星は道中、僧侶たちに狼の種族のことを聞き、大まかに理解する。
歩離の民は約700年前に終結した大規模な戦争以前、血と殺戮を好む種族であったこと。だが戦争末期、ヒスイノの狼が頭角を現し、古い狼は取り込まれるか滅びることで勢いを無くしたことを。
また狼の種族は身体的特徴が二分されており、毘梨たちのような胸部や腹部の体毛が薄い、古くからの外見と、全身が柔らかい毛で覆われた外見の者がいるということも彼女は知った。
「私の面倒を見てる人は、白くて全身毛玉みたいだよ。あんたたちとはタイプが違うね。」
「…その狼は相当な強さなんだろう。私が知っている限り、その見た目になっている狼は、欠け月を取り込み続けているか、疑似赤泉を毎日浴びるように飲んでいる戦士だけだ。」
毘梨は丹薬を飲んで、再び狐族の姿に扮した後、眉を歪めた。彼の脳内では、星の話した狼についての情報が引っかかっているようであった。
急な坂を上がり、時には休んで、ようやく山頂が見えてきた。星は、眠るサユを背負うサマンサに、宇宙船を降りてから経過した時間を聞き驚く。
陽は常に照り続け、位置も変わらない。疑似的な日光であり、体内時間がおかしくなっていたのだ。
「20時間って…。途中で休んだけど、ほぼぶっ通しで歩いてたのに、なんで疲れていないんだろう…。」
「星。水ですよ、どうぞ。…星が疲れていないのは、私たちが欠け月を使っていたからですね。欠け月は気力を回復する効果も持ちます。お腹の減り具合はどうにもできないですが。」
「すごすぎる…。言われてみれば、お腹空いたな。」
星が呟くと、ぐううと大きく彼女の腹が鳴る。彼女は目を少し開いた後、腹を擦ってご飯を頭に浮かべ始めた。下層で食べた菓子は美味しかったが、夜、いや朝ご飯は、丼ものでも食べたい気分だと星は思った。
同行している丹輪寺の僧侶たちの内、男性の毘梨が笑いながら告げる。
「最後の試練の前、寺の畑から採れた野菜を使った、精進料理が食べられる。だが星さんは、随分と腹が減っているようだ。細い料理じゃ足りないだろう。あいつらの…パン食でもどうだ?」
「行く!狂风に貰ったお小遣いを、今こそ使うときだね!」
「クゥアンフェン…。」
「やっぱりそうか。」
奢摩は、開放的になった星の言葉を聞いて自身の口を手で押さえ、毘梨は疑問が晴れていくのを感じていた。山の頂では、人々の活気あふれる声がする。僧侶たちは星たちを手招き、先導して道を進んだ。
星の考えていた以上に山の頂は広く、古風な建物ばかりがある。少数の従業員と修験者ばかりで構成されていた下層とは違い、多様な種族がたむろしているように見えた。
老若男女問わず、筋肉隆々であるか、闘気の凄まじい修験者たちが合掌しながら、あるところに向かっていく。彼らの視線の先には、毘梨たちと同じ僧侶と、淡い緑色がアクセントになった白い祭服の人間がいる。修験者たちは彼らに挑戦するようだ。
僧侶が厳かで堅い雰囲気を纏っているのであれば、祭服の人間たちは柔和な雰囲気だ。星は祭服の人間たちについて、奢摩に尋ねる。
「ねえ、あそこにいる白服の細い人とあんたたちって、どういう関係なの?」
「隣人であるが、また違った考えを持つ教徒だ。拙僧の口からは上手く伝えられない。あなたが聞きに行ってみるとより良いはずだ。」
「ご飯を食べたら聞いてみようかな。…うわ、見た目から想像できない動きしてる。」
星は遠目で、最後の試練を覗く。祭服の人間を相手に選んだ筋肉隆々の修験者が、軽々と片手で投げ飛ばされ、終いには木製の槍で叩きのめされている。ここまで激しい動きをしているのに、祭服の人間は涼し気な笑みを崩さない。気を失い倒れた修験者は、医療用ロボットに最下層まで運ばれていった。
山の頂に至る前、屋台や武器屋の類が円状に立ち並ぶ。試練前に英気を養うため、精神統一をするための場だ。星たちは毘梨が勧める料理店にまで向かい、その途中で僧侶たちとは一旦別れることになった。
