月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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銀河鉄道

 星穹列車が停車しているというホームへと向かう。私たちの乗っている宇宙船も、ここを抜ければすぐのところにある。ヘルタたちに着いていくのも不自然ではない。

 それらしき車両が見えてくる。黒と金に彩られた、前時代的な見た目の汽車だ。だが星間を飛び出すことができない文明で見られる鉄道に似ていても、神秘的な印象を受ける。流石、開拓の星神が直々に作り上げた代物なだけはあると、私は気分を高揚させる。

 

 

「おお…!思っていたより小さいな…。」

「どれだけの幅を想像していたの?あなたが大きすぎるからでしょ。」

「確かにそうか。いやだが、ナナシビトの象徴だぞ。見た目以上に中は広いかもしれない。」

「はぁ…。」

 

 

 目測で星穹列車の縦幅を確認するが、低く思える。私の身長と同じくらいだろう。乗り口は、人間種の平均体型であれば問題なく乗車できそうだが、私では厳しそうだ。

 かつて動いていたときの列車について、残っていた記述では、来るものを拒まないとあった。今乗っている人間がどれだけ寛容かは分からないが、もし許されるのならば中も見てみたかった。そういった気持ちが呟きに漏れていたようで、智械黑塔に呆れた様子で返される。

 

 星穹列車から降りてきた人物に、ヘルタが歩いていく。燃えるような赤髪の女性だ。外見年齢は若いが、老化の遅い人間種もいる。ナナシビトとしての活動が長い可能性もあるだろう。

 スクリューガムは遠巻きに列車を見て、拳を顎部分に当てながら何かを考えているようだ。

 

 

「スクリューガムさん、あの女性について知っていらっしゃいますか?列車の古い話はよく聞きますが、再び動き出したというのは初耳で。」

「若く才覚に溢れた方だと聞いています。記録:この宇宙ステーションには何度も訪問しているようです。」

「そわそわするのは分かるけど、落ち着いて。ヘルタの用が済んだら話しかけてみれば。」

「そうだな…今のうちにサマンサを呼んでおこう。あと、白珠たちに写真だけでも…。」

 

 

 ぱしりと軽く、智械黑塔の背部ユニットではたかれる。その衝撃で少し落ち着き、私はふうと深く息を吐いた。

 タイミングは大事だ。私はサマンサにメッセージを送り、宇宙船から出てきてほしい旨を明記した。しばらくすると返信が来て、装甲を付けたサマンサがこちらへとやってくる。

 観光目的でない場合、サマンサは鉄騎として外に出る。危険から己や仲間を守るためには、生身では心許ないとのことだ。

 

 表情が読めなくとも、彼女の身振り手振りから驚きが見えた。ナナシビトの憧れと、白珠が度々話題にあげる実物が目の前にあるからだろう。鉄騎は男性の声で私に話しかけてくる。

 

 

『父上、あれが星穹列車なのですか。随分とコンパクトですね。乗車口が狭い――父上だけでなくプー治郎も入ることが出来なさそうです。』

「君のプーマンは、日に日に大きくなっているからな…。サマンサ。もし交渉が成功したら、智械黑塔と一緒に列車内部を見に行ってくれないか。」

『はい、分かりました。善い方であってほしいですね。』

 

 

 雑談をしていると、ヘルタと赤髪の女性の会話はほどなくして終わる。

 ヘルタが女性に何やら報酬らしきものを渡して、その場を去る。私はスクリューガムに視線を向けると、彼は小さく頷き手で列車の乗員を示した。スクリューガムには智械黑塔との研究相談という大事なものがあるが、しばし時間を頂こう。

 私は毛並みを整えた後、二人と共にまず赤髪の女性へ話に行くことにした。

 

 

 赤髪の女性は私を見ると、目を大きく開いた。この時点で私は、彼女があまり星間を移動していないか、狼と遭遇したことがないと理解する。ヒスイノの民が友好的な交易を行うことで、狼の印象は第二次豊穣戦争以後、格段によくなった。外見で一緒くたにされることはない。

 私は彼女に警戒を解いてもらうために頭を下げ、自己紹介する。

 

 

「お嬢さん、驚かさせてしまって申し訳ない。私は狂风。貴女たちと同じく、ヘルタさんに協力している者で、ナナシビトのファン、厳密には星穹列車のファンです。」

「え、ええ…ご丁寧にありがとう。私は星穹列車のナビゲーターをしている姫子よ。…その体は着ぐるみかしら?」

「いえ、これは自前の肉体です。私は狼の種族で…歩離人の名に聞き覚えはありますか。」

「列車のアーカイブにあった種族ね。殺戮を好むとあるけれど――そうは見えないわね。外見も記録と全然違うわ。」

「喜ばしいお言葉です。」

 

 

 姫子と名乗った女性は臨戦態勢には入らず、私の体を見て言う。ここまで悠長に話してくれるのは、宇宙ステーション内の職員たちが私に敵意を持っていないからだろう。それと私の横に二人がいてくれるからかもしれない。

