月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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切り取られた一瞬

 私と智械黑塔は、ある定食屋の前までやってくる。そこには横並び、がつがつとご飯を食べている、長い白髪の狐族が二人いる。私は彼女らに声をかけた。

 

 

「月御将軍、食事中すまない。狂风だ。羅浮に来る予定を教えてくれて感謝する。」

「ああ、狂风。少し待っていて。飯を食べなきゃ戦は出来ぬ、追加の丼を食べたら話そう。」

 

 

 定食屋の主が卓上に、音を立てて特盛の丼を置く。月御はにやりと笑うと、器用に箸を使って食べ始めた。飛霄は私たちをちらりと見たが、すぐに飯を食べることに集中した。

 これだけ食べているということは、月御が望んでいた、鏡流との手合わせは約束が取り付けられたのだろうか。鏡流については何百年前から戦っていないし、最近は彼女の話も白珠から間接的にしか聞いていない。どれだけ腕が上がっているのか、考えるだけで戦意が湧き上がってくる。

 そのあたりも後々聞こう。私は智械黑塔と少し座って待つことにした。

 

 

 月御は口元を拭くと、代金を卓に置きこちらへやってきた。飛霄は、彼女の右後ろに隠れるように連れ立つ。

 子の成長は早いものだ。飛霄の背は、あの陥落地で初めて見かけたときより伸びている。月御の肩に頭頂部があるくらいだ。

 

 

「よし、準備万端。それにしても、たった二日の空きのために来るなんて、あなた随分と気にしているのね。」

「ああ、混血の狐族には必ずつき纏う問題…それは見過ごせないからな。…薩蘭、いや飛霄君。会うのは二度目だな。私は狂风。ヒスイノの主だ。」

 

 

 私たち四人は歩きながら、人気のない場所へと向かう。私はここにきた目的の一部分を、全てのように話す。混血の狐族の生死が決まる、「月狂い」の症状についてである。だが智械黑塔にはじとりと目を向けられ、月御には軽く笑われる。一人だけ何も知らない飛霄は、私を見上げ目を細めてから、声を漏らした。

 

 

「あなた…凝梨や窟慮たちに自由を与えてくれた狼ね。ええと将軍…あたしたちがご飯を食べ終わるまで待っていたわよね。そんな時間の使い方をしていいの…?」

「いいの。この狼は、今日あなたのために来たのだから。そうでしょう、狂风。」

「その通りだ。月狂いの他にも、君の友と再び繋がりを持てるようにするため、私は来た。凝梨と自由に会話できるようにしたいだろう?」

 

 

 飛霄の瞳が輝き、月御の顔を見る。月御は頷き、私の言葉が真であることを示す。月御から話し方の抑揚がうつってきた様子の飛霄も、幼げな話し方に一瞬だけ戻る。

 

 

「本当!?あたし、もう凝梨と話せないんじゃないかって思ってた…!楽土の群れは窟慮の憧れで、別々の道を行ったらもう会えないって…。」

「本当だ。すぐ渡そう。そうだ…この土産も。」

「…それと、そこの曜青将軍が戦う様子を見るために来たの。忘れないで。」

 

 

 智械黑塔から挟まれる言葉に、私は頷く。私情だけだったら、智械黑塔の時間をただ奪っていることになる。人気のない場所に着いた後、私は月御に尋ねた。よく見れば金人巷のいたるところに、はり紙がある。

 羅浮の雲騎軍と、曜青の雲騎軍の内精鋭、青丘軍の親善試合。大きなイベントだとして、祭りのごとく派手な告知が為されているのだ。

 

 

「月御将軍。あの剣豪、鏡流との手合わせの約束は付けられたのだろう。こちらの智械黑塔が動きを見たいと言ってな。観戦をしたい。どうにか席を取れないか。」

「ええ、取り付けられた。元々は、そんな大々的に行うつもりは無かったのだけど――活気は大事だと曜青の民意が一致したの。席なら多めに取ってあるから、いいわよ。貸し一つね。」

「ありがとう。借りは返す…必ずな。」

 

 

 士気の向上、活気を生むことは重要だ。古き狼の群れが、仙舟を攻め落とせないように。

 