奢摩は、戒律を破ることに繋がると話し、食事を摂ろうとする毘梨を連れて店から離れていく。
「行くぞ毘梨。戒を破る様をこれ以上見逃すわけにはいかない。」
「…く!星さん、ここのチキンソテーは美味いぞ!食べてみてくれ――」
「うう、あんたの生き様は忘れないよ…!」
涙が出ていないのに、袖で目をふく仕草をする星。彼女の嘘泣きは完璧だった。
サマンサが眠っていたサユを揺すって起こす。サユは目をこすりながら、景色が全く違うことに驚きながらもサマンサの背中から降りた。
星たち三人は汚れ落とし用の装置に入った後、食事の席へと座る。星はおすすめされた通りの料理に加え、腹に溜まりそうなものを注文し、朝食を楽しんだのだった。
―――――
私は、ヒスイノ-Ⅴの責任者である駄那から、近況と修験者たちの様子について聞き終わり、すくりと立ち上がった。自身の目で都市を確認するためだ。
修行の地として、世情から少し離れている惑星ではあるが、この地特有の文化も育まれている。それは丹輪寺が主体になっているというよりは、もう一つの主な派閥『赤水の殉教者』に由来する部分が多い。
僧とは違って祭服に袖を通した教徒たちは、新しく星飼いになった修験者たちの受け皿になっている。中には初めから丹輪寺に所属したがる者もいるが、考えが若い人間は専ら教徒に囲い込まれているようだ。
赤水の殉教者は、丹輪寺とは違い「均衡」の道ではなく豊穣、もしくは調和の運命に近い道を歩んでいる。だからといって、「調和」の星神であるシペを信奉しているわけではない。彼らが重要視するのは、歩離の民と狐族が長命を賜った要因である「赤泉の水」、もしくは疑似赤泉である。
彼らはヒスイノ内で形成された集団であり、外に教義を伝えることは決してしない。赤泉の水が、巡狩を為す仙舟同盟にとって寿禍として認識されるのは違いないと考えているからだ。欠け月の中にある、豊穣の力の割合が狭まっているとしても、考えを広めるのは悪手だと。
寺院の外、紅い煉瓦造りの教会から、教徒たちが独自に作り上げた教義を諳んじる声が聞こえる。私は耳を澄ませ、駄那と視線を合わせた。
『――赤泉の水を聖水とし、血の滴る合成肉を頂こう。いつか命を継ぎ、我らが血錆となった後でも、ヒスイノの繁栄が永久に続くことを。』
「…丹輪寺だけでなく全体の管理も行いながら、もう一つまで繋げるとは。やはり当代の師範は敏腕だな。」
「丹輪寺も二百年の歳月をかけ、均衡を己が手で保つことに目を向け始めたということ。戦禍から逃れる場として在るため、巡狩と豊穣の境目にただ存在するだけではいられませぬ。」
「欲が出てきたな。…それでこそ、この緑翠の地に生きる者としてふさわしい。」
ヒスイノに帰属しにきた時、丹輪寺は内側で完結する派閥であった。だが今は、ヒスイノの一員として僧侶としてできることを模索している。それが「自己を律することこそ第一」という当初の在り方と違っていたとしても、彼女は進み続けるつもりなのだ。
丹輪寺はどんどんと外向きに、より大きな「均衡」を保とうと変化し続けている。星神を信奉せず、先駆者として見る派閥は、不安定でありながら己が信じるものに辿り着こうとしていた。
外出の際、駄那に見送られ市井に出る。今日は寺院内の一部屋を借り、寝床を用意してもらうことになるだろう。街の外側では修験者と二派閥が、日夜絶え間なく試練を執り行っているようで、気合いの入ったかけ声が響いてくる。
私はふと、星たちはどう過ごしているだろうと思い、宇宙船の乗員が入っているメッセージグループを見る。そこには星とサマンサ、サユの三人が、白い山伏姿に着替えて並んでいる写真が添付されていた。智械黑塔から渡された丸いロボットにも、頭巾がちょこんと乗せられている。
写真に続けて、グループに星からメッセージが送られていた。
『皆で山登りしてくる』
『智械黑塔用のお土産も買って帰るよ』
