月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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未来の名医

 琥珀2157紀に入り十数年が経過した。私に対する嵐からの攻撃が止んだことから、その理由を探るためルアン・メェイを頼りにしたところ、次のことが分かった。

 私の含有エネルギーの指向性が単一で無くなっている。つまるところ、豊穣の他に存護の指向性が出てきたということ。そして異なる運命の虚数エネルギーが欠け月のごとく融和し、再び私の存在を霧中へと隠したのだということを。

 

 私は展開した紅鎧に、鉱石のような硬質な物体が混じっていることに気が付いた。琥珀色に輝くそれから、雄大な其を感じるのは当然のことであった。

 約六百五十年前、ヤリーロ-Ⅵに降り立った以降、ふとした時に感じた琥珀の気配。雄大なる存護の星神、クリフォトは、遠くからいつも私たち人間を見守ってくれているのだ。

 

 理由が分かったことで、私は力を持つ前と同じように、制限なく動くことが出来るようになった。これからヒスイノの民が嵐に狙われることがあろうと、拘束装置と限定的な未来予測装置によって光矢を押しとどめるだろう。私はヒスイノが、人間の力によって均衡の外側へ抜け出したことを理解した。

 

 

 現在私は、ヒスイノ-Ⅳにやってきている。仙舟から移住してきた持明族や医士であった者が主に拠点を構え、食と医療の発展を支える惑星である。この地における医学の幅は、有機生命体に留まらない。

 ヒスイノ-Ⅳには琥珀2156紀初頭に、ミームウイルスによって廃人になった巡海レンジャーたちを回復させた実績が存在するのだ。私たちはヒスイノのオムニック勢力、外部勢力であるファミリーの一部と協力して、長年頭を悩ませてきた事象を乗り越えた。

 ファミリーの調和の力は、ミームウイルスという雑音を取り除くことができる。医士たちは、患者からミームウイルスを除去した後、全身をサイボーグ化するという治療法を確立。自己同一性を保持したまま、巡海レンジャーは活動に復帰した。

 

 治療した巡海レンジャーたちは、生身が少なくなろうと正義を為せればいいと話し、サイボーグ化には難色を示さなかった。彼らは礼を言った後旅立っていった。今も星海のどこかで、彼らの正義を遂行しているのだろう。

 巡海レンジャーは、復讐の塊である嵐のやり方を崇拝しているというのに、どこかさっぱりとしていて好ましい集団である。いつか派閥間の軋轢が出てきたとしても、私個人は彼らに協力しよう。私は心の内でそう誓った。

 

 

 医療に精通する地ヒスイノ-Ⅳにやってきたのは、友人との会話で会わせたい人物がいると言われたからだ。船着き場で、その友人である白珠が手を振って私を出迎えた。

 丁度人の往来が少ない時間帯のため、偽名ではない彼女の名を呼ぶ。

 

 

「お久しぶりです狂风!あの子…智械黑塔は、今日一緒にいないんですね?」

「久しぶり、白珠さん。彼女は没頭できる研究を見つけたらしい。宇宙船で思索しているよ。」

 

 

 智械黑塔は集中していて、私が宇宙船を出るとき声をかけても反応しなかった。オイルの補充を置いてきたが、それすら手を付けていないかもしれない。

 ビーコンのメッセージでやり取りはあったが、こうして対面で会うのは二月ぶりだ。白珠は何かを企んでいるような悪戯気な表情で、後ろ手を組み私の前を歩く。今回の会合は、白珠にとって特別なのだろう。

 私は、白珠が会わせたいと言った人物について尋ねる。

 

 

「白珠さんの人脈は広いが、私に会わせたいとまで言う人は初めてかもしれないな。どんな人物なのだろう。」

「会ってからのお楽しみです!狂风もきっとその子に会ったら、話し続けたくなりますよ!」

 

 

 私と白珠は、近況の話をしながら通りを歩いていく。近年は、持明族も街で見かけられるほどに増えた。仙舟「羅浮」だけでなく、仙舟「方壺」からもひそかに流入してきているからだろう。仙舟「方壺」は持明族の統治する船。羅浮よりも持明族の割合は大きい。

