月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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王虫掃討

 ある天才の女性は、目的地に直進する宇宙船から星海をじっと眺める。女性が何を思っているのかは外面からほとんど判別できないが、手元にある端末と彼女の口元から伺い知れることはあった。

 端末に表示された字面には、こう書かれていた。No.1734、実験目的「使令の再現創造」。実験結果、成功。存在時間を最大60分間まで延長。

 天才は小さく微笑みながら、端末の画面を消す。己の理論を証明するため、殞落した星神の忠実な僕たちはあえて不完全に作られた。オリジナルと似ても似つかないものではなく、限りなく本物に近い存在として。これは大きな前進であった。

 

 彼女は、度重なる検証によって豊穣の使令が何たるかを理解し、更には繁殖の使令の模造方法さえも掌握した。あと一欠片、純然たる使令のサンプルを得ることで、天才の何百年に渡る研究は通過点を乗り越えるだろう。

 

 

「…研究もそろそろ大詰めですね。」

 

 

 天才は、宇宙船の奥に目をやる。彼女の友人に押し切られ、手伝い用として渡されたロボットドールがあくせくと動き回っている。顔のよく似た二人の友人の内一方は、ロボットドールを渡すときにこう言った。他人は信じられなくても、自分なら信じられるでしょうと。

 

 幼き日の彼女と全く同じ顔をした人形で、黒い人工毛髪を頭頂部で団子にしてまとめている。意思は微弱にしか持っておらずにしても、人形が浮かべる表情は、天才にとって過去を思い起こさせるものであった。

 母親と向かったノーマンズランドで宇宙の広さを知った、あのとき。彼女は目を大きく開き、生命の美しさをしかと見たのだ。

 日常的に世話をする用のロボットドールが、彼女の元に小走りでやってくる。天才は白衣を脱ぐと、両手を差し出す人形へと畳んで渡した。

 

 星海に瞬く光の粒。その一つ一つに命が宿っている。今見えている光が既に消えた恒星の輝きでも、確かにそれは生きていた証であった。

 

 

―――――

 

 

 螟虫型の蟄虫たちは、空腹故か通路の壁に唾液を垂らし、いたるところを腐食させていた。じゅうと音を立てながら鉄製の内壁が壊れていく。私は目の前の状況に緊張を覚えながらも、幸いであったという思いも浮かんでくる。レギオンの侵攻を危惧せず、深緑の騎士たちを派遣しないという選択を取っていれば、虫たちの繁殖は更に進んでいた。

 

 

「待て。私がまず動く。」

 

 

 私は鉄騎が通路に入り込む前に制止し、手に琥珀色の光を輝かせた。そして体感速度を遅くし、脳の機能を酷使して力の制御を行う。ここは宇宙ステーションであり、大雑把に力を使うわけにはいかない。小さく的を絞り、私と同じくらいの高さの壁を虚像に表す。

 ここの通路はカーブを描いていながら一本線だ。だからこそ時間をかけずに力を練ることができる。

 

 脇の小部屋は順次対処しなくてはならないが、楽にはなるだろう。私は両方の掌を床につけ、琥珀の壁を作り出した。

 四方向から壁を生やして潰す、殺すためだけの技。通路を埋め尽くす疑似的な鉱物はスウォームを封じ込めて圧殺し、断末魔さえも途切れさせる。虫が行う最期の爆発も、琥珀の壁を揺るがすことはできない。私が両掌を合わせると壁の隙間は完全になくなり、ぱんと破裂音が鳴る。

 

 

「残りを潰そう。熱源反応の確認を逐次行ってくれ。」

『はい。通路の小部屋が破壊されており、二十ほど入り込んでいます。加えて、先のターミナルを繋ぐ通路に、無数の熱源反応を検知――急激に減っています。』

 

 

 私は琥珀の壁を消散させ、腕甲を用いて鉄騎と共に蟲の痕跡を焼き尽くしていく。サマンサの鉄騎は戦闘態勢を維持したままスキャンを実行し、男性の声で報告する。表情は見えないが、疑問と驚きが浮かんでいるのが分かる。

 スウォームが数を意図的に減らすことはない。智械黑塔が殲滅に加わってくれたのだろう。

 

