月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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ヘルタたちの会合

 宇宙船はいつものように星海を飛び回り、惑星に滞在することを繰り返す。深緑の騎士からの報告やヒスイノの商業記録を読み、偶に智械黑塔の研究資材を探す日々である。今騎士たちから来た報告には、反物質レギオンの軍勢への勝利が書き連ねてある。

 だが、現地の統治者の邸宅並びに街は全壊してしまったようだ。レギオンの軍勢との戦いがどれだけ激しかったのか分かる。

 カンパニー側は物資と資金を出す代わりに、「ホンボルト-σ」という惑星で労働しないかと提案したらしい。調査したところ、ホンボルト-σは劣悪な自然環境であり、鉱物資源を取り出すために、労働者は身がぼろぼろになって死ぬまで働かされているらしい。

 冗談で言ったにしてもたちが悪いと私は肝が冷える思いがする。惑星の統治者が騙されないように手を打つ必要がある。私は現地に赴いている小隊長とオムニックの交渉役に通信を繋ぎ、ヒスイノ側から物資援助を行うように話す。

 私たちに必要なのは、個々の惑星における技術体系である。全体を見ればありふれているとしても、その中に一片の未知があるとき、我々の文明の更なる発展を期待できる。

 

 

『承知いたしました盟主。演算結果:損壊の程度から、ヒスイノの各種建材と作業用ロボットを10500システム時間、ヒスイノから貸し出すことで復興可能です。――この地の工芸品、技術、動植物など、何でも構いません。我々緑翠商会は、人道的な手段を以て、復興を支援いたします。』

 

 

 オムニックの交渉役が話し始めたようだ。小隊長が代わった後、短い返礼を告げ通信が切れる。

 カンパニー側に交渉を任せようとすると、出来る限り惑星の原住民から搾取しようという魂胆が透けて見えるのが困りものだ。抗う者の活動を通して出世しようとする人間が抜擢されると、この傾向が更に顕著になる。

 

 星神同士の戦いはすぐそこまで迫っている。その余波から守れるように、手が届く範囲だけでも団結が必要なのだ。こういった些細な部分でも軌道修正をしなくてはならない。

 

 

 私の横では変わらず、智械黑塔が研究資料を読んでいる。サマンサは宇宙船の研究室を一つ彼女から借りて、生物学実験を行っている最中である。最近の彼女の頭はプーマン一色であり、プーマンが食べる金貨や宝石を、人工的に生成した無機化合物で代用できないか研究しているようだ。競り落としたプーマンはただでさえ大きかったのに、さらに丸々として大きくなってきた。

 

 背部ユニットに接続した智械黑塔は、電子書物を表示させ高速でスクロールする。オムニックであれば内部処理で情報を読み取れそうなものだが、この機能は他者に見せるためなのだろうか。

 私は動体視力を意識的に底上げし、彼女の読む資料を覗き見する。そこにはオムニックの演算効率限界へ挑む旨が記されていた。共同実験者としてあの天才、スクリューガムの名も書かれていた。

 具体的な内容として、スペースデブリに成り下がっているセプターシステムの復旧、あるいは「再現」を試行すること、思考回路の接続の桁を跳ね上げることなどが並んでいる。

 

 ここ数年智械黑塔が頼んできたことから、思い当たることがあった。彼女は度々スペースデブリに宇宙船を着陸させ、作業用ロボットを派遣していたのだ。全てはこの研究のためかと私は納得する。

 

 それにしても、興味深い内容だ。今でさえ天才の記憶を持ち、何千もの研究実績を世に送り出している智械黑塔が演算効率を上げたらどうなるのか。

 彼女はヌースの一瞥を受けていない。これならばと考えた、人間の「再現」を行い、思考回路のサルベージを繰り返す研究も、理外には至らなかったようだ。

 また同時期に、彼女は自身のコアであるヘルタの魂の断片を複製していた。彼女が人工的に作り出した歳陽の純エネルギーを用いて変質させ、疑似卵で生物的な複製を行う研究だ。

 純エネルギーを害することは不可能に近い。これにより智械黑塔は、自身のスペアを大量に分散させている。今私の横にいる本体が破壊されれば、純エネルギーに残った生体的な記憶と、機械へ瞬時にバックアップされている情報記憶を移すことが出来るのだ。

