月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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誤算

 焦がされた昇降機の足場と通路を抜ける。通路の一部はガラス張りになっており、下に球体が鎮座している大部屋があることを確認した。球体の中には蟲がいる。おそらくあれが使令の複製なのだろう。

 

 右へ進んだところにあるシャッターを開ける。すると下の階で何やら小さな生物が動き回っているのが見えた。平べったい生物と、袋のような形をした生物たちだ。私は戦闘で壊れないよう厳重にしまっておいた端末を取り出し、ルアン・メェイから送られた写真と見比べる。保護する対象の実験生物と同じ見た目だ。

 私は目を輝かせる星とサユ、じっと創造物たちを見つめる鉄騎を連れ、階段を降りた。

 

 

「いっぱいいるよ!写真で見たのより可愛い…。」

「何だか悲しそうだな…。」

 

 

 星は屈んで、菓子の外殻を纏った哺乳類のような生物と視線を合わせる。サユも同じようにして横に並ぶと、創造物たちの様子を観察し、そう呟いた。

 私も外殻の隙間から覗く表情を、伏せて確認する。どの創造物の瞳もうるうると涙で濡れ、口から出る鳴き声は悲しみを含んでいるように聞こえる。

 

 

「この生命体たちは、知性を持っている。共感覚ビーコンの特殊な機能を使えば、鳴き声のように聞こえるこれも言語として認識できるはずだ。」

「聞いてみるよ。なになに…。」

 

 

 星が自身の共感覚ビーコンの中の特殊な機能を起動し、耳をそばだてた。すると無に近かった星の表情が、段々と険しくなってくる。星だけでなく私たちもビーコンの機能を使い、創造物たちの声を聞く。

 

 

『ルアン・メェイ…。皆を…何故認めてくれないの…?なんで私たちは失敗作なの…?』

『ずっと戻ってきてくれない…こんなにも僕たちは頑張っているのに…。』

「きっと戻ってくるよ。…大丈夫だからね。」

「己の創造主を慕う生命体たちか…。確かに、彼女が求めていた実験の成果とは全く違う。」

 

 

 私は実験ファイルをしっかりと見て、ルアン・メェイの求める「生まれながらの天才」とは遠いことを理解する。私の知る天才の多くは、「知恵」を追い続けることにしか関心がないからだ。

 ルアン・メェイは生命を模倣し、かつての天才の複製さえも理論上は作り出せるはずだ。蘇生に近い技術で、再び生を受けたいかはその個体の考えに左右されるようであるため、「蘇りたくない天才」に近い生命を作りたかったのだろう。

 星は創造物たちに同情しているようで、優しく声をかけていた。サユと鉄騎はじっと考え込んでいる。皆に対して鉄騎が発言する。

 

 

『この生物たちが種として生き長らえるには、ルアン・メェイさんが協力してくださるのが最も効果的です。…ですが、彼女は向き合わないでしょう。』

「同感だ。拙はルアン・メェイさんが協力するとは思えない。…狂风様。ルアン・メェイさんのホログラムと、口調を似せたBotを手配すべきかと。智械黑塔が片手間に作ってくれればいいのですが、もし気乗りしてくれないならば拙が作ります。」

「そういったツールは自立に必要だが…一度、ルアン・メェイさん本人と会わせるべきだろう。彼女は人や生命へ、真正面から向き合いたいと思っている。何百年前からそれは変わらない。」

 

 

 思慕、崇拝の念が報われることは少ない。信仰を捧げる人間を、ほとんどの星神が気にも留めないように。近しい事例で言えば、「源究の森」もそうだ。天才である原始博士の行いを真似、後を追っても、彼らは会合すらできていなかった。

 だが、ルアン・メェイであれば可能性がある。研究材料として距離を取っており、生命の在り方自体に意味はないという考えを持っていても、生命を美しいと感じているのだから。

 

 私はルアン・メェイの手伝いを二百年ほど続けてきて、彼女が星海に害を為す性質ではないのは分かっている。実験の産物の処理は徹底しなければならないが。私はこれまでの交流でかけた時間から、彼女の望みに協力したいという思いを抱いている。

 今回の厄介事である「繁殖」の使令についても、私が処理できる範疇だと分かっている。ルアン・メェイは処理できないものを押し付けることは、今まで一回もしてこなかったからだ。無論、依頼の達成には全力を出す必要がある。

 

 彼女が星神へ昇格するためには何が必要なのかを考え続け、やはりこれだと結論付けた。それは、生命に対して慈愛を与える術である。

 

