これからもよろしくお願いします。
歩離の民が、星海の隅で殺戮のために集結し始めている。その知らせを二つの猟群から聞くことになった。無論ヒスイノと交易を行っている、白狼猟群と犀犬猟群からである。二者は、数年経てば狼の軍勢は再び仙舟に戦争を仕掛けるはずだという。軍勢は隠れ、分散している。見つけ出すのは不可能だとも。
私に与えられた終焉の描写には、仙舟が墜ちる姿は映し出されていない。古き狼も仙舟も甚大な被害を出しながら、滅びはしないということだろう。
白狼猟群は、外部に見せている残酷さから狼に恐れられ、招集がかけられなかったという。また犀犬猟群は戦いに加わらない代わりに、装備の提供を行うことにしたらしい。
寿命間近な犀犬の主、只里古可汗は、こちらに敵対心はないが貿易の大事さを語った。装備を提供することで、ヒスイノの戦士に挑戦状を叩きつけたのだ。戦場に上がり古き歩離に力を見せつけてみろと、彼はぎらついた瞳をして笑った。彼の猟群は正しく、死の商人である。
三代目の白狼可汗はそろそろ代替わりしようと計画していたそうだが、まだ継承するわけにはいかないと考えを改めたようだ。今代の白狼可汗は、少なからず同族に甘い。仙舟の狐族の生き方は、戦奴であった白狼たちが選ばなかった道であり、故に日の下を堂々と歩ける姿を眩しく思っているのだ。そのため、仙舟に潜り込ませている白狼は戦いに参加させるようだ。
私は暗雲が立ち込めそうになる考えを振り払い、自らを見つめ直した。仙舟を襲うため集結する狼たちに、豊穣の道を示すことが出来れば。この、人の繋がりによって得た強大な力で。
私は気分を変えるために、メッセージを見た。月御から送られてきた電子写真である。
陥落地から逃げ延びた狐族の少女、薩蘭。彼女は飛霄と名を変え、すくすくと成長している。雲騎の青丘軍に入隊したようで、素振りをしている光景や、戦友と飯を食べている姿が写真に収められている。
薩蘭改め飛霄の周りには、多くの親しき人が映り込んでいる。椒丘や月御は勿論、長い青緑色の髪を束ね、飛行士の服を着た女性に、同じく飛行士で肩に触れる程度の黒髪を揺らす女性。他にも青丘軍の同僚が席を囲んで笑っている。
私は心が温まる思いだった。陥落地で冷たい外気に晒され生きてきた師匠の生き写しが、こんなにも幸せそうな笑みを浮かべられている。彼女の生に影を落としてはならない。有象無象を血で汚す古き歩離の手に落ちないように。
「何見てるの?」
「私も気になりましたわ。随分と嬉しそうですわね。」
「な…!ああ、二人か。知人の写真を見ていたんだ。」
ふいに私の耳元に声が聞こえたため驚くが、智械黑塔とヘッジングだったため緊張を解く。ヘッジングは私の普段いる場所が宇宙船になったためか、ヒスイノ-Ⅱの執務室から鏡を移行してきた。相変わらず神出鬼没のため、この宇宙船には偶にやってくるのみだ。智械黑塔はヘッジングとの認知の繋がりを作った後、「記憶」の力の研究に役立つと言って、彼女を受け入れていた。
ヘッジングと智械黑塔は、それぞれ私の椅子の後ろから端末を見る。そして浮遊しているヘッジングは合点がいったとばかりにぽんと拳で手を打った。
「真ん中にいる少女、クゥアンさんのお師匠さんにそっくりですわ!なるほど、そういうことでしたの…。」
「…あなたの師匠って、随分前に戦禍でなくなったって聞いたけど。豊穣の肉体って、何百年前に見た顔まで記憶できるのね。」
言外に引きずり過ぎだと言い、智械黑塔はじとりとした半目で私を見る。私は、指を一本智械黑塔の前に立てて誤魔化した。
「智械黑塔、今度仙舟羅浮へ情報収集に行かないか。ヒスイノの立場では仙舟へ頻繁に行くことが出来ないし、良い機会だと思う。どうだろう?」
「はあ…。情報は取りに行くけど、お熱になりすぎないで。」
「ぐ…。」
智械黑塔は頭を押さえて、ビーコンのメッセージを指さす。そこには月御から、飛霄が自身に連れ立って仙舟「羅浮」に来る予定が送られていた。月御は、「羅浮」の将軍である景元と交流するため向かうらしい。あわよくば雲騎軍の元剣首、鏡流と手合わせしたい旨と、快活そうなスタンプが下に続く。
私は大きく頷き、智械黑塔の視線が元に戻るように言葉を重ねた。それからしばらく、智械黑塔は良質のオイルを私に求め続けた。
