月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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連れ出す手

 私は皮膚組織を治癒した上で、体毛の長さが同じようになるよう生え揃わせた後、鉄騎と共に特殊なシャーレ内を調べる。サマンサの鉄騎の装甲を見たが、ところどころキズがあるだけで深手を負っているほどではない。彼女は上手くさばき切ったようだ。

 

 鉄騎が燃焼機能によって、萎びた血肉の大樹と弾け飛んだ蟲の残骸を焼失させていく。シャーレの内壁を焼き、飛翔して私のところに戻ってくる。鉄騎は胸部に拳を当て、男性の声で私に報告をした。

 

 

『――生体組織の残骸を処理し終えました。シャーレ外についても、スウォームの熱源反応の増殖はありません。後は、創造物の保護をするのみです。』

「よくやった。…どうやら、智械黑塔も厄介事を終わらせてくれたみたいだな。サマンサ、端末を見てみてくれ。」

『は。では失礼します。』

 

 

 サマンサの鉄騎は装甲を解除し、ボブカットで銀髪の少女が姿を現す。サマンサは衣類から端末を取り出すと、目を大きく開き、顔をしかめた。

 

 

「父さま、ルアン・メェイさんはあまりにも秘密主義すぎます。それに智械黑塔もです!ここまで数を減らされるのであれば、父さまと掃討すべきでした!」

「ルアン・メェイさんについては、いつものことだ。私たちが気づくと考えて、多くを説明しないことばかりだからな。…合流しなかったのは、智械黑塔にも意地があるからだ。彼女の宇宙ステーションへの想いは、人一倍強い。ヘルタさんの一部であった過去を持っていても、彼女は多くの違いを持っているだろう?」

 

 

 サマンサの感情を落ち着けるために一つ一つ話していくと、彼女はグループ内に添付された数字を読み上げる。破壊された義体の量だ。過去ここまで機能停止したことはなかった。力を本能的に行使する「繁殖」の使令がどれだけ脅威であったのかが分かる。

 

 

「それはよく分かっています…。しかし、61体ですよ父さま。」

「ああ、補充しにいかねばならないな。確か一星系に、万単位で保存されているはずだ。最近、ヘルタさんに輸出していると言っていたから、もう少し保管量も増やしているかもしれない。」

「そうなのですか…!?…杞憂だったみたいですね。」

 

 

 智械黑塔から話されていなかったようで、サマンサは驚いた様子で返す。

 

 十年ほど前の雑談で、気が向いたのかふと話してくれた内容だ。智械黑塔の純エネルギーを使った記憶の複製法はかなり洗練されたらしく、技術者に製造方法を共有して、スペアを出来る限り増やしているらしい。

 また普段使いの義体とは別で、演算処理が押さえられた廉価版モデルも作っているようだ。こちらは最近聞いた話である。

 

 その廉価版は、ヘルタの幼少期の姿形へもっと近づけるようにしているらしい。この判断はヘルタへの輸出を伴ってのことだろう。ヘルタは自己愛が強い。智械黑塔から聞いた話によると、自身を模した人形たちにオート賛美機能を取り付けていたり、身の回りの世話を全て人形ヘルタに行わせていたりするほどの徹底ぶりである。

 最近は、廉価版の姿形を数値上9割似せられたと、智械黑塔が言っていた。

 

 

『君の普段使っている義体は似せないのか?いや、私には判別がつかないだけかもしれないが…。』

『似せないよ。これが私だから。ふふ、そういえば――聞く?ヘルタの高揚した声。自分の家に完成度の高い人形が増えて喜んでいたの。こんなこと滅多にないよ?』

 

 

 あの時の彼女の調子は、似せられたことよりヘルタの嬉しがる様の方が重要であるようだった。やはり彼女は、自分の一部を構成するヘルタのことも愛しているのだろう。

 私は智械黑塔の言葉を思い起こしながら、思考がそれていたことを理解し頭を小さく振る。そして未だ不安がっているサマンサと昇降機に乗り、宇宙船への帰路についた。

 

