月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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蟲の巣窟

 私はようやく精神を落ち着かせることに成功すると、宇宙ステーション「ヘルタ」の主制御部分から離れる。星穹列車には、既に星核ハンターへの警戒を強めるよう話をしておいた。

 ヴェルトとほぼ情報交換ができなかったのは残念だが、これまでの開拓の旅については姫子から多く聞けたため良しとする。これで白珠も満足することだろう。

 列車は絶えず星間を巡っているため、時偶に出会うことがある。縁があればまた言葉を交わすこともあるだろう。

 

 星穹列車は新たに二人の乗員を加え、一人が下車したという。下車したのは、長い金髪の人間種に見える男性だ。彼と言葉を交わす機会は無かったが、相当な実力を持っていることは遠目でも分かった。話ではヴェルトと同郷らしく、太陽系というのは強い者が集まる場所なのだろうかと思ったこともあった。

 

 姫子曰く、星穹列車の次の目的地は、アゲートの世界と呼ばれるメルスタインだそうだ。今は姿を隠した「純美」の星神イドリラが昇華した地である。「純美」の運命と聞けば、昔白珠との旅の途中で出会った、イドリラの信奉者たち、誇り高き「純美の騎士団」の一人を思い出す。

 あの騎士は今も、イドリラの栄光を語って回っているのだろうか。イドリラの信奉者には他にミラーホルダーもいるが、彼らもまた誇り高い集団だ。メルスタインはとても「開拓」し甲斐のある惑星だろう。

 

 

 メッセージにて、智械黑塔に尋ねる。智械黑塔は、ヘルタから彼女の一部として受け入れられており、故に天才たちをもてなすための部屋に入るための権限も持ち合わせている。

 

 

『物を取りに来たってヘルタに話したら、好きに出入りしていいって。パスキーはサマンサに渡しておいたから、合流して。』

『分かった。君はまだ、ヘルタさんと話していくんだな?』

 

 

 すると、デフォルメされた頷くヘルタのスタンプが返ってくる。彼女と話していれば、ヘルタは私たちの動きを気にしないでいてくれるだろう。

 ルアン・メェイからのメッセージには、実験が終わったという文言だけが記されている。いつこの宇宙ステーションに辿り着くかは定かではない。

 

 私はホーム部分にいる星とサユ、そして東グラモス製の鉄騎の装甲を身に着けたサマンサと合流した。列車は既に旅立った後のようで、ホームには彼女らの姿だけがあった。

 

 

『星穹列車と再び会合するとは、縁がありますね。私も何れ、新しい乗員と会話してみたいものです。』

「私の弟も乗っていったよ。あの列車、レトロな見た目でいいよね。」

『貴女、弟がいたのですか…!?…父上。』

 

 

 サマンサの鉄騎は頭を下げると、胸に手をやり、低い男性の声で宣言する。彼女の装甲は、数週間前の戦闘で使っていたものとは形状が変わっており、より戦闘向きで使用者の体を守る造りになっている。ファイアフライ-vierから、ファイアフライ-fünf、4番目から5番目のバージョンへと切り替えたのだ。

 

 

『AR-4100――一新した装甲にて、任務を遂行いたします。』

「さっきの空中戦では、ご苦労だった。…最新モデルの装甲か。調整はできたか?」

『問題ございません。もしもの時の殲滅はお任せください。』

 

 

 鉄騎は元々、グラモスの脅威となったスウォームを打ち倒すために造られた。そのため、ルアン・メェイの実験にて使令が再現されたことに、複雑な心境もあるのだろう。鉄騎は力強く答え、装甲の隙間から青白い炎を出している。

 私は三人に対して、今回の目的を画像付きで説明しておく。星は蟄虫の見た目に対して、少し格好いいと感想を口にしていた。

 そしてサユと星に対して、疲労感はないか確認を取った。サユは少し眠たげにしていたが、早めに掃除を終わらせれば問題ないとのことだ。星は寧ろ元気であり、炎鋼バットを一振りして気合いを入れている。

