月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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第六章 ベクター「星」
ベクター「」を使用


 星核ハンターの力はすさまじい。カフカの言霊に、サムの殲滅力、そしてあのハッカーの少女、銀狼の手腕。彼女らは星核の奪取という目的を果たせば、すぐさま逃げるものだと思っていた。

 星核ハンターが狙う場所に目星は付けられても、後手に回ることになる。そのこともあって既に逃げたと考えていたが、まさかあんなにも悠々と待ち構えているとは。いつの間にか姿を消しているという事前情報と違ったが、掴みどころのなさは情報通りだ。

 

 語る目的がどうであれ、星核ハンターが危険であることに変わりはない。後手に回ろうと、人的被害が出ないよう常に候補地へ戦士たちを派遣する必要がある。星核については二の次だ。私たちの活動目的は、知性を持つ生命の存護、治癒。彼女らの目的に巻き込まれて死ぬ人間を減らすことこそ、優先すべき事柄である。

 

 

 星核の回収の他に、星核ハンターには目的があり、私の前に少女を置いていった。星核を宿し、そのエネルギーで動く人造人間の「ベクター」。この情報については嘘でないと確信している。星核に付随する現象や、生み出された異空間などの全てから感じる、何とも形容しがたい雰囲気がベクターの心臓部から伝わってくるからだ。これは全ての者が気づけるわけではないだろうが、感覚器官が発達した人間かつ裂界に入ったことのある者ならすぐ分かる。

 ベクターは安らかな表情で目を閉じているが、ときどき指がぴくりと動く。脈は正常だ。

 

 カフカは言霊で、私の意識に刷り込むように語った。私の掌の上で寝ているこの少女と、もう一人の青年が終焉を乗り越える鍵になると。その青年もまたベクターなのだろうか。

 その他にも多くをカフカは話した。エリオが作った「脚本」という代物の通りに。わざわざ虚偽や戯言を、個人としては見ず知らずの私に残していく必要があるだろうか。ましてや追われる身であるテロ組織がだ。

 

 カフカの不可解な言動に対して考えを巡らせようと、答えは出てこない。だが一つやるべきことは出来た。置いていかれたこの少女がどれだけの物事を知っていて、私たちに対してどんな選択をするか。ベクター自身から聞きだすのだ。

 

 

 既に鎮火された建物の間を歩き、小型の戦闘艦にまで戻る。着陸した船の前には、東グラモス製の鉄騎を展開したままのサマンサが座り込んでいた。ところどころが破損しており、フルフェイスであるはずの兜も右半分が露出している。彼女は私の姿を視認すると、変声機による低い男性の声と、本来の少女らしい可憐な声が被さるように発声した。

 

 

『父上…申し訳ございません。サムの…彼女の動きは、鉄騎の性能をはるかに超えていました。足止めも十分にできず…。』

「いや、私もしてやられた。まさか、顔の割れていないハッカーが場にいて、それも知人そっくりだとはな…。」

「銀狼という者ですか。その、知人というのは――待ってください、父さま。その子はどうされたのですか?」

 

 

 サマンサは装甲を解除し、煤けた頬を拭ってから尋ねてくる。私は掌をサマンサに近づける。彼女はベクターを受け取ると、しっかりと両腕で横抱きにした。

 

 

「詳しくは、宇宙船に戻ってから話そう。この少女はつい先程身寄りが無くなった。そして彼女の選択次第で、私たちの行動も決まる。」

「なるほど、分かりました。宇宙船の一員が増えるのは、何年ぶりでしょうか…。」

「…まだ決まったわけではない。君たちの考えも併せて判断しよう。」

 

 

 船頭に行って小型の戦闘艦を動かし、少し離れたところで待機している宇宙船へと向かう。半自動操縦に切り替え、また考える。

 星核は万界の癌という現象を引き起こし、星間移動を著しく阻害する。そして内包する巨大なエネルギーを用いて、歪んだ形で人の願いを叶えるという危険な物体である。

 かつて私が融解し喰らった星核は無力化できているが、ベクターの中にある星核はどうなるか。移動する星核という概念は私にとって初めてであり、対処するには難しい。ヒスイノで保護するのでは、民に危険が及ばないか心配になる。結局のところ、ベクターや乗員の皆がどう選択しようと、私がベクターを見ることは変わらなそうである。

 

 欠け月を使って細かい傷を治しながら、サマンサは嬉しそうに話す。見た目年齢の近い人間は、宇宙船にいないからだろうか。彼女が買ってきた化粧品や衣類などの話に相槌を打ちながら、しばらく時間を過ごした。

 

 

 宇宙船に辿り着く。小型船の格納場所に入り、整備係のロボットへ帰りを伝える。このロボットたちは、智械黑塔が遠隔操作を行っている。知性を持っていないはずなのに、ひょうきんなジェスチャーを行って私たちを出迎えた。