 姫子は私からふと視線を外すと、智械黑塔の容貌に気づく。首を少し傾げて、彼女は智械黑塔に尋ねた。

 

 

「ヘルタ?まだ何か用があるの?忙しいって言っていたじゃない。」

「私はヘルタじゃないよ。それより、私と取引しない?貴女の言った列車のアーカイブ…その情報を一部提供してもらう代わりに、潤沢な物資を渡す。」

「どういうことなのかしら…。とりあえずその取引については、詳しい交換条件を聞かせてもらうわ。」

 

 

 智械黑塔は私を見上げた。その表情からは、私が交渉しろと物語っている。

 言い出したのは彼女でも、面倒事を私に任せるのはいつものことだ。私の耳が垂れる。

 

 

「彼女は私に言葉を引き継ぎました。取引の詳細は私が。」

 

 

 出来る限り姫子と目線を合わせるため、私は膝をついてから電子端末を取り出す。列車が集めた情報は千年ほど前で止まっているにしても、とてつもない価値を持っているだろう。物資といえど積み切れるかは怪しいため、換金が出来る価値のあるものを基準に話していく。

 また智械黑塔についても追加で話す。彼女はヘルタの記憶を持ったオムニックだと、簡潔な説明を行うことで姫子は納得した。

 何でも姫子はナビゲーターであるが、列車を修理し再び動かした張本人であるらしく機械工学に精通しているそうだ。細かい理論は抜きで説明したが、聡明な姫子は考えを巡らせてくれた。

 

 交渉事が一旦終わり、しばし姫子と雑談を行う。その間に智械黑塔が宇宙船から遠隔ロボットを動かし、列車に交換条件の物資を積んでいく。

 姫子は列車を修理してから、列車の車掌と二人旅をしていたが、少し前にもう二人列車に乗車したらしい。話の過程で姫子が外見通り、まだ年若いことも分かった。

 車掌や他のメンバーについて詳しく聞きたいという思いがあったが、まずは列車内部を白珠たちに見せたい。私は話す中で警戒を解いてくれた姫子に交渉する。

 

 

「無理に固く喋らなくていいわ。建前は重要だけど、私には必要ない。これから取引する相手で、開拓に興味を持つ人なら尚更ね。」

「…ありがたい、姫子さん。長く生きていると、どうも言葉を意識してしまう。話は戻るのだが、列車のファンの友人がいるんだ。彼女もナナシビトで――もしよろしければ、こちらの同行者に列車の中を見せてはいただけないだろうか。」

「あら、可愛らしいお友達ね。いいわよ。そちらの――」

『AR-4100、鉄騎の一人です。よろしくお願いします。』

「とても個性的ね。…皆も入っていいと言っているわ。それじゃ鉄騎さん、少しの間だけど楽しんでいって。」

 

 

 私はメッセージで白珠たちに許可を取っておき、姫子に彼女たちの写真を見せた。すると姫子は端末を操作した後小さく微笑むと、鉄騎のサマンサを手招く。鉄騎は深く頭を下げた後、中へと入っていった。智械黑塔もまた姫子に連れられ、アーカイブを見に行った。

 私は一人そわそわしながら、サマンサたちが戻るのを待つ。乗車口から中を覗くと、何やら小さい二足歩行の生物が歩いているのが見えた。黒い兎のような見た目で、星穹列車の外観に合った赤と金の衣服を身に着けている。おそらくこの生き物こそ、姫子の話した車掌なのだろう。

 それは私の視線に気がつくと、びくりと体を跳ねさせた。

 

 

「なんじゃオマエ!?」

「あなたは車掌さんか?私はただの列車のファン、お気になさらず。」

「そうかそうか…いや気にするわい!デカ!」

 

 

 車掌は列車の外には出ず、私の姿を視認した後小さな体躯を転ばせる。車掌のコミカルな様子に微笑ましい気持ちになる。彼の愛らしい姿は、子どもには大人気だろう。

 私は少し震えている車掌に対して話しかける。彼もまた列車を良く知る人物だ。私はそうだと思いつき、車掌に知人のことを尋ねる。私は随分と会っていないが、白珠は二人の話を聞きにいっているはずだ。老いたミハイルとティエルナンのツーショットや、彼女との写真をよくメッセージで受け取る。

 

 

「車掌さん、彼らに見覚えはあるか?昔、列車に乗っていたという英雄だ。私は彼らと知り合いなんだ。」

「うん…?――ミーシャとティエルナン!オマエ、次から次にオレを驚かせおって…!それより元気にやっておるのか!?」

「もう老体だが、元気だろう。私の友人がよく知っている。」

「時が流れるのは早いのう…。ラザリナはどうしたんじゃ?」

 

 

