢の不確かさ、神秘性に目をつけた。

 そしてカタルス家に所属する元虚構歴史学者、現ドリームメイカーは歴史を破壊することよりも、曖昧なものを加工・創造することに力を注ぐ。

 そのため惑星全体を神秘のベールで包むのは、彼らの興味を掻き立てる事象であり、意気揚々とプロジェクトに参加してくれた。

 

 

 また、元々我らが持っている欺きについてである。ヒスイノでの研究結果から、「欠け月」の粒子が、豊穣の性質を隠す、あるいは塗り替える役割を果たしていることが分かっている。

 具体的に、欠け月は豊穣や繁殖、そして壊滅といった、製造時に媒介とした存在の方向性を有しているのだ。現在、疑似赤泉に捧げられている物の中には、夢境からの物質化された記憶域の欠片も入っている。故に、後続の欠け月からは「記憶」と「神秘」由来のエネルギーさえも、微量ながら検出されている。

 

 以前は、巡狩の星神の行動基準について、豊穣の民らしい暴力性、略奪行為が関わっていると認識されていたが、今は違った結論が出ている。嵐は豊穣以外に興味がないから、識別反応を示さぬヒスイノの民に矢を放たないのだと。

 

 欠け月を民全員に呑ませれば、ヒスイノは一先ず安全だ。そのような期待はあれど、そう上手くはいかない。元仙舟人と、似た性質を持つ豊穣の民がいるからだ。

 元仙舟人並びに、一部の人型の豊穣の民は、「豊穣」の賜福を受けた果実を、遠い昔に食らった者の子孫である。肉体を遺伝子レベルで復元するため、欠け月を異物として弾く。また元仙舟人についてだが、本質的には豊穣の民と同じであり、仙舟から離れたら巡狩の加護はなく「忌み物」として認識される。

 

 また彼らは、ヒスイノに信頼を置き過ぎているという問題も抱えている。今まで矢が撃ちこまれたことが無いのが危機感の欠如を招いている。それに、もしもがあっても壁で守られるだろうと楽観的なのである。

 

 確かに怯えるよりは自然体でいてほしい。だが私や研究者の危機感は募る。豊穣に鞍替えしようとする仙舟人、仙舟人と同じ性質を持つ豊穣の民が数を増やしたら。神秘の権能を貫通するほどの人数が定住を望んだとき、間違いなく嵐はヒスイノに目をつける。私たちには猶予がないのだ。

 

 仙舟人の研究は続けられている。既知の情報、技術だけでは一向に解決策は出てこない。

 研究の停滞。手を尽くしても、こればかりは解決できない事象である。結局ヘルタとルアン・メェイからの報酬頼りなのだ。

 チャドウィックが行っている共同研究が、もうすぐ完遂すると聞いている。ルアン・メェイの研究も進展がある。天才たちの瞳がこちらを向いてくれるまで、祈りながら待つ外ない。

 

 

 

 私は一人で、ルアン・メェイの住んでいる惑星へと向かう。彼女は私を「助手」と呼ぶようになり、実験の進展に関わらせているが、その助手としての活動で理解したことがある。ルアン・メェイという女性は、望んでいない成果物、あるいは興味のない事象にはとことん始末をつけない。

 

 一つ挙げる。ある実験での出来事だ。私はルアン・メェイから疑似赤泉のサンプルを所望され、手渡した。ルアン・メェイは疑似赤泉を大量に使い、その結果狼や混血の狐族に見られる特徴を得た生物が生み出された。

 それは月狂いに似た凶暴性を増す能力を使って、特殊なシャーレ内を暴れ回る。拘束用の動力アームは役割を為せず、破壊されていく。私はルアン・メェイがどう対処するか伺っていたが、数分後彼女は私にこう指示した。

 

 

『サンプルの生体的構造を見てみましょう。助手さん、この座標へ放してきてください。』

 

 

 ルアン・メェイが示したのは、人間種のいない荒涼たる惑星であった。私はそれに従い、撮影用ドローンをつけた上でその生物を置いてきた。

 