 汚れを取るための洗浄機と瞬間乾燥機を順番に使ってから、共用スペースに入る。智械黑塔は白く特大のクッションに沈み込むようにして端末を操作しており、サユはプーマンのプー治郎へ抱き着くようにして微睡んでいた。

 

 プー治郎の鳴き声で、智械黑塔とサユがこちらに気づき、次にサマンサが抱いているベクターへ視線を向けた。智械黑塔の表情が無から、じとりとした目へと変わる。私が問題を持ってきたときはいつもこの表情をする。もはや慣れたものだ。

 

 

「…また?」

「今回もわけがある。とりあえず生体スキャンをしてみてくれ。話はそれからだ。」

 

 

 智械黑塔は目をぐっと閉じた後、しぶしぶといった具合に立ち上がり片腕を突き出す。生体スキャンを始めてしばらく、智械黑塔の表情が少し変化する。知的好奇心ともう一つ、感情がにじんでいるようだ。

 

 

「ふーん…。この電子ラベル、随分生意気じゃない。」

「…本当に用意周到だな。」

 

 

 ベクターの体に、不可視化されて貼られていた電子ラベルが、智械黑塔の手によって私の面前に移動される。そこには銀狼の顔をデフォルメしたようなスタンプと共に、『こんなしょぼい玩具で対策できるわけない。作ったやつは間抜け』と煽るような文言が記されていた。

 智械黑塔は冷たい表情でそれを眺めている。彼女の思考回路は、完全に怒りで埋め尽くされていた。

 

 私は電子ラベルの下に、字体の違う文言が記されていることを発見する。そこには、宇宙ステーション「ヘルタ」において、システム時間21時40分21秒に反物質レギオンが侵入するとの記載があった。何日に起こるかも書かれていたようだが、意図的に消されているようだ。

 

 

「智械黑塔、この文章は…。」

「なに?反物質レギオンが侵入するわけないでしょ。宇宙ステーションに大層なものがあるわけでもないし。」

「いや…。これで信用しろとでもいうのか…?皆、聞いてくれ――」

 

 

 電子ラベルに書かれた通りのことが起こるのだとすれば。宇宙ステーションとは親交がある。

 これまでの話は全て噓であり、私や組織を混乱させようとしているのか。それとも「脚本」の正確性を伝える目的があるのか。またはこの情報でエリオは友好の念を示せると考えているのか。意図が読めない。

 

 私は皆に向かって、星核ハンターとの会合、ベクターについて話した。圧倒的な情報網を持つカンパニーにとって、星核ハンターの目的について不明のままであり、終焉に抗おうとしているという情報は周知されていない。懸賞金をかけているのだから尚更、悪以外の側面を押し出すことはしないだろう。

 私にベクターを拾わせた理由も、言葉通り受け取るには怪しすぎる。そのため、智械黑塔たちにも判断を仰ごうと考えたのだ。

 

 まず智械黑塔が意見を述べた。彼女は機嫌が戻らないままで、背部ユニットを動かしベクターをソファに寝かせる。

 

 

「このお子ちゃまには、研究の価値がある。それに星核の対処は、あなたも私もできる。だから置いてもいいよ。ただし、私に喧嘩を売った――この小娘には何十倍にもして返さないと。」

「拙もいいぞ。掃除当番をするやつが増えれば、それだけ寝れる時間が伸びる。」

「私の気持ちは変わりません。出自で人間は決まらず、これからの行いこそが判断基準です。」

「…そうか。皆ありがとう。後は彼女が起きるまで待つだけだな。」

 

 

 私はソファに移動したベクターを見る。彼女は未だ眠り続けている。

 

 

――――――――

 

 ベクターは何やら温かく、柔らかいものに包まれているのを感じる。蒲公英の綿毛のような触感。いつどこで触ったことがあっただろうか。

 彼女の意識は深い闇に沈んでおり、一つ一つ自分を構成する要素を掴もうとする。だが手は空を切り、あったはずの過去は雲散する。自分の生まれ、行ってきたこと、出会った人の数々。その他全てがほろほろと崩れ、頭の中から消えていってしまう。

 

 最後に残った記憶。顔さえも分からなくなった、もしかして親しかったかもしれない人々。自身によく似た存在も近くに立っているような気さえする。目の前にいる女性が放った言葉が響く。

 

 

『君はこれから、多くを目にし体験することになるわ。旅の途中で君の頭を悩ませる、疑問の数々が明かされるまで、とても時間がかかるけれど――君の旅は終わらない。聞いて。…君は…今まで出会った人、すべてを忘れる。』

 

 

 女性は言葉を限界まで溜め、吐き出すように最後の言葉を口にした。既に目元まで靄がかっていても、ベクターにはその女性の表情は悲しげであり、そう言わなければならない事情があることだけは分かった。

 

