ワンダーペットたちの新天地探し
宇宙船はヒスイノ-Ⅴへと辿り着く。この時間、惑星の周囲に建造された「神秘の壁」の効果は打ち消されているようだ。
ヒスイノの標準的な外装の船や、調整された器獣などは少なく、単純な機構の宇宙船が惑星の外に溜まっている。この船の群れに乗っているのは、「薬乞い」と呼ばれる長命を求めて星海を彷徨う集団だろう。その呼称でひとまとめにされる彼らだが、個々の繋がりは非常に薄く、面識さえないほどだ。
惑星における大気汚染、流行り病、元々虚弱な体質の種族で構成されているなど、故郷が危機に瀕しているからこそ、薬乞いは旅する。そのため多くの薬乞いは、本質的には長命を求めているわけではない。
私は宇宙船を手動操作に切り替え、船のたまり場を通過して、惑星にある船着場へと着陸させる。ヒスイノ-Ⅴの主要都市はドーム状に広がっており、何重にも円を重ねているような構造だ。そして最初の層、外側から見える部分はまるで遊技場のような装飾がほどこされている。こういった雰囲気が好きなのか、星は目を輝かせて宇宙船の窓に張りついていた。
「テーマパークみたい!」
「見事な隠形術…僧侶たちは忍でもある…。」
ヒスイノ-Ⅴの責任者、駄那との業務連絡は行った。また各責任者に対し、新たな種族の受け入れ先を判断しにいくことも。
責任者たちは議論を交わし、共有した創造物の特徴から、考えをまとめた。結果、ヒスイノにおける「豊穣」の入口として機能しているヒスイノ-Ⅴ、龍の一族が居住するヒスイノ-Ⅵ、そして名を付けていない星系の三つを基点にして、他の星系にも受け入れていくという方針が決まる。どれも直近で巡る予定のあった星系である。
これら三つの星系はどれも、現在のヒスイノの根幹に関わる地だ。星に見せたいと思っていた場所、智械黑塔が興味を向ける場所と被るのは、不思議な事ではない。
私は、共有スペースに集まっている彼女たちに向かって伝えた。すると窓から体を離した星が簡潔に尋ねてくる。
「皆、ヒスイノの各責任者には話をつけておいた。金銭は渡しておくから、自由に見て回ると良い。…特に星、君は創造物たちと心を通わせ続けている。勉強は二の次でもいいから、ここが創造物たちの故郷になれるか考えてあげてくれ。」
「狂风はどうするの?」
「この惑星の責任者と話すんだ。君にとっては退屈する内容だろう。」
星はこの惑星の地理を把握していない。そのため星に誰がついていくかを相談してもらい、今回もサマンサとサユが同行することになった。星核の監視については、智械黑塔がセンサー付きの浮遊ロボットを星に預けた。
その見た目は、人間種の頭部ほどの大きさをした緑色の球体であり、丸く縁どられた液晶パネルでドット絵のように顔を表現している。
「模擬宇宙と透過宇宙で使っているアバターを転用したんだ。暴走する前に星核を封印できる機能も入ってるから、これを連れていって。」
「これで野球していい?」
「…おかしなこと言わないで。」
星は表情をほとんど変えず冗談を言い、じとりとした目の智械黑塔に叱られている。日常的な会話で思うが、星は甘えられる相手だと判断すると、冗談ばかり口にする。しかも何でもないことのように話すのが上手く、本心で言っているのではないかと錯覚するほどだ。
私は単身、ヒスイノ-Ⅴの奥部へと向かう。かつて帰属し、ヒスイノの経済圏を支えるまでになった僧侶たちに顔を見せるためにだ。
人が作り上げた「信仰」が混ぜられ、純化した都市を突き進む。
―――――
意思がないはずだが、ひょうきんな動きをする作業用ロボットに手を振られ、ベクター星ともう二人は宇宙船の外へ足を踏み出す。ルアン・メェイの創造物たちには、まず撮影した映像を見せてから決めてもらうことにしている。
陽気な音楽、吹かれるラッパが活気を生み出している。星はきらきらとした外観に心を奪われながら、サユに手を引かれていく。
円状の都市に入るための受付は何十も存在しており、並ぶ列がある。白い無地の服を着せられた老若男女である。あまりにも長蛇の列であるため、この最後尾に並ぶとなれば一体何日かかるのか、星は想像もしたくない。