 

 何故帰属する持明族が増えているのか。これについて私は一つ予測を立てている。

 一般的に豊穣勢力とは、薬師の狂信者であり他者を害する印象が強い。だがヒスイノは豊穣の民が多くいながら、信仰の自由を謳っている。利他の精神は教育の基本であるが、星神の一柱に心酔するほどではなく、どちらかといえば信仰は希薄だ。

 そのため交易をしている惑星からは、クリフォトを信仰していると思われたり、集合知を作り出していることから「記憶」の星神、浮黎を掲げていると思われることもある。

 

 第二次豊穣戦争の終わりから六百年は経つ。持明族でも代替わりする年月である。あのとき豊穣勢力として名を上げたことで、仙舟の記録には少なからず警戒するように記されているようだが、対応は緩和され続けている。

 

 ヒスイノが豊穣の苦しみを治癒する立場にいること、仙舟からの対応の緩和。この二つの要因が大きいが故に、持明族の帰属が増えていると考える。

 

 

 雑談の傍ら、街並みと通りすぎる人を見ながら歩いていると、白珠はある建物の前で立ち止まった。そこは仙舟からきた医士が集う巨大な医療施設であった。体の大きい狼や慧駿、オムニックのために門が大きめに作られているようだ。

 これから会合する人物は、体を悪くしているのだろうか。気分が良さそうに医療施設へ入っていく白珠に、私はただついていく。

 

 そして建物の三階に上がると、休憩スペースから幼子と女性の大きな声が聞こえてくる。白珠はそこへ向かい、笑顔で扉をがらりと開けた。

 

 

「こんにちは!白露ー!来ましたよ!」

「師匠、勉強し過ぎで頭が痛くなったのじゃ!甘味を所望する――おお、母様!待っておったぞ!」

 

 

 部屋にいたのは、二人の持明族であった。一人は黒い前髪を揃えた女性で、もう一人は空色の髪をした随分と背の低い幼子である。私は幼子の腰に、白い鱗の生えた尾があることに気が付いた。尾の色は赤ではないが、新しい持明族だろう。

 私は幼子が放った言葉に驚き、顔の造りを見て更に驚愕する。その子供の顔は、白珠をそのまま幼くしたようであった。

 

 白露と呼ばれた女の子は、ぴょんと椅子から飛び降りると、黒髪の女性に舌を出した。外にまで聞こえていた彼女らの話の内容は、菓子の催促であったようだ。私は、黒髪の女性の額に青筋が立つのをはっきりと見た。

 

 

「師に向かって良い度胸だのう…。白さんが帰ったら、覚悟しておくのじゃぞ…!」

「うう…母様!師匠がひどいのじゃー!」

「蒼玄、少し白露をお借りしますね!これお土産です!」

 

 

 白露は噓泣きをして、白珠に駆け寄った。白珠は黒髪の女性に手土産を渡すと、部屋から出てくる。私は目の前で展開されるやり取りに気圧されながらも、室内にいる女性に軽く会釈しその場を離れた。

 

 

 医療施設の外に出ると、白珠は白露に大きめの飴を与えた。白露は手を上げて喜ぶと、それを口で転がし始める。白珠を母と呼び、顔の造形もよく似ている故に、種族は違えど親子そのものだ。

 この子が会わせたいと言っていた人か。私は白珠と白露の関係について尋ねる。

 

 

「白さん、この白露という幼子は、貴女の血を多く使った故に生まれたのか?」

「はい、そうみたいです。5年前、持明族の方からあたし宛に手紙が来て――。」

 

 

 白珠は白露と出会った時の衝撃を語る。彼女が聞いた話では、白露は突然白珠に会いたい旨を教育係に頼み込んだそうだ。私は前例はないが、起こりうることだと納得する。

 ヒスイノが開発した装置で、脱鱗直後の持明族の卵を二つに増やすとき、装置に狐族の血を使うこととなる。そして転生するとき稀に、用いた血の狐族に容姿が似ることがあるのだ。更に低確率で、記憶を保持することがあっても不思議ではない。

