案内役のオムニック、識別番号1752611が目的の部屋へと導いた。彼は頭を下げると、部屋の認証を通しその場を去っていく。私は、他の部屋のドアよりも強大なそれを押し、中へと入る。部屋の奥には、青髪を向かって左眉で分けた男性と、スクリューガムが立っていた。
スクリューガムは私に気づくと会釈し、掌を水平にする。
「こんにちは、クゥアンさん。軍事戦略会議以来の会合ですね。そしてネームコードAK-A-4さん、こうしてお会いできて光栄です。」
「スクリューガムさん、お久しぶりです。毎回、研究以外に時間を割いてもらって申し訳ない。彼女はサユを名乗っています。」
「訂正:サユさん。本日は、智械黑塔さんの研究の立ち上げに参加されるという情報が保存されています。また私は、貴方の有機的な処理能力にとても興味があります。論理:貴方の特性をどう活かすのか、楽しみにしています。」
「はっ…ご期待に応えられるよう全力を尽くしましょう。」
サユはスクリューガムから向けられるレンズに縮こまり、こくりと頷く。スクリューガムが私とサユに挨拶してくれたのを、青髪の男性はおとがいに拳を当てながらじっと見ていた。そして私の視線が向けられているのを理解したためか、口を開いた。
「ベリタス・レイシオだ。色々な肩書はあるが、ここへは博識学会の学者として来た。狼の盟主、しばらくここを使わせてもらう。」
「貴方が智械黑塔の言っていた博識学会の代表か…。道が交わることはほとんどないだろうが、レイシオさん、短い間ですがよろしく。」
「…約700年以上前、歩離人は粗暴で、知性を磨くことすら捨てた愚鈍未満の種族だったが、君は一代でそれを覆した。なるほど、実際に相対すると歩離人らしさはその巨体だけだ。」
ベリタス・レイシオを名乗った男性は、私の頭頂から足元までを見て、厳格な口調で淀みなく言う。博識学会とは派閥としての繋がりこそあるが、個人を見るのは初めてかもしれない。
レイシオは学者然としているが、研究者特有の狂気じみた性質は持っていないように見える。おそらく彼は、自信も含めて物事を俯瞰できる人間なのだろう。
星たちが合流するのには、まだ時間があるはずだ。私は二人に、今回の共同研究について尋ねる。
「お二人とも、今回の研究について伺ってもよろしいですか?透過宇宙のテーマに被っている部分があるのは知っているのですが、星神を介さないシミュレーションだとか。」
「説明:厳密には星神と一般人の方程式という、大きな課題を解くためのものになります。論理:星神の研究が主目的ではありませんが、星神の影響は方程式によってシミュレートされます。『階差宇宙』はカンパニー、博識学会、ヒスイノと提携して作り上げている最中です。」
「僕は、階差宇宙の研究を進めるためのデータを渡すだけだ。最も、ここの研究施設の最高責任者が持っているデータの方が、量は多いだろうがな。」
スクリューガムが新しいシミュレーション実験の概要を、レイシオは自身の役割を説明する。昔、ヘルタが模擬宇宙の雛型を考案している際にあちこちに駆り出されたのを思い出す。レイシオはそういった基礎データを集めるようだ。
それから私はサユも含めて、二人と話をする。この場にいる者で、私がよく詳細を知らないのはレイシオだけだ。彼はそれを語ることを無駄だと考えているようだったが、彼の思想、生き方はどこか智械黑塔と似通っているように感じる。
レイシオもシンパシーの類を智械黑塔に感じているようで、棘のある厳かな口調をほんの少しだけ和らげて話す。
「ヘルタという天才が使っていた人形であり、その中にヘルタ自身の欠片が入っているにしても、智械黑塔は全く違う存在だ。彼女は天才になり切れないのではなく…あえてそうならない。そうならなかったんだ。革新的かつ決定的な成果を出さず、己の領域に潜っている。それでいて凡人が転んで、起き上がることができる様をじっと近くで見て、最後には手を差し伸べる。ただ甘で、教師には全く向いていないな。」
レイシオは智械黑塔を評価し、私はそれを黙って聞く。彼は深く息を吐き、目を閉じる。
「僕は彼女が恐ろしい。彼女は永遠に全盛期であり、僕が何れ寿命を迎えた後も才覚を伸ばし続けるだろう。知恵の星神、其の目の届かないところで、いつまでもだ。」
「肯定:私もレイシオさんと同じように、智械黑塔さんの軌跡に興味を持っています。オムニックのまま性質を完全に変えた同胞が、其が観測しない内に全知域を越えられるのか。彼女との共同研究の一つです。」