 私は小部屋の前に残しておいた琥珀の壁も割り、腐食しきった薄いシャッターをこじ開ける。ここにいるのも螟虫型だ。機能停止した液晶画面に張りついた虫たちに、鉄騎が飛び掛かり外殻を砕く。爆発する間もなく、芯まで素早く焼いていく様は、手際の良さを感じさせる。

 これは、鉄騎たちが作った戦闘訓練プログラムの賜物だろう。サマンサは実戦にほとんど出ていないが、体を動かして学ぶことは絶えず行っていた。その証拠に、私と訓練を行う際、回を重ねる度にサマンサの動きは洗練されている。

 

 

 鉄騎が最後の虫を燃やし、私も残骸と卵を処理し終わった。念入りに確認をし、先へと進む。鉄騎が話した、熱源反応が減っていった場所を見たが、蟲の姿は一つもなかった。他の場所にも蟄虫の熱源反応があったため、各部屋を回り潰していく。

 

 途中、智械黑塔からメッセージが届いた。やはり彼女は封鎖部分に来ており、処理に協力してくれているようだ。彼女と合流することはなかったが、安心感がある。

 仕上げとして私たちは、スキャラカバズの処理に赴く。

 

 

―――――

 

 

 場所は変わり、ベクター星は既に宇宙船の内部にきていた。あの背の低い天才的な少女から急かされたことも理由ではあるが、今回の処理が終わったらご褒美として好きなものを一つあげると約束されたことが大きい。星は現金であった。

 

 星は活動限界を迎えたサユを横抱きにして、柔らかく大きな布団があるサユの自室へと運び込む。サユは星が武器を立てかけるのを目で追いながら、今にも閉じそうな瞳を無理やりに開き、謝罪する。

 

 

「…かたじけない。まだ保つという算段であったが、雑兵を狩るだけで力尽きるとは…。修行が足りないな。」

「後は任せて。」

「主は安心していい…智械黑塔は、今回の掃除で…」

 

 

 サユは話の途中でこくりと首を傾け、そのまま寝息を立て始める。ムジナを模した着ぐるみのような服がぽんと音を出して消え、普段着の和服へと変わる。星は彼女の体から緑がかったエネルギーが現れるのを見たが、一回瞬きをしたらその異常は無くなっていた。

 

 

 布団をかけ部屋を出ると、バットを握り締めて星は走った。宇宙船から出る途中で、彼女は人形と鉢合わせる。緑色の造花をベレー帽に付けた、ロボットドールの少女。表情は無に近いが、確かな温かさを持つオムニックだ。

 

 星はつい先ほど、青紫色の花をつけた別人がいることを知ったばかりである。

 似た顔って沢山いるんだ。星はぼんやりとそう考えていた。

 

 だが、目の前にたくさんいる智械黑塔について驚かないわけではなかった。星は指を使って少女を数えていく。10、20、50。同じ服装の少女が計60体も。よく見れば智械黑塔と比較して等身が低く、より幼い顔立ちの智械黑塔もいる。彼女たちは各々巨大な鍵のようなものを背に担いでおり、それに重さを感じていない様子である。

 たくさんの智械黑塔は、口々に星を急かす文言を放つ。星は頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「星、行くよ。」

「ついてきて。」

「ちょっと待って…少し頭の中で整理したい。」

「だめ。早くして。」

「光学迷彩モード、起動。」

「バーニア点火。」

 

 

 智械黑塔の一部が機械的にそう言うと、青紫色の瞳が光り出した。次々に智械黑塔たちの姿が消えていく。しばらくして智械黑塔が一人だけになると、彼女は星の手を引いて前を指さす。

 複数、機械の駆動音が聞こえ、それが遠ざかっていく。星は理解できないまま智械黑塔に連れられ、再び封鎖部分へと向かうことになった。

 

 

 エレベーターは星と智械黑塔たちを乗せて、先ほどより深い階層、ルアン・メェイの実験室へと運ぶ。星が、見えなくて固いものにぶつかりながらエレベーターを降りると、背部ユニットを付けた智械黑塔が腕を組みながら迎えた。

 その智械黑塔が指を鳴らすと、人形たちが光学迷彩を一斉に解いた。人形たちは智械黑塔らしいジェスチャーをしながら、その場で待機する。

 

 