 母と言い出したのは白露側で、白珠もそう呼称されることは嫌ではないそうだ。

 

 

「――いつかあたしみたいに、開拓の旅に出たいって言ってくれまして。なので帰ってくるたびにこの子に会って、旅した惑星の話をしているんです。」

「狂风、ぬしのことは母様から聞いておるぞ。ここ百年で更にもふもふになったとか。おお…本当にもふもふじゃのう…綿菓子みたいじゃ。」

「ははは、好奇心旺盛だな。」

 

 

 椅子に座ったうえで屈み、二人と目線を合わせていると、白露が小さな手で私の腕や掌を触ってきた。毛並みは整えているが、無造作に触られるのは初めてだ。

 白露の口調は、彼女を育てた持明族の面々や医士としての師匠のものがうつったのだという。そして彼女は優れた医者の元で研鑽を積み、まだ齢12歳だというのに、医道を究めかけているのだとか。私は生まれて間もない彼女の頑張りに触発される気分だった。

 

 白露に綿飴が欲しいか尋ねると、元気よく所望される。確かにずっと構いたくなるのも分かる純粋さだ。私は信用ポイントを取り出し、白露が望むものを買い与えて回った。

 

 

 しばらくして、菓子は別腹とでもいうように、入った料理店で大盛りのご飯を食べる白露。私は水を注ぐと、指で摘み白露の前に置く。

 

 

「わしはどんどん大きくなるぞ!そうして母様に並ぶスタイルになるのじゃ!」

 

 

 お腹を膨らませ、両手を腹に置きながら白露は言う。新しい持明族は、成長すると枝のごとき角が生えてくるはずだ。まだ彼女の額には何もないことから、白露の才覚がすさまじいことがありありと分かる。

 

 腹が落ち着いたら、白露は白珠に冒険譚を聞きたがった。白珠は嬉しそうに頷き、近況を語り始める。最近彼女はタラサの伊須磨州自治区に行ってきたようで、古き仙舟の技術を引き継ぐ伊須磨州人との交流、まだ再現されていない仙舟「岱輿」の遺物のロマンについて、興味を惹く語り口調で白露に聞かせる。

 白露の瞳が光り輝き、両側の頬にぺたりと手をつける。頬は赤く、未知への好奇心に思いを馳せていた。

 

 

「わしも早く行ってみたいのじゃ…!タラサにはどんな美味しいものがあるのかのう…。」

「白露、蒼玄…あなたの師匠が言っていましたよ。何十年か研鑽を重ねれば、学んだ医学を別の惑星にいる人々のため使う、放浪医士にもなれると。成長して気持ちが変わらなかったら――あたしや、狂风についていくのも良いと思います。狂风もあたしに負けず劣らず、星間を旅していますから!」

「うむ…もうちょっと頑張ってみるのじゃ…!」

 

 

 白露が私の方も見る。私は頷き、もし星間移動に白露がついてくることになろうと受け入れることを伝えた。白露は医士であり、荒事には向いていないように見える。ならば腕の立つ深緑の騎士や、他惑星の者と旅するのも選択肢の一つとしてありだ。

 白露は私の話も聞きたがったため、これまでの星間移動を思い起こし話していく。何を話しても喜び楽しそうに笑う様を見ていると、気分が上がる。白珠の方を見ると、彼女も気分が高揚しているようだった。

 

 そうして食事が終わり、白露は医療施設に戻っていく。私は白珠と彼女のことを見送ると、幼子のどこまでも広がる可能性に眩しさを感じ、目を細めた。

 




白露(新しき持明族)…

スターレイル本編の白露にそっくりだが、出生に大きな違いが存在する。龍尊の力を持たない代わりに、古今東西仙舟の医学以外の治療法も識る、優れた医士となる。

角が生えた後の外見・衣装…角の形状が樹の枝のように分かれており、少し尖りが強調される。尻尾には「尺木の鎖」がなく、白珠にもらった装飾品が付けられている。衣装は簡素な白衣。背は小さいまま。
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