六章から折り返しになります。後編もよろしくお願いします。
巡海レンジャーからボイスメッセージが届く。彼らが悪と認識して追いその拠点を潰したが、同時に手痛い反撃を受けた仇敵。天才クラブ#64「原始博士」についての話だった。
巡海レンジャーが星海中を探し回っているのに、原始博士は現在消息を絶っている。最近、情報通のオムニックたち経由で、彼に関する噂は舞い込んできた。原始博士が着ていたというローブが、ダークウェブで出品されていたとのことだった。だがレンジャーは、原始博士を討てていないはずだ。彼らは星海に響き渡るような祝砲を上げていない。出品した人物は匿名であったようなので、原始博士本人が愉快犯的な思考で出品したか、模造品の類だろう。
思索から戻り、メッセージの続きを聞く。巡海レンジャーは現在、原始博士に似た蛮行を行う集団に目を付けている。ミームウイルスを扱い、惑星の原住民を知性のない生命に堕とす。
源究の森。その集団は、星神ではなく原始博士に信仰を捧げているようだ。実験を形だけ真似る狂信者たち。巡海レンジャーは源究の森を悪党だと認識した。
『研究所を見つけ破壊して回っているが、奴らは外から見つけられないようにセキュリティで小細工し、隠れ潜んでいる。』
『様々な惑星から人や動物を攫い、更には原住民を猿にする。自らを原始博士のサルとのたまう、ふざけたクズどもをのさばらせるわけにはいかない。』
巡海レンジャーは、原始博士一派を口汚く罵る言葉を連ねながらも、深緑の騎士を派遣できるか依頼してきた。レンジャーは少数精鋭の戦士たちであり、基本的に個人で動いている。悪を討った後、研究所から救助した実験体の人間を抱え続けることはできない。
『――保護は、あんたらのオハコだ。狼の盟友、返事を待っている。』
メッセージは締めくくられる。私はこのメッセージを送ってきた巡海レンジャーと、義侠たちの首領に対して返事をする。彼らが「正義」を為す際にどう動こうと、何千万と個人が死なないのであれば協力する。
悪を討つのは自分たちがやると、レンジャーは言った。なら私たちは役割を全うするだけだ。黒い装甲を付けた人間種の別動隊と、セキュリティプログラムに精通したオムニックたちを抜擢し、チームを作らせる。
この集団が行っている生体実験が、ただ惑星を破滅させるためならば放置はできない。
それに源究の森が使うミームウイルスを治療する技術は、星海に広まっていない。保護した後のことを考えれば、実験体を正常な脳機能に戻せる医療技術を持つヒスイノは協力すべきだ。
待っていると、早くも返信が来る。メッセージを寄越した、男勝りな口調のレンジャーからだ。
あたりをつけた座標がある。ハッキングでも何でもして暴いてくれと。
添付される、ずらりと並ぶ複数の座標。確認したところ、これらは全て一つの惑星の座標だ。彼女は、原始博士一派の研究施設を一つ探し当て、微弱なシグナルを調査して回っているようだ。施設の正確な位置を見つけるには、あと一歩が足りないということらしい。
私は、ヒスイノのオムニックたちにその情報を流し、調査を開始する。彼らは智械黑塔やスクリューガムによって演算能力が底上げされている。天才が作り上げたセキュリティシステム以外なら、難なく突破できる腕だ。
研究施設が見つかれば、中の研究員はすぐさま逃げ出すことだろう。実験体が連れ出され、更なる苦痛を受けないよう慎重に事を進める。
―――――――――――
17号林「栽培林」と呼称される研究施設。ここには、原始博士の行いこそが唯一の「知恵」の道であると考える研究員たちが集う。
