ヒスイノ-Ⅴの朝がやってきた。私は、寺院の敷地内にある物見櫓から街を見下ろす。体の大きな狼や慧駿でも崩れない丈夫な櫓だ。
星を飼う同胞たちが目覚め、活動を始めているのが見える。陽の光に、いくつも並び立つ山々が照らされる。ここが二派閥の本拠点ではあるが、山の一つ一つが試練の場である。
どの山を見ても、下層から日々、己の限界を塗り替えるために登る修験者がいる。そして最下層には、限界まで知恵を絞る者、少しでも肉体以外の才を示す者がいる。そして試練を乗り越えた後には、長命を得るためではなく、己が価値があると考える事象のために生きることを望むのである。
迫る死に怯えなくなることは、新たな選択肢を生み、何れ満たされる。無限とも思えても、凡百の欲望には限りがあるからだ。
その先に向かうのは人間という種を越え、個を超越した熱意を持つ者のみ。運命の行人となった者の中の、一握りだけだ。
人の営みと陽光はやはり美しい。私がじっと景色を見ていると下から、ここしばらく聞くことが多くなった声がする。ベクターの少女、星だ。寝癖で髪はぼさぼさとしているが、眠気は残っていないようだ。私は星に向かって手招くと、物見櫓を上ってくるのを待った。
しばらくして星が櫓を上りきる。彼女は少し膝に手を当ててから、ぐいと背筋を伸ばした。
「ふう…。来たけど…何か見えるの?」
「ああ。朝日の昇る様だ。それに、先にある山々の上。あそこでもヒスイノの民が日々を生きている。」
星は外側を見ると、ゆっくりと視線を動かした。その無に近い表情からは読み取れる情報が少ないが、何も心を動かされていないというわけでもないようだ。
星は昨夜、色々な話をしてくれた。ヒスイノ-Ⅴで見て聞いたことは新鮮で、単一の考えに縛られない在り方を知ったこと。私に関する情報も得たこと。彼女はこの短い間であらゆる品を見て、市街のゴミ箱の中まで見ようとした。
彼女は、隠されたものや未知にこそロマンがあると話した。多数は珍奇な行動だと判断するかもしれないが、筋が通っていると私は思う。
彼女の好奇心の強さ、高い行動力。星には間違いなく「開拓」の運命を辿る素質がある。
じっと景色を見る星に、私は問いかける。創造物たちの生きる場所が決まった後、何がしたいのか。どう生きていきたいのかを。星は後頭部を触ると、困ったような笑みを作った。
「そんな大きなこと、考えてなかった…。自由に選んでいいって言われても、まだ分からないかな。」
「君がどうあろうと、道を見つけたなら私が支援しよう。私が思うに、君の大胆さなら冒険者として名を馳せられる。私の友人にも並ぶほどにな。」
「狂风の友人って?」
「ナナシビトの女性だ。白珠さんという。ナナシビトとは言っても星穹列車の乗員ではないが、七百年以上も星間を旅し、開拓を続けている人だよ。」
「そんなに長く…。」
星は脱力した声で言い、年月の長さを感じ取っているようだ。そして拳をおとがいに当てて、考えを巡らせている。私が少し待っていると星は目を開き、思い出したことを話した。白珠という名前を昨日聞いた旨を。講談と人形劇の中で何回も出てきたという。
既に彼女の軌跡を知っているならば都合がいい。私は彼女に伝える。
「記憶力がいいな。…実は、次行く星系で案内してくれるのはその女性と、彼女の子なんだ。君とその人、白珠さんは似ている部分がある。話もきっと弾むだろう。」
白珠と白露がヒスイノ-Ⅵに来ているのは、私と同じく重要な話があるためである。特に白露だ。現在のヒスイノ-Ⅵの責任者は、彼女に深く関わりがある。また白珠についても、第三次豊穣戦争ではヒスイノの英雄として周知されたこと、「新しき持明族」には狐族の血が主に必要であることが関係し、ヒスイノ-Ⅵの重役と話をすることになったのだ。
彼女らの話し合いが終わった頃に、私たちは到着する。彼女たちは世話焼きであるため、星たちの面倒を二人が見てくれるという流れになった。
白珠たちがガイドをすることに、目を丸くしている星へ続けて言う。私は白珠に、開拓の始まりの場所で、朝日の美しさを教えてもらった。そして私は思った。惑星に暮らす民にとってはいつも通りの陽光であったとしても、懸命に生きる人々の導となる、尊いものだと。
「私は多くの世界を見て、やはり人の営みの循環こそが心の根幹に残った。星、これからも隈なく世界を見て、何より冒険を楽しんでくれ。創造物たちも大事だが、目的が果たされた後も君の旅は終わらないからな。」
「もちろん、楽しむよ。…あと昨日の夜は、だいぶ冒険したと思う。あれだけで怪談話二個は作れる。」