 

 

「そのスウォームってどれだけ大きいの?」

「幼体でも、拙の身長より大きいぞ。成長したものなら、星より二回りは大きい。」

「…へえ。そうなんだ。」

 

 

 星はスウォームについての記憶も無いらしく、手を並行にして蟄虫の大きさがどのくらいかを推定している。星の声はどことなく震えていた。

 

 

 私は一度宇宙船に戻って必要な物を取り出してから、星やサマンサの鉄騎たちと共に、レギオンの襲来によって一時的に封鎖された場所へと向かう。

 今回処理するのは、菓子の形の外殻を持った生物たちに、砕星王虫スキャラカバズの模造、集められてきた蟄虫の三つである。菓子のような生物は知性を持ったとのことで、保護という形を取ることになるだろう。また蟄虫については実験からしばらく時間が経っているため、複製が多く生まれている可能性があるとルアン・メェイは言っていた。

 この情報から、人が居住している宇宙ステーション内で行う実験ではないことを再確認する。早く実験を行いたいにしても、凡人であれば場所を選ぶはずだ。

 

 宇宙ステーション内の通路の造りや実験室の位置などは智械黑塔経由で理解しているが、どこでどの実験が行われたかははっきり伝えられていない。蟄虫の増殖具合も考えると、隈なく見ていく必要があるだろう。私はぎゅうぎゅうに詰まったエレベーターから解放されると、大きく息を吐いてから、腕甲に発火装置を取り付けた。

 

 封鎖された場所は照明が切れており、レギオンの攻勢によって電力供給が一部止まっているのが分かった。再びエレベーターが上がり、しばらくして三人が降りてくる。私は待っている間に周囲の音へ耳をすませ、最悪の状況であることを理解した。

 

 

「暗い…。」

「どうした、怖いのか?皆が傍にいるから大丈夫だぞ。」

「…星、バットの機構を展開しておいた方が良い。複数の羽音が近くで聞こえる。二人もだ。得物はいつでも振れるようにしておけ。」

 

 

 星はサユに聞いた話を引きずっているのか、肩を縮ませながらエレベーターから出てきた。私は三人に向かって警告しておく。真っ先に戦闘態勢に入ったのは、サマンサの鉄騎である。胸部の装甲から青い炎を放出し、通路の奥を視認する。扉越しにスキャンを行っているようだ。

 彼女らを手招くと、私を先頭に二つ伸びる通路の内、羽音がする方へと進んだ。

 

 

 サマンサがパスキーにて通路を開き、昇降機を降りると、その先は地獄絵図であった。蟄虫が詰まっており、あらゆる壁に孵化する前の卵が付着している。クワガタムシのような顎を持った蟄虫だけでなく、セミの様相を持ったスウォームやダニのような見た目をしたものまでいる。それらは別の種故か共食いをしているが、全体数を維持しているようだ。

 私は腕甲を着火させると、スウォームが外へ飛び出さないように肉壁となる。サマンサが再び閉めるまでの時間稼ぎだ。

 既に足場に入り込んだクワガタムシ型の蟄虫、それの顎がつっかえ棒のようにシャッターに挟まるが、サマンサの鉄騎が炎を纏った拳で殴りつけ、消し炭にする。一旦、様子見だ。

 私自身が出来ることを考える。通路の天井は低く、私が動けるのは最小限になるだろう。壁を作るのもありだが、このシャッターや通路の壁を破壊してしまえばスウォームが飛び出し大惨事となる。大事にしないように行使できる力はわずかだ。

 

 

『これほどまでとは…。私が先陣を切ります。サユ。貴女も風纏いを使い、続いてください。』

「承知した。星は討ち漏らしを頼むぞ。スウォームはしぶといからな。…狂风様、援護と壁の補強を願います。」

「蟲たちの突進は脅威になる。…これで、しばらくは攻撃を弾くはずだ。」

 

 

