星核ハンター。星海をまたにかけ、星核を手に入れるため大規模な破壊や殺人も行う、少数で構成されるテロ組織である。
戦闘要員の鉄騎によって街は炎の海で包まれ、組織の筆頭格が、星核の保存に関わる人間を操り狂い死なせる。星核を大人しく明け渡さなければ、星核ハンターの訪れた街は焦土と化し何も残らない。邪魔なものは全て壊すと言わんばかりに。
私はカンパニーの指名手配書を眺め、拳を握る。電子ポスターには、炎の中である人間種の女性が怪し気に微笑む姿が映し出されている。暗い赤色の髪に、冷たい瞳。黒を基調とした衣類に包んだこの女性は、星核ハンターにおいて最も過激に動くテロリスト。
カフカ。女性はそう呼称されている。
この女性は、星核ハンターを名乗ってから多くの罪を犯した。星核を奪うために、少なくとも8つの星核事件に関与しており、更にはスターピースカンパニーの本部があるピアポイントに何度も侵入し、窃盗を行った。そのときの人的被害は言うまでもない。
カフカだけでなく、他の主力メンバーは皆、凡俗ではない。カンパニーに多額の懸賞金をかけられながら、巧妙に立ち回り逃げ続けられるのは、並大抵の集団ではできないことだ。
私は「抗う者」としてカンパニーと協力し、火災や建造物の崩落による人命の損失を限りなく減らすため、騎士を動かした。
カンパニーの人員は彼女らを捕えようと何度も試行したが、全て返り討ちに合っている。星核ハンターのサムに焼き尽くされ、潜り抜けたとしても、カフカが持つ特殊な力によって仲間同士で殺し合いを始めてしまうのだ。
狙われたら最後。もはやカンパニー社員や深緑の騎士だけでは、その行いを止められない。
カンパニーは内包する存護の使令を、神出鬼没なテロ組織のために動かせない。また、少数かつ戦闘能力に乏しい厄災前衛が、大きな力を持った彼らを相手取ることは難しい。だからこそ私たちが本腰を入れる必要がある。
「――巡狩の矢は個人相手に放てるものではない。汎用武装は使ったか?」
『盟主、我らの武装をあの女は軽々と避けていきました。何とか拘束する他ありません。』
ノイズ交じりの監査記録が、深緑の騎士におけるまとめ役から送られてくる。廃墟と化した街にて、カフカは未来が読めているかのように体を柔軟に動かし、両手に持った双銃を放つ。銃弾は騎士の装甲を貫通することはなかったが、直後にカフカが何か呟くと状況が一変する。深緑の騎士やカンパニー社員が隣の仲間に刃を向け、仇のごとく襲い掛かったのだ。羽交い絞めにして押さえたことで人命については事なきを得ていたが、現場が混乱している間に彼女は軽やかな足取りで去っていく。
これこそカフカが使う特殊な能力、言霊であるという。完全に聴覚を失わなければこの力が適用され、カフカの思うがままに動いてしまう。無線によるやり取りをしようにも、言霊の特殊性が測りきれないことから、結局連携を封じられる。
『カフカの言霊は脳の認知機能に作用するようです。人間種や狐族などを、星核ハンターの襲撃のために配置するのは難しいでしょう。』
「やはり共に向かわせるべきは狼か。――治癒能力の高い狼を選別し、隊を組め。この女性の対処は私が引き受ける。」
『はっ!鉄騎もまた星核ハンターに反応を示し、積極的に救助活動に参加するとのことです。盟主、“気つけ”役はどうされますか?』
「問題ない。それと、狼たちには頭部の破壊を最終手段と考えるように伝えてくれ。」
通話を切り、私は大きく息を吐く。この人選については、炎から人命を救助する際に、星核ハンターがそれさえも邪魔してきたとき用の保険である。取る対策はミームウイルスとほぼ同じの荒業だ。頭を吹き飛ばされても問題なく治癒できる狼の特性を活かし、洗脳を受けた瞬間に、聴覚を遮断した気つけ役が、その狼の頭部を破壊するのである。
また私についてだが、意思の無い装置によって精神状態を常時監視し、異常が見つかった瞬間破壊する方式を取る。存護の指向性を持った力を持つ私に対し、傷を与えられる者はほぼいない。加工していない光矢の直撃か、智械黑塔が作る技術力の結晶でしか。
