【完結】ドッペルゲンガーシリーズ   作:迷えるウリボー

2 / 4
リョウ「ドッペルゲンガーは、いった」

 

 

 

『ねえ、暇ならベースやって!』

 

 声を思い出す。

 止まっていた時計の針を、無理やりに進め出してくれた、その言葉。

 中学時代、私はロックバンド《ざ・はむきたす》に所属してた。

 どうしてそのバンドに入ったか。細かいことはもう覚えてない。

 それよりも大事なことがあった。ざ・はむきたすの、青くさくて、それでいて真っすぐな歌詞が好きだった。

 でも、売れるために、歌詞をどんどん“売れるためだけ”のものにしていって。

 私の音楽は聴こえなくなった。代わりに、私の中の何かが壊れていく音がした。

 私たちらしくないバンドは、嫌だった。

 だから私はざ・はむきたすをやめた。

 そんな時に虹夏がバンドに誘ってくれた。それがあの言葉だった。

 

『だって私、リョウのベース、好きだし!』

 

 私は、私らしい音楽を奏でたい。

 私は、私たちらしい音楽を奏でたい。

 だから、虹夏の言葉に私は救われた。

 虹夏とはまだ関わって二年くらいしか経っていなかったけど、性格はなんとなくわかる。

 優しくて、構いたがりで、でもちょっと向こう見ずな勢いのあるドラマー。

 そんな虹夏とバンドを組むなら、今までの順風満帆なバンド生活とは違うものになるだろうけど。

 でも私たちらしい音楽が奏でられるなら、悪くないんじゃないかと思えた。

 

『バラバラな個性の人間が集まって、それが《結束バンド》の色になるんだよ』

 

 いつの日か、ぼっちに言った想いがあった。

 虹夏と二人で結束バンドを結成してすぐ、郁代が加入した。でも郁代は最初のライブでバックレて、虹夏が代わりに見つけたサポートギターが後藤ひとり──ぼっちだった。

 作詞担当になったぼっちが最初に見せてくれた歌詞は、はっきり言って代わり映えのない、つまらない歌詞だった。

 ありきたりな言葉の数々は、胸に訴えかけては来なかった。これっぽっちも。

 その歌詞が好きな層がいるのも知ってる。歌詞そのものを否定するわけじゃないし、似たような歌詞で世間的に人気な曲があるのは確かだし、好きな曲もある。

 けれど、ぼっちがこれを書くのなら、それはありきたりにしかならない。だからぼっちに私の気持ちを伝えた。ざ・はむきたすのことも含めて。

 

『個性捨てたら、死んでるのと一緒だよ』

 

 そうしてぼっちは、《ギターと孤独と蒼い惑星》を生み出した。

 暗すぎて、陰鬱で、雨の日が似合う歌詞。でもぼっちの魂が乗っている歌詞はカッコいい。

 ありがとう、自分らしさを前面に出してくれて。

 たとえ少なくても、この歌詞に、私たちの色に、響いてくれる人がいるから。

 それに、ぼっちはギターでも魂を出してくれる。

 チームプレイははっきり言ってド下手だけど、ピックを操る腕と弦を操作する指先は、初めて出会った頃から様になっていた。だから技術そのものが卓越していることは疑問に思わなかった。

 オーディションの時も、虹夏が驚くぐらいの本領を発揮してくれた。別にそうじゃなくても、店長はライブに出してくれたと思う。でも、何よりぼっちらしくいてくれることが嬉しかった。

 

『私……頑張る。結束バンドのギターとして』

 

 その決意は、私の想いと重なるものがあった。

 ぼっちが偶然学校でみつけたボーカル候補、何を隠そう結束バンドを逃げ出した郁代。彼女が再加入したときの言葉だった。

 最初のライブをバックれたと言うのは、まあ突飛な行動が過ぎる。良くも悪くも、これが本物の陽キャの行動力なのかもしれない。

 誰の目に見ても最悪な行動だったけど、郁代はその反省をちゃんと行動で示してくれた。

 ご飯を奢ってくれる。ぼっちと練習をずっと続けているのも知ってる。指に胼胝(たこ)ができるくらい、指が切れて血が出るくらい練習してる。あと、ご飯をたくさん奢ってくれる。

 まだまだ初心者の域だ。ピックを操る腕はぎこちなくて、肩から動くぐらいの腕前だけど、うまくなってほしいんじゃない。

 私は、私らしい音楽が、私たちらしい音楽がしたい。だから、下手だってなんだっていいんだ。

 郁代は、虹夏にも、私にも、ぼっちにもない色がある。それを出してくれる。ぼっちの歌詞や私の音にも塗り替えられないで、自分の色を出し続けている。まあ、まだ下手で余裕がないからかもしれないけど。

 でも、頑張ってくれる。だから逃げたことなんてもう、気にしないよ。

 私も頑張ろうと思えるんだよ。結束バンドのベースとして。

 

 でも、心配事は合った。

「次の曲も私たちのオリジナル曲でっ……つい先日できたばかりの曲で──」

 郁代の声が明らかに固い。

 台風の日。結束バンド、四人での初めてのライブ。

 一曲目、《ギターと孤独と蒼い惑星》は、ちょっと失敗した。虹夏との呼吸も合わなかった。

 怖くなる。中学の文化祭、今でも夢に見る同級生たちの静寂を思い出す。

 そんな時、静寂を切り裂いた鋼鉄の(げん)

(……ぼっち?)