 そして数月後。再び来た私は、ルアン・メェイにこの実験について尋ねた。手伝いがいるか確認を取るためだ。彼女は不思議そうな表情をして、実験は一旦終わったという旨を返した。しまわれたドローンの親機から映像を見せてもらうと、実験生物はまだ生きている。荒れ果てた惑星を走り回っているようだった。

 

 

『副次的効果として原始的な性質を持つようにしたかったのですが、この疑似赤泉では凶暴性を増すのみでした。またいつか、様子を確認します。』

 

 

 ルアン・メェイはそう言い、菓子を頬張った。口では次を仄めかしていても、無関心さが表れていた。つまり放置である。私はルアン・メェイに言葉をかけ、その生物が星系を破壊しないよう討ちに行った。

 

 

 またルアン・メェイは私生活も不規則かつ、自身に無頓着である。随分前の訪問では、ルアン・メェイはよれた服を着たままテーブルに突っ伏していた。爪をしまった指で揺り起こし何事かと問うと、研究の途中で眠っていたと彼女は返した。少しゆっくりとした調子で、ルアン・メェイは言った。

 

 

『もう少しで結果が出ます。…助手さん、どうしましたか?』

 

 

 彼女は、髪型も服装も乱れていた。生物の遺伝子をモチーフにした簪も一つ零れている。聞くと食事も摂らず、寝る間も惜しんで研究に没頭していたらしい。いくら豊穣の恩恵を受けた長命であるからといって、数日何も食べないのは死に近づく。

 私はデザート用の菓子と、栄養バランスの完璧な食事を荷物から取りだし、ルアン・メェイの背を押した。身を綺麗にしないのも、人間にあるまじき状態だからだ。

 

 私は今までしてきた数々の対応を思い起こし、それを止めた。彼女は長命種でだいぶ生きているだろうに、おもりのような役割もするとは予想外ではあるが、それはそれだからだ。私は民への益が得られれば良い。

 何にせよ今回の訪問では、問題が起こりませんように。私は頭の片隅でそう思いながら、惑星に宇宙船を着陸させた。

 

 

 ビーコンからメッセージを飛ばし、到着を報告した。少しして返答が来た。ルアン・メェイは、私から何度か採取した細胞の培養をしている施設で待つ。私は加工済みの料理を降ろし、施設へと向かった。菓子ばかり食す彼女は、貯蔵しているものも甘い食べ物や菓子の素材だらけだ。そんな生活で、生命の表層を軽視されては困る。

 

 認証を行い培養施設へ入ると、白衣を着たルアン・メェイの背が見えた。緑色の液体が満ち、大小さまざまな肉塊が浮いているタンクを眺めながら、彼女に近づく。ルアン・メェイは振り向き言う。

 

 

「実験に大きな進展がありました。あなたの肉体を使った、『新しき狼』のクローンはタンクから出せる状態まで成長させられました。心臓の再現は叶いませんでしたが、血肉の生成は可能な生命体です。」

「流石ですね。それで私は、どのようなデータ取りに協力すればよろしいでしょうか。」

 

 

 ルアン・メェイは端末を見た後、何でもないように言った。

 

 

「助手さんは、240番目のシャーレで培養中の血肉を拘束してください。この血肉はクローン体とあなたの体から抽出したもので…複製された使令になると予想をつけています。」

「な…使令…!?」

 

 

 私は彼女の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。聞き間違えではない。ルアン・メェイは確かに使令と口にした。

 そして次の瞬間、私はひどく悔やんだ。何故この結果を想像しなかったのだ。生命の本質を追い求めること以外には無頓着な彼女が、私のクローンを作る程度で留まるわけがない。目的に沿っていて、実現できることは何でもやるのだ。

 倏忽が蘇る前に、すぐさま止めなくてはならない。世に害を出す前に。

 

 