研究モンキーやバナ師と自らを呼ぶ狂信者たちは言う。人類を退化させることで、停滞した知恵を再び活性化させ、文明に無限の可能性を与える。これこそが偉業だ。
そして追従し偉業を行うことで、原始博士という天才が、我ら凡人に目を向けてくれる。その過程で凡人や実験体は「薪」となり、偉業の礎になるのだ。
源究の森の研究者たちは、発する言葉の矛盾に気がついていない。人類を退化させることが知恵の道ならば、何故自分たちは退化しないのか。
研究施設での位が上がると、「ホモ・ハビリス」から「サル」へと呼び名を変える決まりがあれど、ただのポーズである。彼らは原始博士に酔いしれ、信仰を向けるのみ。思考停止で教典を掲げる。
第17号研究室の33課では、ある実験が進められていた。超人科製造計画。人類退化実験で選ばれた惑星の生命から遺伝子を採取し、それを混合させて新人類を培養・育成する実験である。
人類を退化させる目的とは真反対であるが、実験は順調に進んでいた。実験個体「AK-A-3」が従順であり、遺伝子薬物の投与にも、ストレステストにも意欲的であったからだ。
しかしこの研究室の人間、卒業しサル22と名を改めた女性は苛立っていた。実験個体が無駄な知識を持ち、狂人になってしまったと彼女は後悔していた。
サル22は考える。決定的だったのが、実験個体へのミームウイルスの投与であると。とある漫画をAK-A-3に対して育て役の仲間が与え、その漫画に沿ったミームウイルスへ感染させた。ストレステストを超えさせるため、実験を進めるためとはいえ、狂ってしまえば何の意味もない。一からやり直しだ。
サル22は涼し気な表情に戻り、思考を巡らせる。彼女はこう思う。私が丁寧に「飼育」し直しているというのに、AK-A-3は研究モンキーに無礼な態度を取る。ぼそぼそと生気のない表情で、忍道を語る姿は廃人そのものだ。そんな実験個体は廃棄してしまえばいい。
「まあ、いい…。新しいモノを補充すればいいのだ。3号は失敗だった!4号はもっとうまく育成するとしよう。」
サル22は、培養が終わりかけの「AK-A-4」を眺める。培養タンクから出された直後のAK-A-3に似た容姿である、幼き少女。見た目はよく似ていても、知能レベルの高い人間種の遺伝子をAK-A-3より多く使っている。更に従順な「薪」になるに違いない。サル22はほくそ笑んだ。
時が進む。研究室ではサル22と、口と顎に髭を生やした男性が言い争いをしている。そしてその男性を部屋の陰から見つめる人影が一つあった。大きくサイズの合わない、被験者用の白い服に、ボサボサの桃色髪をした少女。AK-A-3であった。
彼女は常人の何万倍にも増強された聴力で、AK-A-3の育成係である男性の声をじっと聞く。怒りに満ち、拳を握り締める男性。AK-A-3の耳から入った言葉は、ミームウイルスによって脳内で変換された会話が響き、彼女の視界には無機質な研究室ではなく、ネオン街が映っている。
認識が歪められていようと、AK-A-3は理解できる。男性が彼女のために怒ってくれていること、忍徒として相応しくないのではないかと女性から言われていることを。
「3号はすぐに廃棄する。ホモ・ハビリス75、お前がこれ以上研究室の汚点になりたくないのであれば、余計な事をするな。」
「くっ…!」
「マスター・苦茶…拙者は…。」
研究室において、権限を持っているのはサル22の方だ。男性、AK-A-3からは「マスター・苦茶」と呼ばれる研究者は悔しそうに顔を歪ませる。
サル22が去った後、彼は物陰のAK-A-3を見つける。そして不安そうに眼を泳がせた実験個体に、優しく声をかけた。芝居がかった口調は、AK-A-3いや「A.K.A乱破」を安心させるためのものだ。少なからず癖になっている部分もある。