 

 これだけの知識量と、大量の思考データを以ても難しいならば、ヘルタと同一存在であるという判断から変わっていない可能性もある。

 だが単純に思考スピードとインスピレーションの数を増やすことで、ヘルタの記憶と人格も持つ秀才という立場から、万能の天才へとたどり着ける可能性も十二分にある。

 私が夢中になってよそ見していると、ふと視線を感じる。智械黑塔の瞳が緑から紫色に戻り、覗き見を咎めるような表情を作っていた。

 

 

「執務中でしょ。終わったら話があるけど、集中して。」

「一旦落ち着いたところだ。今話してもらうのがいい。」

「そう。じゃあ話しておくわ。30システム時間前、スクリューから私に連絡が入ったの。ヘルタが模擬宇宙の開発を遂に始めたそうよ。仮組みの段階でも一見の価値があると彼は言っている。だからスクリューが宇宙ステーション「ヘルタ」に向かうとき、私も来ないかって。」

 

 

 智械黑塔がスクリューガムに使う愛称は、かつてヘルタだったときから引き継いでいる。少し上気した口調で彼女は言い、構想段階だった「模擬宇宙」が形になり始めていることに興味を抱いている様子である。

 智械黑塔は更に続ける。現在開発メンバーにはヘルタとスクリューガム、ルアン・メェイが関わっており、他の天才についても呼ぶ可能性は高いとのことだ。

 

 模擬宇宙について、百年以上の期間、智械黑塔は歯がゆい気持ちでいたようだ。

 現在の彼女の才覚を一言でまとめると、器用貧乏と呼ぶことになってしまう。天才がそれぞれの専門分野で凡人の限界である百を超えて千以上だとすれば、彼女はヘルタの分野では一歩及ばず、他全ての分野で百を少しだけ乗り越えている段階だ。

 

 模擬宇宙は、自身の得意な領域だけでは作り上げられないシミュレーション装置である。彼女はヘルタの思考領域から抜け出せていないため、開発についての新たな発想は生まれてこない。オムニックとしてプログラミング部分にも精通しているが、スクリューガムほどの専門性は発揮できていないこともある。生物科学についてもルアン・メェイの後追いだ。

 だが智械黑塔はそのような煩わしい事を気にすることはない。彼女が日々完璧に近づいているからだ。

 

 

「シミュレーションの型さえ得られれば、人格データでいくらでも投影できる。でも私が研究したいのは天才たちの討論じゃない。並行世界の観測、再現なのよ。視認できている星海とその表裏を既知にしてこそ、全知になれるんだから。」

 

 

 智械黑塔は自身の話し方が白熱していっていることに気づいたからか、急に口をつぐみ普段通りの表情に戻った。

 

 

「とりあえず伝えたから。またスクリューから連絡が来たら言うね。」

「ああよろしく。私も久しぶりにスクリューガムさんと顔を合わせられるのが楽しみだな。」

「ルアン・メェイとはよく会ってるけど、ヘルタはどうなの。」

「顔は毎日見ているからな。彼女と会っても以前と同じく興味を持たれないだろうし、話もろくにしてくれないだろう。」

「…ふん。」

 

 

 言外に楽しみでないことを返すと、智械黑塔はわざとらしく鼻を鳴らし、研究に戻る。怒っているというポーズだろうが、良質なオイルを差し入れる必要がありそうだ。

 

 ルアン・メェイからは生物実験の終わりに呼び出されることがある。すると大抵、処理を後回しにしていた実験体が数年分は放置されている。人付き合いに興味がない彼女は、こまめに呼んでくれと言っても面倒がるのだ。表情や口調は全く変わらずとも、行動が示している。

 

 またヘルタからはルアン・メェイより頻度が高く依頼が来るが、会話はほとんど無い。彼女が欲しがっている奇物を持っていったら報酬を渡され、すぐにこちらへ興味を無くすためだ。

 取引の体は守ってくれているし、報酬も価値あるものばかりのため問題ないのだが、もうすぐ彼女との取引も二百年ほどになる。淡白さがこのまま変わることはないのだと思うと、会話を楽しめないのも気持ちの一つである。

 