「この先にシャーレがある。心の準備はしておいて。」

「智械黑塔、その前に…。この、いっぱいいるあんたについて聞きたいんだけど。 」

「ああ。この義体たちは、みんな私。それぞれに私の思考回路を並列させて動いてるの。」

「…じゃあ、この子も?」

「そう…やめて。頬をつつかないで。」

 

 

 星は近くにいた、等身の低い智械黑塔を指でつつく。その智械黑塔はむっとした表情を作り、文句を言った。

 背部ユニットを付けた智械黑塔は腰に手を当てると、半目で星を見る。

 

 

「もう行くよ。きっちり180秒、ちゃんと止めないとね。」

 

 

 浮かんだ智械黑塔を先頭に、ぞろぞろと60体の人形が歩いていく。星は後頭部を掻き、三秒ごとに一体なのかとぼんやり思いながら後に続いた。

 

 

 

 二つの掃討は、図らずもほぼ同時に始まる。砕星王虫スキャラカバズ、そしてもう一匹の「繫殖」の使令、その模造である幻螟王虫。ごく少数しか知りえない、全力を賭した戦いの火蓋は、まず上層階から切って落とされた。

 

 

―――――

 

 

 狼の盟主、狂风と東グラモスの鉄騎の一人は、安置された巨大な球体を視認し、すぐさま行動を開始する。球体が破壊されていようがいまいが、王虫を保存するための電力供給は滞っている。保存したまま回収することもできない。つまり今のうちに先手を打つのが最善であるのだ。

 

 

「サマンサ…準備はいいか。やるぞ!琥珀の壁よ、ここに在れ!」

 

 

 狂风は、力を緻密に練る必要もないほどの大部屋であるが故に、手加減無しで琥珀の壁を作り出した。「存護」の指向性を持った力、尖った岩のようなエネルギーの塊が球体の装置を勢いよく割る。砕星王虫スキャラカバズの模造は、強制的に意識を覚醒させた。

 

 

『父上、増えた蟄虫は私が。あれに集中してください!』

 

 

 蟲の王の顎を継承し、クワガタムシ型の蟄虫を統べる王。砕星王虫はけたたましい鳴き声を上げた。そして瞬く間に同族を自らから分裂させ、軍勢を作り上げる。まるでこの狭い空間のみ、宇宙の蝗害が再現されたような光景となった。星海を脅かした悪夢は今ここに再来する。

 

 鉄騎は握り拳を作りながらも震えていた。グラモスの鉄騎はこれらの虫たちに対抗するため作られ、そして何万と散っていったのだ。兵器として鉄騎を大量生産した西グラモスとは違い、東グラモス共和国の技術がいくら生存に特化したものだからといって、相対することに恐れは強くあるものだ。

 ファイアフライは飛ぶ。青き炎を迸らせ、命を燃やす蛍のように。

 

 狂风は体感速度を遅め続けながら、戦場での最適解を選び続ける。彼は吠えながら右胸部分を左腕で貫き、滴った血に「豊穣」の指向性を持たせた力を放つ。

 

 

「搦め捕れ…血肉の大樹!」

 

 

 狼は祈るように両手を合わせる。血液はシャーレの床に張りつき、急速に肥大化していく。一秒も経たない内に、幹が太った赤い血肉の樹が出来上がった。

 それはかつて豊穣の軍勢を率いた使令、倏忽によく似ていた。狂风の中に倏忽は息づき、共に豊穣を為す。

 

 ぶちりぶちりと先の尖った触手が、スキャラカバズの巨大な体躯を貫き、動きを少なからず阻害させる。スキャラカバズは鳴きながら、持ち前の運動性能だけで触手を引きちぎり、狂风へと突進した。

 

 狂风は一回り大きいそれを受け止め、王虫の顎を琥珀の鉱石を纏わせた拳で殴りつけた。衝撃に耐えられず腕甲は爆発する。角の片方は砕かれるが、すぐさま再生する。琥珀の硬質なエネルギーも、機械仕掛けから放出される炎も、使令の模造にはかすり傷にさえならない。巨大な口は、狂风の肉を喰らおうとがしがし動き、威圧感を与える。

 

 

「面白い…!やはり使令とは、途方もない強さだ!」

 

 

 狂风は口の端を裂くようにして笑い、再度殴りつけてから外壁へと放り投げた。血肉の大樹を動かし、再び動きを阻害しながら時間を稼ぐ。殺戮に身を置かないことを望み実行していてもなお、白き巨躯の内には、闘争心が純粋に燃え上がっている。

