月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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ツガンニヤ-Ⅳ

 待ち続けていたジェイドからの連絡がついに届く。彼女の文書には、ツガンニヤ-Ⅳという惑星の名前と、カンパニーを悩ませる根深い民族問題が記されていた。

 元々ツガンニヤには多くの民族が存在しているが、カンパニーの援助を受けて民族をまとめ上げ、ツガンニヤ連合首長国を建国した。ここまでは問題ない。だが国に所属するツガンニヤ人の議員たちは、二つの民族だけは統治に加え入れられないと判断し、カンパニーが与えた議事ルールを用いて追放した。

 これにより、市場開拓部はカンパニーの広める存護が完璧ではないと判断しているようだ。

 私は対外的なデータを添付された資料を読み込み、二つの民族の推定人口が全体から見れば1%にも満たないことを確認した。そこまで完全を求めるのか。私は市場開拓部の狂信に驚く。

 

 

 私は資料を読み進める。二つの民族は、エヴィキン人とカティカ人という。彼らには共通点はないが、大きな特徴を有している。

 エヴィキン人は人間種基準で容姿端麗、社交性も高いように生まれてくるらしく、人の懐に入り込むのが得意な民族だ。またカティカ人は食人行為を行う民族であり、掲げる文化も原始的なようだ。

 私は全てを読み終わって考えた。これまで介入してきたカンパニー由来の滅びも、併せて考え抜く。

 

 市場開拓部が過激な行いをしようと改ざんが許されるのは、カンパニーが超巨大組織であることと、多くの利をカンパニー外にも齎すからだ。殺された原住民は何も言わないし、生き残りが声を上げようと星海には響かない。

 私はカティカ人に対して、古き歩離を重ねる。同じく略奪を行い、餌として人間を喰らうこともある者たち。違いは規模の大きさだ。カティカ人は星外に出て行けるほど発達した文明ではないが、狼たちはそれを可能とする。彼らも略奪を愉しんでいるのだろうか。大昔には他にも原因があったはずだ。

 

 それは、ツガンニヤ-Ⅳの環境だ。この惑星はデネス-プルーチェン-ドナウの三大星系の境界地帯に位置し、複数の星風の影響を受けているため、惑星全体が乾燥地帯の広がる荒れ野なのだ。ツガンニヤで生きる人々は限られた農作物を取り分けながら生きるしかない。カティカ人は食料の足りない環境で食人に手を出した。

 つまり、飢えこそが蛮族たらしめる根本的な問題なのだ。そして食人行為をする部族を受け入れるなど文明の危機を招くため、追放するのも頷ける話だ。

 

 エヴィキン人はどうか。彼らは策略に長けているし、人好きのするような要素ばかりを生まれ持った民族である。作り上げた国を乗っ取られたらたまらないと考えたのだろうか。

 エヴィキン人は、カンパニーの手を借りて、仲間を喰らおうとするカティカ人に復讐を為そうとしているそうだ。カティカ人にエヴィキン人が襲われたとき、大義名分を得たカンパニーが民族を滅ぼすと。

 だが市場開拓部はエヴィキン人の要請に対して、彼らが思うような形で応えないだろう。完璧な存護の流布には、どちらの民族も邪魔なのだから。

 

 

 私は資料を読み終え、両手を握り締めた。これは単純な武力では解決できない問題だ。だが私たちが出来ることはいつもと同じである。受け入れることと、人命を救助すること。カティカ人だろうとエヴィキン人だろうと、保護してしまえばいい。私たちが持つ広大な土地は、そのためにあるのだ。

 だが保護した後、食人の文化は世代を跨いで消滅することになるだろう。私たちは他者に害を為す文化を残し続けることを許容できない。エヴィキン人が掲げる地母神信仰などは問題ないが、略奪と食人はどちらもだめだ。寄り集まってきた狼も、古訓の大部分を棄ててもらっている。また今回の保護は強引かつ特殊だ。

 

 文化が薄れヒスイノのデータベース上に残るのみになることを滅びの一種と判断するならば、それは甘んじて受け入れる。私たちは文化の存続と人命を秤にかけるなら、より大切な方を掴む。それが人命であることは言うまでもない。

 

 そしてこれはカンパニーからの依頼である。同じ強硬策であったとしても、恨みが残らないよう保護を徹底してほしいと。カティカ人には管理された遊牧を行わせ、エヴィキン人はヒスイノの文化体系へ組み込んでもらう。

 文化をこの一代で終わらせるという残酷な手法を取る代わりに、カティカ人には最期まで満足のいく生を送らせる。草原に連れ出し、人型に見せた餌を与える。

 この人型の餌というのは、ヒスイノに加わって間がなく、人を襲う衝動を抑えられない狼や、人間種の移民に対する措置だ。遠隔ドローンにて出力されたホログラムで表情を投影し、培養肉を知性を持った人間のごとく見せる。優れた生物科学技術が作った医療用の肉である。

 

 

