共感覚ビーコンは、星ごとの言語の壁を取り払い、意思疎通を可能にする技術だ。銀河に存在する全ての知的生命体の基礎技術とまで言われる。それは知的生命体に例外を作らず、共感覚ビーコンを接種させれば、原始的な言語を作り出した人間達にも適用できる。言語機能の獲得にも役立つことだろう。
歩離の優れたバイオテクノロジーは、共感覚ビーコンにまで手を出しているため、これを接種している者は多い。歩離の社会では、独自の言語で統一されているため必要ではないのだが、獲物を喰らうときに出す命乞いの言葉を知りたいという者には重宝される技術なのだ。
しかし狐族にこの施術は必要ないと考える狼は多いため、狐族でビーコンを得ている者はわずかだ。
私は考えた。問題はその共感覚ビーコンをどうやって取得するかだと。共感覚ビーコンの技術は、あればいい程度の技術だと歩離では認識されている。目の前にいる大勢の人間に使う量を集めるには、通貨としての奴隷が何人いても足りない。私はオムニックのイゴサに残されたマニュアルから、我々の侵略以前の文化体系を確認しながら、彼に尋ねる。
「イゴサ、私は基本的な情報を人伝に知るのみだが…。生餌にされる人間ならば、中枢神経にビーコンは取り入れられていないはずだ。鑿歯猟群が生産しているが…何百も集めるのは困難だろう。手に入れられるあてはあるのだろうか?」
「回答:星■ス■■の稼働時、共感覚ビーコンの生産が行われていた。私の演算結果、58%の確率で生産工場の復旧が可能。」
「…オムニックの星の方が技術向上を働きかけたのか。半分より上なら、だいぶ良い状態で施設が残っているだろうな。イゴサ、演算を感謝する。」
破損状態がひどい部分だが、渡された情報データを結びつけると、大まかにこの双子の星の成り立ちが分かった。無機生命体たちが星を作り、ここの原住民に交流を持ちかけたようだ。原住民は辺境の星故に、宇宙進出もできていなかった。そのため残存するテクノロジーの類は、ほぼ全てオムニックから受け取ったものだと結論付けられる。
なるほど、抵抗するための兵器が無かったから綺麗なままで建造物が残ったというわけか。私は納得した。
イゴサにデータの共有を切断してもらい、狐族たちに話す。もう一つの星の状態を確認するため、器獣に乗ると。
「皆、手伝ってくれないか。隣の星で真っ先にやるべきことができた。」
人間たちは、様子を見ておくと手を挙げてくれた狐族たちに任せた。歩離の仲間たちに訊いたが、準備で忙しいようで共に向かう者はいなかった。皮算用ではあるが、オムニックでなくとも、ロボットの生産が再開できれば人手不足の解消に役立てるだろう。私は隣の星から利になるものを得てくることを、仲間たちに約束した。
私と狐族の一部は、器獣たちの待っている場所にやってくる。そこには白狼がおり、私の従えた器獣に合成肉を与えていた。器獣は、歩離の混血を獲物として扱わない。漂ってくるにおいに主と同じものを嗅ぎ取るからだろう。
白狼は私に気づくと、手を振る。周りに歩離の仲間はいないため、呼び方をいつも通りにする。後ろの狐族がざわついた。
「師匠、補給を行っていてくれたのか。ありがとう。」
「いえいえ。狂风様と、後ろの狐たちは出発なさるのですか?」
「ああ、隣の星を見に行く。師匠も一緒に行こう。」
白狼の力量は狼主に引けを取らない。呼雷のような強大な存在以外ならば、私と白狼で相手取れるだろう。私たちは器獣に乗り込み、飛ぶように指示する。器獣は奇妙な鳴き声を上げて離陸し、空を突き破った。
無機生命体の星は、青緑に鈍く輝いている。よく観察すれば、星から細い管のごとき路が突き出ている。星間を移動するための手段の一つだろうか。それは途中で砕けており、歩離の民によって攻撃されたことが推測できる。
大気を越え、地表が見えるとそれらは全て金属でできていた。管理するオムニックがいなくなったことで、錆や腐食箇所が目立つ。思い切り踏み抜けば、金属板はいとも簡単に破れることだろう。歩離の民が作った施設も、長年立ち寄っていないためか薄汚れている。
器獣には、重みに耐えられそうな場所を私が観察した上で、そこへ降りるよう指示した。外膜が開き、私たちは金属片の舞う星へと降り立った。
「イゴサ、共感覚ビーコンの工場はすぐ近くなのだな。」
「肯定:演算結果X2548、Y24682の位置に存在する。ルート構築を開始。」
データの共有が行われ、半透明なルートが視界に映しだされる。狐族の一人が、迷わず進んでいく私に対して疑問を口にした。
「狂风様、様子が一変されて…。」
