あの後白珠と白露は、多くの世界を見るため二人で旅立った。私たちも時間が空けば彼女たちに同行する形をとることを続けた。
数々の惑星への訪問を経て勉学に意欲的になったサマンサを横目に、業務を行う日々を送っていたが、ある日私の元にメッセージが届く。親交の深いヤリーロ-Ⅵからだ。
嬉しくない知らせだ。私はメッセージを下へスクロールしていき、納得と重苦しい気持ちが同時にやってくる。
知らせの内容は、第17代目大守護者の病状悪化による逝去であった。彼女自身から送られてきた予約メッセージである。
第17代目は在任期間が長く、復興した他の都市の統治についても助言を行っていた。病状悪化と書かれているが、実際は老衰だろう。16代目も15代目も、私に知らせるときはそう書かれていた。大守護者は皆気丈であり、私に最期の姿を見せない。ヤリーロ-Ⅵで生きる民には、一年置いてから代替わりしたことを発表する徹底ぶりだ。
大守護者はヤリーロ-Ⅵを守る象徴。存護は揺るがず、民に不安を与えてはならないのだと。
歴代の大守護者とはメッセージでのやり取りを続けているが、直接の会談は時期にばらつきが出るようになっていた。暦において。一年に二回機会を設けるのは変わらずとも、前回の会談は丁度一年前である。あの時は元気そうに見えたが、足腰の弱りは隠せていなかった。
私は思考を巡らせ、17代目の横で大守護者としての見識を積んでいた少女を思い起こす。前回、彼女は士官学校に入ると言っていたのを覚えている。義親の死と、勉学との板挟みの状況では、どちらにも手がつかないだろう。
次期大守護者への引継ぎに難があったのは、第8代目の継承以来である。私は遠い昔、ヤリーロ-Ⅵで生きていた女性たち、シリヤとその妹セリルのことを思い起こす。第7代目の逝去の後シリヤが第8代目に選ばれたのだが、彼女は当時まだ幼かった。そのためか私が目を離していた隙に、狼藉を働こうとした人物がいたのだ。
ステファン・マルクーゼという名前だった。権力欲に溺れ、幼子を暗殺しようとまでした奴は、忘れようにも忘れられない。
その人物の計画は失敗に終わらせた。建創者たちがシリヤを次期大守護者に選出したところに間に合い、それからしばらくシリヤとセリルの面倒を見ていたからだ。
それから私はシリヤに対して、大守護者としての教育を建創者たちと行った。彼女は非凡な賢さを活かし、第8代目大守護者として立派に責務を行った。
シリヤの妹セリルは、頭脳労働ではなく戦士としての才覚があった。シルバーメインの最高司令官として、シリヤに助言をもらいながら日々精進していたのを覚えている。
私は思い起こすのを止め、再びメッセージを読み進める。そして私は一番下までスクロールし、そこに書かれた頼みを読んだ。私は、届かない肯定を心の内にて行う。
当たり前だ。ヤリーロ-Ⅵとの七百年以上の繋がりを、決してないがしろにはしない。
「…二人とも、急用ができた。おそらく長くなると思う。宇宙船内にいても良いが、サマンサはついてくると良い。単純に知見も深められるだろうし、多角的に物事を見る経験にもなるだろう。」
次代大守護者である、金髪の少女を頭に浮かべながら、宇宙船を動かす場所について智械黑塔とサマンサに話す。そして向かう経緯についても。
智械黑塔は元より経緯を知っていたようで頷いてくれ、サマンサもまた頷いた。サマンサはヤリーロ-Ⅵへ既に訪問している。滞在期間は短くとも、雪の降り積もる世界について聞きなじみはあるだろう。
「オムニックたち経由で聞いた。ヤリーロ-Ⅵを拠点とするなら数年にとどめて。備蓄の保温オイルを買い直すのが面倒なの。」
「もちろんだ。だが補充は私がやっておくから安心してくれ。ああそれとサマンサ、滞在中にベロブルグ大学で学んでおくのも良いかもしれない。学院までは難しいが…あそこなら、ヒスイノの民に広く門戸を開いてくれているからな。どうだ?」
「別の惑星における技術体系を学べる機会…逃したくありません。父さま、お願いします。」
大学は3代目大守護者のアレキサンドラが立ち上げた一般市民向けの場で、士官学校は将来的にシルバーメインへ所属する者が多く入学するところだ。別の教育機関であり、教育の方針もまた違うが、カリキュラムをよりよくするために相互補助を行っている。
背が伸び、大人になったあの頃のアレキサンドラが、書類と睨み合っている姿が脳裏に浮かぶ。彼女の頑張りが、ヤリーロ-Ⅵの学術の基礎を作り上げ、後世のベロブルグの視野を広げる大きな要素となったのだ。
サマンサはやる気に満ちているようで、両拳を顔の前に近づけながら、大学に入学したいと口にした。アレキサンドラの作り上げたものが、私の知人の経験、知識に変わる。これもまた継承だ。
私はヤリーロ-Ⅵの建創者や、各教育機関の長、そして一番の目的である人物へ連絡を行う。そして、私たちの宇宙船はヤリーロ-Ⅵに向かって舵を切った。
宇宙船から出ると、うららかな日差しと、ほのかに冷たい風が体表を撫でる。生体膜のドームの加工によって、整備の進んだ場所は雪解けしており、堅牢なるベロブルグがはっきりと見える。他の都市も復旧したが、人類を守り抜いた首都は造りが別格である。年々更なる改築が行われているため、石煉瓦に劣化は見られない。