 

 

『く、経過時間100秒…!』

「無理をするな!大樹に沿って動くんだ!」

 

 

 スキャラカバズが、生み出した蟄虫に指令を出した。虫の雑兵を狩る鉄騎に狙いを定めたのだ。命を賭して、蟄虫たちが分裂、爆発を繰り返す。血肉の大樹を盾としながら、鉄騎は飛び回り、虫の羽を砕いていく。

 

 

「…私と戦え、王虫!」

 

 

 狂风はスキャラカバズに飛び掛かると、フェロモンの発生器官を見つけ出す。そして極限まで力を込めた手刀で外殻をぶち抜いた。飛行の邪魔になる狼をスキャラカバズは振り落とし、狂风と鉄騎両方に蟄虫の群れを繰り出す。

 蟄虫の群れを琥珀の壁で一斉に砕くと、狂风は上を見た。目くらましのごとき、野生の本能に従った戦術。スキャラカバズはエネルギーの塊を作り上げ、鉄騎に向かって放った。

 

 あれはまずいと、狂风は肌で感じ取る。未だ蟄虫の処理を行っている鉄騎の元に走り、狼は全身で彼女を庇った。片方の掌から琥珀の壁を生成する。

 

 

『父上!』

「壁よ、堅牢にあれ!」

 

 

 指向性を持たせた力は徐々にひびが入り、繁殖の力を凝縮したエネルギーは狼の体に直撃する。狂风の毛皮は消し飛び、部屋の内部を白い光が覆い尽くす。

 

 光がおさまる。そして鉄騎は、空中の様子を見た。スキャラカバズとそれから生まれた蟄虫が次々に爆発していく。ほとんど吹き飛び、骨が突出した顔をしかめながらも、狂风は残った右腕から琥珀色の光を放ち、爆発の余波を押さえた。

 

 

―――――

 

 

 下の階層。星と61体の智械黑塔は昇降機を降り、幻螟王虫の複製と対面する。星は道中、幻螟王虫についての説明を智械黑塔から受けていた。空腹フェロモンを放出し、動物の肉だけでなく鉄さえも集団で噛み砕く、宇宙の蝗害における脅威の一つ。

 数を押さえながら綿密に行動しなくては、180秒であっても宇宙ステーションの損害は大きくなる。星は炎鋼バットを最初から完全展開し、智械黑塔が動くのを待つ。

 

 

「星は討ち漏らしを狙って。あとこれも付けて。息苦しくはないはず。」

「かっこいいデザインだね。…いつでも始めていいよ。」

「付けられたみたいね。それじゃ、60体の私たち。殲滅機能オン。」

 

 

 鍵を持った智械黑塔の一人から手渡された、機械仕掛けの防護マスクを星は付け、表情は真剣に、飄々とした口調で言う。

 背部ユニットを付けた智械黑塔は頷くと、指を鳴らす。その瞬間60体の智械黑塔が、巨大な鍵を蟲に向ける。極太のレーザー砲が放たれるのを合図に、鍵の一本一本から青い彗星が撃たれた。

 爆発し煙る空中から、蟲の羽音が聞こえる。幻螟王虫は、羽を震わせ動き始めた。

 

 大きなシャーレの中は、幻螟王虫のフェロモンによって濁る。星は、自動で視界をクリアにする防護マスクを有難がりながらも炎鋼バットを振るった。太く長い炎柱が増殖した螟虫型の蟄虫を焼き払う。視界の端に青い光が断続的に輝く。星は横目で智械黑塔の様子を見て、その絶望的な状況に表情を一変させる。

 

 

「損傷拡大。頑張って私た――」

 

 

 智械黑塔の一人が、幻螟王虫の突進によって粉々にされる。高出力レーザーを搭載した鍵状の兵器も同じく砕け散り、爆発した。

 使令に対し、身を守るための盾は意味を為さない。どれだけ頑丈に作ったとしても、突進から免れる術はないのだ。

 

 一体、また一体と、四方に散らばり部屋の壁を中心に守る智械黑塔たちは壊れていく。それでも彼女たちの表情はどこか涼し気だ。レーザーは蟄虫を殺し続け、幻螟王虫にダメージは入っていなくとも注意を引き続ける。