 月御は腰を屈め、智械黑塔に対して、愛らしいという褒め言葉だったり、その見た目で意外と格闘マニアだったりするのかという雑談を、明るい調子でふる。智械黑塔はサングラスをぐいと深くつけると、端的に回答する。

 私は飛霄の方を見た。飛霄は月御の服のすそを軽くつまんで、少しだけ口をとがらせていた。私はその様子に軽く笑みがこぼれる。月御のことを、親のように慕っていることがよく分かる。穏やかな気持ちが心の内を包んでいった。

 

 

 その後、飛霄に凝梨のビーコン情報を共有し、子どもが好みそうな菓子類を手渡す。人間基準であれば顔の造形は怜悧な印象を受ける飛霄だが、満面の笑みを浮かべていた。

 幼子や少年少女にとって、菓子は別腹の法則が当てはまる。彼女が菓子を食べている間、私は月御にもう一つの目的について尋ねる。長命に関わる物への誘導は、仙舟では重罪だ。だから濁した単語を使い、月御もそれを理解した上で応える。

 

 

「月御将軍、先代の将軍から❝処方箋❞は受け取ったか?」

「…本当に少量だけどね。彼女からは、戦場で身が裂かれそうになった時のみ、呑むよう言われている。勿論内密に、戦場で駆ける混血の狐族へ渡しているわ。曜青や他の仙舟の中で流すわけにはいかないから。」

「完璧だ。何れあの少女も、先陣を切ることになるだろう。戦場で渡した分は残っているはず…頼んだぞ。」

 

 

 言外に、飛霄が月御のことを親代わりに思っていることを伝える。青丘軍のトップであり面倒見の良い彼女だからこそ、託せることだ。月御は当たり前だと言って頷き、椅子に座っている飛霄のことを眺める。少し寂しそうな表情で、彼女は呟く。

 

 

「本当は、保護した狐には軍に入ってほしくない。焚きつけている私たちが言っても説得力がないけれど。だけど、多くの狐は自分で選択した。飛霄も、険しい道を歩むことを選んだのよ。」

 

 

 

 羅浮と曜青の雲騎軍が親善試合を行うのは、巨大な戦艦の中のようだ。

 来る戦争のために造船された一隻であるが、実戦に近い演習が行われる船であるそうだ。もし船内に敵が入り込んで来たらどうするか、広く何もない空間でどう戦うかなど、様々な鍛錬が船内で行われるという。

 これは景元と鏡流が考案した造りらしく、知恵と武を合わせられる二人だからこそ必要だと判断したのだろう。

 

 私たち四人は星槎に乗って、巨大な戦艦へと向かう。初めて白珠に羅浮を案内されたときのように、星槎内は私の巨体で詰まってしまった。違う点は、私の体毛と装備である。

 

 ルアン・メェイの実験以後、純白となった毛並みは質も上がっている。ヒスイノの豊穣の民は、動物的特徴の表れた部分を櫛やドライヤーで綺麗にするのが当たり前である。それでも私の毛並みは一握りであると自負している。約780年における生涯において、最も毛並みが良いとも。豊穣の指向性は、心身の健康を見た目にまで表したのだ。

 また変装用の機械鎧は取り外しが簡単であるため、一旦緩めた状態で中へ入っている。これで圧迫感は軽減できるはずだ。

 

 

「ぐぐ、大きすぎる…。オムニックの中でも大きい人が問題なく入れる星槎を借りたのに…。」

「すまないな。前は埋め尽くすほどではなかったんだが…少し体が大きくなったみたいだ。」

「毛が…前って、いつの話!?」

「…百年前くらいか。大人数と一緒に星槎へ乗ったのは、それくらい前だったはずだ。」

 

 

 月御はいつになく声を張り上げると、頭を押さえた。戦場ではこういった表情は見られないから新鮮だ。メッセージのやり取りでは快活な印象があるが、それも顔までは見られない。人との会話はやはり楽しいものだ。

 

 智械黑塔が私の言葉に頷く。複数の深緑の騎士と、交易のため羅浮へ向かったことがある。彼女はそのとき同行していたため頷きを返したのだ。智械黑塔は研究の休憩のときと同じように、既に私の体に埋まっている。飛霄はその智械黑塔の隣で、持ち前の明るい性根を振りまき、会話を続けていた。

