ルアン・メェイの用事は早々に終わったらしく、4システム時間もしない内に彼女の宇宙船は飛び立つことになった。私たちの宇宙船も追従し、ルアン・メェイの所有する惑星へ再びやってくる。
降り立つと、歩きながらルアン・メェイがこれから行う実験について説明してくれた。私に「副脳」という器官を定着させる実験は、以前ルアン・メェイが行った研究の応用であり、予想される結果からして、かかる時間は3日未満であるそうだ。私は智械黑塔たちと一旦別れ、ルアン・メェイの研究室のベッドに腰を下ろす。ルアン・メェイは研究室の上から、私に視線を合わせて言う。
『助手さんの体に副脳を作成した後、体内組織の修復によって器官は消失すると予想しています。ですが実験が終わった後、副脳を作った胸部の筋肉、それと脳機能の活性化を行えば、いつでも再現可能でしょう。』
「なるほど。副脳が存在する状態を記憶すれば、緊急時に肉体を変化させて、言霊の影響を受けないようにできるということか。」
『はい、その通りです。それでは始めましょう。』
ルアン・メェイはそうアナウンスすると、機械の操作を行う。すると私の座っていたベッドが変形し、拘束器具が体の固定を行う。それから私は、瞬く間に細いロボットアームに囲まれる。
実験中、欠け月や豊穣の力を行使してしまえば、手順は一からやり直しだ。私は一時的に皮膚組織の感覚神経を抑制し、ロボットアームの動作に身を任せた。
―――――
狂风を待っている間、宇宙船の人員は各々好きなように時間を過ごしていた。特に星はルアン・メェイの創造物たちに構っており、共感覚ビーコンを同期させてそれらと話していた。
星は、創造物たちにルアン・メェイの居住空間や研究施設を見せてあげたいと考えていたが、サユから強く止められた。
『星、この子たちはただの犬や猫じゃない。原始的だが、文明を持てる知性を兼ね備えている。だが、ルアン・メェイさんから自立させなくてはただ死ぬだけになる。外へ行かせてはだめだ。』
サユの言葉を頭の中で思い返しながら、星は立ち上がる。外に行かせてはだめなら、写真の類ならいいのではないかと思ったのだ。彼女は、共有スペースのソファでうとうとしているサユの元に行き、提案をする。
するとサユが答える前に、近くに座っていたサマンサが乗り気な返事を口にした。
「この惑星に居つきたいと思わせるのでなければ、問題ないと思いますよ。私が星と行きましょう。立ち入りを許されている施設については、智械黑塔経由で知っていますから。」
「サマンサ…拙は少し心配だぞ。拙も行った方が良いと思うが…今日任務に臨める力は残っていない。ふわああ…」
サユはあくびをするとそのまま眠ってしまった。よしと星は内心ほくそ笑む。これで自分にだいぶ甘いサマンサだけが残ったと。一旦危機が去ったことで、彼女の冒険心は再び頭をもたげてきたのである。
サマンサは星を自室に連れていくと、ぶら下げていたあるものを持ち出した。それは手に収まるサイズのカメラであった。サマンサはじっとカメラを見つめた後、星へそれを手渡した。
「これは?」
「…私の友人がカメラを持ち歩いていて、私もお揃いのカメラを買ったんです。機能が充実しているので、綺麗に景色が撮れます。」
「本当だ。ボタンがごちゃごちゃしてる。その友達って、結構なマニアだね。」
「ええ。でもその子は最初、カメラの使い方も知らなかったんですよ。」
サマンサはその友であった鉄騎、AR-214のことを想った。戦場で拾ったカメラを大事にしていて、「レンズを通してみると世界が違って見える」と生まれ持っての美しい感性を語った、赤ふちのメガネをかけた少女のことを。
彼女は、同胞である東西の鉄騎と、守るべきグラモスの民のことを想い続ける、情の深い人物であった。