「…友人が評価されるのは嬉しいことだな。今は彼女の中にある旧友も、感情モジュールを揺り動かすことだろう。」
会話の中、サユはじっと何かを考えていたようで、はっと眠たげな瞳を大きく開いた。薄い桃色髪を揺らして、私を見上げる。今の話から智械黑塔の本体の状態を推測できたようだ。
「なら…智械黑塔の本体はもはや…。」
雑談を続けていると、ルーム538の入口が開く。どこかぐったりとした星と、噛み締めるような笑みを浮かべたサマンサが部屋の中にやってくる。
星は私に、疲労感のある顔を向けると呟くように言う。
「あの部屋に入ってプラスマイナス、若干マイナスになった…。」
「父さま、勝手を許していただいてありがとうございました。やっと友人と再会することができました…。」
「サマンサは収穫があったようだな。星、ここで君に見せたいものを、智械黑塔と話し合った。虫だらけではないから安心するといい。」
星はただゆっくり頷く。鉄騎の一部が研究者と組んで、ヒスイノの発展を支えていることはよく知っている。研究内容について、星にとってはあまり気分がいいものではなかっただろう。
それからスクリューガムが星とサマンサに挨拶し、サマンサは丁寧に、星は大胆な返し方をする。
「私、他にも二人、天才クラブの人を知ってるけど…。スクリューガム…さん、実は、世界を裏から操る黒幕だとか言わないよね?あとそこの人は、スクリューガムの手下とか。」
「はああ…君は、何を言っているんだ?」
レイシオは頭を押さえ、苦痛そうな顔を作る。星が出会ってきた「天才」は、故意ではなくても宇宙ステーションを放置した主と、実験結果を他者に処理させる女性だ。眉を怒らせるのも無理はないのかもしれない。
スクリューガムが平坦に近いが紳士的な口調で答える。
「推定:レディ、貴方は『天才クラブ』のメンバーに不信感を抱いているようですね。意見:天才クラブのメンバーは個性豊かで、個々が協調することはほとんどありません。推論:また知性を持つ生命体には様々な面があります。天才クラブのメンバーにはその面が多くあると受け取られやすいことが、多くの情報データから推測されます。」
「すごい…信頼できる…。」
星はうんうんと首を縦に振る。その後サマンサとサユに両腕を引っ張られて、耳元で叱責されていた。誰にも物怖じせずに考えを話せるのが、星の長所だ。私はどうか許してほしいとスクリューガムとレイシオに頭を下げる。
スクリューガムは特に感情モジュールを傾けていない様子だったが、レイシオは頭を押さえながら言う。
「狼の盟主。庇護している子どもは、しっかり教育することを勧める。博識学会が運営している学院の、中等部用のカリキュラムでも送付しておこうか。」
「レイシオさん、申し出ありがたい。そろそろヒスイノの教育プログラムも、見せておくべきだと思っていたところだ。」
少し騒がしくなった室内。人員が集まってしばらく、部屋の中心に、智械黑塔の姿がホログラムで映し出される。智械黑塔は一点を見つめて私たちに話す。
『皆集まったみたいだね。それじゃルーム1に案内するから、部屋の最奥部のリフトに乗って。』
するとガコリと音がして、無機質な白の部屋の壁に長方形の切れ目ができる。やはりここは大型のオムニックや種族のための部屋のようで、出現した扉も、その奥にあるリフトも空間が広く取られている。
私たち総勢六人と一匹は、順にリフトへ乗り、録音された智械黑塔の案内に従う。
高速で降りたリフトが再びガコリと音を鳴らし、一番下の階へと辿り着く。ライトの明かりがあえて薄暗くなっている通路を進み、ルーム1の前へとやって来た。複数の機械の駆動音が聞こえる部屋が開く。
―――――
自動で開いた扉の奥を見て、星はその異様な光景に驚く。何故ならそこで絶え間なく動いている人型ロボットは全て、緑色の造花をベレー帽につけた少女、智械黑塔であったからだ。物によっては、ベレー帽を付けず茶髪を完全に露出させた義体もいる。
星が宇宙ステーションで見た60体とは比べ物にならないほど、多くがいる。彼女は目視で数えようと思ったが、研究室がすさまじく広く、その分智械黑塔がいるため断念した。
少女の愛らしい見た目とは裏腹に、研究室の内装は武骨であり、配管や実験器具、ロボットアームなどが隙間なく詰められている。そして彼女たちの口からは、共感覚ビーコンでも理解できない圧縮言語が飛び交っている。ここから彼女の思考リソースが、多く割かれていることが分かるだろう。
