七つ月が瞬いた頃、つまり一週間の航海を経て、目標である青緑色の星たちが見えてきた。その星たちは、双子のように近くの位置にあり、同じ月の光を反射している。一方は有機的で、もう一方は機械仕掛けの無機物である。
器獣には、他の艦に積まれた保存肉を与えた。長い航海で、血の滴る餌を与えることは稀だ。他に役割のある狐族を餌にするのは、最後の手段だと歩離の中では知れ渡っている。
付いてきた仲間に狐族を何とも思っていない者はいないが、渡航に問題が発生した場合はその手段を取ろうとする歩離の民もいたかもしれない。問題がなく到着出来てよかったと、私はひとまず息をつく。
私は後ろからついてくる仲間の艦隊に示すように、ぐんと器獣の飛ぶ速度を上げた。まずは管理者が常在している、手前にある星から見ていくことにする。私は乗船している皆に声をかけ、大気のまとまりを突っ切った。
雲の上から見えてきた景色は、異種族の住んでいた建造物と、広がる草原であった。そして草原の中心には、器獣を管理するための施設が大きく見えてくる。通常の武器牧場と違い、建造物は破壊されている様子が無く、資源も取り尽くされていない。呼雷がお気に入りの一つだというのも頷ける豊かな環境だ。
器獣や、戦いにおいて用いられる、器獣と同じルーツを持つ戦獣が草原を走り回る様を確認しながら、私たちは星に着陸した。
しばらくすると管理施設から、一人の歩離の民が現れた。そして狼の手には、意思を持つ機械が握られていた。彼は奥底に怜悧さを潜ませながら、柔らかな口調でこちらに話しかける。じろりと私たちを見定め、最終的に瞳は私に固定された。
「はじめまして。私は狂风という。この星群の管理をされている眼角さんで、お間違いないでしょうか。」
「ええそうです。鑿歯猟群の眼角と申します。呼雷様から言伝をいただきました…。…うん、情報通りだ。若いのに、ここまでの巨躯に成長されているとは。まあ、それはいいのです。ここの管理について、ご説明しましょう。」
管理者は咳払いすると、遺伝子祈祷術の叡智の一端が詰め込まれた施設を案内してくれる。呼雷と猟群の指示で管理していたが、その契約も私が来たことで終わる。引き継ぐための案内だ。
彼曰く、向かいの星にも同じ構造の施設があるが、器獣を放すための草原がなく、遠隔で管理されているそうだ。
器獣の育成プラントに、その副産物である液体と肉塊の製造場所。そして、原住民からなる「餌」の飼育所である。消費されることだけが役割のそれらは、人間としての教育がなされていないため、知性の無い獣だ。成長した器獣の生餌になるために、栄養バランスの良い機能食を食べ、健康的な肉体が作られている。
白狼やこれの扱いを知る狐族たちは顔をしかめ、武器牧場の詳細を知らない狐族はえづきかけている。歩離の民と狐族は遺伝子的に近いが、容姿はこの人間たちよりだ。彼らから見た惨状と、自分たちを重ねたのだろう。
侵略を受けた後、長期的に稼働する武器牧場に星が選ばれた場合、人間は畜生未満の扱いを受ける。これはまだ待遇が良い方だ。
案内を終えた管理者は最後に、ずっと掴んでいた機械を、私に手渡す。飛行機能が壊されているのか、その小さなオムニックはずっしりと私の手にのしかかった。この型なら三本あるはずのアームも一つしか付いていない。
「狂风さん、このオムニックを使いなさい。ここの管理は、これに教え込みました。そうですよね?」
「肯定:私はこの器獣製造所の設備を熟知している。」
管理者は、オムニックに脅しをかけるような調子で言う。獲物として壊すのではなく、生け捕りにするのも戦術としては使われるものだ。オムニックはシステムに長けているから、一部の個体は生け捕りにされることが多い。私は管理者に、オムニックについて簡潔に尋ねる。
「眼角さん、彼はこの星群が出自なのですか。また、彼の状態は。」
「その通りです、向こうの星から連れてきました。ご安心ください。当然ですが、反有機方程式が解かれた後に製造された個体です。機器に変な干渉ができないよう、一部機能をちぎってあります。」
自壊機能も削り取ったのだろう。鑿歯猟群の技量はすさまじい。このオムニックは巧妙に壊されたことで、ただ演算することしかできない物体になったのだ。
それから私は管理者に感謝を述べ、彼が獣艦に乗って次の任に向かうのを見送った。
まずは、歩離の仲間が持ち込んだ道具を降ろす時間にし、星の状態を目で確かめることとする。しばらくしたら、もう一つの星に向かおうと私は考えた。
私個人も準備することがある。私は手持無沙汰になって立っている一部の狐族の方を向いた。一部の彼らは苦痛から解放されたいという思いのみが強く、新しい環境でしたいことまで夢想することなどできなかった。そのため、私についてきてもらうことにした。
