月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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グラモスの倫理

 星海を飛び、グラモス共和国を狙う蟲の群れは、長い時間をかけてようやく全滅した。これだけの量が一箇所で死んだとなると、死ぬ直前に残したフェロモンを感知して、他の星系から蟲が集まってくる可能性がある。大部分の除去については、カンパニーから来た別動隊に対処してもらった。

 

 

「智械黑塔、お疲れ様。蟄虫に変異種はいたか?」

「いなかった。そんなことより、今見たいのは下の人たち。」

 

 

 目下では、深緑の騎士がグラモスの兵士に肩を貸し、救助していく様が見える。中にはヘルムが破壊されても何とか救助が間に合った兵士もいる。智械黑塔の遠隔スキャンを見ると、遺体として転がる兵士と生き残った彼らの顔は、本当に似ていた。

 通信が再び回復し、私たちの艦隊に共和国への着陸許可が為される。私は深緑の騎士たちに通達し、惑星の居住空間に船を飛ばした。

 

 

 グラモス共和国内部に入ると、先進的な文明レベルであることが見て取れた。背の低いビル群で街は構成されており、曇天と歩く人々の雰囲気は、国全体を鬱屈とさせていた。遠くで大きな声が聞こえる。

 スウォームの群れを倒したのだ。脅威が去ったと知れば、国民にも活気が満ちるだろう。

 

 停泊場から歩くと、身なりの整った壮年の男性たちが私たちを出迎えた。

 

 

「皆さま、スウォームの危機から我らがグラモスをお守り下さり、誠にありがとうございました!皆さま方の鎧…それに、貴方さまは。」

「ヒスイノの主である、狂风です。今回は厄災前衛からの救援依頼を受け、カンパニーとの協力の上、掃討を行いました。」

「なんと!狂风様が直々に戦に加わってくださったとは――共和国の代表の面々から、抗う者の皆さまに言伝を預かっております。今日はグラモスの食をお楽しみください。それではご案内します。」

「それと、鉄騎たちはこちらで預からせていただきます。彼らはグラモスの英雄!英雄は、国民に顔を見せないものですからね!」

 

 

 男性たちの外交用に作られた表情に対して私は頷き、皆で彼らの後をついていく。鉄騎と呼ばれた兵士たちは、体格のいい軍人が連れていった。電子端末でヘルムに細工をしていたようだが、外交官に問いかけることはしない。外交官が外面を取り繕っている以上、本心を見せない専門家相手に聞いても、はぐらかされるだけだからだ。

 

 ビル群や道路に傷はない。スウォームの危機が街に及ばないように、鉄騎たちは必死で守り抜いたのだろう。だが鉄騎たちは秘匿されている。グラモス共和国の歪みの一端が見えた気がした。

 

 

 巨大かつ荘厳な建物に来賓として通され、しばらく経つ。大部屋に、グラモス共和国の議会らしきホログラムが映し出された。人間種たちが腰を下ろしており、一同立ち上がって深くお辞儀をした。

 

 

『遠隔でのお礼になってしまい、申し訳ございません。我ら代表一同、心より感謝申し上げます。』

 

 

 それからグラモス共和国は、私とカンパニーに対して、資源提供を報酬として示す。カンパニーの艦隊指揮官は同意したため電子媒体での書類が送られたが、私はしばらく考える。彼らは鉄騎について語らない。よそよそしい態度は、報酬という対価を支払った後はすぐに立ち去るよう伝えているかのようだ。

 

 するとホログラムが突然消え、建物内が騒がしくなる。下を見ると、どこからやってきたのか大量のグラモス国民がデモを行っていた。大きく広げられた布にはこう書かれている。

 

 

『我らは、侵略戦争に反対する!』

『戦士たちの解放を!』

 

 

 私はカンパニーの指揮官と顔を見合わせた。遠くから聞こえていた声はこのデモだったようだ。グラモス共和国内部が大きく動いていることを、私は感じ取った。

 

――――――――

 

 少し前。スウォームの大群との十数年に渡る抗戦の最中。グラモス共和国の執政議会は議論を交わしていた。これからのグラモス共和国の方針についてである。

 彼らの表情には既に怯えはない。スウォームやレギオン、凶暴な豊穣の民を鎮圧する「抗う者」が来たならば、勝ったも同然だ。後は彼らへの報酬を考えればいい。

 そうして議会の面々は清々しいまでに、醜い話し合いを行う。

 

 

 グラモス共和国は数年前から、スウォームへの対抗手段として、「戦いのために生まれた」兵器を創造した。遺伝子改造を施した、おおよそ人とは言えない生物兵器である。ティタニアという名前の、これまた遺伝子改造を施した女性に司令塔の役割をこなさせ、繁殖の因子を遺伝子に植え付けたクローンたちに偽りの「帝国」を守らせる。

 技術者やグラモスの議会は問題ないと判断した。鉄騎がこの偽りの夢を疑うことはないし、疑おうにもすぐ戦場で死ぬのだから。

 彼ら遺伝子改造戦士はグラモスの技術力の結晶であり、それを今後どう扱うかにより国の繁栄へと繋がる。

 