「気になるか。オムニックは、共感覚ビーコンからデータの共有を行えるのだ。ビーコンがあると便利なものだぞ。」
抑圧されて感情の類が麻痺した狐族もいたが、渡航の際にそれもほぐれたようだ。純粋な好奇心を以て、私やイゴサに質問を行っていく。機械のことなら、オムニックが最も知っているだろう。所詮、歩離の民から聞きかじった知識しかないが、私も彼らの迸る知識欲に答えていく。
イゴサが、機械音声を小さくして発する。私の聴覚はその小さな音を拾った。誰かの答えを求めない問いであった。
「疑義:狐族は、狼に恐れる隷属的な人間ではないのか?」
構築されたルートの最終地点へとやってきた。外気に晒され劣化したオイルの臭いが漂ってくる。工場内には人型のオムニックの腕や胴体が千切れて転がっており、戦いの跡が残っている。オムニックは破壊されても、有機生命体と違って腐らない。そのため戦利品を奪ったら、そのままにされることが多いのだ。
設備があまり破壊されていないのを見るに、歩離の民の中でも、対人戦を得意とする玄爪猟群の狩りが行われたように思える。
私はイゴサの指示通り予備電源を入れ、工場の内部を練り歩く。共感覚ビーコンの生産ラインは二階にあった。私が足となり稼働できそうな生産ラインを、イゴサにスキャンしてもらっている。狐族たちには、自身が興味を持つ場所へ向かうように言った。そして白狼は後ろ手を組み、狐族が見て回る施設の一階を眺めていた。
「あたしも何か、お手伝いできればいいのですが。戦闘以外はからっきしですからね。」
「狐族の皆を守ってくれるだけで心強い。それに師匠がいてくれれば、大抵の脅威は退けられるから。」
「…オムニックは、壊れても動き出すし、用心するに越したことはない。有事にはしっかり動きますよ。」
白狼は半ば閉じた眼を鋭くし、周囲の警戒に当てている。しなやかな体をいつでも動かせるようにしている姿に、やはり師だと私は尊敬を深めた。
しばらくしてイゴサが、スキャンの音を止めた。布の中から、結果を私に伝えてくる。
「スキャン完了。結論:生産ライン、復旧可能。」
「ありがとう。それでは早速動かそう。」
「警告:予備電源から生産ラインに電力を移す際、防衛システムが起動する。」
「了解した。師匠、出番みたいだ。」
そしてイゴサは起動するための情報を発さず、じっと黙りこくる。狐族の話し声が反響するのみになり、いくらかの緊張感が生まれる。私とイゴサの言葉を背中を向けて聞いていた白狼が、耳をぴくりと動かしてこちらを向いた。
『警護用ロボットを起動。侵入者を設定。』
無機質なアナウンスが流れる。工場内にサイレンが鳴り、丸みを帯びた巨大なロボット三体が壁を割り、ゆっくりと歩き始めた。長年保存されていたからか動きが鈍いが、戦闘能力のない狐族は重体にできるだろう。時間がない。
白狼が眼を開いて、戦闘態勢を取る。忙しなく瞳を動かして散らばった狐族を確認している。どう集めるかを考えているようだ。
「…狂风、あたしが安全を確保する。そのオムニックも持っていくから、貴方はロボットを頼んだ。」
白狼は私からイゴサを受け取ると、手摺から一階へと跳び降りた。私は白狼に続いて一階へ跳躍し、ロボットの前へ躍り出る。
「侵入者捕捉。攻撃開始。」
警備用ロボットは、施設の保護のためか銃火器を使用せず、ワイヤーを伸ばして遠距離攻撃を行ってきた。私は突き刺そうとするそれを回避し、爪をロボットたちの関節部分にぶつけた。
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データが破損し、名すら分からなくなった二つの惑星。その一つで無機生命体として回路が繋がれた、一人のオムニックは目の前の状況を理解できていなかった。
数日前からそうだ。インプットしてきた歩離人と狐族の情報とはかけ離れた集団が現れ、群れの主がこの星の復旧までも約束した。
そして今、歩離人が狐族を守るため、警備用ロボットを行動不能へと押しやっている。歩離人は狐族を盾として扱い、命を使い捨てるのをオムニックは視認してきた。何故、狐族を見殺しにしない。何故自らが盾になる。
壊れかけのオムニックは、いくら演算しようとエラーを吐いた。そして、今オムニックは結論を出した。これは種族における誤差であり、歩離人ではない。略奪者でない、見た目の似た別の種族なのだと。
無機生命体は個体差はあれど、有機生命体に強く興味を持っている。ただ道具として使われてきた彼は、その根源に対して演算を再開した。もっと知りたい。そして彼らが向かう先がどこなのか、映し続けたい。
目の前の戦いが終わるまで、そのオムニックはカメラアイをずっと狼に向けていた。