智械黑塔の頼みは多岐に渡った。時には、親交のあるヤリーロ-Ⅵ、ピノコニーのカタルス家を基点に、人間単位のミクロな情報を様々な星から集めた。白珠に、彼女が出版している著書の元になった話の録画データまで見せてもらったりもした。またある時はヘッジングの伝手を頼り、彼女が所属するガーデン・オブ・リコレクションの知人から「記憶」を複製してもらうこともあった。
智械黑塔は、並列処理により同時に多くの研究をこなしている。誰かと会話をしている時でも、絶えず遠隔でロボットが動かされているのである。
現在、私と智械黑塔は宇宙船にて、結果を確認している。今回見せてきた研究は、ガーデンの技術である、憶泡や光円錐の作製方法についての試行である。彼女は口元に握り拳を持ってきて呟いた。
「…やっぱり浮黎の祝福を直接受けないと、粗雑な出来になっちゃう。ドリームメーカーやメモキーパーをエミュレートしても再現率は12%程度。」
「欠け月が持つ記憶の継承性も試してみたか。」
「あれは、異なる性質のエネルギーが混ざりすぎているから。どうしても行き詰ったら、光円錐の形だけ真似てみる。」
智械黑塔はそう言って、無臭のオイルを口に含む。オムニックは基本的に動物性の食事を摂らず、摂るとしてもエネルギー変換に特化した回路が必要となる。多くを知りたいと考えている智械黑塔であれば、何れ外付けユニットにでも味や食感を認識する装置を取り付けるかもしれない。
今回の星間移動では、智械黑塔もルアン・メェイのいる研究所へ連れていく。ルアン・メェイとの交渉は、また上手く行かない状態が続いている。彼女にとって交渉内容など興味を持つ事柄ではないのだ。研究の終わりにこちらへ再び目を向けてもらう外ない。
「狂风、ルアン・メェイとの研究はまだ長いんでしょ?彼女の想定では、いつまでに結果が出るのかしら。」
「それは教えてくれないんだ。倏忽の複製は実験を行うたびに、自壊までの時間が伸びているのだが…前はぴったり600秒だった。」
「ふーん…ルアン・メェイならもっと飛躍的に時間を伸ばせそうだけど。あなた強いんだから、もっとサイクルを早めてもらうよう頼んでよ。」
「はは、複製といえどあの倏忽、豊穣の使令だぞ。私が対応できなければ災厄が降りかかる。彼女も慎重に事を進めているのだろうさ。」
不満げに言う智械黑塔に、私は笑ってしまう。こういう時の彼女の言葉は半ば冗談だと分かるから、軽く返せる。それに智械黑塔の目からは、信頼のようなものが感じられる。彼女が造られてから大半の時間を共にしている故に、私の「抗う者」としての活動を見ている。それに星間を巡る際、はぐれレギオンを協力して倒したこともある。演算によって私の身体性能は理解しているのだろう。
智械黑塔は、着いたら研究の様子を見たい旨を話し、また思索を始めた。遠くでロボットの駆動音が聞こえる船内で、私も業務を進めることにした。
争いも喧噪もない辺境の惑星、ルアン・メェイの研究場所へとやってきた。惑星の外に用事がない場合、ルアン・メェイは居住施設で、菓子を食べたり刺繍をしたりといった趣味を行っている。もしくは人間としてみれば不健康な状態に陥っている。出来れば前者であってほしいと訪問するたびに思っているが、今回はどうか。
背部ユニットを自動追従モードにした智械黑塔が、私の右斜め後ろからついてくる。私はビーコンからのメッセージを適宜確認しながら、ルアン・メェイの居住空間の前に立つ。
しばらくすると私の訪問が認可され、扉が自動で開く。私は身を屈めると、智械黑塔と共に中へ入った。
ルアン・メェイは身だしなみを整えた状態で、端末を確認していた。私は土産として持ってきた梅の菓子を、背嚢から取り出し彼女に声をかける。
「ルアン・メェイさん、こんにちは。お呼び出しの通り、来ましたよ。こちらは貴女が欲しがっていた新作の菓子です。」
「こんにちは、助手さん。ありがたくちょうだいしますね。あなたの後ろにいるのは…ヘルタの遠隔人形ですか。自律して動作できるのですね。」