 

 エレベーターが上がり、宇宙船の停泊場がある階層へと辿り着く。復旧作業を急いでいるためだろう、普段より慌ただしく動いている職員たちが見える。

 歩いていると、突然左ふくらはぎの部分に違和感を覚えた。倦怠感とは違うが少し重くなったような感覚だ。私が足元を見ると、普段の義体よりも幼い容姿をした智械黑塔が、全身を使って張り付いていた。

 

 

「智械黑塔、お疲れ様。演算処理にも熱がこもっただろう。何か本体に持っていこうか。」

「割いたリソースは1%にも満たないから、問題ないよ。だけど、こっちの星系に寄ってほしいかな。宇宙船に乗せていた分が3割減っちゃったし。」

「分かった、舵を切ろう。その前に、ルアン・メェイさんと合流した後、彼女の創造物をどこで保護するかを考える時間が必要だ。寄るのは用を済ませたらになる。」

「それでいいよ。」

 

 

 横にいたサマンサは、彼女の様子を見て胸をなでおろしていた。実際に安全を確認出来たら、不安感もなくなったのだろう。

 幼い見た目の智械黑塔は、私の背に上り前方を見定める。宇宙船の近くには、星と多くの智械黑塔が待っていた。

 

 近づくと、光学迷彩を解除して宇宙船に戻っていく智械黑塔が確認できた。彼女たちは、創造物が積み上げられた荷台を押していき、作業用ロボットに任せていく。人形の表情が全く変わっていないことから、意識のリソースが割かれていないリモート操作であることが分かる。

 

 星は、近くにいる智械黑塔たちを抱きしめながら、何やら呟いている。

 

 

「よかった、こんなにいっぱいいる…。鬱展開なんてなかったんだ…。」

「…智械黑塔、もしや掃討に参加させたのか?」

「うん。あの子、訓練のデータを見ても戦闘慣れしてるから。」

 

 

 星の体は煤けて黒い部分はあれど、傷は無い。それに戦闘の過酷さについてというより、智械黑塔の破壊される様に参っているようだ。

 智械黑塔の守りも完璧ではない。星自身の戦闘センスが並外れているということの証明であろう。私は感心しながら、星に話しかける。

 

 

「星、君もご苦労様。ケガはないようで安心したよ。」

「ひどい目にあった…。…ルアン・メェイに、文句を言わないと気が済まないよ!」

「そうだな。宇宙船の中で話を聞こう。」

 

 

 星は疲れ切った表情で私を見てから、眉を怒らせ拳を握り締めた。私は彼女の背中を指で押すと、宇宙船内部へと促す。宇宙船に入ると、私の背に乗っていた義体並びに、星の周りに多くいた智械黑塔たちはただのロボットドールへと戻る。そしてそれらは外付けユニットであるバーニアを吹かせて、収納スペースへと帰っていった。

 

 歩きながら見ていると、荷台の運び込みが止まった。ようやく創造物の回収も終わったようだ。

 後宇宙ステーションで行うことは、ルアン・メェイを待つだけである。私はふっと肩の力を抜き、共有スペースへと入った。

 

 

 星はむっとした表情を作りながら、私とサマンサに別行動後に起こったことを話す。聞けば聞くほど、彼女がこの宇宙船に乗っている人員を大切に思い始めていることが分かった。姫子が対外的に「星が馴染んでいる」と言ったことも間違いではないのを再認識する。

 

 

「星、欲しいものがあるなら早く言って。狂风が買うから。」

「いらない!私の大事なものは、仲間だから!」

「ふーん。何でもいいのに?」

「いる!」

 

 

 星は力強い口調で掌を返した。智械黑塔はこちらに無言で圧力をかけてくる。これは「こんな面倒ごとに協力したのだから、全員に何かして」という念を込めた視線である。

 智械黑塔も、オムニックの代表者として信用ポイントは多く持っているだろうが、それはそれだ。私は大きく頷き応える。

 

 

