星海を渡っている最中、私は広く取られた無機質な部屋にいた。朝を示すシステム時間において、日課として行っている修練だ。琥珀の鉱石を壁とする、存護の指向性を持たせた力の制御。私はこれを、より消耗なく、素早く行えるようにしなくてはならない。
だが今のレベルの制御は、微々たる成果が積み重なってできていることであり、一年と少し程度で変わるものではない。結局のところ、狼の体は脳も含めて戦いに向いている。筋肉を使って体術を会得するのは得意分野だが、体内エネルギーの複雑な行使については負担がかかるのだ。生物としての限界をもう一度越えるくらいしなければ、飛躍的な成長は見込めないだろう。
私は目の前に作り上げ、圧縮することで密度を上げていた琥珀の鉱石を手で砕き、立ち上がった。この力を得てから二百年と少し、これだけの時間が経っても未知な部分がある。「巡狩」の星神、嵐からの攻撃が九十年は続いたからだろう。張りつめた環境下に置かれたことで「この力は大雑把かつ巨大な壁を作るもの」だと、無意識のうちに認識してしまっているのだ。
「記憶が技の行使の幅を狭くするか…。」
私は部屋を出ると、共有スペースにてヒスイノの統括業務へ取り掛かる。起きると少しの時間不安に襲われる。
私が最初記憶を紐解いたとき、神々の戦いによる滅びを認識できなかった。何故か。
それは、あまりにも滅びる世界が多かったからだ。描かれていた終焉は、今まで影響を小さくし、回避してきた星系ごとの終焉を遥かに超える量であった。そのため私は、少しずつ対象の惑星に対して交換条件を提示して移民を受け入れ、プロジェクトを開始してからは、ヒスイノ総勢で神秘の壁を建造してきた。
神秘の壁は、場所を知らぬ敵対者の目をくらませる効果がある。既に反物質レギオン側に知られている場合でも、侵略を遅らせることができるのは確認済みだ。これにより、当初見えていた滅びる惑星の6割は対策できた。4割であれば、その多くを救える可能性がある。
星神同士の戦いの余波など、想像しかできない。だがこれは近い内に必ず起こることであり、影響は小さく出来ても止めることはできない。それを私は生涯の中でよく知っている。
後は、「抗う者」がどれだけ止められるかだ。私にできるのは戦士たちを動かすこと、才能に溢れる人間を支援すること、そして己の鍛錬を続けることだけである。
5日経ち、ようやく目的の星系が見えてきた。星系は暗い膜で覆われ、神秘の壁が何層にも上塗りされている。ヒスイノの名がついた星系は平時、星間交流のために、神秘の壁の力へ強弱をつけているがここは違う。星系のことを知らない者は絶対に見つけ出せないし、ヒスイノの関係者であっても蜃気楼のごとく、輪郭がぼやけて見える。
またカンパニー社員の一部がここを把握しているが、それは「抗う者」の一員であるからだ。ヒスイノと関わりを持っていない者は、例外なく見つけられない。
ずっと星系内の惑星を見ていると、ここに星系があるのか不確かに感じられる。私は舵を切り、星系の輪郭が消え去る前に宇宙船を進ませた。
私と智械黑塔以外の宇宙船の人員は、いきなり建築物が現れたことに驚いていた。サマンサやサユは知識として知っていても、実際に訪れたことが無いからだろう。急用があったとして、私一人で宇宙船から出ていた。膜の外で待機していた宇宙船からでは、ただ何もない空間としか思えない。
プー治郎や創造物たちも同様に驚いていた。プー治郎は跳躍した後、ぶるぶると震える。
智械黑塔は私に向かって小さく頷くと、瞳に光が無くなる。彼女は宇宙船内に素体を残していくようだ。糸が切れたようにソファに座ったまま動かなくなった智械黑塔の義体を見て、サマンサが不思議そうに言う。
「…智械黑塔はどうしたのですか?」
「既に接続を切っている。この惑星に、思考のリソースを割いた素体が多くあるからだろう。」
大まかな説明をした後、宇宙船から降りる。創造物の代表として、星がゴミケーキを連れ出す。
ハッチを開くと、オムニックたちが旧世代と新世代が混合で迎えてくれた。ふと彼らの後ろを、智械黑塔が三体通りすぎたのが見える。巨大な鍵を背負っているため、廉価版の義体だ。