私とまだ交流の浅く、幼い狐族が戸惑いながら言う。白狼と同じ場所で収容されていた狐族だ。
「狂风様、ついてきてほしいとは…?そんな、狐族に対しへりくだった言葉を…。」
「貴方たちは、私の元では平等だ。着いてきてくれた狼も、変わり者と言われる願いを持っているから、考えが柔軟この上ない。自由な身で多くを見て、行いたいことを探してもらいたいのだ。」
「…憎しみの発露こそ、行いたいことであってもですか…?」
幼い狐族は拳を握り、目を血走らせる。彼女の父母は物心つく前に死に、気まぐれに狼主の鞭で叩かれる日々であったそうだ。燻る憎しみは、心の底では私の首さえも狙っている。私は答えた。
「憎しみこそ、種を滅ぼす矢となる。そして討たれる者もそれを討つ者も、互いの矢で滅びることになる。だから看過は出来ないが…陥落地にいる、狐族や他の奴隷を解放するというのも報復の一つにならないか。」
「やはり…おかしな方ですね。…そして、こんな罵倒もあなたは気にもなさらない。わたしもおかしいのでしょうね…。」
怒りを雲散させた幼い狐族は、口を真一文字に結び、他の狐族の横に立った。彼女は心情を抜きにして、歩離人を一括りにせず個々に見る。ついてきた者は、傍から見れば異常者の集まりなのかもしれない。
私はオムニックをカメラ部分以外布で包み、「生餌」の飼育所へと連れていく。そしてその檻のロックを外し、全ての人間を出すように指示する。ずっと黙っていたオムニックが、音声を発する。
「檻を解除することは、器獣の前に放つときのみ。質問:この量を全て餌とするのか?」
「そうではない。人手がいるからな。成長しきった人間は単純作業になるだろうが、子どもならまだ人の知性を持てるだろう。彼らも開拓の要員にする。」
「質問:私には理解できない。狼は、人間を畜生として扱うのではないのか?」
オムニックは答えを求めず、檻の鍵を開けた。人間たちがこちらを見る。ある者は獣のように四足歩行の状態で首を上げ、ある者は原始的なコミュニケーションを仲間と行いながら、ずっと開けられた格子の先を見る。
人として生きた者は何世代も前であるからか、従順になり、檻から出ようとせず震えている者ばかりだ。外に出ていった仲間は、二度と戻ってこないからだろうか。外に怯えているように見える。
私は、ついてきてもらった狐族に言った。
「皆、彼らを外に出す手伝いを頼む。一旦、教導を受け持ったことのある義兄姉の元に行こう。そこまで受け入れてくれるかは分からないが…。…貴方も、言葉で誘導をお願いできるか。オムニックの…。」
「…回答:製造番号15384。名は付けられる前に、全てが壊れた。」
連れていくと、義兄姉は、この人間たちをどう扱うのか疑問を呈した。そのときだ。オムニックが、協力的な姿勢を見せたのだ。簡単な教育マニュアルであれば、破損しているが共感覚ビーコンに対してデータの共有ができると。
製造番号15384、それをそのまま呼び続けるのは難しいと、狐族たちがイゴサと呼称し始めたオムニック。彼は、隣に見える星で生け捕りにされた最後の個体だった。他の物は一部機能を破壊する過程で活動を停止し、歩離の民の望み通りの破壊ができたオムニックも故障箇所が広がり、スクラップになったという。
イゴサは、自身の故障が広がるのを理解していた。これまでの会話を聞き取り、今までの歩離の民と違うことに賭けたのだろうか。農地の開拓や、宇宙への憧憬などの望みを形にするには、やはり人手が必要だ。私はイゴサの言葉を受け取ることにした。
「義兄に、義姉たち。私とこのオムニックが、彼らに教え込む。そうすれば、行いたいことも大きく進むはずだ。」
「生餌と作業ね…。好き好んで食べはしないけど…。」
「狂风にとっては、狐族みたいなものなんだろ。俺たちも好きにやる。匂いを散らさなければ、近くに置いて良い。」
言葉を詰まらせる仲間もいれば、寛容を見せる義兄弟もいた。人の匂いが鼻腔を通れば、血が湧きたち爪で裂こうとするのは、歩離の民に染み付いた本能だ。穏やかに対応してくれる彼らには、感謝の念が絶えない。
少し離れ、私は手に下げたイゴサと目線を合わせる。
「製造番号15384…私も呼ばせてもらう、イゴサ。貴方に感謝する。私は、奪うこと以外の強さを力だと信じている。貴方の星も再び稼働させることを誓おう。」
「推論:狂风は狼の中の異端者だと推測。結論:機能完全停止前に狂风に協力し、無機生命体の星■ス■■の稼働のため行動を開始する。」
私は片方の手で、一つだけ残ったアームを柔らかく握った。狐族が人間たちを押さえている姿が、イゴサの背後に見える。ここで始める開拓を支援するため、彼の展開するデータを共感覚ビーコンにて受け入れ、視界をそれに変えた。