 

 

「あなた、難しい研究をしているのね!手っ取り早く強くなれる成果とか、持っていたりしないかしら?」

「そんな都合の良い研究はないから。混血の狐族って身体機能が高いし、地道に力を付けることね。」

 

 

 狼毒の制御は細胞単位で随分前から出来ているし、もし出そうになってもローブや腕に付けた細いバンドがそれを阻むだろう。ヒスイノの技術は、未熟な狼もつかいこなせるほど発達しているのだ。

 月御は私に頭を預けながら、問題なく戦艦へ星槎を着艦させた。

 

 

―――――

 

 少し前。鱗淵境、龍尊の石像が建てられた円状の広場にて。四人の男女が集まり、盃を交わしていた。長い年月が経ち、行く道は分かれたが、かつて戦友として戦場を駆けた英雄たち。ナナシビトの白珠に、元剣首であり現在は武によって「羅浮」を統治する女性、鏡流。また、智略によって鏡流と羅浮を統治する景元、羅浮の持明族の長である丹楓。

 彼女らはかつてを語り、その後近況を語り合って楽しんでいた。ほのかな寂寥を保ちながら。

 

 

「ええっ!鏡流、この後親善試合に出るんですか!?酔っぱらったまま出るなんてよくないですよ!お水、お水はどこにしまいましたっけ…。」

「いいのだ、白珠よ。我は今、気分がいい…。天の星々であろうと今なら切り落とせる…!」

「何言ってるんですか、もう…!」

 

 

 鏡流は赤らんだ顔で笑う。景元は白珠を留めると、ゆっくりと首を振った。

 

 

「師匠が酒に酔いたがっているのは、ここ最近から変わらない。戦いになったら酒も抜けるはずだ。それに…。」

「余のことは気にしすぎるな。持明族に必ず訪れる時が来ただけだ。」

 

 

 景元は丹楓のことを見る。丹楓は表情を変えず酒を飲んでから言う。

 白珠は影を落としたような顔で微笑むと、普段通りの表情に戻った。この場だけは、後のことなど気にせずに楽しむのがいい。白珠はそう判断したようであった。

 此度四人の盃が交わされたのは、内一人に大きな転機が訪れるからだ。それは丹楓の転生である。他の持明族の脱鱗と比べ、丹楓の今世は非常に長かった。だが持明族である以上、容姿は同じくも別の人間に生まれ変わることになる。丁度その時がやってきたのだ。

 

 自身が原因で席が静まるのは避けたいとばかりに、丹楓は白珠に言葉を投げかける。現在、そして未来の話である。

 

 

「白珠。其方が前から話していた、白露という幼子。どれだけ背丈が伸びた?」

「飲月たちに見せますね!背はあまり伸びていないんですが、角が生えてきたんです!」

「ほう…龍師たちが噂していたものだな。健康で何よりだ。」

「く…白珠に子が出来ようとは…!」

「師匠、酒をあおりすぎるのはよしてください!」

 

 

 鏡流が酒瓶を掴もうとする。景元は瓶を割らない程度に鏡流を押さえ、泥酔を阻止した。

 いつもは表情を変えない丹楓の口元は、少しだけ上がる。そして丹楓は、生前の応星から再び受け取った腕甲を触り、上を見上げた。丹楓の瞳には、遠い昔に世を去った友の幻が浮かんでいた。

 

 

 彼らは時間を忘れるほどに笑い合い、そしてその楽しい時にも終わりがやってくる。盃をしまうと、鏡流はふっと息をつき、表情をきりりと引き締めた。日々鍛錬を続けている彼女の戦意は鋭く、かつての第二次豊穣戦争の時よりも完成された武、闘気が体に行き渡る。

 

 

「丹楓、まだお前には時間があるだろう?最後に見ていけ。我の剣、その高まりをな。」

「…ああ。友の勇姿を、目に焼き付けよう。」

 

 

 丹楓は掌を見てからそう返答した。羅浮の龍尊は明日海に還り、その重大な役目を次代に託すだろう。仙舟の管理された日照システムは、現在正午を指し示している。

 

 遠くで戦艦から音が鳴った。一日はまだ長い。

 

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