星たちは、各々に預けられた「再訪問用の割符」を受付の人間に見せる。受付にいた、人当たりの良さそうな狐族の女性は、にこやかに応対する。
女性の狐耳を見て、星はひそひそと隣のサマンサに話しかける。
「サマンサ、狐族の人だよ。」
「ヒスイノにおいては、珍しいことではありません。一星系だけでも、仙舟同盟に所属する全ての狐族より数が多いそうですからね。」
「へーそうなんだ…触ってみたい…。」
「お三方、ヒスイノへようこそいらっしゃいました。割符を拝見しますね。」
星の視線は、時々ぴくりと動く狐耳へと向いている。
受付の狐族の女性は、割符の情報を読み取ると僅かに表情を崩す。だが仕事人らしく平常に戻り、微笑みながら扉を開ける。
「…そこのお姉さん、わたしからのサービスです。割引価格で欲しいものを買ってくださいね。」
「おお…ありがとう。あんた優しいね。」
「いえいえ。入ったら配布しているものがあります。売店に寄ってみてください。…それでは皆さま、いってらっしゃーい!」
見上げるほどに巨大な扉が開き、ぞろぞろと人が入っていく。星たちもそれに続いた。
星が思った「テーマパークのようだ」という感想は的を射ており、そこには着ぐるみ姿のマスコットがいたり、装飾として色鮮やかな風船の類が括り付けられていたりする。そして目立つ位置に、広く空間が取られた売店があった。売っているのは主に、頭を飾るカチューシャである。
受付の人が話していたのはこれかと星は合点し、軽やかに駆けていく。
「色のバリエーションすご。手触りは…似ているのか分からないけど。」
「そこのお嬢さん!お連れのお嬢さん方も、こちらお似合いだと思いますよ!」
星はかけられた商品を眺める。狐族の耳を模したものと、枝のごとき二本の角が取り付けられたものがある。形は様々で、ピンと立った耳もあれば、垂れた耳もある。
突然走り出した星に追いついたサマンサとサユは、店の女性から押し売り気味にカチューシャを渡される。狐族の耳を模した品、耳部分はほのかに温かい。サマンサは一度カチューシャを触り、記憶にある手触りと同じであることを感じ取った。
製品の詳細までは知らないサマンサに、ヒスイノの現状を頭に入れているサユが補足する。
「生物科学技術の賜物だ。外付け器官としてしばらく張りついたら壊れて、ただの髪留めになる。」
「おや、お詳しい。…『修験者』の方以外が来られるのは、とても珍しいことですね。」
店の女性の、作られた笑みが変化する。その間に星は三人分の狐耳を持ってきて、勘定場に置いた。灰色と銀色、そして桃色、それぞれの髪色にあった品である。
サユは深く息をつき、今日は星の好きにさせようと小さく微笑む。
「割引券を使って、合計で1万ポイントになります!」
「高い…テーマパークならではの値段…。」
「星が買わなくても大丈夫だ。ここは拙が出そう。」
サユは小さな背丈を伸ばして、信用ポイントを決済する。そして星が手渡したカチューシャを二人とも頭に付けると、店から出た。
星が辺りを見回すと、白い服を着た人のほとんどが店に目もくれず、都市の内部に歩いていくのが見えた。建物の陽気な雰囲気と真反対の鬼気迫る表情に、星は首を傾げる。星の疑問に答えるように、サユは分厚い本のような端末を取り出して説明する。
「星、ここはただの観光地ではない。彼らは修験者として、あの山を登らねばならないんだぞ。」
「…あんな山、あった?」
「神秘の権能だ。中に入らねば、見ることができない。」
星が右を見ると、そこには岩肌の露出した山が聳え立っていた。白い服の「修験者」たちらしき人影が円を描くようにして山を登っているのが、微かに見える。星はサマンサから借りたカメラと、自分のスマホで映像を撮っていく。
それから星は、サユから様々なことを聞いた。ヒスイノ-Ⅴで修験者と呼ばれている者たちは、元々「薬乞い」という集団であり、長命を授かるためにこの惑星にやってきたこと。修験者は、死なない程度の厳しい試練を何度も潜り抜け、山の頂、僧侶たちが研鑽を積む寺へと足を運ぶのだということ。
脱落した者は、最下層であるこの場所で英気を養い、再び挑戦する。また、挑む意思を無くした者は、別の手段を使うことになるという。