 

 ルアン・メェイは「愛」が区別できず、それが何なのか理解できないと言っているが、それは嘘が混ざっている。言語や理論で区分できないというのは方便であり、実験対象に愛を持ってしまえば、答えに辿り着く前に立ち止まってしまうと考えている部分がある。

 

 ルアン・メェイが生命の仕組みを解析し、いつか星神までも理解して「生命の本質」を導き出したとして、その行いはただ「知恵」の運命に沿っている。それでは星神になろうと、「知恵」の星神であるヌースに吸収される概念になりかねない。星神を構成する概念には他の其と被らない部分が必要だ。

 深く愛し不滅を与える「豊穣」の星神、薬師とは違い、ルアン・メェイは生きとし生けるものがやがて終わりを迎えることを知っている。似ていても明確な違いがあることこそが、重要なのだ。

 

 

 私が話すと、サユは意外そうな表情をしてから頷く。そして、戻った後開発を進める準備はしておく旨を私に伝えた。サマンサの鉄騎が己の兜に付けていた指を離し、場の状況を報告する。

 

 

『この階層のスキャンを行いました。スウォームの熱源反応を多数感知。これは…。』

「どうした、サマンサ?」

『反応からして、螟虫型だらけです。百は超えています。ここでは、恐ろしいほどに多種多様な蟄虫が培養されていたようですね。』

「…百か。サンプルは培養管から抜け出して間もないだろうに、ずいぶん増えたものだ。鱗粉の散布量も多そうだな。」

 

 

 私は左手で頭を押さえた。まさかここまで増えているとは思わなかったのだ。

 ルアン・メェイも、反物質レギオンに宇宙ステーション「ヘルタ」が襲われるなど考えてもみなかっただろう。増えていると言っても、培養管の中でだと考えていたはずだ。

 通って来た通路には小部屋があり、太い培養管が数本置かれていた。電力が一部失われていなければ、蟄虫が成長し、もし増殖したとしても問題ない大きさであった。

 

 ルアン・メェイに送ったメッセージを見る。反物質レギオンとの戦いが終わった後に、研究室がある場所が封鎖され、電力供給が一部止まった旨を伝えたのである。返信がきており、今向かっているという旨の文言がメッセージ欄に追加されていた。

 

 スウォームの出す鱗粉は、幻覚を見せる作用がある。先ほどの通路より密集しているならば、装甲の無い星やサユは影響を受ける可能性が高い。そうなったら駆除どころではなくなるのだ。私は背嚢から変形式のマスクを取り出して装着してから、星に説明した。

 

 

「二人ずつに分かれるってことだね。この子たちを運ぶ仕事なら、喜んで。」

「狂风様。星核についての懸念はあるでしょうが、お任せを。拙が忍として星を守ります。」

「ああ、頼んだ。運搬機材を宇宙船から取り出す前に、智械黑塔と合流してくれ。ここの駆除については、彼女も呼ぶべき状況だ。」

「承知しました。では行くぞ、星。」

 

 

 サユは深く頷くと星の手を引いて、来た道を戻っていく。サユの動ける時間も限られている。私は彼女らを見送ると、サマンサの鉄騎に向き直る。一人になる分負担をかけることになるが、鉄騎は自身の胸に拳を当てて勇ましく言う。

 

 

『体力や装甲に問題はありません。東グラモスの鉄騎の一人として、宇宙ステーション内のスウォームを必ずや殲滅します。』

「防護は強めにかけておく。…この階層の通路は、宇宙ステーションの外壁に直接繋がっていない。多少傷ついても被害は出ないだろう。私も力を使うとしよう。」

 

 

 私たちは幅広のシャッターをくぐり、奥へと進む。そして、ところどころに創造物たちが散らばる部屋を抜け、閉ざされた通路の前まで来た。開ければそこは、先程以上の地獄が待っていた。

 

 螟虫型の蟄虫は、空腹感を常に感じるフェロモンを出す。研究者によれば、この種類の虫にも使令がいたらしく、その王虫からは更に多くの空腹フェロモンが放出されていたという。その名は幻螟王虫といった。

 満たされることを知らず、喰らい続ける種。惑星を砕き餌とする、「砕星王虫、スキャラカバズ」率いるクワガタムシ型の種とは似て非なる脅威である。

 

 私たちは、肉を喰らいたくて仕方のない蟄虫たちに向かって突貫した。

 

 

――――――

 

