月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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五章は、スターレイル本編前最後の章になります。

六章以降から後編が始まります。


第五章 造られた者たち
再構築


 あの活性化惑星を討った戦以降、古い歩離の群れは鳴りを潜めた。星海では「壊滅」の使令である絶滅大君や、スウォームなどが今も暴れ回っているが、豊穣の民が起こす略奪はもはや脅威と呼べるほどではなくなった。

 狼の殺戮は対処できるほどに縮小し、数十年すれば犀犬猟群と白狼猟群、そして私たち以外の群れは消滅する勢いだ。だが私が考える、歩離の最も重要な部分は、白狼と犀犬に受け継がれている。高みを目指し、強さを追い求める。略奪や殺戮に身を窶すのではなく、純粋に強さを尊ぶことこそ狼の誇りなのだ。

 

 犀犬の主、只里古可汗は大戦後ほどなくして天寿を全うした。生前、彼は嬉しそうな調子で私に言い残した。それでこそ戦首に届いた牙、緑翠の強大さだと。次代の主もまた野心に燃える狼であるが、よりヒスイノに近い繋がりを求め、技術を磨いている。

 三代目の白狼可汗は、ようやく安心して次代へと引き継げると言って、有望な白髪の少女に全てを託した。

 

 方壺での戦いで保護した狼たちには、少しずつ言語を覚えさせ、利他の精神を教えている。彼らは爪や牙を尖らせようと無垢だ。どんどんと脳の萎縮が改善していき、ヒスイノの民に加われるのはもうすぐだろう。

 

 ヒスイノの民は、欠け月の継承がある故に子を無為に増やそうとしないようになっている。また惑星内部には仙舟のように、洞天の技術が使われており、居住空間の圧縮、土地の確保は問題なく行われている。

 だが、どんどんと民が増えるならば、居住惑星を増やすことも考えるべきかもしれない。

 

 時代は移り変わっていく。それは狼だけでなく、「巡狩」を信奉する者との関係性も同じだ。

 

 

 ある日、仙舟「羅浮」から一通の連絡が届く。私の滞在している場所、ヒスイノ-Ⅱに商会を訪問させたいとのことだった。昔仙舟はヒスイノに対して警戒よりの中立を明言したが、羅浮は穏健な対応を行い続けてくれていた。だからこそ元仙舟人が私たちに帰属しているし、交易も行うことが出来ている。また民間での取引も許され、羅浮内部への通行もできているのだ。しかし、表立って公的な文書が送られてくるのは珍しい。

 

 私は快諾の返事を送り、代表としてその商会「鳴火」が来るのを待つことにした。もしかすれば鳴火商会との会談こそ、我々との関係性の転機になるかもしれない。秘密裏の取引でもなく、戦場での一時的な協力でもない、仙舟との公的な交易。これまで何千何万の星間取引を行ってきたが、緊張感は胸を伝った。

 

 

 再び文書が届き、約束が取り付けられた後。予定していた時間より少し早く、仙舟の高速船が惑星の上空に現れた。移住者や民間の商人が乗ってくる星槎はよく見るが、羅浮天舶司の船は初めて見る。

 私は、予めヒスイノの商人に準備してもらった製品群に不備がないか確認してもらい、その船を出迎えた。交渉に長けているのであろう商会の人間たちが、船着場からぞろぞろと出てくる。

 

 私は、先頭に立っている責任者らしき人物に声をかけた。年若く見えるが芯がしっかりしている狐族の女性だ。私は彼女に見覚えがある。記憶を思い返し、合点がいく。

 

 

「はるばるようこそ、ヒスイノにいらっしゃいました。私は狂风。ヒスイノの主です。本日は双方にとってよりよい結果が得られることを願っております。よろしくお願いいたします。」

「まあ、ヒスイノの統治者様が直々に来てくださるなんて!私は停雲、羅浮天舶司の商団の接渡使です。狂风様、以後お見知りおきを。」

 

 

 黒髪を簪で束ねた、停雲と名乗る狐族の少女は、商人らしさを兼ね備えた柔和な笑みを以て、私に言葉を返した。

 

 私はヒスイノの商人と共に、鳴火商会の面々を案内する。こちら側の商人には狼や元仙舟の民も混ざっている。鳴火の商人たちは初対面こそ動揺を隠しきれていなかったが、交易のエキスパート同士、意見交換をいつの間にか楽しんでいた。

 私は横に並んで歩いている、鳴火商会の代表を見る。彼女もまた平静を取り繕っていたが、冷や汗と手の細かな震えがあった。私はその震えを止ませるために、いくつか言葉を投げかけた。

 

 

