スターピースカンパニー、戦略投資部。その部署には、「十の石心」という高級幹部たちがいる。存護の使令の部下、不良債権問題を解決するエキスパートたちだ。
だが彼らの一部には、カンパニーの業務の他にも、もう一つ役割がある。星海を渡り歩き、治安維持を行う武力組織「抗う者」のまとめ役である。
現在「抗う者」の管理には、「十の石心」が4人抜擢されている。明らかに過剰な人員の割き方であると、他部署から指摘されることもあるようだが、現状維持か、それ以上の人数を投入することになると、戦略投資部部長のダイヤモンドは明言している。
ダイヤモンドは話す。神々の戦いの際、カンパニーは琥珀の王に倣いこれまで以上の「存護」を為さなければならない。そのために常日頃から活動し、数多の星系の危機を排除している大規模組織に投資する必要があると。
そんな状況の中、4人の内の1人である「アベンチュリン」が、業務を執り行っていた。さらりとした蜂蜜のような色の金髪を整えた、綺麗な瞳をした青年だ。彼の名はカカワーシャといった。
カカワーシャは仲間のエヴィキン人と、ヒスイノ-XⅤに帰属した後、スターピースカンパニーに就職した。彼は美貌と口の上手さを生まれ持っており、それを更に磨くことに注力し、上へ上へと昇りつめていった。打算的であったが、彼にはそうするだけの理由があった。カカワーシャの姉や、同じエヴィキン人の仲間に良い暮らしをさせてやるため、そしてあの時自分たちを助けてくれた人たちに恩返しをするためだ。
元々身体的特徴以外にも、カカワーシャには武器があった。敵対していた人食い人種カティカ人相手に、危ない賭けをしても生き残ってきた「地母神の加護」である。ただ運がいいという気休めに近いものだと、幼い頃のカカワーシャは思っていたが、ヒスイノに帰属してから偶然では済まされないくらい効力を感じるようになっていた。
本人の努力、その特別な加護。カカワーシャは運を盲信しすぎることなく堅実に積み重ねていった。その努力が実ったからだろうか。彼は、高級幹部の地位をつかみ取った。
前任の「アベンチュリン」が奴隷好き故に裏切られ、寝首を掻かれるという事件はあれど、カカワーシャにとっては人生の絶頂期であった。
カカワーシャはカンパニーで働くうちに知った。戦略投資部が生まれ故郷のツガンニヤに、協力関係にあったヒスイノの戦士を向かわせてくれたことを。競争相手である市場開拓部を押さえ込むのが目的であったと知っても、恩を返したいという思いは変わらない。恩人と一緒に働くことができて、それに直接助けてくれた深緑の騎士たちにも、協力できる業務がある。肉親や仲間も同じく、カンパニー内で元気に働いている。
これだけ運がいいことがあるか。カカワーシャは今の地位で働けることを噛み締め、日々業務に当たっている。
「アベンチュリン総監。博識学会から情報が来ました。…照らし合わせると、とてもまずい状況です。」
「情報ありがとう。やっぱり保険をかけておいて良かったね。…絶滅大君、鉄墓は厄介だ。バランザ熔炉を墜としても人死にがほとんどないって判断したら、すぐ場所を移した。」
カカワーシャは人好きのする笑みを部下に向けると、端末の情報を眺める。絶滅大君、鉄墓。高度な文明世界を破壊することに長けた壊滅の使令だ。彼の前では機械兵器は全て使い物にならなくなり、寝返ることになる。
バランザ溶炉は共感覚ビーコンの重要な加工基地であり、何れ絶滅大君が攻撃することが予測されていた。
カカワーシャたちの艦隊は、「抗う者」の人員からバランザ熔炉の住民や、技術成果を保護し終わったと、つい先ほど報告を受けた。そして、絶滅大君が次に向かう星系を結論づけたところなのだ。鉄墓に取り付けた追尾性予測レーダーが示す先は虚空であるが、カカワーシャはその場所に何があるかを知っていた。
別のカンパニー社員が、カカワーシャに話しかける。彼女は部隊に配属されて間もない社員であった。
「全く何もありませんが、鉄墓は何故ここへ向かったのでしょうか?」
「ここは、ヒスイノ星系群の中で高い価値のある場所なんだ。これ以上は言えないから、機密情報レベル1に書かれている部分だけでも覚えておいて。」
「っ…勉強不足で申し訳ございません!」
「大丈夫。入って間もないんだから、これから勉強していけばいいよ。そうだね――皆!かの星系の責任者は自力で難を逃れるかもしれないけど、念には念を入れよう。鉄墓の気を引くためのダミー船を用意してくれ!…接近するとき、絶対高度ステルス機能は解かないように。」
鉄墓は、現在博識学会と共に行動している、天才クラブのスクリューガムに狙いをつけたと推測できる。それか、ただ視界に入っただけで、次の標的を決める際の遊びか。
一度神秘の壁を通ったら、いきなり姿を消したように見える。それを訝しまれないように、鉄墓を騙しきる必要があるとカカワーシャは考えた。
彼はデスクから立ち上がると、直属の部下たちを招集した。大まかな作戦を話してから、更に段取りを説明していく。神秘の秘匿が破られないよう、カンパニーの少数精鋭艦隊は鉄墓が向かった星系へと舵を切った。
―――――
共同研究の会議中、業務メッセージが届く。ここに集まっているレイシオやスクリューガム、智械黑塔にも同様に届いたようだ。レイシオは険しい顔をし、スクリューガムが皆に向かって言う。