「歓迎:盟主様、それに庇護下にあるお三方、ようこそ。最高責任者様は、皆様をルーム538にお呼びです。論理:識別番号1752611が皆様をお連れします。」
「最高責任者って?」
「ああ、智械黑塔のことだ。さあオムニックの彼についていくぞ。迷ったら抜け出せないくらい複雑だからな。」
流暢な言葉遣いでオムニックが言葉を発する。私は三人の背を指の腹で軽く押すと、歩を促した。螺旋階段のように装飾が為された研究施設は、重苦しい空気を放っている。こここそヒスイノの叡智が詰め込まれ、世に出される前に精査される場所。ヒスイノの発展の要である。
案内に従い、通路を進んでいく。研究室は無機質な白で統一されており、部屋には白衣を着たオムニックが入っている。少人数他種族もいるが、本当にごく僅かだ。ヒスイノ-Ⅵが龍の末裔だらけであるように、ここはオムニックが得意分野を活かしているのである。
各部屋を眺めながら歩いていた星が、あっと声を上げる。星に続いてサマンサも、口を押さえて驚きを表現した。私は何故彼女たちが驚いたのかを理解する。鉄騎の素体たちが白衣を着ていたからだ。
鉄騎の装甲を付けた者もおり、活発に議論を交わしているようである。
「質問:そちらのお二方は、この研究室に興味をお持ちですか?」
「すみません、父さま。少しだけ彼女たちの顔を見てもいいですか。」
「案内役の…1752611さん。他の案内役を研究室前に待機させてくれないか。サマンサは長く話したいだろうからな。」
サマンサの切実な表情から、私は案内役のオムニックに対し頼みごとをする。オムニックはすぐさま対応を行ってくれた。
「招集:識別番号215621をルーム1029前に呼び出しました。当機と同じ案内行動を指定しました。」
「ありがとう。ではサマンサ、行ってくるといい。星はどうする。」
「私も見てくる。すぐ追いつくよ。」
星とサマンサが、案内役の認証を使って室内へ入っていくのを確認し、私はサユと引き続き歩いていく。サユは一つ一つ研究室を飛び跳ねながら見ている。彼女もまた、研究内容に興味を持っている様子だ。
サユは任がないときや二人の時に使う砕けた話し方で、私に言う。
「狂风様。拙は睡眠の研究にすごく興味があるが、智械黑塔の本体がいる場所にも同じくらい興味がある。情報では浴槽に沈んでいるとか。」
「…おそらくそれは、ヒスイノと繋がりはあるが外部の人間が書いた情報だろうな。彼女の本体がある場所は、既に誰も分からない。それは私でさえもだ。」
「なにっ!狂风様でもか!?巣穴に深く潜ったムジナのような人だな…。いつも一緒にいるのに。」
サユは両手で頬を覆って驚くと、不思議そうに言う。智械黑塔の居場所が分からないのは、当然のことである。その原理を知れば、サユも納得するだろう。私はその不確かさを残したまま、目的の部屋に着くまで別の話題で雑談した。
―――――
星とサマンサが室内に入ると、何事かと鉄騎の素体たちが入口を見る。そしてそれが同族であることを理解すると、警戒を半ば解いた。
眼鏡型の識別デバイスを付けた素体の女性が一歩前に出てサマンサの体を読み取り、表情を一変させる。呼応するようにサマンサの表情も徐々に変わっていった。
「あなたは…。AR-4100…狼の盟主の義娘…。」
「…貴女、もしかして。」
「私よ、AR-214!」
「ああ…!生きていたのですね!」
サマンサと赤眼鏡のAR-214はゆっくり近づき、互いを強く抱擁する。目の前で起きている感動的な再会について、星はゴミケーキを抱えながら、置いてけぼりを喰らった気分で立っていた。サマンサの後ろでどうすればいいか固まっている星を見て、他の素体が声をかける。
「君多分、新しく盟主の宇宙船の乗員になった子だろ?こっちに来なよ。おれたちの研究内容を見せるからさ。」
「うん、よろしく。」
短髪の少年に手招かれて、星は研究室の奥へと入る。思ったよりも広いなと考えながらついていき、そこで星は再び固まることになった。負の感情を持った驚きである。
