月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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実験個体

 智械黑塔が乗り気であったので、私はヒスイノの研究所に話をつけるため、宇宙船から降り立った。

 研究所に入ると、案内係として慧駿の女性が私に付き添う。元来慧駿とは素直な性格であり、飢えや戦から離れれば温和な性格へも移り変わっていく。

 

 

「盟主殿、こちらの部屋です!うちの課は娯楽という娯楽を置いてないもので、子どもが面白がるものはないか探していたんですよ。そしたらびっくり!文字を覚えたら、すぐに難しい本を読みだして――」

 

 

 私は慧駿の女性に頷きを返しながら、扉を開く。するとすぐに目的の人物がいた。大きめの白衣を着せられた桃色髪の少女は、目を素早く動かし分厚い本を読み漁っている。白と黒しかない蔵書にここまで興味を持つとは。天性の才能と呼べるだろう。

 

 

「お嬢さん!貴女の家族になってくれる方が来てくれましたよ!」

「な…なんと、拙の里親がヒスイノの主とは…!」

「こんにちは、お嬢さん。狂风だ。…随分と古風な言葉を使うのだな。」

「そうだ。この本たちには、仙舟だけでなく江戸星、様々な世界の史実が記されていた。忍――拙はそれに興味を持った!」

 

 

 少女は椅子からぴょんと降りると、幼子とは思えない怪力で分厚い本を持ち上げ、私に見せてきた。眉の上で切り揃えられた髪がさらりと揺れる。

 一つ一つの文字は私にとっても小さいが、人間種でもなお小さいだろう。視力を高めた上で、体感時間を大幅に上げると、確かにそこには忍者と呼ばれていた存在が記されている。

 

 

「他にも興味があるぞ。特にこの生物、ムジナはかわいい!」

「なるほど…実物を見たことはある。小動物が好きなのだな。」

 

 

 分厚いページ群をぴたりと止め、次は写真の貼られたページを見せてくる。

 頷き、眠たげな瞳を細めて小さく微笑む少女の姿は、子どもそのものである。才覚はあれど早熟なだけで、智械黑塔が望む知恵は持っていないのではないかと考えはしたが、私には特別関係のないことだ。成長し自身の道を選べるようになるまで、私が材料を集める。

 

 一時的な教育係を務めていたという慧駿の女性に、AK-A-4の引き取りについての書類を手渡す。手続きが完了するまで、少女は持っていけない本に目を通していた。

 

 

 彼女を連れて宇宙船に戻ると、智械黑塔とサマンサが出迎える。私たちは自己紹介を行い、少女も返す。

 

 

「拙はAK-A-4と呼称されていたらしい。だが、これは名前とは言えない。だから自分で考えてみた。――サユだ。」

 

 

 江戸星では、ほっと落ち着くと健康維持に飲まれている温かい水だと、彼女は説明する。不思議な命名基準だと私は首を傾げるが、AK-A-4改めサユが興味を持ったものを考えると理解はできる。

 

 智械黑塔はじっとサユを見ると、手招く。表示させた電子書面は、彼女の今行っている研究を示していた。

 模擬宇宙の型を元に、スクリューガムにも構想を手伝ってもらったという製作途中の仮想空間。「透過宇宙」と彼女は呼んでいる。

 

 

「私は智械黑塔。私があなたを呼んだの。早速だけどついてきて。」

「なんだ!?拙をどこに連れていくつもりだ――」

「サマンサも来て。あなたの好きそうな題材だから。」

「分かりました。では父さま、行ってきます。この子についても任せてください。」

 

 

 智械黑塔は背部ユニットでひょいとサユを抱き上げると、浮かびながら研究室へと向かう。サマンサも私に頭を下げると彼女の後に続いた。表情は変わらずとも、智械黑塔は好奇心に満ちているように見える。

 突然連れ去られたサユを見送り、私はひとまず椅子に座り込む。彼女たちの用が済むまでに、食事の用意と業務の処理を行うことにした。

 

 

―――――――

 

 

 無機質な白、角ばった部屋に三人は入る。サユは戸惑いながらも、初対面の二人に尋ねる。ここは何のための部屋で、自らが何故ここに連れて来られたのかを。

 智械黑塔はその答えをすぐに提示した。サマンサが呟く。

 

 

「これは…プーマンの描かれた絵画、でしょうか?」

「おお、写真で見た生き物だ!」

「私の作っている仮想空間の一部。お子ちゃまには、これを作る手伝いをしてもらうから。」

 

 

 智械黑塔は二人に「透過宇宙」についての構想を話す。星海における惑星と人間、そして歴史を再現し、世界の表裏をも再現する壮大な話だ。まずは細かいところから作る必要がある。それがサマンサにとって身近な生物、次元プーマンの再現である。

 智械黑塔は指を鳴らして額縁を消すと、びしりとサユを指さす。サユは両頬に手を当て、驚きの表情を作った。

 

 

「あなた随分と頭が回るようじゃない。これの設計プログラム、一月で理解して。基礎はこの電子書物に全部詰め込んだ。」

「いっぱい文字が書いてある!…だが、拙は忍者とムジナについて調べたいぞ。」

「…なるほどね。じゃあ、好きなだけ調べていいよ。歴史も生物も、この仮想空間に詰め込まれるもの。興味が出てこない?」

 

 

 サマンサは驚きながらも二人の会話を聞く。智械黑塔が譲歩してまで頼みごとをするなんてめったにないことだからだ。眠たげな瞳を擦った後、サユは頷く。短期間での習得が可能であるかのように。