星は話を聞きながら、アイスクリームやキャンディーなどを買って食べていく。先ほどの店とは違って、白服の人間も客として入っており、がつがつと大量の食事を腹に入れている。
「――これは、あるピピシ人の大資産家が作り出した制度だ。金を持つ有権者なら大金を積み、貧しい者は己の全てを長命に捧げる。価値を引き換えにするのは、元カンパニーの実力者らしいやり方だな。山については僧侶が作ったらしいぞ。」
「…じゃあ、山に挑めるほど体が強くなかったらどうなるの?私ならいけるとは思うけど。」
「今言った通りだ。己が全て――頭脳だけじゃなく得意なこと、それも無ければ単純な作業でもいい。長命が必要な理由が欲望なのであれば、原則価値を差し出すことになる。病ならばヒスイノ-Ⅳに行くことになるからな。」
星は、複雑であったり難しかったりする話には眠くなってしまう方だが、するすると記憶に入ってくる。菓子が美味しく、いつまでも食べていたいと思うほどだからだ。
星は菓子を、サマンサとサユは昼食を食べ終え、席を立つ。
都市の内側へとどんどん歩を進めると、料理店やグッズの類が置かれた店と打って変わり、何度も増築されたような宿屋や、武器屋などが見えてくる。知る者であれば、全体的に江戸星や仙舟同盟のような雰囲気を感じ取るだろう。
この時点で、星は創造物たちの新天地候補から外れていた。修験者ばかりの惑星で、創造物たちが可愛がられるとは思えなかったからだ。
「入口と全然違う…。あの店の人たちは、なんであんなにテンション高かったんだろう。」
「フェイクでしょうね。長命を得る目的で欠け月を宿そうとする者は、目先の快楽に引っかかりやすいですから。欠け月を得て、満足できる生が送れる者のみが選別されているのでしょう。…でも、気を落とさないでください。狐耳をつけた星は、とても可愛らしいです。」
「うん…ありがとう。私を含めて可愛いのは変わらないけど…。」
サマンサとサユには欠け月が宿されている。どちらも治療目的の粒子がである。体内に投入された欠け月が一定量を超えると、健康な肉体と不老の性質を持つようになる。そのため、寿命を短く設定された旧グラモスの鉄騎も若いまま生き続けられる。元々死を覚悟していた人間が欠け月を得るからこそ、何れ「継承」を行うことができるのだ。
星はこの場所が表層でしかないことを理解し、惑星全体を見ておくべきだと考えた。与えられた時間はまだある。それにもしかしたら、山の頂では創造物たちが快適に過ごせる場所があるかもしれない。見学だけで終わらず、冒険心を燃やしてみるのも楽しいだろうと星は思い直した。
「あれだけ高い山…登山家の血が騒ぐよ…!」
「いつ登山家になったんだ…。作法に従うなら、服装を整えるのが良いと思うぞ。着てみるか?」
「うん。二人とも着ていこう!山伏姿なんて貴重なの、見られないからね!…穹にも写真を送っておこう。『その服以外持ってないよね? 私は持ってる』――送信と。」
「…星。服はこれからもいっぱい買ってあげますからね…。」
星が自身とよく似た人物、穹に対してメッセージを送る様を見て、サマンサは涙する。サユは二人の様子に頭をがくりと下げると、少し年季が入った店へと連れていった。
そこは修験者のための仕立て屋。頂に上るため覚悟を決めた彼らが、ただの白い服から僧としての服を纏う場所である。
「修験者」…
ヒスイノ-Ⅴにおける集団(派閥に満たない個の集まり)。医療や星の汚染などの要因から長命を求めてやってきた薬乞いたちの中でも、特に欲が強い者たち。種が抱える問題や、土地の汚染は「巡る医士」が対処するため、ヒスイノ-Ⅴに残る薬乞いは、必然的に個人の欲望が理由となる。
夢を求めるだけで、己の力を何一つ示さない者は故郷に帰ることになる。幾多の試練を乗り越え、山の頂にある二つの派閥の内どちらかの元で研鑽を重ね、修験者は「星飼い」となるのである。
―――
星飼い※35話あとがき抜粋
ヒスイノ人の総称。彼らは緑色の星を体内に飼っている。そしてその星は、自身が託したいと思う人物に出会ったとき、体内から出ていかせられるという。
これは継承の儀式のようであるが、血生臭くなく、美さえ感じさせる。