星は朝日に背を向け、私に昨夜の話をした。暗闇の中のスリルであったり、神秘的な仏たちについてであったりを感じたままに話す。直感と率直さを合わせた語り口は、知った事象であるはずなのに、白珠から聞く冒険譚のような感覚であった。他者から見る視点を共有して、初めて気づくこともある。
私は星の話を、朝を告げる教会の鐘の音が響くまで聞いていた。
それから私たちは、身支度を整え、ヒスイノ-Ⅴから次の目的地へ出立することにした。丹輪寺から、駄那を先頭に多数の僧侶が出てきて並び、掌を胸元で合わせた上で頭を下げた。星たちは、仲良くなったらしい僧と一言ずつ別れの言葉を交わしていた。
街を抜けて門を出て、私は山頂から最下層までを見る。星は着替えた普段の衣類、羽織っている黄と黒を基調としたジャケットをはためかせながら、皆に向かって尋ねる。
「この山高いけど…智械黑塔が迎えに来てくれたりするの?」
「いいえ。無駄だと思ったことを、彼女はしませんよ。…どうしますか、父さま。抱き上げるにしても、私は一人が限界です。」
「そうだな…。ではサユ、君は私につかまってくれ。」
「承知。直前の衝撃には風纏いで対処いたします。」
修験者のことを考え、山にリフトなどは存在しない。ただ小細工なしで降りるだけだ。
サユは頷くとムジナの服へと変化し、私の腕へと収まる。星はこれからどうするかを理解したようだった。表情の薄い彼女の顔に浮かんだのは、複雑な感情のようだった。宇宙ステーションのときとは高さも重力の有無も違う。不安も残るだろう。
サマンサが鉄騎の装甲を装着する。そして二回り以上伸びた背丈で星を見下ろすと、すっと彼女の背中に手を回す。
『さあ、星。私に身を任せて。空の旅を楽しみましょう。』
「ひもなしバンジーも、悪くないかもね…。」
『私がしっかり固定しますから、安心してください。』
サマンサの鉄騎は、低い男性の声で優しく星をなだめ、しっかりと横抱きにする。直後、私に向かって鉄騎が頷く。準備は整ったようだ。
サマンサがブースターを点火し、空を飛ぶ。それを見届けると私は、脚のばねを最大限に使って、最下層まで跳躍した。
自由落下している途中、腕の中からのサユが情動に満ちた息を漏らした。彼女は、水平線の向こうから見える朝焼けに視線をやっていた。やはり陽の光は美しく、温かい。肌で仄かな熱を感じながらも、私の口から笑みがこぼれた。
停泊中の宇宙船が見えてくる。私は宇宙船が固まっていない場所を目指して動き、地面が近くなったところで一回転してから、琥珀の鉱石を脚部に展開した。体を防護したり、武器として使う分には存護の指向性を持たせた力は、すぐさま機能させられる。私はぐっと足に力を込め、地面に着陸した。直前に風を纏ったサユが、私の腕から離れる。
ばきりと音がして琥珀が割れる。着陸した部分から地面にクレーターができたが、遠くにある宇宙船に傷はない。私の張ったバリアは正しく機能している。
しばらくして、鉄騎が青い炎を出しながら着陸する。荒っぽさはなく、地面に跡を残さない軽やかさだ。ぎゅっと彼女の胸部にしがみついていた様子の星が、鉄騎にゆっくりと下ろされる。サマンサの鉄騎は、おどけたように言う。
『大丈夫だったでしょう。短かったですが、空の旅はどうでしたか?』
「い、いいと思う…慣れたら…。」
鉄騎を解除し、サマンサは星の背中を支えて歩く。宇宙船では、智械黑塔が不満げな表情を作って待っていることだろう。私は出会い頭にオムニック用の土産を沢山渡すことを念頭に置きながら、三人の少女と共に帰路へとついた。
宇宙船の中に入り、じとりとした目の智械黑塔に、背嚢から大量の土産を渡すと、すぐさまヒスイノ-Ⅵに行くことを話す。星は創造物たちから一匹、銀色の外殻の個体を連れてきて、太ももに乗せながら私の言葉を聞いていた。
「ヒスイノ-Ⅵは、持明族だけでなく龍の末裔が多く住まう惑星だ。複雑な文化体系を実際に調べるため、今回も同じく私は、星たちと別行動をとる。智械黑塔も私についてきてもらうことになるな。」
「そのロボットにリソースを割く気ないから、よろしく~。安定した星核は白珠に持たせた道具で対処できるし、その生物に映像を見せたいならスマホでも使って。」
智械黑塔は気怠い調子を作りながら、端末を見て答える。彼女はヒスイノ-Ⅴに全く用がなかった。これからようやく興味のある部分に着手できるのだから、感情モジュールが傾くのは当然と言える。
智械黑塔の前には、星が買ってきた妙な形の品の数々が山積みにされている。智械黑塔はそれにちらりと視線をやったが、以降はないものとして扱っている様子だ。
智械黑塔の認証が済み、宇宙船は目的地に向かって飛び始める。