「私にはちゃんと頭脳が入っているの。人形と一緒にしないで。」
穏やかだが目の前の人間に焦点が当てられていない調子で、ルアン・メェイは私に言い、小さな智械黑塔にも感想を紡ぐ。智械黑塔は両手を腰に当て、眉を吊り上げた。
覗き込むようにルアン・メェイが観察している内に、私は彼女に願う。多少興味を持っている状態でなら、研究以外の話も通る。
「ヘルタの口調に似ていますが、パターン化されていないようですね。機械生命体にあたるのでしょうか。」
「その通りだ、ルアン・メェイさん。彼女は、ヘルタさんの記憶を持ちながらも別の生命、智械黑塔だ。そして、彼女なら貴女の研究をより効率化させられるだろう。だから私で実験をしている時、傍においてくれないか。」
ルアン・メェイは智械黑塔から目を離し、私に向かって言う。
「いい子にしているのなら構いませんよ。それで助手さん、今回の実験についてお話しましょう。」
情報を端末から見せられる。前回から大幅に時間が伸び、5分から1時間にあげられている。智械黑塔の推測通り、ルアン・メェイは使令の再現方法を掌握し始めているようだ。
彼女はグラフを見せて説明する。
「これまでの実験から、助手さんの内包エネルギーをまとめたものです。あなたのエネルギーの吸収効率は、7回目の実験から指数関数的に伸びています。そのため20回目の今回から、自壊するのを待つ方式ではなく、全てのエネルギーを吸収する形に変更しましょう。」
「倏忽の複製を、己の力だけで倒しきれというのですか。…もし私が抑えきれなかったら、しっかりと対処を願いますよ。」
「はい。それでは、私が案内しますからこの惑星まで向かってください。地表に生命反応はありません。安心して実験に望んでくださいね。」
ルアン・メェイは名称のない惑星を指定する。黒い岩場が目立つ、不毛の土地だ。メモには、生命螺旋システムを試用予定とだけ記されており、別の実験に使うつもりだったことが分かる。
端末をつま先立ちで覗き込んできた智械黑塔は、ある瞬間からムッとした表情を作った。
「あなた、これだけの時間再現できるなら、なんで狂风を使うわけ?それに使令といっても、内包エネルギーの量は様々のはず。狂风の内にあるエネルギーは、豊穣の使令に並びかけてるじゃない。もう十分でしょ。」
表示されている情報だけで、智械黑塔は私の現状を理解したらしい。ルアン・メェイは少しだけ目を大きく開くと、小さく拍手をした。
「助手さんが連れてきた智械黑塔は、とても目が良いみたいですね。素晴らしいですよ。智械黑塔…ですが本当にそうでしょうか。いくら再現しても、使令はまだ私の理解の外にあります。使令と、使令に近しい力を持つ生命。其がエネルギーを分け与えることで何が変わるのか。この研究で、私はまずそれを理解しようと考えています。」
「…やっぱり、あなたとは馬が合わないわ。狂风、言っておくけど、このままいけばあなたの体が弾け飛ぶ可能性があるよ。」
智械黑塔は簡潔に説明した。現在私の体は、人為的に発生させた虚数エネルギーを、限界を超えて蓄積させている状態だと。智械黑塔の演算結果では、エネルギー総量だけを際限なく増やしていけば、豊穣の再生力も意味を為さず内側から自壊する。
するとルアン・メェイが弁解するように言う。
「どうやら、誤解があるみたいですね。今回の実験で、豊穣の使令の有していたエネルギー量と並びますから、次の調査へと移ります。ここまで協力してくれた助手さんをひどい目に合わせるなんて、失礼なことはいたしませんよ。」
「…どうだか。この実験は私も見ないと。ルアン・メェイ、まさか狂风を放って遠隔で結果を見たりなんかしないよね?」
「はい、重要な研究ですから。智械黑塔、不安になってしまったのですね。いつでも助手さんの近くに戻れるように、準備していて良いですよ。」
