月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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機械の生存戦略

 ヒスイノ-Ⅰ。数琥珀紀に渡って拡大している、ある勢力の始まりの地であり、その惑星群に生きる民の一種族、オムニックの起源でもある。

 復興前、つまり一度滅びる前、この惑星に住んでいた機械生命体は、虚構の内にあった。歴史を「創作」され、存在意義さえも作られた存在。だが今は違う。シミュレーション実験は遠い昔に終わり、ヒスイノで生きるオムニックは自由意志を以て、日々演算し続けている。

 そして現在。ヒスイノの主が、星を留守にすることが多くなっている中、一体のオムニックが動いていた。その機械生命体の名はストリボーグといった。

 

 彼と同時期に製造されたオムニックはもういない。

 部品の総取り換えをすれば、自己の存在証明が為せなくなる。かつての仲間はストリボーグにそう伝えていた。ストリボーグも、外装甲や一部内部構造を取り換えはすれど、核となる電子基板までは交換できなかった。故に、戦闘用で丈夫な核も限界をもうすぐ迎える。

 

 

 ストリボーグは、ヒスイノ-Ⅰの中枢に意識を移した旧い知り合いへ会いに行く。製造番号15384、ヒスイノの発展に裏側から寄与した、イゴサと呼ばれたオムニック。その名残に。

 彼はイゴサを父と呼び、自身が主と決めた狂风と同じくらいの優先順位をつけていた。イゴサの機械の体が朽ち、オムニックの集合知になった後も、ストリボーグは彼の演算結果を判断の一つに数えていた。

 

 ストリボーグは、ヒスイノ-Ⅰ奥部にある『母なる電気シグナル』を起動した。するとホログラムが出現し、三本足の円盤型オムニックが映し出される。

 イゴサは最期まで、機械装甲を身に纏わなかった。だから生前の影でさえ小さなままだ。オムニックが戦いに身を投じる以外の選択肢を、狼たちが見せたからだと、彼は機械音声を発していた。ストリボーグは記憶回路にその言葉を刻んでいる。

 

 

「ファザー。記録のバックアップから、前回の議論の続きを希望します。」

『バックアップデータ読み込み完了。了承:オムニック、ストリボーグの記憶データ継承について、議論を開始する。』

「現在の状況をビーコンで共有します。」

 

 

 ストリボーグとイゴサの再現は、機械言語にて議論を始める。認証は、有機生命体でもデータベースを活用できるように既存の言語で行わなければならないが、その後は他者に聞かせる内容でないため、圧縮言語が用いられる。

 

 ストリボーグは自壊する前に為したいことがあった。それは天才クラブの一人、#76スクリューガムとの取引である。狂风とスクリューガムは、絶滅大君「鉄墓」に対抗するために協力関係を結んだ。

 だが軍事的な協力だけでなく、スクリューガムはヒスイノのオムニックに興味を抱いた。有機生命体の理解を高めている同族から情報を得たいと考えたのだ。

 そして、スクリューガムはヒスイノのオムニックに予想外の情報を得たようだ。オムニックたちは知恵と技術を絶え間なく共有し、何十万もの個体が一つの目的のため演算し続けている。そうして、膨大な集合知の構築を行っているという事実をスクリューガムは知った。

 

 スクリューガムは、オムニックのまとめ役であったストリボーグに提案した。ヒスイノのオムニックが望む「器」を用意する。その代わり、機械生命体の演算がどこまで高められるのか研究をしたいと。ストリボーグはその条件で受けた。

 スクリューガムが言った「器」の用意は、主の狂风が望む守りにも繋がっていた。同じく天才クラブに所属するカルデロン・チャドウィック。スクリューガムが彼を介して、主をヘルタに接触させた。

 ヘルタから主が受け取る報酬は、スクリューガムからの報酬でもあるということ。チャドウィックとヘルタの共同研究には、様々な思惑が重なっていたのである。

 

 

 ストリボーグは、電子基板が積まれている部位を押さえ、火花の散るそれに応急措置をした。

 イゴサの影との議論も、究極的には意味がない。何故ならもう、段取りは設定されているからだ。機能停止する前に、父と名残でもいいから言葉を交わしたい。有機生命体に近い言い方であればこうだ。

 

 次に狂风がヒスイノ-Ⅱへ戻ってきたとき、「器」も共にやってくる。それまでは壊れるわけにはいかないと、ストリボーグは機械生命体らしくない、肉の入った演算結果を叩きだした。

 

 

――――――

 

 琥珀2156紀が始まって数年。チャドウィックとヘルタの共同研究は完遂した。星間を繋げるための装置を、カンパニーが悪用できないように、抑止システムを開発したのである。加えて装置の改良を幾度も行い、名実ともに多数の人間を救える機械を作り上げた。

 システムの起動実験の成功を見届け、チャドウィックは穏やかな表情で私に言った。

 

 

