『ねえ、暇ならベースやって!』
声を思い出す。
止まっていた時計の針を、無理やりに進め出してくれた、その言葉。
中学時代、私はロックバンド《ざ・はむきたす》に所属してた。
どうしてそのバンドに入ったか。細かいことはもう覚えてない。
それよりも大事なことがあった。ざ・はむきたすの、青くさくて、それでいて真っすぐな歌詞が好きだった。
でも、売れるために、歌詞をどんどん“売れるためだけ”のものにしていって。
私の音楽は聴こえなくなった。代わりに、私の中の何かが壊れていく音がした。
私たちらしくないバンドは、嫌だった。
だから私はざ・はむきたすをやめた。
そんな時に虹夏がバンドに誘ってくれた。それがあの言葉だった。
『だって私、リョウのベース、好きだし!』
私は、私らしい音楽を奏でたい。
私は、私たちらしい音楽を奏でたい。
だから、虹夏の言葉に私は救われた。
虹夏とはまだ関わって二年くらいしか経っていなかったけど、性格はなんとなくわかる。
優しくて、構いたがりで、でもちょっと向こう見ずな勢いのあるドラマー。
そんな虹夏とバンドを組むなら、今までの順風満帆なバンド生活とは違うものになるだろうけど。
でも私たちらしい音楽が奏でられるなら、悪くないんじゃないかと思えた。
『バラバラな個性の人間が集まって、それが《結束バンド》の色になるんだよ』
いつの日か、ぼっちに言った想いがあった。
虹夏と二人で結束バンドを結成してすぐ、郁代が加入した。でも郁代は最初のライブでバックレて、虹夏が代わりに見つけたサポートギターが後藤ひとり──ぼっちだった。
作詞担当になったぼっちが最初に見せてくれた歌詞は、はっきり言って代わり映えのない、つまらない歌詞だった。
ありきたりな言葉の数々は、胸に訴えかけては来なかった。これっぽっちも。
その歌詞が好きな層がいるのも知ってる。歌詞そのものを否定するわけじゃないし、似たような歌詞で世間的に人気な曲があるのは確かだし、好きな曲もある。
けれど、ぼっちがこれを書くのなら、それはありきたりにしかならない。だからぼっちに私の気持ちを伝えた。ざ・はむきたすのことも含めて。
『個性捨てたら、死んでるのと一緒だよ』
そうしてぼっちは、《ギターと孤独と蒼い惑星》を生み出した。
暗すぎて、陰鬱で、雨の日が似合う歌詞。でもぼっちの魂が乗っている歌詞はカッコいい。
ありがとう、自分らしさを前面に出してくれて。
たとえ少なくても、この歌詞に、私たちの色に、響いてくれる人がいるから。
それに、ぼっちはギターでも魂を出してくれる。
チームプレイははっきり言ってド下手だけど、ピックを操る腕と弦を操作する指先は、初めて出会った頃から様になっていた。だから技術そのものが卓越していることは疑問に思わなかった。
オーディションの時も、虹夏が驚くぐらいの本領を発揮してくれた。別にそうじゃなくても、店長はライブに出してくれたと思う。でも、何よりぼっちらしくいてくれることが嬉しかった。
『私……頑張る。結束バンドのギターとして』
その決意は、私の想いと重なるものがあった。
ぼっちが偶然学校でみつけたボーカル候補、何を隠そう結束バンドを逃げ出した郁代。彼女が再加入したときの言葉だった。
最初のライブをバックれたと言うのは、まあ突飛な行動が過ぎる。良くも悪くも、これが本物の陽キャの行動力なのかもしれない。
誰の目に見ても最悪な行動だったけど、郁代はその反省をちゃんと行動で示してくれた。
ご飯を奢ってくれる。ぼっちと練習をずっと続けているのも知ってる。指に
まだまだ初心者の域だ。ピックを操る腕はぎこちなくて、肩から動くぐらいの腕前だけど、うまくなってほしいんじゃない。
私は、私らしい音楽が、私たちらしい音楽がしたい。だから、下手だってなんだっていいんだ。
郁代は、虹夏にも、私にも、ぼっちにもない色がある。それを出してくれる。ぼっちの歌詞や私の音にも塗り替えられないで、自分の色を出し続けている。まあ、まだ下手で余裕がないからかもしれないけど。
でも、頑張ってくれる。だから逃げたことなんてもう、気にしないよ。
私も頑張ろうと思えるんだよ。結束バンドのベースとして。
でも、心配事は合った。
「次の曲も私たちのオリジナル曲でっ……つい先日できたばかりの曲で──」
郁代の声が明らかに固い。
台風の日。結束バンド、四人での初めてのライブ。
一曲目、《ギターと孤独と蒼い惑星》は、ちょっと失敗した。虹夏との呼吸も合わなかった。
怖くなる。中学の文化祭、今でも夢に見る同級生たちの静寂を思い出す。
そんな時、静寂を切り裂いた鋼鉄の
(……ぼっち?)