「停雲さん、そう怯えないでください。ここは死地にはならない。…まだ代表になって間もないでしょうが、この交易はかなり特殊です。乗り越えた後、経験を糧としてほしいと思っています。」

「あら…何故私が接渡使になったばかりと、お分かりになったのですか?」

「簡単なことです。貴女には見覚えがある。曜青の月御将軍を知っているでしょうか?彼女はよく知人の様子を、写真で送ってくれるのです。その中に一枚だけ、貴女の姿があった。」

 

 

 私はプライベートではあるが、ビーコンから転送された写真を選択し、彼女に見せる。今の停雲より幼い似姿がそこにはあった。写真の中の停雲は、飛霄や月御と親しい、御空という名の飛行士の傍にいる。

 停雲は左手で口元を隠し、顔を赤らめた。

 

 

「少しお恥ずかしいですね…。」

「これも縁でしょう。互いをまだ知りませんが、今日の取引はきっと上手くいく。」

「ふふっ、そうでございますね。狂风様の言う通り、今日こうしてお話しできるのはご縁によるもの。実は私がここ、ヒスイノに参りましたのは、御空様の推薦があったからなのです。」

 

 

 停雲は、私たちが品を準備する商館に辿り着くまでの間、この取引が行われることになった経緯を話した。

 まず、方壺での戦いの後、仙舟の帝弓天将が会議を重ね、ヒスイノへの警戒を解くことにしたという。あの場には巡狩と豊穣に関わるもの以外はいなかった。

 そのためまた後日声明を発表するようだが、いち早く羅浮が動いた。公的な貿易を行うことで、ヒスイノで生きる人間を忌み物ではないと示すために。

 そして最初の貿易は、ヒスイノに少しでも関わりがある者がいいと考えられ、天舶司で協議が重ねられた結果、鳴火が選ばれたのだという。

 停雲にとって、御空は尊敬できる上司であり、頼れる親のような存在。停雲は二つ返事で承った。経験が浅くとも商売に関する才覚から、一気に頭角を現した停雲に、御空は更なる経験を積ませようと友の知人がいる場所へと送り出した。

 

 話を聞き、私は納得する。なるほど。真の意味で、縁がより良い方向に事を運んでくれたのだ。私は月御や景元、仙舟で友好を築いてくれた人物たちに、心の中で感謝を告げた。

 停雲は仕事に入る前、私に話した。

 

 

「狂风様、私事になりますが一つだけお話しさせてください。先の戦いでは、帝弓の矢によって多くの飛行士を失うはずでございました。御空様が五体満足で生きているのも、彼女が親しき仲の采翼様と今も言葉を交わせているのも――あなた様方のお陰だと私は思っています。心から感謝を伝えさせてください。本当に、ありがとうございました。」

「私たちは己が信条に従っただけです。これから大規模な豊穣の内乱が起こらないことを、私たちは切に願っています。」

 

 

 巡狩の星神、嵐が放つ矢は確かに強力だが、やはり其は人命を勘定に入れていない。方壺に嵐の矢が落とされる前、艦隊を光が呑み込む前に、私たちの手が届いてよかった。戦の後、深く安堵の息を吐いたのは記憶に新しい。

 

 それから停雲は商売人の顔になり、交渉が始まった。鳴火を通して、私たちが仙舟へ公的に何を輸出するのか。羅浮の天舶司に所属する商会は全部で七つあり、鳴火は生物資源や工業原材料、それらを加工した品を専門で取り扱っている。

 無論豊穣由来の品は輸出できない。故に私たちは美容品や動物性の食品、それに仙舟並びに私たちに必要な製品を提示した。

 

 停雲たち鳴火の商人は、並べられた製品群を一つ一つ見ていき、その効果を私たちに説明されながら試していく。

 ヒスイノにいる、豊穣の力を賜った種族は、毛並みを大事にしている。身の乱れは心の乱れ。他にも、動物の本能を飼いならすため、略奪者に身を窶している者とは違うことを明確にするためなど、様々な理由がある。

 狐族の商人は、美容液を手に取り尻尾に撫でつけてみる。すると、彼らは嬉しそうな声を上げた。毛に艶を出す高級品だ。見た目が良くなるだけでなく、根元からケアができる。停雲は微笑を称えながら言う。

 

 

「なるほど~ヒスイノの皆さんがふわふわな毛並みをしていらっしゃるのは、こういった質の高い美容品を使っていらっしゃるからなのですね。」

「安心してください。今回選んだ品は全て、豊穣の力が使われていません。仙舟側もまずい状況にはなりませんよ。」

「ふふ、添加物不使用を明言していらっしゃるみたいですね。」

 

 