 

 

「智械黑塔!」

「集中して。私が守るから。」

 

 

 星は悲痛な声を上げる。まだ短い期間ではあるが、同じ食卓を囲み、彼女なりの態度で親身に接してくれた少女。その彼女がどんどん壊されていく様は、星の精神を揺さぶる。

 星は、近くに陣取っていた智械黑塔に強い口調で諭される。その一人は鍵をくるりと回し、青いエネルギーの円盤を作り上げた。突進してきた蟄虫程度なら骸も残さず焼ける盾だ。

 

 

「はああっ!炎渦…もっと燃えて!」

「その調子。あ、後はよろしく――」

 

 

 青き盾は十数の蟄虫を焼いたが、暴れ回る幻螟王虫に捕捉されたその義体はあっけなく粉砕される。星は叫びながら、増殖する蟄虫を砕いていく。

 

 残り20秒。星には時間の感覚さえ無くなっており、がむしゃらに役割を果たす。星は背部ユニットを付けた智械黑塔を見た。緑色になった瞳を光らせながら、他の人形と同じように守りに徹している。

 だが、狙われれば同じことだ。一瞬だけ押さえつけることに成功するが、空腹感が高まり続ける幻螟王虫に背部ユニットが噛み砕かれる。

 

 

「あーあ…壊れちゃった――」

「く、当たって!」

 

 

 星の背筋が凍る。あの体が壊れたら、本当の意味で智械黑塔が死んでしまうのではないか。星の頭を焦燥が支配する。討ち漏らしを狩るように言われたことなど、守っているわけにはいかない。

 炎鋼バットを思い切り縦に振り抜き、無防備になったその智械黑塔を助けようと星は攻撃する。渾身の一撃は直撃し、当然のように意味を為さなかった。

 

 

「どいて、星。」

 

 

 星は、壊される智械黑塔から目が離せなくなっていた。星は突き飛ばされ、等身の低い智械黑塔に庇われる。爆発音と熱風が星に衝撃を与えた。

 

 

 零秒。幻螟王虫は自壊をし、蟄虫たちも断末魔を上げて爆発する。星は座り込んで、辺りを見回した。智械黑塔の義体の腕や足が放電して散らばる光景。この場に、動いている智械黑塔は一体もいない。

 彼女は俯きながら、放心していた。まさか、こんなよく分からない依頼のために、親しい少女が、智械黑塔がいなくなってしまうなんてと。星の頭の中は処理しきれないことがぐるぐる回っていた。

 

 

 星が動きだせずにいると、昇降機の駆動音が聞こえてくる。そしてかつかつとシャーレの床を叩く音が近づき、星の背に何かが添えられる。温かく小さな掌。

 星はゆっくりと横を向く。そこには背部ユニットをつけた智械黑塔が、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「頑張ったじゃない。面倒な後始末も終わったことだし、戻るよ。」

「智械黑塔…!?」

「驚いてるの?義体はいっぱいあるし、普段使っているのもスペアだよ。」

「よ、よかった…。」

 

 

 星の表情は和らぎ、安心感から智械黑塔に体を任せる。智械黑塔は鼻を小さく鳴らすと背部ユニットで星の体を支え、昇降機へと連れていく。智械黑塔の星を見る表情は、普段よりも柔らかく見えた。

 二人と入れ替わりで幼い造形の智械黑塔たちがやってきて、壊れた義体の回収を行う。智械黑塔の核として構成されているエネルギーは全て吸収される。

 

 

 

 こうして、厄介な依頼の大部分は終わる。この戦いは、星にとって最も長く感じた180秒であり、全力を賭して戦い抜いた経験となった。

 

 星にとっての序章は終わり、困難な戦いが先に待っている。列車に乗らなかった片割れは別の道を行きながら、やがて群星に辿り着く。




――智械黑塔――

ヘルタの記憶を持ったオムニック、智械黑塔は多くの義体を持つ。並列処理を行うことで、人格と記憶を共有した状態で何十もの義体を操作することが出来る。

ヒスイノの研究者たちが作り上げた派閥「演繹する脳」と、天才クラブ#76スクリューガムの協力により、常に新しい智械黑塔へとアップデートされている。

彼女の本体は秘匿されている。
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