ぼっちが、ソロギターをかます。郁代のMCを跳ねのけて。自分の存在を主張している。
いつもの自身がないような演奏じゃない。追いつめられたような猫背、けれど瞳孔が開いたように、ギターだけを見る鬼気迫る無の表情。
ふと、虹夏を見た。
驚きにかられる虹夏は、けれど意を決したように私を見た。
私も虹夏も頷いた。そうすると、ライブハウスの光が消えて──
《あのバンド》が始まった。
今度は、呼吸がそろう。私と虹夏が、ぼっちを追いかけるように。もう、一曲目みたいな失敗はない。
少し遅れて郁代のギターが追いかけてくる。多少コードミスはあるけど、自信のない弾き方じゃないから大丈夫だ。
ぼっちが、ただただ、奏でている。夢中になって。
でも、心配事はあった。
結束バンドのメンバーは嫌いじゃない。
虹夏は時々怖いけど、リーダーとして頼りになるし、人柄もよく知ってるから息も合わせられる。
ぼっちは逸材だ。郁代も頑張ってくれている。
──なら、私は?
親への反抗心で始めたロック。ずっとやってきたし、今では音楽そのものが好きになった。
作詞も作曲もできる。ベースができるし、ギターやバイオリンだって下手じゃない。なんだってできる。だって私、天才だし。
でも、それでもざ・はむきたすは脱退することになった。
たとえ私が私たちらしい音楽を求めても、一緒にいる人たちがいなけりゃ、私たちらしい音楽なんて演奏できるわけがない。
何よりも。
たとえ一緒にいる人たちが頑張っても、いつか私が、魂のない音を出してしまうんじゃないかと、不安になる時がある。
バンドを脱退してから、ずっと。虹夏に誘われても、郁代が戻ってきた時も、ぼっちに自分の気持ちを伝えた時も、ずっと。
──バンドを一度抜け出した私が、私たちらしい音楽をする?
──売れ線バンドだって、決して悪いものじゃないのに? それだって、ある意味自分たちらしいのかもしれないのに?
──他人に“私たちらしい音楽”を強要して、それは本当に私たちらしい音楽なの?
自分の影が──自分の足に絡まりつく悪いドッペルゲンガーが、そう怖がって怖がって、ずっと悲鳴をあげていた。
「二曲目っ……《あのバンド》、でしたっ!」
郁代が息を切らしながら、精一杯声を張り上げた。
無我夢中で奏で終えた、自分たちの音楽。
「じゃあ次、ラストの曲です……!」
そのまま、三曲目。《ドッペルゲンガー》へ。
(そうだ……)
不安だったけど、もう大丈夫だとわかった。
今。ぼっちの演奏を見て、自分の不安がどれだけ的外れなものだったか思い知らされた。
ぼっちは、嘘をつけない。不器用だから。
不器用だから、自分の気持ちに嘘をつけないから、どこまでも自分の色を出し続けるんだ。
だから、私も、負けられないと思えた。
このバンドで私が自分の色を出したって、周りがそれに染まることはない。全員が全員、バラバラな個性を発揮し続けるんだ。
郁代だって。《逃げたギター》という強烈な個性は、簡単に私たちの個性に染まるわけがないんだ。
虹夏だって。結束バンドの始まりが、あの向こう見ずな勢いのドラマーが、私やぼっちになびくわけがない。
私の個性に染まることがないメンバーたち。だったら、私もみんなの個性に染まらない。
大丈夫だ。結束バンドならきっと。
だから、もう、不安にならなくていいんだよ。
《ドッペルゲンガー》を奏でる時。私の後ろから、不安がる私が天に昇る感覚があった。ざ・はむきたすを抜けたことを後悔して、悔しがって、泣いていたあの頃の私が。
ドッペルゲンガーは逝った。
もう心配ないよ、あの頃の私。
心配してくれてありがとう。
郁代が、虹夏が、ぼっちがいるから大丈夫だよ。
もう、私は“私”に守られる必要ないよ。
自信をもって、私たちの音楽を奏でられるから。
だから、聴いてよ。私たちらしい音楽を。