業務を行い、時に星間を飛ぶ日々。ついに仙舟「羅浮」への出航日がやってくる。今回はなんと、白珠も約束が被っていたらしく、途中まで同行することになった。帰りも同じのため、白珠は私と智械黑塔の乗る巨大宇宙船に乗船した。
「智械黑塔、こんにちは。あたし羅浮に詳しいですから、何でも聞いてくださいね!」
「うん、あなたの書いた本で知ってる。あと、文化と歴史は補完したから。残るは機功の技術だけど、第六悪「機要窃奪」って、見て覚えるのは罰せられるの?」
「…長命に関わることと政治の機密情報以外は、問題ありませんよ!」
「そう。ありがとう。」
疑問を解消した智械黑塔はくるりと後ろを向き、早歩きで研究部屋へ歩いていった。白珠は智械黑塔のそっけない対応で、目に涙がにじんでいる。
だが私にはわかる。智械黑塔はヘルタとは違い、人に興味がないのではなく人見知りなのだ。ヘルタは親密な人付き合いをした経験がないか、少ないのだろう。だからヘルタの記憶を持つ彼女は、オムニックでありながら対応するのが難しくなっているのだ。
「白珠さんの快活さなら、彼女も打ち解けられるだろう。ゆっくり行こう。」
「そうですね!興味が引けそうなものはやはり、新しい惑星…!」
白珠はメモを取り出し、ぺろりと唇を舐める。彼女は人に対してめげず、言葉を交わす。人と人を繋げることに関しては、白珠から学んだ部分も多い。彼女はきっと、これからも多くの地で開拓を為すだろう。私は変わらず道しるべになってくれる白珠を横から見て、腰を落ち着けた。
跳躍技術を活用し、仙舟「羅浮」の近くまでやってきた。羅浮はいつにも増して活気にあふれているようだ。それは曜青からの船が多く往来しているからかもしれない。玉界門から中に入り、大型宇宙船用の停泊場に船を降ろす。
そして智械黑塔、白珠と共に羅浮の人混みを歩いていく。私がここに来た目的は、月御に会った後飛霄に対して凝梨の近況を伝えることだ。彼女たちは親しき仲であった。だがあの陥落地では、ビーコンも持てなければ互いの連絡先も交換できなかった。私は、保護した狐族に紛れた凝梨を見つけ出し、彼女のビーコン情報を受け取ったのだ。
凝梨は今飛霄と同じように、戦いと存護の道を行っている。星海を飛び回る深緑の騎士に所属した彼女を見つけるのは、至難の業だった。
白珠は、用事までまだ時間があると言っていた。私も目的の時間までしばらく暇がある。
私は仮面を被り、頭から蒼いローブを身に纏っている。いくら仙舟側の対応が緩和し、戦場で協力していようと、素肌を晒して自由に仙舟を歩けるほどではない。ヒスイノの民は、豊穣の民と区別されているが、通行許可証をしっかりと保持し、誤解されないよう行く場所で見せなければならない。
また、大型のオムニックに見えるよう変装をしたり、武器を持ち込まず爪も引っ込めたり、一般市民に害が及ばないようにするのはマナーである。
智械黑塔はヘルタの人形そのものの容姿のためサングラスをつけ、白珠もいつもの服とは違う格好をしている。
「おっきい狼さんだー。ねえ、お母さん。あの人ってヒスイノの人?」
「指をささないの…!」
だが巨躯までは隠せないため、見上げられるのは仕方のないことだ。通りかかる狐族の子どもから聞こえてきた言葉には、耳を塞いでおく。
私は身を屈め、こっそりと二人に聞いた。
「…二人とも、この機械部品は役に立っているのか?」
「ただのポーズなのに、パーツの有用性なんて気にする必要ある?」
「狐族なら匂いで分かりますよ!」
智械黑塔はあきれた様子で言い、白珠はにやりと含みのある笑みを浮かべて返した。匂いに関しては元は同じ種族であるから分かるだろう。しかし今私は機械鎧で全身を覆っているのだ。それでも正体が明らかにされているのには何かわけがあるのか。
体のあちこちを触ると、パーツの隙間から耳が飛び出た。私はその粗い作りに言葉を失う。
深緑の騎士の鎧は形状が変わり、戦場にいない時狐や狼の耳を露出させられるようになった。造翼者は背の翼を、慧駿は脚をといった具合にだ。局所に生体素材が使われており、一目でヒスイノの技術だと分かるのである。
そのためか機械鎧を作る際、狼や狐の耳の部分を覆う技術が衰退している。変装用であっても耐久性を保持できるよう打診する必要がありそうだ。私は耳を倒し、なるべく気づかれないように努力した。