 鳴火の面々は食品にも手を付けていく。毒見を行わなくていいのかと尋ねようとしたが、その前に答え合わせをしてくれた。彼ら曰く、仙舟から離れたヒスイノの民でも、仙舟で暮らす人間と連絡を取り合っている者もいて、その者たちから食の素晴らしさを聞いているという。

 また外部から来る商人からも、フラットな視点で土地の安全さと食文化の良さを聞いているため、そもそも毒が入っているかなど疑わないと話した。

 

 

「狂风さん。自分は第二次豊穣戦争後に生まれたのですが、その時から羅浮にはヒスイノへの悪印象は無かったですよ。それに自分たちは商人ですから、仙舟に益を齎すために生涯を捧げています。危険に飛び込めなくては商いは務まりません。」

 

 

 私は鳴火の商人の力強い言葉に安心感を持った。そうして、多彩な食品を持ってきてもらい、鳴火の商人たちに仙舟で流通させられそうなものを選んでもらう。神秘の壁を建てた他惑星からも料理の専門家がはるばる来ているため、ヒスイノの食文化は進歩し続けている。私は味の濃いものしか食べても美味さを感じられないが、基本的に舌の作りが同じである三つの人間種は、繊細な味を楽しんでくれているようだ。

 

 最後に見てもらうのは、専門的な技術を用いた工業製品である。私は一つを取り出し、鳴火の商人たちに説明した。

 

 

「私たちの中にも、魔陰の身に苦しめられる民がいます。ですが彼らが化生に堕ちないよう、心身の状態を管理することは可能です。つまりは嗔恚、無記への抗い。この端末を使うことで、自身がどれだけ危険な心理状態か、何に感情を動かされているかを測ることが出来ます。」

 

 

 これはオムニックの高度な演算によりできた、ストレスチェッカーのようなものだ。仙舟人の内、天人が抱える魔陰の身の治療には、豊穣の技術でなければ辿り着けないことは推測されている。それが仙舟で試行できない以上、自身で魔陰の身を押しとどめようとする意思が必要だ。これは気休めのようではあるが、効果的であると私は考えている。

 何故なら鏡流や、仙舟朱明の将軍懐炎のように、千年以上魔陰の身に落ちていない者がいるからだ。伝聞によれば二人はそれぞれのやり方で、日々を楽しんでいるそうだ。心身の健康こそ長生きの秘訣というのもあながち間違いではないだろう。

 

 

 私たちは交渉を進め、鳴火が有用だと思った品が仙舟に届けられることとなった。天舶司は別の仙舟ともつながりを持っており、何より鳴火が担当するのは生物も含まれている。

 

 私は仙舟側が輸出するものを提案してもらっている際に、医療の発展に繋がる技術についても要望を出した。鳴火とは専門違いだと思いながらも話したことだったが、奇跡的に合致する生物がいた。鳴火は放逐しないこと、医療用にのみ飼育することを条件に、少数の「夢獏」の輸出を行ってくれるという。夢獏とは仙舟朱明に生息している生物で、人の夢を食料とするため、睡眠の質を上げるのによく使われるそうだ。

 映像端末で見せてもらったが、何とも小さく表面がもちもちとしている。私は抱きかかえられないが、人間種であれば過度のストレスを取り除くのにうってつけの生物だろう。

 

 

 こうして交渉が終わり、双方にとって益のある貿易内容が作り上げられた。私は停雲の手に対して、指を一本出し握手の代わりとする。取引は締結された。

 

 これを皮切りに、豊穣の力を持った人間たちが手を取り合うことが出来るようになればと、願わずにはいられない。私は仙舟への帰路に就く停雲に対し、言葉を投げかける。

 

 

「停雲さん、今日はありがとうございました。これからも多く取引を行うことになるでしょう。私の仲間の定義は広く――善良な人物、今日こうして知人になれた貴女もその一人です。もし航海中、鳴火が危機に陥ったとき私を呼んでください。必ず助けになります。」

「私といたしましても、狂风様が噂通りの方で、安心して交渉が出来ました。はい、気遣い感謝いたします。それではまたお話しいたしましょう。」

 

 

 私は、鳴火と停雲への連絡ができるようビーコン情報を交換した。恭しく頭を下げた後去っていく停雲たちを見送り、私は自身の業務へと戻る。未来が明るく照らされるのを感じながら。

 

 

―――――

 

 

 第三次豊穣戦争以降、二十数年。私は生涯において、いや今を生きている人間において最も大きな動乱の中心へ関わることになる。星神、使令、そして世界の理へと。

 私は動乱から逃げることなく、深く深くへと突き進むことになるだろう。進むことこそ、民の生を護ることなのだから。

 

 ナナシビトの象徴が、再び星海を駆ける。世界が大きく動き始める。

 

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