 外に空間があると学習したからだろう。昇降機上に入り込んだスウォームの顎が、断続的にシャッターへぶつかる音が聞こえてくる。私は手に琥珀の光を輝かせると集中し、彼女たちの周囲を半透明な琥珀色の壁で包み込んだ。

 繊細な力の使い方であるため短期間に多用は出来ないが、この箇所を掃討するだけならば割れる心配は無いだろう。星は不思議そうに半透明の壁を触ろうとし、その手が突き抜けるのに対して更に驚いていた。

 

 シャッターが再び開けられる。私は己の体躯を活かしてスウォームの突進を受け止めると、内部から琥珀のバリケードを作り出す。昇降機の中にいる複数のスウォームを私が拳にて叩き潰した。昇降機が降り終わった。三人は駆け、掃討を開始する。

 

 

―――――

 

 星の横を、青白い炎を出した鉄騎が滑るように走っていく。巨大な弾丸のごとく直進する戦士は、進行上の蟲を砕き燃やし尽くす。格闘を織り交ぜてスウォームを灰にしていく姿は、明らかに戦い慣れており、星の口からはおおと感嘆の声が漏れる。

 

 

「壁を壊さないように倒せばいいんだよね。…はあ!」

『戦闘プログラム6、読み込み完了。執行!』

 

 

 星は、鉄騎の炎とサユの嵐が届いていないところにいる蟲に対してバットを振るう。彼女の腕の力は強く、羽を砕き、再生する前に蟲の全身を燃やしていく。またいたるところに存在する卵を燃やし、繁殖を止めていった。

 

 鉄騎は右脚に取り付けられたブースターを吹かし、空中で回し蹴りを行う。セミ型の蟄虫は耳障りな鳴き声を残して、爆発する。セミ型のそれらは一見統率の取れた動きをして、鉄騎へと群がっていった。

 狭い通路で疑似的に壁を作られてしまい、鉄騎は単独行動を余儀なくされそうになる。そこでサユが突風を巻き起こしながら前転を繰り返し、スウォームを撹乱する。

 風の刃でズタズタに裂かれた蟲がぎいぎいと鳴く。星や鉄騎の攻撃でも完全に仕留めることは出来ていない。僅かでも息のある虫たちは、瞬く間に自身の複製を作り出した。

 

 

「倒しても倒してもキリがないぞ…。」

「…分が悪いな。サユ、私の腕甲を使え。」

 

 

 星が駆除を終えた部分に随時壁を補強していた狂风は、サユに片方の腕甲を投げ渡す。サユは巨大なそれを小さな腕で抱えると、炎嵐を呼んだ。壁にまで炎が行き渡り、スウォームの羽を焼く。鉄騎や星が砕いたスウォームを炎嵐で焼き、通路にいる蟲の数をどんどんと減らしていく。

 燃焼が空気を食った故に、星とサユが酸欠で倒れそうになったとき、スウォームは卵も含め完全に姿を消していた。

 

 

―――――

 

 

 サマンサの鉄騎がスキャンを終える。彼女は、スウォームの卵が通路から一つ残らず駆除されたことを報告した。そして再び昇降機で上り、外の空気を吸い込んだ星とサユはぐったりとした表情で、掃討の完了を喜んだ。

 

 

『通路はまだあります。体力を戻しながら進みましょう。』

「トラウマになりそう…。」

 

 

 星は顔をしかめると、掌で両目を覆った。特大の蟲がひしめいている状況を楽しめる者はそういない。私は星にここで休んでいても良いと伝えるが、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

「癒しが待ってる…お菓子みたいな生き物を見るまで、私は止まらないよ。」

「そうだな。その創造物たちの保護も私たちの仕事だ。…無理はしないでくれよ。」

 

 

 先ほど目的を話した中で、見せた画像に食いつきが良かったサユも力強く頷いている。彼女が好きなムジナに、その創造物たちの見た目が似ているからだろうか。

 私たちはしばらく休んでから、奥へと進む。動物好きのサマンサも反応していた、ルアン・メェイの創造物たちと遭遇するのは、通路を抜けて間もなくのことであった。

 

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