「狂风だ。二万ほどの人間種を受け入れる準備を整えてくれ。二つの民族だが、敵対関係にある。離れた惑星にそれぞれを送る。一部族には肉を用意してくれ。14番型から20番型だ――」

 

 

 私は開拓し終えた、新しいヒスイノの惑星群の長に、それぞれ連絡を行う。私たちヒスイノはカンパニーと交易関係にあるため、保護した時点で市場開拓部が入り込む余地はない。

 ツガンニヤの気象情報は、後数日で雨が降ることを示している。雨はカティカ人が狩りを行うのに最適な環境。獲物が泥濘に足を取られて逃げられないためだ。動くのはこのときだと、戦略投資部は予測する。

 ジェイドが示した座標に向かって、深緑の騎士たちを動かす。カンパニーの臨時社員証を付けた船は、ツガンニヤ-Ⅳへと向かった。

 

 

―――――――

 

 ツガンニヤ-Ⅳには大雨が降りしきる。今日はエヴィキン人の文化にある「カカワ」の日。地母神フェンゴ-ビヨスの誕生を祝う祭儀が執り行われる日だ。

 その祝いの日も、カティカ人にとっては狩猟の絶好の機会である。大雨が降ればエヴィキン人は逃げられない。簡単に彼らを捕え、食料として喰らうことが出来る。

 

 だが策略に長けたエヴィキン人は、それを逆手に取った。カンパニーと手を組み、カティカ人が攻撃を仕掛けてきたとき、カンパニーが彼らに対し報復を行うという約束を交わした。エヴィキン人にとっても、この大雨は絶好の機会なのだ。

 雨で濡れる中、地母神に祝福された少年が、その姉と言葉を交わす。姉は民族と共に復讐へ行く。祝福された大事な弟は、何が何でも生かさなくてはならない。

 遠くから蛮族めいた野太い叫び声が聞こえてくる。エヴィキン人の物資を踏み荒らし、すぐそこまでカティカ人が来ている。

 

 

「もうすぐカティカ人が来る――ここでお別れだね。この雨は地母神の贈り物。カカワーシャ、あなたの幸運がお姉ちゃんたちの計略の成功を守ってくれる。」

「お姉ちゃんも皆も危ない、もしかしたら死んじゃうかもしれない…。なんでこんなことをするの?」

 

 

 涙交じりにエヴィキン人の少年、カカワーシャは言い、彼の姉は鋭い言葉を返す。エヴィキン人は必ず仇を討つ民族であり、父と母、殺された皆の無念を晴らすのだと。

 そうして、優しい口調に戻ったカカワーシャの姉は、彼と掌を合わせ言う。

 

 

「地母神があなたのために三度瞳を閉じますように」

「あなたの体を流れる血が永遠に巡りますように」

「旅がいつまでも平穏でありますように」

「計略が決して露見しませんように」

 

 

 カカワーシャの姉は立ち上がり、別れの言葉を投げかけるとその場を去った。カカワーシャはぎゅっと両手を握り、姉の後ろ姿を追う。彼は願う。地母神にではなく、己の気持ちを心の内でぶつける。計略が成功し、姉や民族の皆と再会できることを。

 

 雨は止まず、曇天は荒野を暗がりへと落としている。カカワーシャは走った。

 

 

―――――――

 

 私はツガンニヤ-Ⅳの気象に対応できるよう、追加装甲を取り付けた宇宙船を駆り、上空までやってくる。大雨の降る荒れ野は、これから起ころうとする民族間の争いを象徴しているようだ。

 私はレーダーにて、カンパニーの戦艦を確認させる。案の定反応はない。

 

 様子見をしていると、横から智械黑塔が私に尋ねる。私の手に宿った琥珀と深緑の色を見ながら、目を細める。

 

 

「環境まで整えるの?一惑星に随分肩入れするじゃない。」

「…飢える民がいるならば、それを無くしたい。追い出された民族だって、飢えによって歪んだ文明に変わったのだろう。彼らは、星に残すことは出来ないが。」

「そう。収容スペースが足りなそうなら、船の倉庫を使っていいよ。」

「ありがとう。…騎士たちに告げる――」

 

 

 争いが始まった大地を確認し、深緑の騎士に通達する。二つの民族に対して、介入を行うことを。ステルス機能を使って待機していた船が次々に姿を現し、大地へと降りていく。鎮圧用の大盾と気絶させるための電気鞭のみを持ち、カティカ人の粗雑な作りをした刃物からエヴィキン人を守る。

 私も宇宙船から飛び降り、介入を開始した。

 

 

 腹を裂かれ、雨で体温を失いかけているエヴィキン人達に対し、欠け月を使用する。半開きの眼で蹲っていた彼らは体が動くことを理解し、私を見上げる。

 

 

「黒服の人たちの仲間!?恩に着る!」

「…ああ、そうだ。必ず約束は守られる。だがあなたたちとは、武力を以て協力する約束の他に、もう一つ約束をしていたはずだ。」

「な…皆、そんなものあったか?」

「いや…。」

 

 