 ぽつりとこぼした後、車掌は笑顔を見せる。

 私は彼に対して、かつてピノコニーに降り立ったナナシビトの女性について話す。加えて、ナナシビトの二人が列車から離れてからどのように生きたのか、話していった。車掌の表情は一喜一憂を繰り返し、小さく頷く。寂しそうな表情で、二人だけでも今の今まで開拓の道を行っていることは嬉しいことだと車掌は言う。

 

 

「…感謝するぞ、でかい毛玉。」

「狂风という名前だ。見ての通りこの身体だから、あなたと腰を据えて話す機会は無いだろうが、また会ったときは話が聞きたい。開拓には興味を持っているし、先ほど言ったように大ファンなんだ。」

「図体が原因で乗車できないのは、前代未聞じゃな…盲点じゃった。おう、また機会があったらな!」

 

 

 車掌、パムという名前の彼はぬいぐるみのような手を振り、列車の奥へと入っていった。私は椅子に座って端末を操作しながら、再び二人を待つ時間を取った。

 

 

 列車から出てきた二人はどちらも嬉しそうな表情を浮かべていた。サマンサはいつの間にか鉄騎の装甲を外していたため、赤い顔がはっきりとわかった。

 

 彼女らの後ろから、姫子でもパムでもない、列車の乗員が顔を出した。茶色髪の眼鏡をかけた男性だ。彼は姫子と違って少し落ち着きがなく、宇宙ステーション内を見回している。少し前に乗車したため、この場所に来るのも初めてなのだろう。

 だが、彼は明らかにただ者ではない。内包するエネルギーが常人とは比較にならないことを肌で感じるのだ。列車に乗る者はどこか特別なのだろうか。

 彼は最後に私を見上げ、眼鏡をくいと上げた。その瞳には信じがたいものを見たという感情が表れている。

 

 

「こんにちは、列車に乗るナナシビトの方。」

「俺はヴェルト・ヨウだ。列車のナビゲーターに倣って最初から砕けた調子で話させてもらう。いいだろうか?」

「もちろんだ、ヴェルトさん。私もそうしよう。」

 

 

 サマンサは宇宙船の停泊場所を手で示し、話した。

 

 

「父さま。ヴェルトさんは列車が出発する前に、私たちの宇宙船を見ていきたいそうです。ロボットがお好きなようで。」

「俺の趣味に付き合わせてしまってすまない。」

「いくらでも見てくれて構わない。ヴェルトさんは、ロボットが趣味なのか。」

 

 

 彼は頷くと、落ち着いた声を少し高揚させて話した。話の中で触れられた彼の来歴は興味深く、もっと長く語ってほしいと思うほどだった。もう一人の乗車した人物についても尋ねるが、濁される。あまり語りたくないようだ。

 ヴェルトの出身は太陽系というらしい。これだけ星間を巡っているのに聞いたことのない星系である。未知は果てしなく星海に広がっている。何れ彼の故郷にも辿り着く事があるかもしれない。

 

 宇宙船を見ながらも、私はヴェルトと時間が許す限り話した。

 

 

「彼女、智械黑塔さんの武装を見て、懐かしい知人を思い出した。ブローニャという女性なんだが。」

「ブローニャ…同じ名前の少女を私も知っている――この娘だ。」

「な…。…詳しく聞かせてもらってもいいか?」

 

 

 よく似た顔の人物が星海では生まれることがある。ふと私は師匠と飛霄のことを彼の言葉から思い浮かべ、端末から見せる。カカリアがブローニャ、キオラと食卓を囲んでいる写真だ。子どもたちが料理をし、その出来が良かったと言って添付されてきたものである。

 ヴェルトは言葉を失ったようで写真を凝視し、私の説明を聞いて頷く。彼も他に、似た顔の人物と会った事があるようだ。

 

 

「なるほど、ありがとう。――実際に目の当たりにすると少し驚いてしまうな。」

「ヴェルトさんの知る彼女と違うだろうが、真っすぐに育っている。彼女には友人が多くいるからな。」

 

 

 ヴェルトは私の言葉を聞いて満足そうな表情に変わる。彼がブローニャという少女のことを大切に思っていることがよく分かる。彼ともまた機会があればじっくり話したい。生い立ちだけでなく、彼の大事な人について、これから辿る開拓の旅路についても。

 

 

 もう列車の発車時刻が近い。ヴェルトはもう一度礼を言うと、私たちの宇宙船を離れる。列車の手前では姫子が待っていた。白い服を着た金髪の男性もちらりと見える。

 そうして私たちは、星穹列車が宇宙ステーションから離れていくのをしっかりと見届け、スクリューガムと合流する。

 

 智械黑塔とスクリューガムが研究室にて話している間に、白珠たちからのメッセージを確認した。白珠は文面だけでも喜びを露にしていた。私のように星海を飛び回っていれば、また出会うこともあるだろう。そのときは白珠と共に会合したいところだ。偶然を喜びながら、私は開拓の在り方に思いを馳せ続けた。

 

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