グラモスから戻って、三月経った。ついに白露の修業期間が終わり、白珠と白露、智械黑塔が入れられたメッセージグループは二人の会話で盛り上がっている。
智械黑塔はすぐに鉄騎の研究を終え、成果をオムニックの技術者たちに渡した上で、別の研究に着手している。智械黑塔は私に寄りかかって、モニターの記録をまとめている。
巨大宇宙船にいるのは、私と智械黑塔、そしてAR-4100である。業務の傍ら、私はAR-4100へサマンサという名を付け、暇さえあれば話しかけるようにしている。
サマンサには電子端末を見せ、培養中に与えられた知識以外を吸収させている。彼女は生まれたばかりであり、この星海の広さをまだ知らない。選択肢が広がるように、まずは多くを見せるべきだと考えた結果だ。
「父さま、カリキュラム150までの視聴を終えました。次の指示を。」
「ではサマンサ。抽象的な質問だが、カリキュラム100から150までで君は何に感情を動かされた?一つでもいい、挙げてみてくれ。」
「…青色系惑星の美しさと、体毛の柔らかい原生生物でしょうか。」
「順調に、好きが見つかっているな。続きのカリキュラムを解放しておこう。」
「ありがとうございます父さま。引き続き、価値の捜索を実行していきます。」
彼女の私に対する呼び方は、サマンサ自身が決めたことである。生まれたときに傍にいて、それから衣食住を与え、自身に教育を施す存在は父であると彼女は規定した。
サマンサは表情筋を動かさず軍人のようにきびきびと返答し、次のカリキュラムを視聴し始めた。身近にいる、人間種に近い容姿の智械黑塔が表情を動かさない故か、彼女も無表情になっている可能性が高い。最初に比べれば口数は多くなったが、白露や白珠との交流も行わせたいところだ。
私は、右に座っている智械黑塔を見る。視線に気が付いたようで、智械黑塔は顔を上げて私に一言聞く。
「…何?」
「いいや、何でもない。強いて言うなら、そろそろ白露と旅を行う頃合いだと思ってな。白露が望むなら、あの子はこの宇宙船を拠点にする可能性もある。智械黑塔の考えを聞きたい。」
「私の研究の邪魔をしないならいい。うるさかったら、周囲の音を遮断するから。」
智械黑塔は再び電子端末を操作し始めた。私も業務を行い、静かな時間が流れる。賑やかなのもいいが、この沈黙も悪くない。
しばらくして、宇宙船内に取り付けたシステムが夜を告げる。
夜食において智械黑塔はオイルを飲み、私は塩味の効いた肉を、サマンサは人間種が好む味付けの飯を同じ卓を囲んで食べ、全身の洗浄をそれぞれが行う。そして一日の終わりに、サマンサを就寝場所まで連れていった。保護した鉄騎には欠け月と疑似赤泉を取り込んでもらったため、寿命については問題ないが、人間種と同じように睡眠は大事だ。
「父さま、私は鉄騎として生まれました。同じ鉄騎が言う、帝国の記憶――私にはそれが無くとも、戦うために生まれたことには変わりはないはずです。父さまは何故、私に教育を施すのでしょうか。」
「鉄騎が生み出された意味は、他者が決めたものだろう。ヒスイノの民は、自らの意思で未来を決める。…君はまだ、道を決めるには知らないことが多い。ゆっくりでも、自分が大切にしたいものを見つけ出すのだ。」
「分かりました。明日は実践訓練。父さま、指導をお願いします。」
サマンサは深く頷き、ベッドの中に入った。かつて鉄騎たちの生命維持装置であった装甲は、彼女用の部屋の壁にしまわれている。私は部屋を消灯し、その場を去る。
それから10システム時間後。私は深緑の騎士の修練場にて、圧縮された装甲を持つサマンサと向かい合っていた。私は全身を覆う生体鎧を着て、武器を持たず彼女が動き出すのをじっと待つ。
彼女が身に纏うのは、急遽ヒスイノ側で改修したファイアフライ-Ⅱである。サマンサは、ぐっと顔を引き締める。
「ファイアフライ-Ⅱ、起動…!」
サマンサがそう言うと、手に持った装甲が輝く。全身に炎を纏わせ、次の瞬間彼女の姿は背の高い鉄騎へと変化していた。変声器を通して発せられる声は、男性のように低く統一されている。
『それでは参ります、父上。はあっ!』
サマンサの変身した鉄騎は高く跳躍し、私に蹴撃を入れる。高速でぶつけられる鋼鉄は、私の肉体にも少しばかり響く。私は腕で蹴りを受け、脚を掴んで放り投げる。鉄騎は回転して受け身を取り、炎を纏った重い拳をぶつけてくる。パターン化された動きを使わない、対人戦を意識した攻撃だ。私は掌で受け続ける。
『殲滅コマンド、呼び出し完了――実行!』
拳に足をぶつけ続けた後、鉄騎は激しく燃え上がり私に突撃をかます。これはファイアフライ-Ⅱに搭載された燃焼機能であり、元は使った時点で装甲が焼け溶ける仕様であった。グラモス共和国が鉄騎を戦場で使い捨てるつもりだったのがよく分かる。
ファイアフライ-Ⅱの爆破で私の生体鎧が消滅する。私は豊穣の力でところどころ燃えた体表を治し、膝をついている鉄騎に声をかける。
「良い動きと火力だ。改修はうまくいっているようだな。」