 領土拡大のために、スウォーム以外にも柔軟に動くようにすべきではないか。ならば、鉄騎の索敵用ヘルムにおける人間の認知を、蟲に変えるのはどうか。

 現在はファイアフライ-ⅠとⅡの二種しかない。バリエーションを増やして、生産速度も上げるべきだ。更に兵器の使用範囲を増やすなら、ロストエントロピー症候群を発現するようにして、鉄騎が鹵獲されないようにしないか。

 

 技術者を交じえた議論は続く。鉄騎は兵器であって、人間ではない唯の人型だ。早く次の任務を与えてやらなくては。グラモス共和国とその国民が豊かに暮らせるように。

 

 

 人間の欲望を露出させた醜悪な議論に、少数の議員がばんと机を叩き、立ち上がった。憤った彼らは口々に言った。折角救援に駆けつけてもらったというのに、礼儀すらないのか。グラモス共和国の代表は、私利私欲を肥やすだけの畜生に成り下がったのか。スウォームとの戦いが終われば、鉄騎は自由になると決めたのは、ここにいる全員だ。

 立ち上がったのはスウォームの攻勢以前からの古株や、新興国の代表に選ばれた青年たちだった。グラモス共和国は、惑星群の内にある多くの小国が寄り集まってできた国家。意見の違いがあり、議論の内に合致させることこそ、共和国全体の経済発展が見込める。

 

 だが議会に集まった八割の代表と二割の少数派は、歩み寄ることをしなかった。かつてのグラモスは、多くの星系の平均基準に近い倫理観を有していた。クローン技術を使うことあれど、それを人間扱いしないほどまで偏ってはいなかった。それが戦禍の中で歪み、非人道的な手段を良しとする倫理に染まっていったのだ。

 

 互いに譲ることのできない価値観がある。国の代表の言葉は、小国全体の意見でもある。代表たちは兵器運用への賛成反対を巡って議論を白熱させ、最後は決裂する。

 

―――――――――

 

 占拠された建物。私の前に、先ほどホログラムで見た服装の男性がやってくる。彼は電子書類を表示させ、私に言う。

 

 

「お騒がせしました。私たち8つの小国は、東グラモス共和国としてヒスイノへの帰属を願います。それに伴い、こちらが所持するグラモスの技術を全て共有いたします。」

「…東グラモス共和国?いつ分かたれたのでしょうか?」

「お恥ずかしい話ですが、貴方達が必死に戦っていらっしゃる一月の間に決定し、今日分かたれました。グラモスはスウォームとの長きにわたる戦いで歪みました。私たちが代表でいる内に脱退しなければ、国民の身も危ないと判断したのです。」

 

 

 彼は言った。ここは共和国の外交に使われる建物ではあるが、ヒスイノに帰属しようとする小国が共和国全体に貸し出しているに過ぎなかったそうだ。そのため離脱を宣言した今は、西側の共和国の者を外に出している最中だという。

 若く、熱い正義感に燃えている様子の彼は、高速船へと私たちを案内する。高速船は鉄騎の生産施設へと向かっている。まず彼は後ろめたい話になると、前置きしてから言った。ヒスイノの性質はよく聞いている。対価を支払えば、移住者を受け入れてくれることをと。

 

 そして船の中で彼は、議会の仮決定を端末にて私に見せた。

 鉄騎の更なる改造。現在4000人以上の「生産」が行われているが、それを早め五桁番号にまで到達させようとしているようだ。予想通り兵器運用された鉄騎たちは、人間として扱われていない。

 また代表から鉄騎についての説明がなされる。ティタニアという繁殖の因子を植えられた被験体の女性がテレパシーを出し、同じく繫殖の因子を遺伝子改造によって入れられた鉄騎が、グラモスを守るために動く。

 

 私の近くで表情を無にしていた智械黑塔が、なるほどと仕組みを理解して頷く。ある意味鉄騎は、蟄虫の変異種のようなものだ。彼女の目に好奇心の光が戻ってきた。

 

 

 私個人としては、知性を持つ人間を物のように扱うのは見過ごせない事態だ。だがグラモス共和国はスウォームに抗おうとして鉄騎を考案し、製造したのだ。

 星ごとに倫理は違う。戦争を起こす前段階であり、カンパニーからの監視があれば侵略に走ることも難しいはずだ。グラモス共和国を何の関わりもない外部の派閥が無理やり変えようとするのは、「調和」のファミリーやカンパニーのやり方と同じ。豊穣勢力の内乱とは訳が違う。

 だが帰属を願うのならば、話は別だ。私は条件を話す。

 

 

「ヒスイノの名を入れるか惑星への移住を望むのならば――鉄騎を一種族としクローンを増やすのはいいですが、これ以上の遺伝子疾患を付け加えてはなりません。兵器運用も同様です。」