「サマンサに智械黑塔。あとサユにも…欲しいものを自由に決めてくれ。」

「父さま、ありがとうございます!星、おすすめがありますよ!この企業の製品、クッションの弾力性とデザインの愛らしさが完璧です。」

「お…サマンサが変身してた、ファイアフライのフィギュアがあるじゃん。セット販売も一つ扱いになるよね…。」

 

 

 星とサマンサは大きめの端末を使って、二人でカタログを見ながら、奥の部屋へと向かった。サユの様子を見に行ったのだろう。カタログは、ヒスイノの各責任者たちから送られてきたものだ。盟主に、ヒスイノの産業の発展具合をこれで理解してほしいと、彼らは言っていた。

 私は思う。智械黑塔が満足するものなど、渡すことが出来るのかと。ソファに座り込んだ智械黑塔は、私に要望を出してくる。

 

 

「物なんかより、派閥との接触を増やして。特にヒスイノ-Ⅵ、年を追うごとに星系の全容が隠されてきてる。」

「既存の文化故か。分かった、直接向かおう。」

 

 

 私が快諾すると智械黑塔は視線を外し、早速研究の続きを始めた。

 ヒスイノ-Ⅵ、仙舟同盟からやってきた持明族が民として定着した惑星だ。彼らは同盟の庇護下から離れたことがきっかけとなり、より自由に行動するようになったようだ。星間を巡る医士として、または深緑の騎士として、新しい持明族の他にも、別の星系にいる龍の血族を仲間に加えている。

 互いに干渉することのなかった龍の子孫たちは、今では微かながら繋がりを持っているのである。

 

 私は次の目的地にヒスイノ-Ⅵを加えた後、ルアン・メェイの創造物の保護地候補を考え連絡を行いながら、時間を過ごした。

 

 

 数時間後。宇宙ステーション「ヘルタ」に、一隻の宇宙船がやってくる。見覚えのある造形の船だ。私は立ち上がると、ルアン・メェイが来たことを皆に知らせる。

 サマンサは目覚めたサユと一緒に待つと話し、智械黑塔はルアン・メェイに今回の依頼の報酬を多く得るためについてくる様子である。

 

 星も肩を怒らせながら私についてくる。彼女は、ルアン・メェイの創造物が一時的に収容された部屋へずんずんと歩いていき、その内の一匹を抱きながら戻って来た。銀色に光る外殻を持った個体だ。星は小さく言った。

 

 

「この子たちの考えを聞かせないと。」

 

 

 私と智械黑塔、そして星は、宇宙船から降りてくるルアン・メェイに再び会合する。

 

 近付くと、焼き菓子のような匂いが漂ってくる。ルアン・メェイは私たちの顔を順々に見ると、最後に星へ視線を向ける。怒り顔の星に対して不思議がっているようだ。星は堂々とした態度で、ルアン・メェイに怒りの意味を話す。危険な虫の群れを放置していったことと、抱き上げている創造物がルアン・メェイに捨てられ悲しんでいること。ルアン・メェイは表情を作り、それに言葉を返した。

 

 

「あなたも、助手さんに協力してくれたのですね。あなたの怒っている事柄に対して、私が弁明できることは何もありません。ですが――」

「…ちょっとついてきて。あんたの顔を見るだけで嬉しい子たちが、いっぱいいるんだから。」

 

 

 星はルアン・メェイの手をさっと取ると、私たちの宇宙船へと連れ出した。彼女の行動力に咄嗟の対処ができなかったようで、ルアン・メェイは星についていくことになった。

 私は少し笑いだしそうになった。星神にさえ至る可能性のある天才が、一時でも人間に翻弄されている様は面白くてたまらなかったからだ。

 同時に私は思った。星の大胆さこそ、ルアン・メェイを変える一要素になり得ると。

 彼女の姿に私は、あの頃の師匠や白珠を見た。

 

 智械黑塔は大きく息をつくと、背部ユニットを動作させる。作業用ロボットを遠隔操作したようだ。置いていかれた私と智械黑塔は、顔を見合わせた後、彼女らについていくことにした。