智械黑塔はしばらく宇宙船に残るらしく、ついてきたのはサマンサだけだ。私はベロブルグの門を守るシルバーメインの兵士たちに、通行証を見せる。
「ど、どうぞお通りください!ベロブルグ並びにヤリーロ-Ⅵは、貴方を歓迎いたします!」
「ありがとう。サマンサ、ついてきてくれ。」
私は首を上げる兵士たちに礼を言うと、門を通り抜ける。星外との交流を回復したため、街の中には異邦の旅人やカンパニー社員、そしてヒスイノの民も少数だが見かける。
ここ百年はベロブルグソーセージというものが人気らしく、狼たちも塩味をきかせた上で食しているのが見えた。
横に並ぶサマンサに歩いて食べられるホットドッグを買い与えた後、大学への入学申請をしに行く。学長に面会した後割安で、講義を受けられるようになった。安くしてくれたのは、ヒスイノの民であることもそうだが、私が滞在している間のみの在学であるため、卒業までいかないからだそうだ。
早速サマンサは、大学にて自身が興味のある分野の講義を受けに行った。困ったことがあれば連絡するように言い、私はクリフォト城に向かう。
兵士に話をつけ、城内に入る。クリフォト城における執務室には、年若い金髪の女性がおり、書類の山に忙殺されているようだ。私は彼女に声をかけた。
「こんにちは、カカリア君。私も権限を持っている。手を貸そう。」
「ああ、おじいさま。お出迎えできずにごめんなさいね。気づいたらこんな時間になってしまっていたわ。」
切れ長の青い瞳をこちらに向け、弱弱しく彼女カカリア・ランドは言う。先代がいなくなって精神的にも苦しいのだから当然のことだ。
建創者たちも補佐はするが、8代目の頃一人の人物が起こした蛮行から、大守護者の決定に対して力を持たなくなっている。そのため重要な書類は全て、大守護者に回ってくるのである。
私はカカリアの近くに大きい椅子を持ってきて、作業を行う。さばくのは慣れている。
私が来てから三時間、山積みになっていた書類は全て目を通され、一息つく時間ができた。
カカリアは士官学校の課題を取り出し、勉学に励む。彼女の専攻は軍事史。大守護者としてシルバーメインの指揮にも関わってくるため、軍全般に詳しくなっておくべきだとカカリア自身が判断したのだ。
私は他惑星から持ってきた菓子を皿に出すと、カカリアの勉強の合間に差し入れた。
「今が一番苦しい時期だ。先代からの言葉もあってな、カカリア君の補佐をしばらくすることにした。仕事は私にほとんど任せてもらって、勉学と、学友との時間を楽しむといい。勿論、大守護者としての責務も大事ではある。」
「そう、お母さまが…。早くお母さまのような、先を見通せる大守護者にならなくてはならないわね。」
「まだ時間は必要だ、焦らなくていい。…士官学校はどうだ?仲の良い友人はできたか?」
そう尋ねると、カカリアは暗い表情を一変させて私に話し始めた。気の合う友人が一人いる。現在カカリアは執務のためクリフォト城に来てはいるが、士官学校は寮制である。セーバル・ランドゥーという、優秀な軍人の家系ランドゥー家の女性と、カカリアは同じ寮の部屋であるそうだ。彼女とは別の専攻だが、カカリアはセーバルの影響を受けて、機械いじりに興味を持っているという。
また友とは別に、気になる男性もいるとのことだ。カカリアは咳ばらいをすると口元を押さえた。
「口が滑った…とにかく、士官学校の方は問題ないわ。そうだ、セーバルと作ったギターがあるの。おじいさまがベロブルグに長くいてくれるなら、いつか実物を見せに持って来ようかしら。」
「おお、随分と改造された楽器だ。音楽には造詣が深くなくてな。ギターの練習もしているのか?」
「私もセーバルに教えてもらっているけれど、弾くまではできないの。あの子はすごく上手いから、今度映像を見せるわね。」
カカリアは友人の話を饒舌に語った。今までの彼女は、次期大守護者の重みと追随を許さない優秀さによって、他者へ簡単に心を許さなかった。表情を緩ませて話せるほどに親しい友人が出来て、私としても安心だ。
私はふとヤリーロ-Ⅵを襲った脅威を思い起こした。そして私が喰らい取り込んだ星核についても。星核が残っていれば、18代に渡る継承は無事行われていただろうか。
私はすぐに考え直す。例え星核があろうと寒波を乗り越え、ヤリーロ-Ⅵの民は逞しく生きていたはずだ。その人間の底力は今も尚、カカリアやこの時代を生きるヤリーロ人全てに受け継がれている。
義母の死を受け止めて前を向き、人生を懸命に進むカカリアを見て、私はそう思った。
臨時で大守護者を補佐する役割を受け持った私は、ヒスイノや友人たち、世話をしている子に目を向けながら執務を行う。予定以上にベロブルグを拠点にする時間が長くなり、今まで以上に多くのヤリーロ人と話すことになった。そして外部からの訪問者とも。
ヤリーロ-Ⅵから天外へと羽ばたきたい子、反対にこの存護の惑星で生きていきたい子。在任中私は、小さき子供たちがそれぞれ掴む選択肢を見ることになる。彼ら子どもたちもヒスイノの民と同じように、自由に星海を駆けてほしいと私は願う。