「…場所をすぐに教えてくれ!ルアン・メェイさん、貴女は倏忽の恐ろしさを知らない…すぐに離脱せねば貴女の身も危ない!」

「焦燥感を覚えているのですね。大丈夫ですよ、落ち着いてください。」

「落ち着くなど!」

 

 

 ルアン・メェイは端末の画面を見せた。表示された書きかけのレポート、実験予想の項目には、『タンクから解放後、増殖を繰り返し135秒後に自壊』と記されている。

 

 

「135秒…あなたの運動性の記録から見れば、対処は可能です。今回は、複製された使令の確認になります。」

「実物を見たことが無いというのに…その予測は正確なのか。拘束できなければ血の海が降る。…策はあるのですか?」

「はい、結果は見えています。あなたが対処できない問題がもし生じた場合、私がそれに対応します。」

 

 

 私は信用と不審がせめぎ合っていたが、場所を訊き走り出した。これはルアン・メェイから受けた、試しと脅迫だ。血肉を解放するスイッチは彼女が握っているのだから。

 私が蒔いた種であり、責任を取るのは当然である。自身の愚かさを痛感しながら、特殊なシャーレに向かって駆けた。

 

 

 入った白い実験室には、ぽつりと一つタンクが鎮座している。樹木のごとき、変幻自在の血肉。私が数琥珀紀前に見た倏忽に酷似しているが、唯一違う点がある。私の身長より二回りは小さいのだ。

 

 

「くっ…。やるしかない…。」

『助手さん、タンクを解放します。どう動いても構いません。あなたの取れる最善で、血肉を封じてください。』

 

 

 ルアン・メェイが上から指示を出してきた。ブザーが鳴るのと同時に、緑色の培養液が抜ける。

 血肉が蠢き始めた。私は背中の斧槍を掴み、血肉に向かって思い切り叩きつけた。

 

 

 血肉は膨らむように展開され、すぐさま私の身長を越した。どこにあるか分からない感覚器官から、視線を感じた。疑似的に再現された人間の頭部たちが、不気味な声を出す。

 

 

『愚かな狼よ。吾に平伏し、糧となるがいい。』

「複製なのに、記憶まで持っているのか…!」

 

 

 枝に似た触手が、私を貫こうと攻撃してくる。私はそれを素早く回避し、斧槍で切断した上で食いちぎる。血肉が体内で暴れ回る。二度と体験することはないと思っていた痛みだ。

 

 

『例え薄汚れた獣の一部になろうと、吾は不滅だ。さあ足掻け…!』

「見せてやろう…!私と共に在る紅鎧の力を!豊穣のため力を尽くすさまを!」

 

 

 紅鎧を顕現させ、人型を増やす。そして超高速で頭を回転させ、人型たちを操作する。脳で指示するため動きは私に比べて鈍くなるが、突き刺されても尚痛手を負わせられる人形だ。複製された倏忽は、紅鎧を自身に取り込もうとするも、奇怪な叫びを上げる。ただの人間の遺体と紅鎧は違う。自身の指を臓器に突っ込むようなものだ。

 大きな隙が出来た倏忽の複製を踏みつけ、強化した腕で血肉を穿つ。ぶちりと千切り、喰らう。

 強力なエネルギーで崩壊させることが出来ない以上、対処方法はかつての焼き直しだ。それでも長年の鍛錬の成果か、たんに複製だからか、よく損傷する。

 

 しかし倏忽は悠々と体の損傷を回復し、肥大化していく。私は攻撃をしながらも、倏忽に向かって叫ぶように言う。

 

 

「倏忽…!貴様は、何故多くの生命を苦しみに陥れた!苦痛を伴う生を、薬師は望んでいないはずだ!」

『簡単なこと。薬師様は、力を願った吾に応えてくださった。他の凡愚より強大なる力を!』

「願った…?…そうか!」

 

 

 複製と実物は違う。だからこの倏忽の複製が言うことは、真実ではないかもしれない。

 だが私は一瞬の内に推論を出した。何故豊穣の運命を行かない倏忽が使令になれたのか。

 