 

 

 創造物たちを収容した場所。そこでは鳴き声のごとき言葉があふれかえっていた。創造物たちははしゃぎ、喜び、涙を流している。ルアン・メェイは口を一文字に結び、視線を創造物からそらしていた。

 後から来た私は、ルアン・メェイに話しかける。ルアン・メェイは私を視界に入れると、後ろめたそうな表情を作り、言葉を絞り出した。

 

 

「私は…この子たちに接する術を持ちません。」

「顔を見せるだけで十分でしょう。ルアン・メェイさん。信奉者が星神に向ける想いと同じく…この創造物たちは、貴女が近くにいるだけで喜びの内にあれる。」

「…助手さん。私は…。」

「無理はせずとも――貴女がどう在ろうと、彼らにとっての導であることには変わりない。ただ受け入れるだけでも、彼らの愛は報われる。」

 

 

 ルアン・メェイは創造物たちに目を向ける。すると創造物たちは跳び跳ね、更に嬉しそうにする。星もその様子を見て、満足そうに微笑み、両腕を腰に当てながらうんうんと頷く。既に怒りは抜けているようだ。

 しばらくルアン・メェイは視線を迷わせた後、小さく頷いた。彼女の中で心境の変化があったのだろうか。ルアン・メェイの視線の先には笑顔の星がいる。

 

 しばらくして彼女は、私たちに普段通りの柔らかい口調で言った。振り向いた顔には作られた微笑がたたえられている。

 

 

「助手さん、智械黑塔、今回の報酬についてお話ししましょう。それに…あなたも。」

「私は星。これから銀河をまたにかける打者だよ!」

 

 

 自信に満ちた表情で星は名乗りを上げる。ルアン・メェイの表情は変わらなかったが、その後の彼女は星のことを名で呼んだ。

 

 それから私たちはルアン・メェイ、貴重な報酬について話し合う。報酬の話が終わった後、彼女は今回の研究の延長線において、また一つ使令の理解が進んだことを口に出した。ルアン・メェイはどことなく嬉しそうであり、これもまた彼女から久しく発せられていない感情であった。ルアン・メェイは私に続けて言った。

 

 

「助手さん。私の研究は、もうすぐ次のステップに進むことになります。そのときになったら、また研究施設まで来てください。」

「次こそ、隠し事は無しに。お願いできるか。」

「ええ、反故にはしません。」

 

 

 星はルアン・メェイから話を聞き、手作りの菓子や刺繍に興味を持ったようだ。戸棚の奥に入っていた菓子はひどかったから、今度はルアン・メェイが作る美味しい菓子が欲しいと、素朴な望みを口にした。ルアン・メェイはそれも約束した。私としては、菓子にまた変な薬剤を入れないかが心配ではある。

 

 

 そして私たちは、研究資材をヘルタから借りると言ったルアン・メェイをしばらく待つことにした。一度共に彼女の所有する惑星に行き、「副脳」の適合実験をすることになっているからだ。智械黑塔のための報酬も貰う予定だ。

 待っている間、私は用事が終わった後、どこに向かうかを皆と考える。依頼を終えれば、緊急性の高い事象は無くなる。目をこすりながら、サユが意見を言った。

 

 

「拙は、創造物たちの第二の故郷を見つけるべきだと思う。それに星にも、ヒスイノを見せたい。」

「星、ヒスイノは十八の星系で構成されているんですよ。詳しくは十七ともう一つと言うべきですが。」

「そんなにあるの…。」

 

 

 サユに続いて、サマンサが星に簡単な説明をしていく。星の表情は呆けていた。

 

 

「そうだな。星が宇宙船の一員となったことの祝いとしても、いくつか顔を出すとしよう。智械黑塔の望みも果たせる。」

 

 

 智械黑塔の同意も得たため、私は星が気になると言った星系を順に回ることにした。まず向かうのはヒスイノ-Ⅴ。長命を求めて星海を彷徨う「薬乞い」たちが辿り着き、星を飼う地だ。

 

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