しばらく街並みを散策していると、路地裏で少年少女の声が聞こえてくる。あまり気分が良くならない会話だ。見ると、幼い狐族の男女が同族の少女をいじめているようだ。
私は少し驚く。言葉で毒を吐かれ、ぷるぷると震えている少女の背から緑色の炎が上がっているようだったからだ。私はその炎に見覚えがあった。歳陽が憑りついた様である。
隣で少し頬を膨らませた白珠が、路地裏へと足を運んだ。そして腰に手をやり、狐族の幼子たちを見下ろす。
「ひどいよ…ううう…。」
「尻尾が燃えるなんて、化け物!これだけ言っても、分からないの!?もう学校に来ないで!」
「変な尻尾!フォフォなんて――え、おねえさん誰?」
「いじめはだめですよ!それに…朱明の御陽軍を知っていますか?この子みたいな戦士がいっぱいいるんです。そこの君、雲騎軍ってかっこいいでしょう?」
「あ、ああうん…かっこいいと思う…。」
白珠は考えさせる間もなく言い、いじめをしている少年を頷かせる。すると、横でいじめをしていた少女が口に手を当てて、顔を赤くさせる。
「あ、あの…間違ってないかな。白さんですか、涯海船勝覧の作者の!私大ファンなんです!」
「はい、そうですよ!でも――。」
白珠が頷くと少女は笑顔を作って喜び、少年も目を見開いて白珠と少女を交互に見る。
少し離れたところにいた私も驚いた。からかうような表情を私に見せた白珠も、顔が割れているじゃないかと。
白珠は、いじめをする人はだめだと抽象的な叱咤を行い、ふいに私を指さして小さく何か囁いた。私を見上げぷるぷると震える様子は、尻尾の燃えた少女とよく似ていた。
少年少女が雲を散らすようにその場を走り去った後、私たちも緑髪の少女の元に近づく。フォフォと呼ばれていた狐族の少女はぎゅっと目を瞑り、ずっと震えている。
「大丈夫かな、食べられたりしないかな…。」
「白さん、変なことを言ったな。」
「やっぱり、子どもには怖がることが必要だと思いまして。こっちの子も怖がっちゃいました。」
「ひいいいいっ!助けてシッポ…!」
青緑に燃え盛る少女の尻尾を眺めながら、私はふと考える。そして背嚢から土産用の菓子の一つを取り出し、彼女の前に差し出した。包装されているそれを千切り、二つに割った。
「泣き疲れたら、甘味がいいらしい。お嬢さん、これを食べて落ち着いてくれ。」
「あ、毒とか入ってないかな…。」
「大丈夫だ。私が先に食べよう。」
私はできるだけ身を屈め、少女と目線を合わせる。そして仮面を取り、ブロック状の菓子を噛み呑み込んだ。味は薄いが、狼でなく狐であれば十分甘みを感じられるはずだ。
少女はおずおずと手を出し、その菓子を受け取る。
「狼さん、ありがとう…。アタシ、小さい頃聞いたことがあります。仙舟とずっと仲良くしている、狼さんたちがいるって。やっぱり悪い狼ばかりじゃないよね…あ、これ美味しい…!」
「それは良かった。奮発して買った菓子だ。残りもここに置いていくから、元気が出るまでたらふく食べると良い。」
知らない人間からもらう菓子は怖いだろうから、食べるかは少女次第だ。
随分とストレスをため込んでいるのだろう。少女の目元には、少し隈が浮き出ている。私は欠け月で、彼女の疲れを癒やしておく。
「な、なんだか元気が湧いてきました…!お菓子のおかげかな…?ふわふわの狼さんに、その…白さん。アタシあの、頑張ります!」
少女はすくりと立ち、両拳を顔の前に近づけて鼻息荒く言う。目の隈は完全になくなっていた。彼女は深くお辞儀をすると、シッポは食べれるかなと背後に語り掛けながらその場を去っていった。自然と少女は人混みに紛れ、すぐに姿を追えなくなる。
少女の尾には、護符が貼られていた。やはり歳陽が尻尾に宿ったということだろう。白珠は笑みを浮かべ、通りへと戻る。白珠は、歳陽の力を第二次豊穣戦争直前に宿していた。だから親近感が湧いたのだろうか。その後、白珠があの少女のことを語ることはなかった。
私たちは再び羅浮を回り、目的のための時間が来る。私たちと白珠は別れ、智械黑塔と共に月御の元に向かった。
智械黑塔は言った。巡狩の使令の力。それを少しでも知れれば、知識の特異点のきっかけへまた一歩近づける。