 それは薬師が、豊穣の権能を望んだ者を拒まないからだ。永く生きたいと望んだ者には長命を得るための果実を。間接的にだが、人々が生きるための食料を与えてくれるよう望めば、飢えることの無いように赤泉を。そして力を望めば、膨大な豊穣の力を。

 

 簡単なことだ。倏忽は薬師に選ばれたのではない。ただ望んだから与えられただけであり、薬師にとってはそこらの凡百と変わらない。私の中にあった、超然とした印象が、途端に安っぽくなった。ならば、恐るるに足らず。

 私はわざとらしく笑い、大盾の裏側に取り付けたレーザー砲を放った。まだ小さい倏忽は、集中して焼ける肉を修復しようとしているが、思うようにいかないようだ。

 

 ルアン・メェイが示した時間を見る。倏忽が意思無き肉となるまで、残り二十秒を切っていた。

 

 

「こうしよう。再び貴様は私の一部になる。何度でも喰らってやろう…その果てに私は、力を持つ凡人とならん!」

『何を言う。な、吾の肉体が…。』

 

 

 巡狩の矢じりを鍛えた斧槍、盾が白き光を放つ。豊穣を討つという意志は、ただの一欠片にさえ宿っている。飛び散る肉を喰らい、私の糧としていく。

 複製された倏忽の断末魔が、途中で途切れた。そしてルアン・メェイが言った135秒が経過した後も、私の取り込んだ肉は熱を持っていた。

 

 

 死滅しどろりと溶けた血肉で体が汚れる。これをどうしようか考えていると、シャーレの上からタンクが降りてきて私を包んだ。そしてタンクから冷水が噴き出し、その後強風が水気を飛ばす。

 私は体の洗浄が終わると、小さく手招くルアン・メェイを見てから、シャーレの外へと歩いた。

 

 再会して開口一番に彼女は言った。

 

 

「内包するエネルギー量と、体積。算出した時間に、寸分の狂いもありませんでした。」

「…貴女の言う通りだった。しかし、仮にも私は貴女の助手です。話さないままに対応を迫る事態は、避けていただければ。」

「…?しっかりとお話ししたはずですよ。「再現」をすると。」

 

 

 ルアン・メェイは小首を傾げて言った。

 抽象的が過ぎる。私は頭を抱えそうになったが、これはわざとだと理解した。世俗から離れた天才であっても、使令については情報を持っているだろう。その背景も知っているはずだ。

 表情を作らなくても、彼女は感情を偽れる。ルアン・メェイは罪悪感もなく、次を提示する。

 

 

「より使令に近く、そのものを作り出せるように実験を重ねていきましょう。そしてあなたは必ず、次の実験に協力してくださいます。肉体にどこまでもエネルギーを貯め、生成していける個体が、其の使令になれるのか。膨大な虚数エネルギー――助手さんが欲しがっている、最も足るものでしょう?」

 

 

 ああ、やはり天才とは恐ろしい。どれだけ人間じみた仕草を見せられても、私はルアン・メェイが人類とは思えなくなった。彼女にはあらゆる願望を満たせる力がある。

 そうだ。私は力を望んでいる。凡百でも力を得られるならば、腕が千切れても手を伸ばす。単騎の戦力と、集団の練度。どちらも揃えば何物にも害されぬ。星海全体に我らの歩みは届く。

 

 私は厳重に包装された荷物を取り出し、ルアン・メェイに手渡す。彼女が端末で情報を見ており、欲しがっていたスイーツである。私が開けると、ルアン・メェイはかすかに目を見開いた。

 

 

「流石、生命の掌握を行える方だ。報酬以外にも利をくれるとは。…対処可能なのであれば、恐れる必要はない。貴女の望む知恵のために駒になろう。」

 

 

 やがて星神の秘密を知り尽くし、自身も星神になることを望む天才。辺境の惑星にて静かに野心の火を燃やす女性は、ただ作られた微笑を浮かべた。

 

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