私は背中に智械黑塔から受け取った自傷装置を装備し、腕に巡狩の光矢を使ったガントレットをつける。
かつて応星に打ってもらった斧槍は、もう柄が短くなってしまった。斧槍は私の部屋の壁に固定され、戦の時をじっと待っている。きっと、思い出の武器というだけではなく再び光り輝くときが来る。
私は柄を撫でると、部屋を出た。
智械黑塔やサユには普段乗りの宇宙船にいてもらい、私は着艦させていた小型の戦闘艦へと乗り換える。この遠征は、ヒスイノないしは豊穣の民の進退を決めるようなものではなく、危険人物たちを無力化するための仕事だ。わざわざ危険に首を突っ込む必要はない。
だが私の駆る戦闘艦にはもう一人、戦うための準備をしてきた少女が乗っている。彼女は培養タンクから出て二十数年、AR-4100ではなくサマンサとして生きている。身元を隠すための方便や軍事訓練の際に番号を使えど、彼女は兵器ではなく人としての生を送ってきたのだ。
私は鉄騎を纏ったサマンサに声をかける。鉄騎の装甲はこの二十年で改良され続け、新しいファイアフライはファイアフライ-fünfにまで辿り着いた。戦いをしないで過ごしていたサマンサの鉄騎はfünfの前モデル、ファイアフライ-vierである。必要以上に炎を散らさず、推進力を高め、機動力を活かした戦闘ができる機体だ。
「サマンサ…君が出なくてもいいんだ。今からでも戻って、二人と一緒に待っていてくれて構わない。」
『父上、私は鉄騎の中にも友人が出来ました。だからといって、彼らが義憤に駆られているから私も便乗しているのではありません。勉学も研究も、多くの人との交流も――全て私が行きたい道を照らしてくれました。守るために戦う。誰のためでもない、私の望む生き方です。』
変声機によって男性の声に変えられたサマンサは、ゆっくりと私を説き伏せた。甲冑の下は見えないというのに、今サマンサがどんな表情をしているのか分かる。
『父上、星核ハンターのサムは私や鉄騎たちに任せてください。彼が目的のために壊すのならば、私たちは目的のために守る。――東グラモスの栄誉を彼に教えましょう。』
「やはり君には戦場は似合わない。…無理はするんじゃないぞ。」
『はい。父上もお気をつけて。』
私とサマンサは黙り、到着した惑星の地表を見る。星核ハンターが狙いを付けた場所であり、襲撃は既に始まっているようだ。
私は思う。星核自体が危険なものであり、星核によってできる裂界に原住民は立ち向かっている。ただでさえ苦境に立たされている人間に追い打ちをかける所業に、何の価値を見出しているのかと。
深緑の騎士と鉄騎は、カンパニー社員と協力して施設を守っている。サマンサは宇宙船から飛び降りると、背部のブースターから青い炎を光らせ、燃える街に身を投じた。
――――――
炎の渦の中に、銀の装甲を纏った鉄騎があった。星核ハンター、サム。西グラモス共和国に造られた兵器であり、識別番号をAR-26710という。
拳を地面に叩きつけた状態から彼女は幽鬼のごとく立ち上がり、膝をつく有象無象に首を向ける。炎嵐の外にいるそれらは琥珀の仮面を付けていたり、緑の甲冑を身に着けていたり、はたまたその鉄騎によく似た者であった。
サムは冷たく宣告する。
『星核を隠そうとする者、それに協力する者に慈悲はかけません。このまま排除します。』
『――今は亡き女皇陛下は、帝国を守るために鉄騎を指揮しました。私たちは断じて人を害するための存在ではありません。』
鉄騎の一人が立ち上がり、ファイアフライ-fünfの出力を高める。彼女の識別番号はAR-1368といった。言葉と共に繰り出される鉄騎の拳をサムは掴み、さらに低く感情を押し殺した声で返す。
『グラモス帝国は、元より存在しません。守るべき民もまやかしでした。ならば私は、生きるために死ぬ。私を星海から見つけ出した仲間のため、私自身のために。』
『――言葉は無意味なようですね。ならば私たちも目的を果たしましょう。』