彼は長年乱破を育て、成長を見届けていく内に情が湧いていた。娘のような存在が廃棄されるなど、男性には耐えられないことだった。
例え、これまで倫理を無視した実験をしてきた研究者の一人であっても。
男性は、一つ企む。乱破を外に出し、道徳など意味がないという研究施設を何もかも破壊するため、裏切りを働くのだ。
「――お主は繚乱・忍者として、忍邪を討ち、忍の都を牽引していくのじゃ。このインクで闇を払い、罪と悪に抗う狼煙を上げよ。」
乱破に男性は電子インクを差し出す。自分の描きたいものを描けと彼は言い、困惑する乱破の背中を押した。
乱破が絵を描き始めてしばらくすると、研究室全体に警報が鳴る。よく聞けば、侵入者についての警戒を唱えていることが分かるだろう。
男性、ホモ・ハビリス75は予想よりも早いと考えながらも、サル22が冷や汗をかきながら走るのを見つめる。
「どうなっている!?ホモ・ハビリス75、お前も除去に協力しろ!」
「…もう遅い。」
「くそ!…な、3号お前…!」
サル22は顔を歪めると、焦燥感で頭を掻きむしりながら叫ぶ。彼女の目には、処分予定のAK-A-3が電子ラクガキを描いている姿が映っていた。もうどうにもならない。逃げることさえ、研究員たちは出来ないのだ。
間もなくして、研究施設の天井が破壊される。巨大な穴から空が見える。サルたちには絶望的な状況でも、夜空は美しい。
―――――――
深緑の騎士、今は黒い装甲を纏った騎士の一人が入り込み、次々と研究施設内を占拠していく。最後に降り立ったのは奇抜な格好をした女性。巡海レンジャーの一人だ。
セキュリティだけでなく、物理的に研究施設を破壊され、研究者たちはそれぞれ違った行動を取る。今からでも逃げなくてはと走る者、威圧的な戦士たちに腰を抜かし動けなくなる者、研究施設内で育てていた遺伝子改造生物「戦闘モンキー」をけしかける者。
「は、こんなザコで相手になると思ってんのか?サルどもが、あたしが引導を渡してやるよ…!」
巡海レンジャーの女性は口の端を吊り上げて言い、戦闘モンキーと研究者たちを倒していく。戦闘が始まると、黒騎士たちは連携を取り、実験個体の救助を始めた。巡海レンジャーの動きを、実験個体の少女は陰からじっと覗き見る。
研究施設を制圧中、黒騎士の小隊がある部屋を見つけた。培養タンクが置かれ、様々な生物が浮かんでいる。そして、そのタンクの中に人間種らしき少女がいることも発見する。
一人がおどけた様子で言葉を漏らし、仲間がたしなめる。
「おい、この状況…盟主が鉄騎の娘さんを引き取ったのと似てないか?」
「無駄口を叩かず、保護に集中しなさい。」
一人の黒騎士が培養タンクのスイッチを押し、動物たちを中から出す。そして桃色の髪をした少女は、世に生まれて初めての呼吸をした。背嚢から備品を取り出し、布で生物たちを包む。
研究施設には多くの遺伝子改造生物がいる。黒騎士たちは歩を早めた。
戦闘はあっけなく終わる。戦闘モンキーも、レンジャーにとっては少し手こずるのみ。巡海レンジャーの女性は得物についた血を払い、二人の人間種を眺める。
一人は髭を伸ばした壮年の男性で、もう一人は明らかに実験体の少女だ。倒す相手と保護対象が寄り添っている。故に武器を向けづらかった。
壮年の男性は嘆願する。
「レンジャー、わしは殺していい。だがどうか、この子だけは助けてくれい!3号は、乱破はまだ、この狭い研究所しか知らないんじゃ…!」
「マスター・苦茶…奴は邪祟なのか?」
「いいや、彼女こそが忍侠。お主の仲間じゃ。」
「なんと…!では、何故繚乱衆は皆…。」
「何を言ってやがるんだ…?はあ、調子が狂っちまう。」