グラモスの鉄騎が使命に狂わず、少しでも生きて帰れるように。どちらのグラモスで生きる人々も平穏無事であってほしいと。AR-214は西グラモス最期の日、燃え盛る炎に呼ばれたかのように姿を消した。彼女はあのときから音信不通で、生死も不明だ。
サマンサは、同じく東グラモスに所属する鉄騎として、AR-214とヒスイノ-XⅢの訓練所で知り合い、彼女や同じ鉄騎から多くを学んだ。仲間の大切さ、何かのため懸命に生きる美しさを。
寂しげな表情を笑顔でかき消して、星の背中を押しながらサマンサは自室を出る。同型なだけでこのカメラは彼女が持っていたものではない。だがカメラで写真を撮れば、一瞬だけでも自分とよく似た少女の笑顔が浮かぶような気がしていた。
星とサマンサは並んで歩き、ルアン・メェイに許可された範囲の風景を撮っていく。造形の様々な研究施設が立ち並ぶこの惑星は、少し角度を変えるだけで映る景色が変わる。星は言外にこのカメラが大切なものだと理解したため、しっかりと紐で固定しながらシャッターを切る。
しばらくレンズ越しに辺りを見回していると、ズームした画面が人影を捉える。星はカメラから目を離し、サマンサの肩を叩いた。
「あそこに人がいる…。ここ、ルアン・メェイ以外に住んでいる人なんていたんだね。」
「…狐族の方のようですね。あ…!」
鉄騎の並外れた視力で人影の正体を言い当てた後、サマンサは思わず声を上げた。その人影がふらつき、地面に倒れ込んだからだ。星とサマンサは顔を見合わせ頷くと、人影の元に走った。
近づくとそこには医療用のロボットが複数立っており、ロボットたちの中心に黒髪の狐族の少女が座り込んでいる。ロボットは簡易的な機能だけを持たせていたようで、星たちが寄るとセンサーで感知し、空間を開けた。
狐族の少女が息を荒げながら、星たちに視線を合わせる。彼女は全く焦点が合っておらず、首を揺らすと荒い息をつきながら倒れてしまった。
「不思議でございますね…。はぁ、はあ…見知らぬお方が二人も…。」
「しっかりして…!そこのロボットたち、ちゃんと仕事しなよ!」
『ファイアフライ-フュンフ、起動!星、この方を運びます。あなたは智械黑塔か、ルアン・メェイさんを――』
「――その必要はありませんよ。」
星と鉄騎の背後から、聞き覚えのある柔らかな声と、甘い菓子の匂いがする。二人が振り向くとそこにはルアン・メェイが立っていた。彼女は掌を研究施設へと向け、ついてくるように言って医療用ロボットと共に歩いていく。
鉄騎は、黒髪の狐族の少女を医療用ロボットへと渡す。それらはアームを伸ばすと、狐族の少女を液体の入った装置へと浸からせ、ガラス壁を閉じる。
ルアン・メェイはさらさらと電子端末に書き込むと、表情を作り星たちに礼を言った。
「ありがとうございました。やはり問題なく歩けるようになるまで、もう少しリハビリが必要なようですね。」
「あんたって、実験以外に治療もできるの?」
「彼女の場合、私は一助をしたに過ぎません。こちらに戻ってこられたのは、彼女が選択したからです。」
ルアン・メェイは話を変える。一日も経たずに実験が終わることを。その口調は柔らかくとも、星たちにこれ以上の詮索をさせないような言葉遣いであった。
鉄騎はその雰囲気に呑まれ、星に戻ることを促した。星は狐族の少女のリハビリが終わったら教えてほしいと食い下がったが、ルアン・メェイは何も言わなかった。
最後に星は、装置に入れられたことで息遣いが安定した狐族の少女を目に入れる。名も知らない少女でも、星の脳裏には彼女の姿がはっきりと焼き付くことになった。
星たちが去った後、ルアン・メェイは狐族の少女の生命反応が徐々に回復していることを確認し、研究施設の奥へと入っていった。彼女は商人との貸し借りだけでなく、目覚めた狐族の少女との取引も行った。少女の内に残った、絶滅大君由来の「壊滅」の残滓。これこそが絶滅大君を追いつめ、捕えることに繋がる一手であるとルアン・メェイは考えたのだ。