 

 

「寝る子は育つらしいから、しっかり寝てから少しだけやる。聞いたことと見たものはもう頭に入った。」

「そう。話はそれだけ。もう戻っていいよ。」

 

 

 数十分の話の後、サユは解放される。自分で戻れると言って外に出る彼女を見送り、サマンサは智械黑塔に聞く。何故あの幼子にそれほどまでの期待をかけるのか。智械黑塔はサユの研究記録が記されたページを開く。

 

 そこには学習速度が指数関数的に伸びていくデータが示されていた。それに伴い、技術の応用を机上で行ったことも。サユもまた、グラモスの鉄騎のように遺伝子改造によって造られた人間なのだ。源究の森というサユを作った研究者集団から回収された実験記録も見せてもらい、サマンサは納得する。

 

 

「脳の作りが違う。あのお子ちゃまの思考速度は、常人の何百倍にもなっているの。天才に匹敵するほどだよ。」

「…なるほど、だから眠たがっていたのですね。まだ体の耐久性が追いついていない。」

「お子ちゃまには欠け月を使うべき。狂风に言っておいて。」

 

 

 サマンサは頷き、智械黑塔と共に狂风の元へ戻る。研究室を出て共同スペースに着くと、サマンサの鼻孔を食べ物の美味しそうな匂いが通る。狂风がその巨躯を巧みに使い、これまた巨大な器具で料理を作っているのだ。

 白いふわふわとした体毛に包まれた狼は、彼女たちの姿を視認すると手でソファを示す。

 

 そこには、サユと次元プーマンのプー治郎が並んで座っていた。狂风は好き嫌いがないかをサユに尋ねながら、熟練の手さばきで次々と料理を完成させていく。智械黑塔用のオイルはもう置いてあるようだ。

 毎日やってくる団欒の時に、また一人仲間が加わる。

 

 

―――――――――

 

 サユを宇宙船に迎えてしばらく経った。彼女の印象は変わらないが、サユの持つ才能はありありと発揮されている。その才能が最も見られるのは、やはり智械黑塔の手伝いについてだ。

 透過宇宙を構成する基本的なプログラムを短期間で覚えたようで、眠たそうな目を擦って研究室に向かい、手伝いが終わったと間延びした声で言いながら戻ってくる。ここまで才能があるならば、用意していた教育プログラムは必要ないだろう。

 

 サユは忍術に興味を持っている。だがそれは物質に則した技ではない。私の内包する、指向性を持たせた使令級の力。または、ヘルタが理論づけた「魔法」。対外的に見れば不可思議で他者に再現できない力も、サユから見ればいつかは乗り越える難題である。

 

 

「ムジナ…また見に行きたい。でもそんなことよりお昼寝だ。狂风様、心地の良い環境音を流してくださるか。」

「今日は草原の環境音にしよう。ぐっすりおやすみ。」

「かたじけない。」

 

 

 私は布団にくるまって眠るサユを眺めてから、部屋を去る。智械黑塔から詳しく事情を聞き、彼女の胸には欠け月が宿った。脳機能の活性化は遺伝子改造の産物であり、欠け月で寿命が減ることを防いだとしても、眠る時間は多くなる。サユ自身もそれを理解していた。

 

 私は思う。道具のように扱うための人間を造りだすことは、ヒスイノに来る前の鉄騎やサユ、顔を知らないサユと同じ実験個体など、苦しみを抱えながら生きる存在を生む。私の目の届く範囲で、それを行わせてはならない。そう固く誓った。

 

 

 

 生を望まれなかった実験体に対し、介入できなかった場合どうなるか。私は、サユを引き取って数年経ってから思い知らされることとなる。

 

 西グラモス共和国の滅亡。カンパニーの監視を掻い潜って秘密裏に大量生産されていた鉄騎たちが、反乱を起こし消滅。鉄騎たちは突如カンパニーが観測できる位置に現れ、誘蛾灯のごとく西グラモスを包囲し、自らの体ごと街を焼いた。「抗う者」と抗う者に所属していないカンパニーの部署が後から見つけ出した記録によると、他の鉄騎は遠くの星域に集まるスウォームに突貫し、最期まで戦ったようだ。

 

 彼らは惑星を襲っているわけでもないスウォームの群れを感知して見つけ出し、装甲の名のように命を燃やした。ファイアフライ、死に向かって飛翔する蛍。全てはグラモス帝国のため、彼らが女皇陛下と認識するティタニアのために彼らは燃えたのである。

 

 

 西グラモスの滅亡からほどなくして、植え付けられた使命のため死んだ、西グラモスの鉄騎たちの亡霊が姿を現す。目的のために人を殺め、街を焼く冷酷な一人の鉄騎。

 星核ハンター、サム。彼もしくは彼女はテロ組織のメンバーとなり、カンパニーに多額の懸賞金をかけられることとなった。

 

 どれだけ苦しみに満ちた戦士であろうと、街を燃やして多くを殺そうとする者を野放しには出来ない。私は役目を果たすため、舵を切った。

 




サユ(4号、AK-A-4)…

知恵・風

モチーフは、崩壊シリーズと世界を共有している「原神」における早柚。
乱破(AK-A-3)はサイバーパンクな忍者であることから、忍者つながり。

髪色は緑ではなく、乱破と同じ桃色。
眠りたがりであることと好きなものは似ている。睡眠について、本二次創作における彼女は、実験体である故の遺伝子調整に由来する。
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