男性と少女は小さい声で話し始めた。問答するたびにうつろな表情であった少女は、口元に小さな笑みを浮かべる。
溜め息を吐くと、巡海レンジャーは一度得物を鞘に収める。彼女の目にも分かる。実験体がこの研究員のことを信頼していることを。悪党の一人だろうが、問答無用で切りかかっては正義を為したとは言えない。まだまだ甘いと巡海レンジャーの女性は自嘲すると、黒騎士たちを待った。
しばらく経ち、黒騎士の保護活動が終わる。実験体として集められた人間、遺伝子改造を施された者たちは目を閉じ、安らかな寝息を立てている。
巡海レンジャーと黒騎士たちは話し合い、目の前の二人をどう扱うかを決める。黒騎士たちの答えは決まっていた。
「我々は、正義か悪かは判断しない。大規模な破壊活動を今後しないと、誓いを立てるならば保護しよう。」
「…だってよ。命拾いしたな、サル野郎。」
黒騎士たちは高度な精神鑑定装置を使用し、研究員の男性をスキャンする。そして感情が他者への心配に振り切れていることを確認した後、問題ない旨を黒騎士の一人が言う。
顔をしかめ、次の巡狩を為しに行こうとする女性に、少女が追い縋る。研究員の男性が頭を下げ、願う。
「どうか、彼女を連れていってくれまいか!」
「巡狩の道に足を踏み入れたら、後戻りできない。こんなガキに、他者の命を奪わせろっていうのか?レンジャーをなめるなよ!」
「忍侠、まだ拙者は試練を終えられていない…。この地を覆う災厄は、お主たちが退けた。ならば拙者は、更に研鑽を重ねよう!」
「…ああ、このガキはミームウイルスに罹ってるのか。尚更、ヒスイノに行くべきだ。本当にこの道を選ぶなら、相応の覚悟を持てよ。」
巡海レンジャーは片方の手を腰にやると、少女の手入れされていない頭をわしわしと撫でた。乱破と呼ばれた少女は、光の灯らない目を細めてされるがままにしていた。
寂しげな表情で、女性は自身の昔を思い返していた。復讐に染まらなければ、別の道を選んだだろうかと。
年端も行かない少女が武器を持ち、返り血に染まる必要はない。巡海レンジャーの女性はそう考えたが、乱破の信念は時が経っても変わらなかった。
保護された彼女は治療が終わるとヒスイノを飛び出し、レンジャーとして悪を討つことになる。多くの人間との交流の末、確かな意志を以て。
――――――
報告書を読み、私は少し頭を悩ませる。源究の森から保護した実験体の中で、凄まじく発達した脳機能を持つ幼子が二人いたとのことだ。一人は同じく保護された男性の元で療養しているのだが、もう一人は研究所で預かっているという。妙な文面だ。
追記で、この脳機能を有効活用するならば、オムニックの長である智械黑塔の元に置くのはどうかと、提案も書かれている。引き取り手が出てくる前に、この才能を見てほしい。将来大成するだろう子を、凡人の近くに置くのは勿体ないと。
研究者の知的好奇心に傾倒した文面に頭を押さえ、一応だが智械黑塔に書類を見せる。彼女は、またかと言わんばかりの表情で私の顔を見上げた。
「ずっと前から保育所でしょ。…好きにして。」
「いや、こういう報告があったというだけだ。…しかし、生まれたばかりとは思えないな。ものの四か月で、論文にまで手を出しているらしい。」
虚偽であれば相応の処分が必要だが、少女の現状は真実だとは思えない。智械黑塔は報告書の下を見ると、オムニックに対して連絡を始めた。彼女は無表情で圧縮言語を口から出し、通話が終わった後私に引き取る旨を話した。
保護した少女の名前はなく、識別番号だけが書かれている。AK-A-4。桃色髪のいたいけな幼子である。
4号…
「僾逮館主」にスターレイル本編で一言だけ触れられた実験個体。