私はその他、ヒスイノ-Ⅵでの滞在期間や宇宙船内に戻る時間などを補足しておく。サマンサとサユは頷き、話が終わったら共有スペースに物を持ち込んでゆったりとした時間を過ごし始めた。今は宇宙船に置いていったために寂しがっているプー治郎を、二人で撫でまわしているところだ。
「これ、あんた用のパペットだよ、智械黑塔。」
「…人形遊びが趣味だと思ってるの?…まあいいや。そんなことよりヒスイノ-Ⅵに着くまで、あなたにはやってもらうことがあるから。生物とおもちゃは置いて、こっちにきて。」
「私だけやるの?」
「そう。あなたにしかできないことだから。手伝った分の報酬は渡すよ。」
「やる!」
星は「自分だけができる」と報酬という分かりやすい二つに惹かれたようで、創造物を撫でた後、智械黑塔について行った。
私の反応を見たからか、サユが二人の言った場所を推測した。
「智械黑塔は、透過宇宙のテストをしに行ったのだと、拙は思います。開発をしていたとき、ヘルタさんから連絡があったようで…星穹列車に所属する穹のテスト結果が、模擬宇宙の研究を進めたとのことでした。」
「なるほど…そういった部分でも、ベクターは特別なのかもしれないな…。」
思わず呟きが口から出る。模擬宇宙において、アキヴィリに扮することは今まで成功しなかったというのに。やはり、星核を安定した状態で体内に宿した彼らは未知数だ。
頭の中から一旦疑問を締め出し、私はヒスイノの業務を進める。そうして私は、星と智械黑塔が戻ってくるのを待った。
―――――
星は実験室が並ぶ場所を物珍し気に眺めながら、オムニックの少女、智械黑塔についていく。智械黑塔が立ち止まった場所は、他と変わらないドアの前だった。白い無機質なドアだ。
だが智械黑塔が実験室を開けると、星の感じていた印象が覆る。そこは宇宙であった。
厳密には、仮想空間で再現された「運命の狭間」だ。少女は有機生命体そっくりのカメラアイを星に向けると、一つ質問した。
「あなたってゲームが好きだよね?」
「大好きだよ。」
「ならよかった。これは他から見ればゲームみたいな作りにしてあるの。スティーブンからもらったアイデアとかスクリューガムの作った型を流用して、少し変えただけなんだけど。」
智械黑塔はパチンと指を鳴らし、額縁のようなものを二つ出現させる。一つは、惑星の抽象画が、もう一つには船の絵が描かれていた。彼女は続ける。
「あなたには、運命の行人たちが辿ってきた、もしくは辿るはずだった道を追体験してもらう。本物そっくりなアバターと一緒にね。道中はこの仮想空間のみで使える通貨だったり、道具を集めて使っていくの。色んなイベントを体験した後、最後のボスを倒してクリア。どう?あなたにも分かりやすく説明したよ。」
「確かにゲームっぽい…。それで、これを私がやると智械黑塔はどう得するの?」
「私は少しでも力を持つ人間からデータを作って、星海の探究をしているの。テストすれば、それだけ精度が上がる。」
「なるほど。あとは…報酬ってポイント?」
星が再び尋ねると、智械黑塔は小さな掌に、虹色の鉱石のようなものを取り出した。みるみるうちに、星の顔が満足げにほころぶ。気合いの入った声で星は言う。
「すぐに始めよう。」
「最初はこっちの再現からね。説明はボットが話すから、一段落ついたらこの義体に話しかけて。」
智械黑塔は手を振ると、惑星の抽象画が描かれた額縁のみを残し、巨大な鍵を背負った、より幼い見た目の義体のみを残して外へ出て行った。
智械黑塔やヘルタと同一だが、感情のこもらない少女の声が星に詳しく説明する。星はじっくりと話を聞いた後額縁に手をやり、意識だけを仮想空間と共有した。
―――――
宇宙船の移動中、星は智械黑塔の研究へ熱心に協力しているようであった。感想を聞くと、作り込みのすごいゲームをしているみたいだと、彼女は少し高揚した調子でおしえてくれた。宇宙船における星の過ごし方に、智械黑塔の手伝いが恒常的に加わった瞬間である。
電子ゲームの類はよく知らないが、ずっと試行していれば疲れることは間違いない。私は可能な限り、星が出す料理のリクエストを叶えることにした。
そして数日経ち、ヒスイノ-Ⅵへと私たちは辿り着く。全体的に緑がかった惑星であり、大気圏に近づくと巨大な龍の個体が複数見えてくる。彼らは仙舟以外から帰属した、人型でない龍の末裔だ。
持明族も含め、集団としてまとまった「新しき龍血」という派閥は、名の示すように伝統や文化体系を守り続けるよりは文化の融合を行う。「不朽」の運命の元生まれた種族であっても、変化さえ受け入れ生きようとしているのだ。調査資料は価値あるものになることだろう。
私は話し合いと、それが終わった後白珠たちと会えることも楽しみにしながら、宇宙船を着陸させた。