「提言:共同研究の話は一時中断しましょう。」
「スクリューガムに賛成だ。こうも大きなトラブルが起こるとは、予測していなかったな。」
不思議そうに私たちを見るサユに対して、私が説明する。絶滅大君、鉄墓がこの地に接近していると。鉄墓は私たち深緑の騎士が、スクリューガムと軍事提携をして、長年抗戦している相手だ。連絡を送ってくれたカンパニー曰く、博識学会の最新設備を乗せた艦隊がつけられていたようである。おそらく最初から。
不安がるサユとサマンサとは違い、智械黑塔はいつもの自信に満ちた表情を崩さなかった。
「今、星にある実験を試しているの。もしもの時は、義体を総動員するから安心して。」
レイシオは焦っても何ができるわけでもないと言って、共に来た博識学会のメンバーに連絡を取る。スクリューガムは智械黑塔の姿を興味深そうに見ていた。
私は、「最後の手段」として研究施設の外へと連れていかれることになる。最後の手段とは戦闘を行うことかと思いきや、違うようだ。彼女は深く語らなかったが、私は策について思い当たることがあった。
智械黑塔は人命を損なわせることなどしない。不測の事態であっても、短時間で完璧に練られた解決策を打ち出せる能力があるのだ。最後の手段など使うこともないと理解しているのだろう。
私の近くに沢山の義体が置かれ、思考リソースが割かれた智械黑塔が一体だけ立つ。彼女は両腕を腰に当て、不機嫌そうに言った。
「折角スクリューと狂风たちが来てくれたのに、台無し。鉄墓には、間抜けを晒して帰ってもらわないとね。」
「ああ。そして、星と君の実験が成功することを祈ろう。」
私たちは暗い空を見た。静寂が続く。
―――――
灰白色の世界。智械黑塔の思考領域にて、星は彼女から渡された、実体のないエネルギーの塊を扱えるようにと特訓していた。
実験の概要を説明され、その成果を試す相手がいることも伝えられる。ここで予行練習すれば、言語野に支障をきたすこともないという。
「そう。そのまま前に突き出して、掌の中の物を押し出す感じだよ。」
「うわ…目の前が歪んでる。それで、次はどうするの?」
「その歪みを手で分けるようにして。」
星は、渡されたエネルギーが空間を歪めるのを見て毎度声を出しながらも、智械黑塔の指示に従う。星はバットを振ることなら得意だが、こういったよく分からないものを行使するのは至難の業であった。
智械黑塔は言う。神秘の運命のエネルギーとは、理解できないからこそ効力を持つのだと。
「最近渡した、星海における派閥の説明は読んだ?あなたはそういった知識も忘れているか、そもそも知らないみたいだから渡したんだけど。」
「まだ読んでない…。」
「だと思った。」
智械黑塔は指を立てて説明する。「神秘」の派閥には虚構歴史学者、リドラーがいて、それぞれ歴史の破壊、言語体系の破壊を行っていることを。そしてその派閥の性質は「壊滅」の運命に被る部分があることについても話す。
「あんたと真逆じゃない?」
「神秘の力は、破壊するだけじゃないの。隠すことで、守ることだってできる。」
神秘の力は、騙す事でもある。
星は、話される動作を少しずつ会得していく。認識改変を起こした空間は視認しない。空を触るときには、手で混ぜるように。加えて事象をかき乱すような感覚を、脳裏で思い浮かべる。
どれだけの時間が経ったのか星には分からないが、ついに智械黑塔の指示通りにエネルギーを動かせるようになる。智械黑塔はそれを認めると、星を連れ出した。
そして星は見ることになる。智械黑塔以外のオムニック、モノアイを緑色に光らせた機械仕掛けの巨漢の姿を。
智械黑塔は、じっと動くことのないオムニックに触れる。ほろりとその巨漢の姿は崩れ、曖昧な砂のヒトガタを作り上げた。残されたのは小さな本。それも書いてある言語が理解できないものだ。それは彼女の背部ユニットに取り付けられた本型のデバイスに類似していた。
智械黑塔は星にそれを手渡すと、来た道を戻っていく。
「…星、外に戻った後も力の使い方を覚えておいて。」
星は、含みを持たせた彼女の言い方に疑問を持ちながらも、小さく頷く。すると星の視界は灰白色から、少しずつ別の色がにじむようになっていく。ぼやけた視界が元に戻る。
星の精神は、研究室へと戻ってきた。だが星の直近の記憶はどこかぼんやりしていて、霧がかっているようだった。
「…ゴミケーキはどこ行ったんだっけ?狂风たちはどこ…何この紐…。」
しばらくして、星の体に取り付けられていたコードが、思考リソースが割かれていない人形たちに外される。すぐさま人形に研究室から外へと出された。
リフトが上がり、先ほど待機していた部屋を通りすぎて、外の見える最上階へと辿り着く。そこには既に大量の義体が置かれていた。暗い空から、機械の駆動音らしき轟音が響いてくる。絶滅大君、鉄墓がすぐ近くまで迫っているのだ。
智械黑塔は空を指さした後、両掌を掲げた。そしていくつかの義体が、星の背中に掌を当てる。
「星、目を瞑って手を伸ばして。思い出すの。」
星は困惑しながらも、瞼を閉じて、言われた通りに手を伸ばす。霧がかった知識経験が、少しずつ浮かび上がってくる。ほんの数時間であったはずの経験が、長く数日分のように。
星は手を掻き分けながら、深く息をする。神秘に呑まれて狂うことなく、力を行使する。