 スクリューガムとは軍事的な関係や智械黑塔を通して友好を築けているし、他二人の天才とも繋がりが持てている。それだけで大きな価値だ。私はまた入ってきたヒスイノからの連絡に応対し、時間を過ごす。

 

 

 

 少し時は過ぎ、智械黑塔が話したスクリューガムとヘルタの会談の日程が決まる。智械黑塔にのみ連絡が行くと思っていたが、彼は私にもメッセージを送ってくれた。

 

 

『こんにちは。智械黑塔さんにも送らせていただいた、模擬宇宙開発についての会談日程について添付します。』

『また、智械黑塔さんからお聞きしました。私も、貴方とお会いできることを楽しみにしています。』

 

 

 丁寧な対応をしてくれる紳士に、私も喜びの言葉をメッセージにて返す。智械黑塔が手を止め、宇宙船の舵を宇宙ステーションへと変更しようとする。私は彼女に同意し、ほどなくして宇宙船は枝由来の跳躍を開始した。

 

 

 宇宙ステーション「ヘルタ」は、奇物や遺物を保管する役割を果たしている。だが天才たちの会合の場としても使われているのだ。智械黑塔は、使い勝手の良い倉庫という認識をヘルタが持っていると、いつか言っていた。

 何故この話を思い出したかというと、宇宙ステーションで研究をしているヘルタの追従者たちにおいて、接待が上手い者のみが権威を持っているようだからだ。

 偏屈で研究肌な人物は、私たちの視界に入ったことがない。毎回の訪問と同じように、私たちを出迎えた職員たちが、智械黑塔の容貌に気づいても自分から詮索することはなかった。

 智械黑塔はお気に入りなのか、黒いサングラスを付けており、ベレー帽を脱いで申し訳程度の変装をしている。そして彼女は、必要以上に話さない職員たちに研究について尋ねていった。

 

 

「宇宙地理課の探索範囲、以前からいくつ星系が増えたの?」

「ミス・ヘ…いや智械黑塔さん!研究員は更に意欲的になりまして、十の星系を新たに調査しております!」

「調査は緻密に行うべきだから…これ。勘星用たがねの機能を改良した、試作品のカタログ。申請すれば割安で買えるから、有意義に使って。」

「なんと…ありがとうございます!」

 

 

 職員が喜色満面で、智械黑塔から電子媒体を受け取る。小さく呟く声が、私の発達した聴覚に入ってくる。

 

 

「夢みたい…。わたしたちを目にかけてくれるなんて…。」

「ミス・ヘルタじゃないって聞かされていてもな…。」

 

 

 智械黑塔は近くの音以外を遮断し、宇宙ステーションの職員たちに研究資材のカタログを手渡していく。ヒスイノ全体の繁栄を望む彼女は、人形そのものの記録も持っている。言ってしまえば、この宇宙ステーションは古巣だ。人格を持たずステーションを見守ってきたことのある智械黑塔にとっては、代替わりした職員たちも身内に入れているのだろう。

 

 一目的を果たした彼女は、オムニックの天才と会合する。スクリューガムは私たちを視認すると、手を胴体に当てて音声を発した。

 

 

「クゥアンさんに、智械黑塔さん。対面ではお久しぶりですね。」

「お会いできてとても嬉しいです。とはいえ私は付き添いですから、一時の会合になりますね。」

「スクリューガム、早く見せて!ずっと楽しみにしてたんだから!」

 

 

 スクリューガムは私を見上げた後、彼より背の低い智械黑塔に対して頷く。

 

 

「クゥアンさん。模擬宇宙の開発が進めば、テスターとして呼ばれることもあるでしょう。提案:その時が来たら、多くを語りましょう。それでは智械黑塔さん、ヘルタさんのいる場所に向かいましょう。」

「あなたも来て。案は無くても、構想は聞いておくべきだよ。」

「スクリューガムさん、ヘルタさんの同意はいただけそうですか?」

 

 

 私が尋ねると、彼はしばらく間をおいてから返す。ヘルタが私に対して話すことはないだろうが、スクリューガムに招待されたのは智械黑塔である。

 

 

「結論:問題ないでしょう。話はつけてあります。またルアン・メェイさんが参加していない以上、今回の会談は顔合わせ以上の意味を持ちません。」

「分からなくても大丈夫よ。目的を果たしたらすぐに宇宙船へ帰るから。」

 