 ぼっちが、ソロギターをかます。郁代のMCを跳ねのけて。自分の存在を主張している。

 いつもの自身がないような演奏じゃない。追いつめられたような猫背、けれど瞳孔が開いたように、ギターだけを見る鬼気迫る無の表情。

 ふと、虹夏を見た。

 驚きにかられる虹夏は、けれど意を決したように私を見た。

 私も虹夏も頷いた。そうすると、ライブハウスの光が消えて──

 《あのバンド》が始まった。

 今度は、呼吸がそろう。私と虹夏が、ぼっちを追いかけるように。もう、一曲目みたいな失敗はない。

 少し遅れて郁代のギターが追いかけてくる。多少コードミスはあるけど、自信のない弾き方じゃないから大丈夫だ。

 ぼっちが、ただただ、奏でている。夢中になって。

 

 でも、心配事はあった。

 結束バンドのメンバーは嫌いじゃない。

 虹夏は時々怖いけど、リーダーとして頼りになるし、人柄もよく知ってるから息も合わせられる。

 ぼっちは逸材だ。郁代も頑張ってくれている。

 

 ──なら、私は?

 

 親への反抗心で始めたロック。ずっとやってきたし、今では音楽そのものが好きになった。

 作詞も作曲もできる。ベースができるし、ギターやバイオリンだって下手じゃない。なんだってできる。だって私、天才だし。

 でも、それでもざ・はむきたすは脱退することになった。

 たとえ私が私たちらしい音楽を求めても、一緒にいる人たちがいなけりゃ、私たちらしい音楽なんて演奏できるわけがない。

 何よりも。

 たとえ一緒にいる人たちが頑張っても、いつか私が、魂のない音を出してしまうんじゃないかと、不安になる時がある。

 バンドを脱退してから、ずっと。虹夏に誘われても、郁代が戻ってきた時も、ぼっちに自分の気持ちを伝えた時も、ずっと。

 

 ──バンドを一度抜け出した私が、私たちらしい音楽をする?

 ──売れ線バンドだって、決して悪いものじゃないのに? それだって、ある意味自分たちらしいのかもしれないのに?

 ──他人に“私たちらしい音楽”を強要して、それは本当に私たちらしい音楽なの?

 

 自分の影が──自分の足に絡まりつく悪いドッペルゲンガーが、そう怖がって怖がって、ずっと悲鳴をあげていた。

「二曲目っ……《あのバンド》、でしたっ!」

 郁代が息を切らしながら、精一杯声を張り上げた。

 無我夢中で奏で終えた、自分たちの音楽。

「じゃあ次、ラストの曲です……!」

 そのまま、三曲目。《ドッペルゲンガー》へ。

(そうだ……)

 不安だったけど、もう大丈夫だとわかった。

 今。ぼっちの演奏を見て、自分の不安がどれだけ的外れなものだったか思い知らされた。

 ぼっちは、嘘をつけない。不器用だから。

 不器用だから、自分の気持ちに嘘をつけないから、どこまでも自分の色を出し続けるんだ。

 だから、私も、負けられないと思えた。

 このバンドで私が自分の色を出したって、周りがそれに染まることはない。全員が全員、バラバラな個性を発揮し続けるんだ。

 郁代だって。《逃げたギター》という強烈な個性は、簡単に私たちの個性に染まるわけがないんだ。

 虹夏だって。結束バンドの始まりが、あの向こう見ずな勢いのドラマーが、私やぼっちになびくわけがない。

 私の個性に染まることがないメンバーたち。だったら、私もみんなの個性に染まらない。

 大丈夫だ。結束バンドならきっと。

 だから、もう、不安にならなくていいんだよ。

 《ドッペルゲンガー》を奏でる時。私の後ろから、不安がる私が天に昇る感覚があった。ざ・はむきたすを抜けたことを後悔して、悔しがって、泣いていたあの頃の私が。

 

 ドッペルゲンガーは逝った。

 もう心配ないよ、あの頃の私。

 心配してくれてありがとう。

 郁代が、虹夏が、ぼっちがいるから大丈夫だよ。

 もう、私は“私”に守られる必要ないよ。

 自信をもって、私たちの音楽を奏でられるから。

 だから、聴いてよ。私たちらしい音楽を。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。