機は待つことで、熟す。ルアン・メェイは狐族の少女、停雲がもっと動けるようになるまで治療を施し、待ち続ける。
―――――
三日三晩続く実験が終わった。私は皮膚の感覚神経を平常に戻し、灼熱感を胸部に感じながら体を起こす。実験中何度か研究室から離れたり、私の元に食料を渡しに来たルアン・メェイは、アナウンスを行う。
『副脳の作成は成功しました。今から特定の周波数を室内に流します。感覚が異常になるか、試行してみましょう。』
私が頷くと、しばらくして不快な音が響いてくる。その瞬間から、私の胸部がどくんと脈動した。副脳が作られた場所だ。ぼこりと音を鳴らして肩口から何かが生えてくる。
それは、小さな狼であった。双肩に現れた狼は、脱力しているように四肢を投げ出した状態で目を閉じている。耳の穴さえも存在していない。
気分の悪さがぱったりと止む。副脳の効果は本物のようだ。
「ルアン・メェイさん、効果は望んだとおりだ!」
『なるほど。疑似的な三つ首になる割合と拮抗していましたが、そのような結果になるのですね。助手さん、合流しましょう。』
ルアン・メェイは身を翻すと、研究室の上の部屋から離れた。私も拘束器具が外れてから、室内を出る。その後、白衣を着た彼女から説明を受けながら歩を進めた。そして説明を終えた彼女は再び、研究の手伝いを近い内にしてもらう旨を伝え、私を見送った。
報酬を得た私は、宇宙船へと戻った。智械黑塔もまたルアン・メェイから報酬を受け取ったらしく、意欲的に研究へ励んでいる。
他の人員を見ると、星やサマンサの気分が落ち込んでいるようだ。この三日の内に何かあったのか。私は星たちに尋ねると、彼女らは狐族の重病人と会ったとのことだった。
生命の専門家であるルアン・メェイが診るほどの患者、それも狐族とは。私に相談がないということは、豊穣の力を用いても意味がないと判断したのだろうか。それとも治りかけているか。
豊穣の力を受けた種族である狐族は、傷の治りが早い。星の情報では黒髪らしいので、混血特有の月狂いを発症しない。そうなると後者の理由である可能性は高いだろう。
私は、心配が顔に出ている星を落ち着ける。
「ルアン・メェイさんであれば、その狐族の女性を治しきれるだろう。彼女は、生命に特化した天才的な頭脳を持っている。リハビリと言っていたなら、治るまでが近いはずだ。…だが、一応確認しておこうか。」
私はメッセージにて、ルアン・メェイに狐族の患者について尋ねる。すると時間を置いてから、彼女から問題なく治療が進んでいると返信が来た。私はそれに対し、星が心配しているので完治したら情報が欲しい旨を伝えた。時間を置いて、了承の意が込められたスタンプが送られてくる。
私は星たちに端末を見せる。星の表情は少し和らいだ。
用事を終え、私は智械黑塔と共に宇宙船の舵をヒスイノ-Ⅴへと切る。この星系の責任者は、「丹輪寺」に所属する求心力が高い、狼の僧侶である。彼女の名前は、駄那という。
駄那はヒスイノで生まれた狼であり、百年は僧侶として活動している。彼女は面白い経歴をしていて、深緑の騎士として活動した後、「巡る医士」として研鑽を重ねていたようだ。やはり戦と治癒双方を知る狼の方が、均衡の考えに至りやすいのかもしれない。
私は、少しずつ調子を取り戻してきた星を視界に入れる。星外から来た薬乞いとヒスイノの星飼いの在り方、そしてヒスイノ-Ⅴを本拠点とする二つの派閥。星はどう見るか。
星の行動力と運動性に惹き込まれてきた私は、彼女に期待の目を向けながらも、駄那へと連絡を行った。
駄那…本編における「星天演武典礼」のイベントの一つ「受戒」において、回想シーンで登場した歩離人の女性。丹輪寺の僧侶。
本編では、賞金稼ぎから善逝という名前を付けられたオムニックを守るために死亡した。