西グラモスの鉄騎は、殺すため戦い続けるために特化されていった装甲だ。広範囲を破壊できるそれと、東グラモスの鉄騎は相性が悪い。それに加えて、サムのファイアフライ-Ⅳは、装甲の機動力の基準値を大きく上回っている。制圧に使うまでもない奥の手があるのだ。
だがやりようはある。足止めのための人員が更に駆けつけ、最後にある鉄騎が空から降りてくる。ヒスイノにおいて最も力を持つ盟主の娘。AR-4100が増援に駆けつけた。
AR-4100は急降下しながら、サムに蹴撃を行った。局所的に改造され、取り付けられたバーニアが激しく火を吹き、受け止めたサムを後退させる。AR-4100は言う。
『私はあなたに伝えなくてはならない――この世界は広く、美しい。焦土と化した地には、人々の懸命な生が込められていることを。あなたも気持ちを伝えてください。同じ鉄騎に対し、その燃え盛る炎によって。』
サムの装甲の下、遺伝子改造を施された少女は冷や汗を垂らす。これだけの足止めがいて、本当に「脚本」通り事が運ぶのかと。エリオが見る未来は絶対であり、サムに与えられた脚本はいつも数行である。
サムが、カフカの邪魔となる人間を排除し、星核の回収は成功する。今回はそれだけだ。
今彼女を押したのは、東グラモスにおいて旧式の装甲だ。先ほどから足止めしてきたものもそうだが、このレベルの敵が倒しても倒しても妨害してくるならば、考えを改めるほかない。
星核ハンターの動きだけでなく、サムが取る手段もまた運命に定められている。ファイアフライ-Ⅳがこの場で完全燃焼するのも、決められたことなのだ。
『では、応えましょう。私の――』
「――全力で!」
―――――――
私は、星核ハンターに侵入された施設に乗り込み、その場の惨状を目にした。カンパニー社員たちが、腹に自社製の武器を刺し、虫の息で倒れ込んでいる。この様子を見るに、カフカは通り抜けた後のようだ。
私は彼らを治療するために、豊穣の指向性を持たせた力を足元から広げる。
「…う、うう。ヒスイノの盟主さま…救援ありがとうございます。」
「ぎりぎり生きていてよかった。あの星核ハンターは、この先に行ったのか?」
「ええ…我々は力及ばず…。」
「気力が戻ったら、生き残れた仲間と避難してくれ。」
私は、傷が治ってまもないカンパニー社員に尋ねた後、施設の廊下の奥へと進んでいく。
急ぎ捕えなくては、また人的被害が拡大する。星核が保管された場所は分かっている。迷うことはない。
閉じられた大扉を殴りつけて破壊し、部屋の奥を見る。星核は既にない。だが、その場では指名手配書にあった人物そのものが悠々と構えていた。
「ハーイ、狼さん。調子はいかが?」
「…星核ハンター、カフカ。随分と時間に余裕があるみたいだな。」
カフカは私に右手を振ると、座っていた椅子から立ち上がり、じっと私を見つめている。
手に琥珀の光を宿し、私側からもカフカがどう動くかを確認する。言霊を使うつもりなのであれば、少しのタイムラグは起こってしまうが、逃げられるとは思えない。脳を焼き破壊したとしても、すぐさま回復するからだ。
緊迫した時間が流れる。カフカは笑みを浮かべると、両手を小さく挙げて言う。
「いいえ、これはエリオの脚本通りよ。今日は君とお話をしにきたの。」
「脚本…?どういうことだ。これだけの被害を出しておいて、話だと?」
「そう。星核の回収も脚本の一部だけれど、この会合で私が伝えることも同じく書かれているわ。…君の背中の機械も、今この瞬間――壊れた。」
装置が音を鳴らして機能を失う。カフカの背へ隠れるように小さな人影があった。ガムを膨らませている銀髪の少女。その顔を見て愕然とする。
「ブローニャ…!?いや、別の惑星で生まれた者か。」
「そんなお粗末な機械で攻略しようだなんて。じゃ、準備するから。」
私が知る、幼い時の少女によく似ているが、その性質は真反対に見える。少女は表示させたホログラムの上で指を動かし、けだるげな表情を浮かべる。
カフカは口元を上げると、ある言葉を口にした。