そして星の目を引くのが、研究室の中心にある青く巨大な球体だ。その中には、球体関節ではなく、まるで生身の人間のような智械黑塔が、膝を抱き素肌を晒した状態で入っている。それも近づいたら狂风より身長が高い。幼い見た目のままなのに、8メートル以上はある。
青い液体で顔以外がぼやけているため、危ないところだったと、星は額を拭う。
「なるほど。だから、浴槽に浸かっているようだと…。」
「入るのは初めてだが、なるほど拠点の一つなだけある。学者が羨むような、先進的な実験器具ばかりだ。」
サユが呟き、レイシオが辺りを見回しながらスクリューガムに話す。
一同入口からゆっくり進んでいくと、星たちの前に、魔女のようなとんがり帽子を着用した智械黑塔がやってくる。その帽子には緑色の造花を含め、何やらゆらゆらと揺れるもので装飾されている。
「…クラゲ?」
星は帽子に目をとられ、呟く。
やってきた智械黑塔は皆を見上げると、星に目を留めた。そして星の手を掴み、言う。
「共同研究の話し合いをする部屋はこっち。星は、この私と来てもらうよ。必要なことだから。」
「星、気を付けて。君なら大丈夫だろうが、幻に目を眩ませられないようにな。」
魔女帽子の智械黑塔の腕の力は強く、星はどんどん他の人員と離されていく。ゴミケーキを渡された狂风が手を振って、星に忠告する。これから自分はどこに連れていかれるのか。星の疑問に対する答えは、すぐに明かされる。
魔女帽子の智械黑塔がぴたりと止まった場所。それは巨大な青い球体の前であった。廉価版の智械黑塔とデフォルメされたような個体がわらわら集まってきて、星の体中にコードを付けていく。
智械黑塔は口を揃えて、星に伝える。球体の表面に触れるように。
「なんか、目の前が…。」
「目は閉じないで、ゆっくり私に手を押し当てて。あなたを一時的に、私の中へと入れるから。」
星の視界がぼやけ、灰白色に染まっていく。星は言葉の意味を聞きたかったが、口が開かない。やっと開けた口からは、意味不明な言語が出てきた。
それは智械黑塔が口にする圧縮言語と同じだった。
球体の中の巨大な智械黑塔がぱちりと目を開き、ガラス越しに星と掌を合わせる。その瞬間、星の視界は完全に灰白色に染まり切った。脳の裏側、灰白質に入り込んだかのように。
螺旋階段を降りている感覚、目の前にゆらゆらとぼやけたものが見える。それは正しく、海月そのものだった。星は海へと沈む。
ぼやけた視界が元に戻ったとき、星は自分が研究室とは全く違う場所にいることに気づいた。全てが砂で出来たような景観で、均一な四角い建物が並ぶ街である。星が足を踏み込む前に、隣へ見慣れた智械黑塔がやってきた。星は疑問をぶつける。
「ここは?さっき言った私の中って何?あんたは智械黑塔なの?」
「落ち着いて。ここは私の思考領域の外縁。ここにいる全員が私なの。安心して。あなたは特別に、星のまま外へ出られるようにしてあるから。」
「…つまり、あの球体の中にいた大きいあんたが本体ってこと?」
「ううん。あの義体はただの入口の一つ。…見て。」
星は智械黑塔が示す先を見つめる。白いワンピースを着た、ベレー帽無しの智械黑塔が歩き回っている。これだけ装飾がないと、ヘルタと智械黑塔の区別はつけられない。
彼女らは互いに談笑し、表情の使い方さえ違う。智械黑塔は言う。
「オムニックに、様々な有機生命体。彼らは人よりも高度な処理能力と、人格データを残して私に統合された。…ついてきて。あなたに渡すものがあるから。」
智械黑塔は星の手を引き、柔らかい砂のような地を進む。踏み込む度にきゅっきゅと音が鳴り、星は少し楽しい気分になる。
だいぶ歩き、智械黑塔は一つの建物へと入り込む。ある一点が蜃気楼のように歪んでおり、星の頭が痛くなる。智械黑塔は実体のないそれを手で掬い取り、星の掌へと握り込ませた。
智械黑塔は、知的好奇心を蓄えた表情で言う。
「私が演算した結果、あなたは複数の運命の力を扱えると分かった。肉体の原理は分からなくても、アプローチの方法は他にあるからね。」
「…これは?」
「これは、私が持っている『神秘』の運命エネルギーだよ。…あとはこれを使うタイミング――」
―――――
思考リソースを割いた智械黑塔に星が連れていかれた後、共同研究についての会議が始まろうとしていた。その前にサユが、智械黑塔について尋ねる。この場所には本体がいない。サユは自らの推論があっているかを知りたがった。