「この十数年間、私の人生において最も実りある時間を過ごせた。契約主とのしがらみはなく、同じ天才に私の全てを託せた。クゥアン、君のおかげでもある。…ありがとう。」

 

 

 そう言ったとき、チャドウィックは思い残すことはないとばかりに体を弛緩させていた。情熱を燃やし尽くし、チャドウィックはただ満足気であった。

 チャドウィックをヒスイノまで送る手筈を整えた後。宇宙ステーション内にあるオフィスにて、ヘルタが私に伝えてきた。

 

 

「博士、お疲れ様。同じ仕事ができたこと、あなたの名前もずっと覚えておくわ。…で、大きなの。模擬宇宙のための実証データは集まったことだし。あなたにも報酬を渡さなくちゃね。」

「追加で行うことはありませんか。確かにデータ集めは終わりましたが、まだ貢献できるはずです。」

「また別の機会にお願い。あと…あまり期待できないけど、模擬宇宙の大枠が出来たらテスターも頼むかも。」

 

 

 ヘルタは便利だからと追加で呟く。良いように使ってくれるなら大歓迎だ。まだ天才と繋がりが途切れないことに、私は喜んだ。

 しばらくすると、ヘルタからメッセージが送られてくる。テキスト形式のようだ。私はそれを開くと、頭を捻る。何かの取扱説明書のようだが、専門用語が多く瞬時に理解が出来ない。

 図解を見て、ようやく判別できた。これはロボットドールの設計図だ。それもヘルタの姿そのものである。

 

 また通信を取り戻したヘルタが、人形から言葉を紡ぐ。

 

 

「今送ったのが報酬だよ。改良案をインストールした上で、宇宙船前に置いたから。後は機械工学に詳しい人に聞いて。」

「ヘルタさん、この義体は大切なものでしょう。いただいてよろしいのですか?」

「うん、使い古して壊れちゃったものだから。いっぱいあるから修理するほどでもないの。それにスクリューガムとの取引でもある。模擬宇宙開発にあの天才が加わる一条件。彼からの提案に、他人が出てくるなんて驚きだった。」

「ああ、確かに貴女を紹介してくれたのは、スクリューガムさんだ…。」

 

 

 スクリューガムがここまで関わっているとは。私は驚きを隠せなかった。

 ヘルタは続けて言う。スクリューガムは私への報酬に、壊れかけの義体を指定したらしい。この義体であれば、最も多くの益を私が掴めると、彼は断言したそうだ。

 

 他人に興味を持たないヘルタも、同じ天才や尊重している人物の言葉はよく覚えている。私はスクリューガムの意図に対して想像もつかないが、彼は欺くようなことをしない。壊れかけのヘルタの義体が選択されたのには、大きな意味があるのだ。

 

 

「ヘルタさん、ありがたくいただきます。そしてまた、貴女の望みに応えましょう。いつでも仰ってください。」

「うん、それじゃ。バイバイ。」

 

 

 話は終わったとばかりに淡白な言葉を返し、ヘルタは遠隔操作を終えた。人形がオート返答モードになるのを確認してから、私は宇宙船へと戻った。

 

 

 ヘルタの言った通り、人間大の箱が宇宙船前に置かれていたため回収し、チャドウィックと帰路につく。星海を飛んでいる間、その報酬について確認することにした。チャドウィックも椅子から身を乗り出し、私が箱を開けるのを眺める。

 箱には目を閉じたヘルタ人形が入っていた。球体関節だけでなくボディ全体が傷み切っており、随分前に製造された義体であることが分かる。

 

 

「クゥアン。ヘルタ女史は人形に情報を入れる際、起動チェックを行っていた。だから情報の取り出し自体は可能だろう。」

「ああ、だがスクリューガムさんは、この義体にも意味を持たせている。でなければ、データを手渡してもらうだけでいいはずだ。」

 

 

 私は一度設計図に従って、ロボットドールを動かしてみることにした。動力源を入れるとそれは目を開け、人間種そっくりの頭部から、ただ一言だけ発した。

 

 

『システム…再…起動…。』

「おっと…!…やはり、遠隔操作の機能のみがあるようだ。」

 

 

 そして自立不可能なほど壊れている故か、人形は背中から倒れ込みそうになる。私は指で支えると、人形を座らせる。私の顔を認識しているのか、視線を合わせてくるがそれだけだ。

 じっと見つめていても何も変わらない。私は人形から視線を外した。人形から違和感は覚え続けるが、何が原因なのか分からないままであった。

 

 

 数日経ち、ヒスイノ-Ⅱへと到着する。チャドウィックは宇宙船から降りると、大きく息を吸った。

 

 

「クゥアン、私は別荘でゆっくりと時間を過ごすことにするよ。また近況を教えてくれると嬉しい。」

「お疲れ様、チャドウィックさん。必ず話に行こう。」

 

 

 チャドウィックは手を挙げてから告げ、喧騒から離れた屋敷へ向かっていった。足取りは確かで、遠くなっていく背中は儚く見えた。そよ風が砂を巻き上げる。紳士然とした服装から、燃え殻が舞っているようであった。