「――聞いて。手足を動かさないで、今から話すことを頭に刻み付けて。」
すると私の意識が歪み、自我が薄くなったような感覚を味わう。それに加えて、私の足が無くなったかのような感覚に陥った。これが言霊か。
私はそれに抗おうとしながら、腕を頭部に少しずつ近づけていく。早く破壊しなくては。彼女の言葉に耳を貸してはならない。
『腕を下げて、私の話を聞いて。』
腕がだらりと下がる。私は歯を食いしばりながら、薄くなった自意識の中で何か策はないか練り続ける。
するとホログラムの画面からよそ見をしたブローニャ似の少女が呟く。
「うわ。…言霊に手を抜くとかあるの?このでかいの、今腕を動かせていたみたいだけど。」
「…それは重要なことではないわ、銀狼。」
カフカは少女、銀狼から視線を外すと、私に対して長い話をしてきた。星核ハンターが動く意味と、テロ組織を動している「運命の奴隷」、エリオが私を星核ハンターと会合させた理由についてを。
カフカ曰く、エリオは未来を見ることが出来る。そして終焉の運命を行きながらも、作成した「脚本」を通して、終焉を乗り越えようと画策しているらしい。
「君に一番響く言葉があるわ。来るべき終焉に抗う。君とエリオは同じ――終焉に挑む者よ。」
「それを…どう、信じろというのだ…。破壊活動を行う者が、終焉に抗っているなど…!」
『聞いて。私たちは、一人の少女を置いていく。君は彼女を育てるの。』
銀狼が何かの作業を終えたようで、息をついた。直後、虚空から突如灰色髪の少女が出現し、床に倒れる。黒と黄色を基調とした衣類に身を包んだ、人間種としては背の高い少女だ。カフカは目を瞑っている少女の頬に手をやった後、彼女のことをベクターと呼んだ。星核を宿し、運ぶために造られた人間だと。
「エリオは言っていたわ。彼女ともう一人の青年こそが、終焉を乗り越える鍵になる。彼女を人と繋ぎ、多くを見せることで――崩壊の星神に打ち勝てる。」
「崩、壊…?」
「――さようなら。また近い内に会いましょう。」
カフカが天井を見上げると、施設が破壊され一人の鉄騎が入ってくる。緑色のエネルギーを出した、東グラモスのものでない機体。手配書とは見た目は違えど、あれは星核ハンターのサムだ。サムは寝かせられているベクターと他の面々に視線をやり、武器を消失させてから両手で二人を抱え、飛び去った。
私は何とか体を動かし、言霊に支配された頭を破壊することで、再び自由を得た。言霊、恐ろしい力だ。脳機能をリセットしたため、精神に影響を受けてはいないが、時間を稼がれてしまった。
カンパニーの現場代表から、メッセージにて連絡が入る。星核ハンターのサムを足止めしていたが、彼がいきなり姿を変え、機動力と攻撃力のどちらもが跳ね上がった。結果振り切られてしまったと。人命救助は成功し、死傷者も少なくできたとのことだ。
サマンサや足止めに参加したヒスイノの戦士たちも無事だ。私は一つ一つの報告に返信を行った後、未だ目を閉じている灰色髪の少女へ近づく。
「星核ハンター…終焉に挑む…崩壊…。この少女が、未来を変えると?」
私に見せられた終焉の描写には、「崩壊」の星神など存在していない。名前から考えるに、「壊滅」の運命に近しい存在か。私にはエリオという正体不明の者の言葉を、戯言と片付けられない。終焉を見せられ、私は一歩踏み出した。そして終焉に抗うために、私は生きてきたからだ。どれだけ突拍子のない話であっても、全てを否定できない。
この少女、ベクターは星核ハンターの仲間であったのだろうか。出自がどうであれ、彼女は私が引き取ると確信した上で、置いていかれたのだ。目的のために造られた「物」のような人間を、私が見捨てられるわけがない。私の感情を利用された気分だ。
私は両手でベクターを掬い上げ、半壊した施設を去る。星核ハンターの目的がどうであっても関係ない。私は私に出来ることをするだけだ。
波乱万丈が予感されるというのに、星々は静かに瞬いていた。
五章は今回の話で終了です。次話から原作の時系列、後編に入っていきます。
よろしくお願いいたします。