『父上の肉体はすさまじいですね。私の攻撃で全くダメージを負っていません。』
鉄騎は装甲を解除すると、肩で息をしながら頭を下げた。私はサマンサに欠け月を使い、肩を貸す。サマンサの表情は真剣ながらもどこか高揚しており、装甲を持っていない左手を深く握った。
サマンサが多くを学んだ末に、戦士としての道を選ぶならそれもまた良いことだろう。私はビーコンからのメッセージを見て、サマンサに伝える。
「丁度いい。サマンサ、白露という少女と共に惑星探索に向かおう。三日後だ。」
「惑星探索…初めて行います。分かりました。知見を深めていきます。」
私たちが選んだのは、白珠がナナシビトになった始まりの惑星である。私はよく覚えている。白珠と山頂にて、陽が昇る光景を見たことを。開拓の道を行かなかったとしても、自然の美しさに魅力を感じている様子のサマンサにとって、見て損はないはずだ。
それから、静かな時は過ぎていく。白露の元気な声が私の耳を震わせるのは、すぐのことであった。
三日が経ち、白衣から旅装束に着替えた白露と、背嚢をいっぱいにした白珠が宇宙船内に入ってくる。白露は両手を上げて満面の笑みを浮かべた。
「狂风たちの乗っている船はすごく広いのう!しかもぴかぴかじゃ!」
「よいしょ、お邪魔しますね!」
私は白珠の荷物を預かり、共同の休憩スペースへと案内する。中には白露用の菓子や、採集用の道具が詰められているようだった。
白珠と白露は中に入ってきて、勉強をしているサマンサを視認する。
「ぬしが、生まれて三月の鉄騎…わしより大きいぞ!なんでじゃ!」
「狂风の話していた印象と全然違いますね。こんにちは!」
サマンサは彼女たちの声に目を白黒させた。その後も二人に質問攻めにされ、何とか返答し続けていた。私は彼女に良い刺激が与えられたと思いながら、宇宙船が目的地に着くまでその様子を見ていた。
そうして私たちは名もなき惑星に辿り着き、朝日を見る。白露は飴玉を転がしながら顔をほころばせ、横に立つサマンサは目を見開いていた。
「これが母様の始まりなのじゃな…!」
「…父さま、私はやはり美しいものが好きなのでしょう。それを壊したくない。守りたいと強く思います。」
二人の目は陽の光を反射し輝いていた。だがそれだけではない。何でもない陽の光であっても、彼女らにとっては広い世界へ踏み出す大きな一歩であった。
―――――――
東グラモス共和国は全体から見れば二割であっても、移民としてやってくる人数は多い。人間のいない惑星を買い取ったうえでヒスイノの領土を徐々に拡大し、軸となる惑星群を十二個から十八個まで増やした。これにより星の開拓を望む民が分散し、更に専門性を持った技術者が集まり、既存の領土にはない特性が生まれる。
ヒスイノ-XⅢ。ヒスイノが何百年ぶりに行った領土拡大、その始まりの地。この惑星では、ヒスイノの軍事力増強に特化した施設群が建てられてきている。移民であるグラモスの民の多くは、ここで過ごしている。グラモスでは鉄騎に全てを託していた故に自分たちは非力であり、軍に守られている場所で暮らしたいという思いが強いようだ。
数年かけて少しずつ鉄騎はグラモスの民に同行する形でヒスイノにやってきて、製造されていた521人は無事保護される。
鉄騎たちの大部分は最初、混乱状態であった。ティタニアのテレパシーが届かず、グラモス帝国も偽りであったことを知り、すべきことが分からなくなっていた。ヒスイノは、彼らの寿命を欠け月と少量の疑似赤泉によって百年は生きられるようにした上で、鉄騎の自立支援を行った。
その後、鉄騎たちは各々がどう生きるかを決め、ほぼ同じ結論に達した。女皇陛下が遠く離れた場所にいても、守るべきグラモスの民はこの地にいる。ならばやることは変わらないと。ヒスイノ-XⅢの守護と、深緑の騎士についていく者で分かれ、ほんの僅かな鉄騎は市民として生きることになった。
ヒスイノは彼らを新しい種族として受け入れ、支援を継続していく。
鉄騎たちは装甲の改良、素体を誕生させることを望んだ。ファイアフライ-Ⅱの機能を元にヒスイノの技術者一同が協力して、最新型の考案が日々行われている。装甲自体は鉄騎の素体しか扱えないが、深緑の騎士が纏う鎧の改良にも繋がる話だ。鉄騎の銀影アーマーにおける炎上機能が素体に負荷をかけるため、まずはその部分の見直しが行われ、改修型を鉄騎たちは身に着けている。
また誕生した白銀髪の少年少女は、最初識別番号こそ付けられるが、すぐに名前を得る。先に生まれた鉄騎から名をもらうか、自分自身で名を見つけるのである。
戦いのために生まれた鉄騎は、東グラモスの民とヒスイノの支援を受け、人になっていく。
サマンサ(AR-4100)…
巡狩・炎
分かたれたグラモス共和国の象徴。グラモスの鉄騎の一人であり、帝国の夢を見ない最初の素体。
名前の由来は、スタレの語呂合わせとサムの女性名。
容姿のイメージは、ショートアニメ「グラモスの余燼」の終盤で登場したボブカットの少女。
現在の装甲はファイアフライ-Ⅱ(改修型)であり、時が経つごとに装甲のバージョンアップが為されていく。