智械黑塔は一瞬表情を緩めたが、目を細めルアン・メェイを不審がる。話は済んだと判断したのか、ルアン・メェイはゆっくりと立ち上がり、私たちを手招いた。
「それでは、まいりましょう。タンクは積み込んでいます。合図をしたら、いつも通り攻撃を始めてくださいね。」
その後、私は彼女が操作する大きめの輸送艦に宇宙船を追従させ、じっと考え込む。元々リスクを考えた上で行っている実験だ。
また私自身感じていることがある。ルアン・メェイの実験をこなすことで、エネルギー総量は増えていることは確実である。だがその後、別の機会において敵を打ち倒すため体を動かしても、身体能力の向上がほぼみられないのだ。いや確かに強くなってはいるのだが、使令の一部分を取り入れたにしては微々たるものなのである。
まるで、体に枷がかけられているようだ。使令とそれ以外の差。たどり着けない答えであっても、思考停止してはただの傀儡である。私は目的地に着くまで、ただ思考を巡らせ続けた。
名もなき荒地へと、私たちは足を踏み入れる。私は宇宙船に積んでいた、万全の装備を着用した。豊穣と立場上敵対する星に赴く時以外着なくなった生体鎧が、私の体を軽く締め付ける。この鎧は気休めにしかならない。
ルアン・メェイが輸送艦の一部を分離し、中から培養タンクを展開した。既に普段相対している血肉より大きく、ものの数分で私が昔見た倏忽の大きさまで肥大化するだろう。
開始までをカウントする機械音声が、荒野に響く。今まで以上のルアン・メェイの暴挙に、心内で自嘲する。私は死ぬわけにはいかない。
私は今まで変数を起こし、滅びを回避するために生きてきた。これからもそうだ。ルアン・メェイが私のことをただの実験サンプルとしか思っておらず、何れ使い潰そうとしていても、変数を起こしてみせる。
カウントが零を唱える。血肉は膨らみ、ついにあのときの脅威が再演される。
倏忽の複製は奇怪な咆哮を上げ、触手を凄まじい速さで突き刺そうとしてくる。尊大な口上がない。これでは外見だけでなく、内側までただの化物だ。
「どういうことだ、ルアン・メェイさん!生存時間だけじゃない、今までの複製と全く違うぞ!」
『私は試しました。豊穣の使令の在り方とは何か。単なる複製ではなく、動物的な衝動を解放したのです。そうすることで、エネルギー量を元の使令に限りなく近づけることに成功しました。』
「…くそ!」
触手は鋭く、確実に私の急所を狙ってくる。確かに動物的な動きだが、その厄介さと速さはかつての倏忽以上だ。避けることもできず、全身を貫かれるが急所だけは大盾で防いでいく。
私は理解した。倏忽に理性があったからこそ、第二次豊穣戦争のとき隙をついて討つことが出来たのだ。その要を失えば、暴れ回るのみにもなろう。
肉塊の増殖と、量で押す攻撃の猛威で、私が喰らうスピードが追い付かない。そして私の体を喰らった血肉が蠢き、激痛を与える。
ここに、白珠のような英雄が現れることはない。私だけで何とかするしかないのだ。
「欠け月よ、私に応えてくれ!ぐああっ…!」
私は紅鎧を顕現させたうえで、欠け月を降ろす。局所的な強化を欠け月に使用すると、淡い緑色をした欠けた月の幻視が、満月の様相を見せた。ばきばきと肉体が折れて癒えるを繰り返す。
これこそ私の原点。血に酔わず、月に狂わん。
倏忽の複製は、身の毛のよだつ叫び声を上げて私を串刺しにする。体内組織が触手で千切られようとその場から再生し、体で血肉を喰らう。
「倏忽、貴様も苦しいだろう!私の元で再び豊穣を為そう…!」
細胞一つ一つが倏忽の複製と同化を果たしていくが、やはり私の体躯以上を全て吞み込むことは無謀である。制御できない触手が私の体を裂き、開く。
もはや生体鎧など形すら残っていなかった。私に今残っているのは、応星が鍛えた斧槍と大盾、そして千切れかけている深紅の毛皮だけ。
私は叫びながら、倏忽の複製に斧槍を振るう。脳が凍え、トランス状態に陥った私は、あることを想っていた。