 星とサユはエレベーターに乗る前、子どもがすすり泣く声を聞いた。通路にあった小部屋の一つ、先ほどは固く閉ざされており戦闘が行われなかった場所だ。サユは警戒したが、星は持ち前の行動力と先程ルアン・メェイの創造物に対して感じていた同情を引きずっていたことが合わさっていた。そのため、様子だけでも見たいと星は言い、小部屋の近くへ向かった。

 星たちがその小部屋の前に立つと、扉が開く。部屋の片隅には、幼子が蹲っていた。

 

 

「ぐす…ううっ…。」

「なんで、こんなところに子どもがいるんだろう…?迷子になっていたら、閉じ込められたのかな。」

「分からない…。だが、油断するな。」

「ここのスタッフの服装だよ?」

 

 

 サユは小さな腕で星を制止し、じっと目を凝らす。幼子の服装はぼやけており、サユにははっきり視認できていなかった。これが疲労故の視界のブレなのか、それとも見たままの光景なのか。彼女には判断がつかなかった。

 子どもは顔を上げると、ぱっと表情を明るくして言葉を発する。

 

 

「あ、お姉さんたち…!探しに来てくれたの?ありがとう!」

「ほら、やっぱり迷子なんだ。…もう大丈夫だよ。私たちが連れていってあげる。」

「…待て、星。うう駄目だ、眠気が…。」

 

 

 星が嬉しそうな幼子の近くへと歩いていく。サユの目には、先ほどまでぼやけていた子どもの服装が、はっきりと白いジャケットに見えていた。サユは明らかにおかしいと判断し手を伸ばすが、星は気にしていない。

 

 そのときサユの耳に、昇降機が動く音が入ってきた。数秒して機械の駆動音が近づいてくる。

 サユは背後を見た。そこにいたのは、智械黑塔であった。

 

 

「星、どいて。」

 

 

 智械黑塔は、間髪入れずに背部ユニットからレーザー砲を放った。その熱線は幼子、いや人間に擬態したスウォームへと命中する。

 耳障りな断末魔を上げて、擬態が中途半端に解けた小さな虫が燃えていく。世を惑わす虫の種、その一匹が培養管から出て初めてしようとした食事。それは、すんでのところで失敗に終わった。

 

 星は目を見開き、驚きを露にする。智械黑塔は小言を言いながら、星たちの体が無事かを調べた。

 

 

「研究室に入れる人なんてごく僅かなんだから、警戒して。それで、何で二人なの。狂风たちは?」

「かたじけない。狂风様たちは、増殖しすぎたスウォームを狩るため奥へ進まれた。拙と星は、鱗粉の影響を考えて別の任に当たろうとしていたところだ。」

「そう。星、サユを宇宙船に置いたら、またここに来て。やることは三つだけじゃないよ。」

「まだあるの…。虫はもうしばらく見たくない…。」

「我慢して。」

 

 

 智械黑塔は、星に端末を見せる。そこには巨大な球体が映っていた。使令の複製が収められた、特殊なシャーレ内の装置だ。智械黑塔は続けて言う。

 

 

「隠したがりのルアン・メェイは、この期に及んで大事なことを話さなかった。繁殖の使令の複製は、もう一匹ここにいる。」

 




序章における変化

・星海をパトロールして脅威を退ける派閥「抗う者」が存在しているため、反物質レギオンの軍勢が一度の侵攻で多く投入されるようになっている。ゲーム本編より終末獣が増えており、ヴォイドレンジャーの数も多い。

・反物質レギオンの侵攻で亡くなった職員がいない。代わりに宇宙ステーション「ヘルタ」の損壊がひどくなり、電力供給が本編より滞っている。


序章幕間における変化

・「砕星王虫スキャラカバズ」の模造を処理するための行動が、ゲーム本編よりも早くされている。

・豊穣の使令の複製を多く作っていたことから、「砕星王虫スキャラカバズ」の模造が、本物に近くなっている。時間制限があるのは、3分までならルアン・メェイ本人が確実に対処できるため。また宇宙ステーションが壊れれば、ヘルタに迷惑が掛かるとルアン・メェイが考えたため。

・使令を複製する実験の手際が良くなったため、追加で繁殖の使令が作られている。

・使令を複製する際に材料となる蟄虫を多く集めている。時間があれば、他の繫殖の使令も作ろうと考えていたため。本編に登場するクワガタムシに似た蟄虫だけでなく、「階差宇宙」の方程式で説明されている別の種類の蟄虫もいる。


・レギオンの侵攻の激しさが増したため電力供給が本編以上に滞り、蟄虫の管理が行き届かなくなっている。
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