彼女に対する智械黑塔の返信は、意図が読みづらいスタンプ一つであった。おそらく要らないと伝えたいのだろう。智械黑塔はロボット経由で視界を共有しているはずだ。
私は改めて、彼女たちの行動力に感嘆した。メッセージが送られた時間からして、山頂近くに来ていることだろう。入口付近で遊ぶだけでなく、惑星全体を見ようとする考えには、創造物たちへの深い思いやりを感じさせる。
グループに彼女たちの場所を訊くと、予想通り山頂付近にいるようだ。サマンサから、食事を摂り終えた旨が返ってくる。
私は、寺院で客人用の部屋を用意してもらったことをグループで伝えると、街を見ることにする。街の内部に入って合流したら、彼女たちの話を直接聞くとしよう。特に、初めてこの惑星に来た星がどのような考えを持ったか聞くのが楽しみだ。私は、ヒスイノ-Ⅴにのみある特産品を買って回りながら待つ。
―――――
星は、満たされた腹をぽんぽんと両手ではたきながら店を出た。それなりに値段はしたが、もらった小遣いはちっとも減っていない。これならば珍品を買い集められると、星は手を指で叩きながら計画を立て始めた。
笑みを浮かべる星の後ろで、サユとサマンサが話し合う。
「最後の試練は受ける必要がないのか?」
「ええ。僧侶の方々がそう伝えてきました。」
「いや、拙はやるぞ。試練を乗り越えることで、忍としての腕が磨かれる。後、よく動いてお昼寝したい!…星も手合わせしてもらうつもりか?」
「うん。食後の運動は大事だからね。」
「よし。サマンサ、主もやるぞ。」
目が覚めたばかりで元気なサユは、ぐいと伸びをした後、星の隣に並んだ。星も食事で元気が出てきたためか、自信に満ちた表情でバットに触れている。
サマンサは狂风から来たメッセージを見て、彼が中にいることを理解する。そしてサマンサは、鉄騎を纏わない訓練も価値があるとして二人の後に続いた。
星たちが少し進むと、門番のように少数の僧侶と教徒が立っている。星は炎鋼バットを一振りして彼らに向けると、順々に見ていった。
「修験者の方々、よくぞここまで参られた。我ら護法僧と赤水の教徒、どちらかがお相手いたそう!」
「じゃあ、あんた。正々堂々勝負しよう。」
「おや、自信家ですね。では、血錆の結束をあなたに。」
星がバットで示したのは、背中から大きな翼の生えた種族、造翼者の女性であった。彼女は教徒として祈りを捧げてから、長く伸ばした金髪をさらりと左手で流し、作られた笑みを深める。造翼者は元来プライドが高く、本心を内面に抱えやすい性根である。
造翼者の女性は、元豊穣の民としての並外れた身体能力を持っているが故に、人間種の凡人が集まる修験者では太刀打ちできない。そのため彼女は、門番としての働きばかりをする日々であった。星に選ばれ、暇つぶしができることに喜びを感じながらも、勝てると思われていることに少しばかり苛立ちもあった。
サユとサマンサは僧侶との手合わせを選び、各々が構える。槍と星たちの得物がぶつかり、試練が始まった。
赤水の殉教者…
(豊穣・調和)
丹輪寺と同じく、歩離人と狐族の始まりの話を評価する派閥。また「赤泉の水」並びに「疑似赤泉」こそが、ヒスイノの名がついた星系群の出発点であり、繁栄の基点と考えている。
祈りを捧げた救世主、オリジナルの「赤泉の水」を湧き出させたであろう「長生の主」と豊穣の星神である薬師を丁重に扱っている。しかし、狼のほとんどが殺戮の道から遠ざかることができたのは、ヒスイノあってこそだとも考えているため、特定の個人を盲信することはない。
丹輪寺と同じく、ヒスイノ-Ⅴで本拠点を構えており、欠け月を取り込む前の「薬乞い」たちを勧誘している。その在り方は血のごとき結束。
――確かに、其は衆生を見ているようで見ておられない。だが、其に見つめていただくなど畏れ多いことであり、ましてやそれを我らは必要としていない。同志たちよ、今を平穏に生きられることに感謝し、戦士と民に祈りを捧げよう。