これは星海に望まれず、私に討たれるために作られた生命。全ての命は、誰かに望まれて生まれてくるはずだ。略奪の限りを尽くす古き狼も、蟲も、自我を失う前、レギオンになる前の生命たちも。
だったら私が望もう。彼が私の中で生き続けられることを。
星海に飛び、浮遊する意識。今もどこかで起こっている出来事。怪しくも麗しき■■が凡百を見ている。悲しみをたたえ、命が奪われることを憂う。
私は星海中に散らばる信徒や、かつての倏忽と同じように、祈った。多くの生のためと、破壊者たちの命を奪った私は罪を背負って生きていくことを。そしてどこまでも手を伸ばし、多くの生を喜びの内にと。■■は、ただ居合わせた私を含め、長命を望む多くに白魚のような手を伸ばした。
私の体から枝が伸び、血の赤は緑に、淡い緑は純白へと染まっていく。其は個人を見ず、生きとし生けるもの全てを愛する。私は生まれたときと同じように、再びきっかけをもらったのだ。
私は超常から愛を得たいのではない。ぽんと力を受け取りたいのではない。
ただ其は憧憬の内にあり、なぞらえるのではなく自身の道を行く。だから力は、私が得た繋がりを以て、自らの手で手繰り寄せる。私は浮かぶ意識を、地へと引き付けた。
私は倏忽の複製に近づき、幹に手を当てる。奇怪な叫び声を上げていたそれは静まり、じんわりと溶けだす。それから思いが伝わってくる。生きたいと純粋な願いが。
私の中の血肉に迎合するように、倏忽の複製は私に張り付き吸収されていく。元々一つだった生命はよく馴染み、私そのものになった。
体内にまだ蓄えきれないエネルギーが、私の足元から惑星へと流れていく。不毛の土地、草もまばらに生えるのみの世界が、私の体を基点に変わる。草木が急速に成長し、黒い岩場が苔で満たされる。花々が咲き、肥沃な土地を作り出す。
私は己の体を見た。あの戦争の時から血の紅に染まっていた毛皮は白く、柔らかい毛並みへと変わっていた。
実験が終わり、宇宙船に戻った私を二人が出迎えた。ルアン・メェイは微笑みを携え、智械黑塔は深く思考を潜らせている様子だ。
「助手さん、お疲れさまでした。複数あった実験予想の内、3番目になりましたね。やはり生命科学とは煙のよう――かき分けてもなお、興味は尽きません。」
「急に毛並みが変わるなんて…とりあえずこれ、いつも羽織っているローブだよ。」
「ありがとう、智械黑塔。」
私はローブを着ると、ルアン・メェイをじっと見た。生命の本質を知るために創られた命が軽んじられるなら、私が代わりに重みを感じる。生きるも殺すも、命の重みを感じなくてはならないのだ。
「生命の創造、蘇生…貴女がそれを行うときは、私が必ず後始末をつける。貴女が望まなくても、私がその生命が生まれたことを望んでみせよう。」
「はい。また別の実験の終わりにお呼びしましょう。お願いしますね、私の助手さん。」
私は思った。いつか彼女が星神にならんとするとき、「愛」を真の意味で理解させなくてはならないと。星神とは法則である。他者を愛する心を持たぬ者が生命を司れば、薬師の恩寵を受けた者以上に苦しみが蔓延する。断じてそのようなことを起こすわけにはいかないのだ。
こうして使令とは何かを知るための研究、そのうちの一つは一度終わりを迎えた。私の変化は、使令になったわけではなく、内包するエネルギーに豊穣の指向性を持たせた、「使令級」という枠組みであったからだ。
ルアン・メェイは研究成果の交換条件として、私に報酬を渡した。変更してもらったそれは、蘇りの技術。寸分変わらぬ人体を作り出すクローン技術に似たものだ。これこそ、ルアン・メェイが今の人格を形成した要因の一つだとにらんだ。
再現が困難であるが、あくまで知識の特異点、そのきっかけを得るために智械黑塔によって少しずつ紐解かれていく。
私は、生気が籠り彩られていく花々を眺めた。この力と、得た技術の集大成で、多くを救える。ピースは揃った。
其に直接力を求めなかった、豊穣の「使令級」は、単純な力と他者への広大な治癒力を併せ持つ。