 

 智械黑塔は続けて言う。現在行っているスクリューガムとの共同研究について話したいと。彼女の中で開発途中の模擬宇宙と共同研究はどちらも大事なことであり、時間を無駄にしたくないとのことだ。

 

 

 私は二人の後ろを歩き、体が大きくなったことでさらに窮屈になったオフィスの入口を潜り抜ける。そこには変わらない態度のヘルタがおり、無感動に私を少し見て視線を外した。

 

 

「ふーん…これがスクリューの言っていた、私の人形を使ったオムニックね。お古がこんな長いこと残っているとは思わなかった。」

「論理:彼女は初期、十万体のオムニックの思考回路を繋ぎ、現在百万体以上が加わっています。天才に匹敵する演算処理能力を持っていると言えるでしょう。」

「…早く話してくれる?私は忙しいの。」

 

 

 智械黑塔は苛立ちながら言う。ヘルタはよくできた人形だと口にするが、智械黑塔がヘルタを軽く煽る。するとヘルタの方も少し不機嫌になる。言い合いが白熱する前に、スクリューガムが間に入り、本題へとスムーズに進行させる。

 同じ声と喋り方だが、智械黑塔の言葉だとすぐにわかる。長いこと近くにいるからだろう。

 そんなことを考えていると、智械黑塔が後ろを振り向きじとりと細めた目で見つめてくる。そしてふいと視線を天才たちに戻し、模擬宇宙の構成についてじっと聞く。

 

 

 私はしばらく傍観者として彼女たちの言葉を聞いていたが、案の定理解が及ばない。またスクリューガムが話の途中で圧縮言語を使うことがあるため、智械黑塔にしかシステム構築の部分が通じないのだ。智械黑塔はステルスモードにしていた背部ユニットを現し、高速思考を行っている。

 

 続いて、模擬宇宙の開発についての方針をヘルタとスクリューガムが話し始めた。模擬宇宙を何者の視点で切り拓いていくか、テスターを誰にするかといった分かりやすい議題だ。

 星海をシミュレーションするというのは、聞いていて本当に面白い。また実用的な部分であるが、模擬宇宙の研究が進んだことによって、巡狩や壊滅の星神への対策が取れるならば、尚参加したい。

 

 

「白くなったでかいの。何度かテスターをしてもらうかも。主観を誰にするか決めるのにちょうど良さそう。」

「星神になりすますというのは、とても難しいことです。クゥアンさん正式なテスターが見つかるまで、協力をお願いします。」

「はい。喜んでやりましょう。」

 

 

 ヘルタは流し目でこちらに一言告げた後、話を続ける。

 その間も智械黑塔は模擬宇宙の解析を行い、意見を二人にぶつける。話している中でヘルタは、智械黑塔のことを「模造品」ではないと認識したらしく、天才に対して言葉をかけるように話していた。もしくは自問自答か。

 思考回路は似ている故に、ヘルタと智械黑塔は同じ結論を出す。もし主観の星神を選ぶなら、アキヴィリ、殞落した開拓の星神を挙げたのだった。

 

 

 話し合いは終わり、私とスクリューガム、智械黑塔はオフィスの外へと出る。ヘルタは紳士的なスクリューガムに対しては邪険に扱うことはなく、遠隔人形を切り替えて宇宙船の前までついていくようだ。

 しばらく宇宙ステーションを歩いていると、ヘルタが思い出したように言葉を紡ぐ。

 

 

「アキヴィリで思い出したけど、列車が今日訪問するんだった。」

「質問:列車というのは、再び動き出した星穹列車のことですか。」

「そう。面白いおもちゃを毎回持ってきてくれるから、何か用意しないとね。あと次の依頼も。」

 

 

 星穹列車。開拓の星神が作り上げた代物で、ナナシビトの象徴そのものだ。

 私は驚きで口を開き、智械黑塔と顔を見合わせた。智械黑塔も研究詰め故か知らなかったようで、表情を崩している。

 

 開拓の運命は、白珠を通して詳しくを知った、私にとって大切な概念である。宇宙ステーションに来るならば、是非とも目に焼き付けておくべきだ。私は列車の見た目を想像し、久方ぶりに高揚感を覚えていた。

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