 私は深緑の騎士が瞬く間に鎮圧するのを見ながら、電子誓約書を彼らに見せる。そこには隠し文字でこういった旨が書かれている。カンパニーがエヴィキン人に味方した後、その対価としてカンパニーの保護下に継続して入り続ける。ツガンニヤ-Ⅳの外部に移動することも受け入れると。

 

 

「文字が浮かび上がったぞ!こんな字面、存在しなかった!」

「安心してくれ、悪いようにはしない。無理やりに地母神への信仰を捨てさせることもしない。ただ、今よりもっと肥沃な地――飢えることの無い生活に変わるだけだ。」

 

 

 人間種基準で美しい相貌を懐疑で歪ませ、保護されたエヴィキン人はがやがやと話し合う。

 そうしている間にもカティカ人たちは、刃物の通らない壁が迫り、どうしようもなくなっている。逃げようにも囲まれ、電気鞭で意識を次々に失っていく。再び目覚めたときは、ヒスイノの施設の中だ。施設の中には広大な草原と、作られた即席のテントがある。彼らは抜け出すことができない。

 

 私は一万弱存在するエヴィキン人全員に聞こえるよう遠隔ドローンを飛ばし、巨大なホログラムを形成させた。そうして近くにいたエヴィキン人に対してと同じ文言を繰り返す。騒ぐ声は大きくなり、次第に静まった。

 

 ぼろぼろになって運び込まれるカティカ人を見たためだろうか。冷たい雨の中、騎士たちは生体ドームを張り、エヴィキン人に水を弾く防護用のコートを羽織らせていく。

 私に向かって、近くに座り込んだ少女が言葉をこぼした。

 

 

「本当に、この生活から抜け出せるのですか?作物の育たない土地で、日々やせ細っていく家族を見る暮らしから…。」

「私は嘘を言わない。ほら、約束は果たしただろう?今からする約束も、必ず守る。」

 

 

 私は背嚢から、パッケージ化したパンを取りだし、濡れないようにパッケージを破いてから彼らに手渡す。私が見本として食べた上でだ。何日も飯を食べていなかったのか、匂いを嗅いでから彼らは齧りついた。柔らかく調整されたそれは温かさを保っており、彼らの舌と腹を満たしていく。

 

 そして私は腕を振り上げた。ツガンニヤ-Ⅳへ最後に送るもの。肥沃な大地と、星風から一片を守る壁だ。新芽が荒れ野を覆い、緑を作り出す。私の力によって雲が裂かれ、曇天から恒星の光が顔を出した。

 

 

―――――――

 

 カカワーシャは、ふと後ろを振り返る。耳に響き続けていたカティカ人の笑い声が、いつの間にか聞こえなくなっていたからだ。そして彼は見ることになる。晴れた空から透明な雨が零れ落ちる様と、徐々に広がっていく草花の群れを。

 少年は固まり、自身の足元にまで及んだ緑におそるおそる触れる。青臭い香りと柔らかな手触りが彼の感覚器官に入り込んできた。

 

 続けて彼の視界には願ったとおりの情景が広がる。上空に浮かんだ無数の船、スターピースカンパニーのロゴが入れられた緑の船が降り立っていく。丘の向こうには、たくさんの仲間と、姉らしき人物がいる。姉は手を振ってこちらへと走ってきた。カカワーシャは一歩一歩元の場所へと戻る。

 

 彼にとって大事なものは復讐などではない。大切な姉や仲間と生きることだ。カカワーシャとその姉は笑顔を浮かべ、早い再会を果たす。二人の上にはオーロラではなく虹がかかっていた。

 

 

――――――――

 

 市場開拓部の面々は、戦略投資部の「支援」に対して憤りを感じながらも、スターピースラジオを通して発表する。ツガンニヤ-Ⅳにて、カンパニーの保護下にあるエヴィキン族が、カンパニーに不満を抱いていたカティカ族の襲撃を受けた。しかしカンパニーはエヴィキン族と協力し、少数の犠牲で難を逃れることが出来た。

 またエヴィキン族はカンパニーの管轄内に継続して加入し、別の惑星への移住を行うと。

 

 カンパニー内部にて市場開拓部はその功績と共に、戦略投資部に先手を打たれたことを語られ続ける。それでもやり方を変えることはない。市場開拓部と戦略投資部の、水面下でのにらみ合いは続く。

 

 

 エヴィキン人はヒスイノ-XVを基点に生きていき、カティカ人はヒスイノ-XⅧの施設内に入ることになる。お互い顔を合わせることはなく、エヴィキン人は民族信仰を持ち続け、発展していく。

 その中の幾人かは、カンパニーへの恩義から社員になる。地母神に祝福された子、カカワーシャもまたその一人であった。姉へ仕送りをしながらも、彼は幸運と人当たりの良さを駆使して商談を成功させ、順当に出世をしていく。勤務をする彼の瞳にはいつも、大切な家族の笑顔があった。

 




カカワーシャ…

少年時代から変わらずに成長する。ハイライトが残ったままになり、首元の文字が消失する。
スターレイル本編のように命を常に賭けられないため、立ち回り方が違ってくる。
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