 命ある限り、別れはやってくる。あと何回彼と話せるだろうか。私は寂寥感を胸に、彼の後ろ姿を見送った。

 

 私はロボットドールをどうすべきか考えながら、住んでいる場所へと歩いていく。共同住宅の屋敷にまで辿り着くと、その入り口には旧友の姿があった。オムニックのストリボーグだ。

 彼は緑色にモノアイを発光させ、私の持つロボットドールを示す。

 

 

「マスター、ご無事で何よりです。質問:その箱に入っているロボットは、「報酬」ですか。」

「そうだ。これをどう活用すべきか考えていてな。機械生命体として、君は何か案が出せるか?」

「はい。回答:その器は、識別個体名スクリューガム氏のはからい。マスターが交わした契約ではない、もう一つの取引によるものです。」

「…部屋で話を聞こう。」

 

 

 私はストリボーグの様子がおかしいことに気が付いた。外装からパチパチと火花が散っているのだ。明らかな故障だ。私は尋ねようとしたが、口をつぐんだ。理由なく故障を放置するわけがない。それに返答を聞けば、私は後戻りできなくなる。そんな予感がした。

 

 

 執務室にて、私は椅子に腰かけストリボーグの言葉を待つ。ストリボーグは胸のあたりを押さえながら、話し始めた。

 彼が彼でいられる耐久年数を超えており、そろそろ限界であること。ヒスイノのオムニックが望むことを。

 

 ヒスイノのオムニックは演算した結果、性能限界を導き出したという。豊穣の民や、星を飼った有機生命体たちは絶えず進化しているが、オムニックは現状維持なまま。ある一定のラインを越えたら、オムニックの立場はなくなってしまうと。

 私はそんなことはないと反論した。民に優劣をつけるつもりはなく、ただ自由に生きてくれていればいいのだ。ストリボーグは私の言葉を留めた。

 

 

「製造された古い仕組みのオムニックたちは、マスターに置いていかれたくないと感情モジュールを燃やしました。その演算結果は、私も算出しています。論理:既存の製造技術を外付けとした、新しいオムニックを製造。マスターの旅路に同行させることを希望しています。」

「…それが、君や民の望みならば。」

 

 

 ストリボーグはモノアイを点滅させた。表情は無くても、まるで笑っているように。

 私は思っている。機械生命体の中で誰よりも狼の機敏を理解しているのは、彼であると。私は群れの始まりから思い起こす。ストリボーグと肩を並べて戦ったこと、師匠の死後も感情を読み取ったうえでついてきてくれたこと。六百年の記憶を噛み締める。

 

 

 スクリューガムは新たな機械生命体について、ストリボーグにこう語ったという。遠隔操作されているロボットドールには、少なからず有機生命体の「魂の欠片」のようなものが蓄積する。それだけでもロボットがオムニックとなれる可能性は少なからずあるが、魂の持ち主が天才であるという部分に価値がある。

 

 オムニックたちの計画はこうだ。人工的な「天才」、それに近しい機械生命体を作る。材料は耐久年数が近づいたオムニックの思考回路、それと『母なる電気シグナル』である。

 最終的にヒスイノの集合知と、その天才の思考回路から設計図を作り、常に進化するオムニックを生まれさせるのだ。

 

 

「マスター、この器を預かります。また別の姿になってお会いしましょう。」

「…ああ、待っているよ。君たちの新しい姿を。…ありがとう、ストリボーグ。」

 

 

 これは別れではないと、ストリボーグは言った。私は彼の冷たい装甲に触り、六百年時間を共にした友人を見送った。

 

 

――――――

 

 冷たい海の底に沈んでいるようだと、客観的に見れば判断できるだろう。停止した歯車は主の命令があるまで、止まったままだ。

 ロボットドールは何も考えず、自律機能を持たない。

 

 ロボットのカメラアイには、何体もの機械生命体が映り込んでおり、それは無感動に映像を記録する。

 一つ、また一つと内部構造が改造されていく。

 

 

 ロボットドールは流すはずのないオイルを、目から垂らす。何故、この体は動かない。

 私も多くを見たい。彼女のように「知恵」を探究したい。

 

 動かない体で、発することのできない音声機能で、生きたいと叫んでいる。

 

 ロボットドールの思考に、暖かな光が射していく。

 

 

 オムニックによる改造が済み、強烈な閃光がロボットドールの体を貫いた後。人形は、生命となった。

 

 

――――――

 

 

 何も手に着かない日々。それは突然に終わりを迎えた。オムニックの一人が、見覚えのある少女を連れてきたのだ。

 紫を基調とした衣類に、灰色の人工毛髪。幼く、人間種基準で整った顔立ち。髪に一つだけアクセントが付けられている。それは緑色の光を放つ造花であった。

 彼女そっくりの声と喋り方で、それは言った。

 

 

「私はヘルタ…オムニックのヘルタ。よろしく、狂风。」

 

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