「ス、スウォームじゃん…。退治した方がいいよね。」
「待った。その槌を降ろして。あの真蟄虫はこの研究室の実験サンプルだ。」
「放っておくと増えるよ。」
「それはここにいるみんなが、よく知ってる。おれも最初は頭がおかしいんじゃないかって思った。こいつらに、仲間を殺されたんだからな。」
少年はぎゅっと拳を握って星に答える。憎しみの炎が瞳の奥で揺れ、そして鎮火する。少年に変わって、サマンサと同じようなボブカットの少女が説明する。
「計算能力蟄虫って知っていますか――最高責任者の智械黑塔様からわたしたちも知ったことなんですが、そういった虫が星海にはいるんですよ。人工物の影響なのか分かりませんが、調査したところ、他種と比較して100万倍ものニューロンの数があり、ひたすらにオムニックで言う演算を繰り返していたんです。この実験サンプルは、その虫を遺伝子変異させ続けた個体になります。そしてこの虫、この種類の遺伝子が大事なんです。」
「…全然動かないね。生きてるの?」
少女の熱の入った語り口にペースを乱された星は、促されるままに水槽の中を覗く。確かに水底に沈む虫が、星の目には見えた。
ボブカットの少女が熱の入った口調で説明を続ける。
「これはサンゴ礁と共生する個体なんですよ!大人しくて、スウォーム特有の食への貪欲さがない。この種と計算能力蟄虫の遺伝子を掛け合わせた結果、大人しくて演算処理を肩代わりできる種が生まれたわけです!」
『…口を挟んでしまい、すみません。あなたは私たちの成り立ちについてご存じですか。』
次々に話す人間が変わり、星は目まぐるしいほどに視線を向ける先を変える。今度は鉄騎の装甲を纏った人だ。星はサマンサ以外の鉄騎をフィギュアでしか知らないため、鉄騎になると声は統一されるんだと、不思議と感動していた。
星は首を横に振る。するとファイアフライ-ドライを装着した鉄騎が説明し始める。
『やはり、ヒスイノに来て間もない方なのですね。私たちは例外なく遺伝子改造戦士です。そして使われた遺伝子には、スウォームと同一のものも含まれています。つまり、私たちとスウォームは、ヒスイノにおける狐と狼のような関係と言っても過言ではありません。』
「過言だと思う…。」
『確かに見た目は全く違いますし、知性の程度も違います。ですが、同じルーツを持つということは事実なのです。』
星は強化ガラスの中で、どろりとした琥珀の液体を舐めている虫と、鉄騎とを見比べる。つまり何が言いたいのかと、視線で鉄騎に尋ねる。
『私たちは、ヒスイノの発展を支える方法を模索するのを目的に、共生できる蟄虫を作り出しています。最高責任者様には、外付けの演算処理を用意しなくてもいいでしょうが、知恵の高みにいない私たちにとっては重要になるかもしれませんから。』
「…あんたたちが、智械黑塔に止められてないなら…。大繁殖はアウトだからね。」
勿論そんなことは起こらないと、彼らは何重にも渡る対策を見せる。ここはヒスイノの中で最も堅牢であり、兵力も潤沢にあるのである。
その後、自分たちを「共生者」と名乗った彼らは、ゲテモノの食品類を星とゴミケーキに見せた。
もう本当に虫はこりごりだと心の底から星は思った。
話し込んでいたサマンサとAR-214の方に、星は足を運ぶ。サマンサは複雑そうな表情を浮かべていたが、AR-214の説明を聞き、小さく相槌を打っている。研究内容を聞かされたのだろうと、星は思い当たった。
星が近づくと、AR-214は掌で眼鏡を側面から上げ、にこりと微笑む。サマンサが彼女について紹介した。
「星、彼女はAR-214という識別番号を持った鉄騎の友人です。貴女につい最近話した、カメラの子ですよ。」
「なるほど、大事なカメラの…。」
「はじめまして。サマンサちゃんの友達よ。214でも、フェイスって呼んでくれてもいいわ。」
星は少女の声が不思議と頭に残ることを感じながら、自己紹介を返す。銀河打者の名乗りも忘れない。