「拙はこう思っている。智械黑塔、貴女は既に、メモキーパーと同じように肉体が存在しないのかと。」
「いい推測だね。」
「智械黑塔さんは自分から話さないと決めているため、共同研究者の一人として、私が説明しましょう。回答:彼女は機械生命体の構造のまま本体があるかどうかを、不確かにしました。結論:彼女は自らを人為的な「神秘」の造物に作り変えました。」
そしてスクリューガムは一同に話す。智械黑塔がセプターを再現する中で、司令塔となる自分が破壊されれば、天才クラブ#4ポルカ・カカムに殺害された開発者と同じ轍を踏むことになる。ならば星海を不確かにするのではなく、己を不確かにすることで「神秘」の運命を歩むオムニックとなることを選んだのだ。
智械黑塔は何千万、何億ものオムニックと、知恵のため死の間際命を捧げた有機生命体の知恵者たち、そして複製され続けたヘルタの魂が統合した存在である。誕生してから200年の間、彼女は統合を続けていた。
個であり群。智械黑塔を細分化するならば、億を越える人間を「神秘」で不確かにしていることに他ならない。
それ故に、彼女は賜った。「知恵」の星神、ヌースではなく、「神秘」の星神ミュトゥスの一瞥を。そして「神秘」の使令と言うに近しい虚数エネルギーを得たのである。
スクリューガムが説明を終え、サマンサとサユが言葉を失ったまま固まる。
神秘と知恵の運命は真逆に見えて、密接に繋がっている。だから彼女は、神秘の領域から己のために星海を解き明かし、秘匿する。謎は神秘に包まれ、人々は生活が豊かになる成果のみを彼女から得る。
人は謎を解き明かしたがっても、知り過ぎれば恐ろしくなるか、醒めあがる。一部の天才しか明かせない秘密を、凡人は欲しがらないのだ。
彼女は不確かさの中に、活路を見た。星海を襲う被害の拡大を、より強い神秘で隠せば、侵攻さえ抑制できると。未来は決まったわけではない。私にできないことが智械黑塔はできる。彼女もまた未来に抗い続けている。
<人物紹介>
智械黑塔(オムニックの「ヘルタ」完成形)…
神秘・量子
「黑塔」の字は、ヘルタの中国語表記から。
自らを「神秘」の造物にしたオムニック。ベースをヘルタに、何億もの人格データを統合し、今も尚増えている。どれだけ義体が壊れても、本体の在りかは「不確か」であるため、見つけ出すことができない。ポルカ・カカムによる暗殺対策は完璧。
「神秘」の星神、ミュトゥスに一瞥されている。この時点で、ヘルタとは違う存在であることが示された。
フィールド上では、「神秘」のミュトゥスを象徴する「クラゲ」のような魔女帽子を被った、一回り幼く造形された人形が先頭に立ち、その後ろに緑色のベレー帽を被った巨大な鍵持ち人形ヘルタ(智械黑塔)が二体追従してくる。
―――
通常攻撃(単体攻撃)…
指定した敵単体に智械黑塔の攻撃力のX%の量子属性ダメージを与える。
・鍵持ち智械黑塔が全員、鍵からレーザー砲を放つ。
戦闘スキル(拡散攻撃)…
敵全体に智械黑塔の攻撃力X%分の量子属性ダメージを与える。このとき、最も最大HPの高い敵に攻撃力X%+20%分の量子属性ダメージを追加で与え、攻撃した敵全体に「蜃気楼」を1層付与する。
必殺技を放った後、追加攻撃を行い、敵全体に智械黑塔の攻撃力X%分の量子属性ダメージを与える。
「蜃気楼」…1層ごとに敵の被ダメージが10%上がり、味方全体の効果抵抗が30%上がる。
・鞭状のレーザーが複数の敵を焼く。
・必殺技使用後追加演出…魔女帽子の智械黑塔が指を鳴らし、加工された巡狩の矢や、レーザー砲が集中放火される。
必殺技(月が海に浮かぶ)…
敵全体に智械黑塔の攻撃力X%分の量子属性ダメージを与える。量子もつれ状態と、「蜃気楼」を3層確定で付与。
必殺技を使った後、即行動。
・智械黑塔たちの上に、巨大な智械黑塔が入った青い球体の幻が浮かび上がり、目を閉じた青い球体内の智械黑塔がアップで映される。その後、開かれた瞳がクローズアップされる。クラゲ(海月)のような蜃気楼と、歪んだ螺旋階段が映り、敵全体にダメージ。
天賦(知恵と神秘の境界)…
「缶詰の脳」を自身を含む味方に、確定で付与。
秘技(不確定な人影)…
・使用すると、巨大な鍵持ち人形ヘルタ(智械黑塔)が一体増える。フィールドで敵を攻撃した時、量子弱点を敵全体に埋め込む。
星魂…
1.存在錯誤
2.自己の存在否定
3.時空的不適合感
4.虚構進歩
5.人為的な神秘
6.自己の再認識