 手を伸ばそうとした。最後の記憶が砕け、塵のように消え去る。ベクターはその瞬間から、何も思い出せなくなった。この涙が誰のため、何のために流れているのかさえ分からない。残ったのは名前だけ。誰がつけたかも分からない、それだけだ。

 

 意識は浮上し、彼女は見知らぬ場所のソファで目覚める。ベクター「星」の認証は誰かが終え、今この瞬間その役割を果たし始めた。

 

 

――――――――

 

 業務をしていた私たちの横で、何かがもぞもぞと動く。見るとベクターが細目を開け、不思議そうに辺りを見回していた。ベクターの近くで寝ていたサユも目を擦って起きる。

 

 

「ここは…。」

「起きたみたいだな。体調は大丈夫か、君。」

「おお…。…私、まだ夢の中かもしれない。」

 

 

 私が声をかけると、ベクターは首をどんどんと上に持ち上げ、ぽつりとつぶやいた。困惑している様子であったので、軽く話を聞く。こちらの自己紹介も兼ねてだ。

 

 結論、ベクターは何も記憶を持っていなかった。しかしエピソード記憶がないだけで、星神や使令といった、特別な意味合いを持つ単語以外は理解出来ている。おそらくカフカが言霊で細工をしたのだろう。

 ベクターは各々が自己紹介をしているとき、じっと顔を見て聞き、最後に自身の名を口にした。頭の中からようやく見つけ出したような調子であった。

 

 

「私は…星。」

「シンプルで良い名だ。名付けた人間は覚えているか?」

 

 

 ベクターの星は、頭を押さえながらゆっくりと首を横に振る。私は少し前の時点から、彼女は脅威ではないと思った。この無害さが演技なのだとしたら大したものだ。

 星は、皆の自己紹介を頭の中で咀嚼し終えたようで、一人一人を見ながら確認していく。

 

 

「――つまり…あんたは大きくて喋る犬で、そっちの丸い生き物は喋らないんだよね?」

「ああそうだ。」

「違いますよ!いえ、父さまの方です…。」

「プー治郎も話せるといいな…。今度拙と試してみるか?」

 

 

 思い思いの反応を示しながら、自己紹介は終わる。次に私は星に対して、今後のことを話す。星がどう選択するか。言葉を選びながら、星に促す。

 

 

「君の…保護者というべきか。彼女は君を私に預けていった。私たちの惑星を巡る旅に同行させるためか、別の目的があるかは分からないが。だが、君に対して複数の選択肢を私は提示できる。実は私は、多くの星系を管理していてな。そのうちの一つに家を用意して――君の健康を確認する以外は、不自由ない暮らしをさせられる。他には、そうだな…星核に対処できる知り合いの元で暮らすこともできる。」

「この宇宙船って、他にも部屋はある?」

「ああ、十分にある。大きめの部屋は幾つも余っているぞ。何せ、乗員は君と私を含めて五人だからな。」

「…もう乗ってるけど、この宇宙船に乗船する。」

 

 

 星は眉を寄せてしばらく考えた後、頷いた。そして段々と口元が上がっていく。何かを想像しているのだろうか。星は続けて言った。

 

 

「…まだ分からないことばかりだから、また聞いてもいい?」

「もちろんだ。では星…君を歓迎しよう。サマンサかサユ、星に部屋を見せてやってくれ。人間種はどのくらいの広さの部屋がいいか、私には判断がつかないからな。」

「では三人で行きましょうか。星さん、いえ星。案内しますね。」

「よろしく。」

 

 

 起きて間もない故か少しふらついている星の手を取り、サマンサはサユと共有スペースから出ていった。智械黑塔はいつも通り、周囲の動きに興味を示さず研究を行っている。

 私は三人の後を目で追った後、サマンサのメッセージに今夜の料理メニューを貼り付けた。しばらくして鉄騎をデフォルメしたスタンプが返ってくる。

 

 

 ベクターの星が穏健でよかったと思いつつ、私は電子ラベルのことを考えていた。深緑の騎士たちに連絡を行い、宇宙ステーション「ヘルタ」へ迅速に向かうよう伝える。

 レギオンの襲撃など嘘であり、起こらないに越したことはないが、エリオの脚本がどうも引っかかる。

 智械黑塔は特に気にしていないようだ。私の記憶にある終焉の描写には、宇宙ステーションが落とされる様子は無かった。物置という認識もあって、問題は起こらないと考えているようだ。

 

 この宇宙船は、ルアン・メェイが研究を行っている惑星に向かうことになっている。ルアン・メェイはメッセージ上で茶を濁していたが、放置するのはまずい。私は宇宙ステーションにも連絡を送り、そちらと交流を深めたいため騎士たちが向かうと伝えた。

 現在、宇宙ステーション「ヘルタ」のまとめ役は確か、アスターという名前の少女だったはずだ。彼ら職員たちの身が安全であるよう、私は更に策を練った。

 

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