AR-214は再び微笑むと、ぱんと音を鳴らして両手を合わせ、机からカメラを持ってきた。星が宇宙船で見たカメラと同じ型で色違いの製品だ。AR-214は言う。
「識別信号とビーコンをロストしてから、どうやってあなたに無事を伝えようかと思っていたけど――こうして会えたんですもの。皆で記念に写真を撮らない?銀河打者ちゃんも一緒に。」
「いいね。じゃあ、虫をバックに撮ろう。」
星は内心やけくそで言い、研究室内の素体たちと共に写真を撮ることにした。どうせなら、沢山鉄騎が見たいと星はごね、様々なバージョンの鉄騎がその場に姿を現すことになった。
星は、部屋に置いてあるファイアフライのフィギュアシリーズと同じだと思い、とても気分が上がった。
「皆、好きなポーズを取って!はい、チーズ!」
AR-214が合図をする。カシャリと音が鳴ってフラッシュが焚かれ、カメラの内側に巨大なホログラムが表示された。思い思いのポーズを後ろでする鉄騎たちと、真ん中に固まる素体たち。そして前列には星たち三人が写真に収められていた。
悪い人たちではないんだなと、星はぼんやりと思いながら写真を見る。サマンサに対して、AR-214は撮った写真を送るといって新しく移植した共感覚ビーコンの情報を交換していた。
そして星たちは、鉄騎たちに見送られながら研究室を出た。星は安全確認の徹底を念押ししてから、ドアを閉める。来たばかりだというのに星は疲弊の色が見えていた。
「…サマンサ、良かったね。あんた、あの時悲しそうだったから。」
「星は、とても優しい子ですね。…あんな風に、あの子も…ですが彼女は、殺しの道を歩むことを決めた…。」
サマンサは後半の言葉を小さく呟く。オムニックの駆動音に隠れるほど小さく、星の耳に入らないように。
研究室前で待っていた識別番号215621が、星たちに案内を開始する。そして彼女たちは、隣人の秘密を知ることになる。星はより深く、印象さえ変わるほどに。
<人物紹介>
AR-214…
千の星を巡る紀行PV「今、同じ星空の下で」、ホタルのストーリー2にて登場した、赤眼鏡をかけた鉄騎の少女。スターレイル本編では、戦死している可能性が高い。
本二次創作では、グラモス共和国が東西に分裂した際、東グラモスに帰属した。西グラモス滅亡後消息を絶っていたが、西グラモスになってから製造された鉄騎を救うため戦火の中動き、無事生き残っていた。
東グラモスの鉄騎として活動しているのと同時に、こっそりと西グラモスの軍勢に忍び込み、スウォーム狩りに加わったり、負傷した鉄騎を体内の欠け月で救助する活動を行っていた。そのため少数だが、西グラモスの鉄騎も別の場所で保護されている。
星核ハンターにてサムを名乗る鉄騎、AR-26710とも戦場の合間で会っており、サム・ホタルの心の影の一つになっている。
<派閥紹介>
共生者…
(知恵・繁殖)
鉄騎の一部が研究者を巻き込んで作り上げた派閥。蟄虫の種類について自発的に学び、特に平和を望むスウォーム(珊瑚と共生)に着目した。自分たちも繁殖を使った技術から生まれたため、ただ殲滅する以外の価値があるのではないかと考えている。
遺伝子改良を重ねることによって、複製を必要以上に作らず知性が人間種の約8歳程度ある大人しい虫を作っている。
現在は主に、鉄騎の素体に対する専門医療、凡人の演算処理の向上に貢献している。
また彼らが改良したスウォームは、欠け月の材料としても使われている。野生のスウォームを使うよりも、安全に材料調達ができるようになった。
ヒスイノ-XⅢで暮らす東グラモスの民は許容できておらず、これらの鉄騎には言葉をつぐむ。
グラモスを守ることから、ヒスイノ全体の繁栄を考え始めた、初めての鉄騎の集団だと評価されることもある。
<用語説明>
計算能力蟄虫…
スターレイル本編のVer3.0の会話内にて初登場した蟄虫。計算セクターに集まっていた。
情報が少ないため、本二次創作では独自解釈を加えている。
「サンゴ礁と共生する個体」…
スターレイル本編における階差宇宙の方程式「平和を望む虫卒」で説明された蟄虫に、独自解釈を加えた。