「もちろんですとも!我々は、人としてあるべきラインを越えてしまわないように東西を分けたのですから。」

 

 

 持明族の前例があるため、鉄騎を生み出すことは問題ないと考えた。だがそれは、鉄騎側が数を増やしたいと考えた場合のみだ。

 代表の男性は、その後契約書を取り出した。グラモス共和国は軍事力を、鉄騎や暴徒鎮圧用のクローンに偏らせたという。スウォームの群れを倒すまで鉄騎の開発に注力していて、戦車や戦艦などスウォームに有効打を与えられない既存の兵器は製造を止めたのだと。

 東グラモス共和国は鉄騎の非人道的扱いを止めるため、このまま惑星の半分に陣取っていれば西側に殲滅されるのは目に見えている。故に、大部分の国民はヒスイノへの移住を希望しているようだ。

 

 そうしている間に生産施設へと着く。中に入ると培養タンクには、銀髪の少年少女が浮かんでおり、そのタンクに電子ラベルでAR-4020、AR-4023など識別番号が記されている。

 その光景に私は、ルアン・メェイの研究施設で浮かべられていた私のクローンを思い出した。

 

 

「こちらに生産施設の半分があったのは幸いでした。タンクに収められている素体も含め、521人は保護しています。」

「培養されている彼らは、既に『帝国』の記憶が刻まれているのですか?」

「ええ、残念ながら。国を守るためとはいえ、あまりにも残酷な――。」

 

 

 私は培養タンクに目をやると、その一つに手を伸ばした。AR-4100、成長した少女が入ったタンクである。それは他のものと違い、電子ラベルの表示が緑に染まっていなかった。私は代表の男性に尋ねる。

 

 

「この子と他の子は、どう違うのでしょう。見た目はさほど違いが無いように見えますが。」

「少々お待ちを。…おお!この鉄騎はまだ造られたばかりで、インプットされていないようです。技術者の方、どう止めれば…。」

 

 

 代表の男性は、生産施設の技術者に対し質問を投げかける。私はその間、鉄騎たちをどうするか考えていた。ティタニアという女性ありきの人間ならば、その女性も保護する必要がある。だが彼女は西グラモスが保持しているようだ。また保護したとして、西側の鉄騎はどうなる。どちらの陣営においても支えを失えば、戦場で死ぬよりも苦痛を感じるのではないか。

 偽りの夢であっても、彼らにはそれが全てなのだ。私は表情が険しくなっているのを感じ、顔を手で覆う。

 

 私が自分の顔から手を降ろすと、目が合う。培養タンクの内側の少女と。

 

 

「すぐにタンクから液体を抜いてください!」

 

 

 私が背後に声をかけるとタンクの水面が下がっていき、識別番号AR-4100が生まれたての小鹿のように足を震わせて出てくる。

 ティタニアという女性については、私がどうにかできる問題ではない。目の前にいる鉄騎たちが、ヒスイノでどう生きていってもらうかを考えるべきだ。

 まだ無垢で、手を血で汚していない鉄騎たち。戦いのために生まれたのだとしても、選択の権利は彼らにある。

 

 私は、深緑の騎士とカンパニーの協力者に声をかけ、培養タンクから鉄騎の素体たちを出した。そして備品から大きめの布を取り出して、彼らの体を巻く。

 遺伝子改造によって鉄騎は寿命が早く来るようになっている。私はその問題も解決せねばと、ヒスイノに対して予め通信を行う。

 

 

 そうして私たちは一度、それぞれの惑星へ戻ることになった。カンパニーは双方の情勢を見るべく、惑星に滞在するという。

 東グラモス共和国の受け入れを行うにも準備が要り、彼らが動くにも時間がかかる。少しずつ、東グラモスの旧式艦隊がヒスイノを訪れるようになるだろう。

 

 鉄騎の素体、AR-4100という番号の少女は、宇宙船にまでついてくることとなった。雛鳥の刷り込みのように、私の背後を歩いてくるのだ。インプットされるはずだった導きと、帝国を守る使命は彼女にはない。

 偶然ではあっても、近くにいた私が責任を取る必要があるだろう。私は宇宙船の居住空間に彼女を寝かせ、先のことを考え続ける。

 

 

――――――

 

 グラモス共和国の分裂は、彼ら「抗う者」としての活動範囲に収まらない事象を起こした。カンパニーは双方を見て判断し、未だ規模感が大きく不穏な動きを見せる西グラモス共和国に警戒を強めた。

 それを受け西グラモス共和国は、他惑星の侵略などするわけがないと否定し、他惑星に及ぶスウォーム狩りを行うと発表する。

 

 一方、狭まる共和国の視界から逃れた東グラモス共和国は、西側と睨み合いながら、少しずつヒスイノへの移住を進めていく。

 

 水面下で西グラモス共和国は、深い闇へと堕ちていく。反対する者はもうおらず、ありとあらゆる軍事力拡大を行い、鉄騎は改良を行われながら9万体を超える。その行く末が破滅であろうと、人の欲望は止められない。

 

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