──虹夏、夢はね。
──どんな辛い時も、道を照らしてくれる。
──光になるんだよ。
台風の日。
《結束バンド》の皆で作ったてるてる坊主は、力を発揮してくれなかった。
ライブに誘った友達たちは、悪天候を前に来てくれることはない。
他のバンドを目当てに来た人たちは、結束バンドなんて名前に興味すらなくて。
十人もいない観客の前。披露した《ギターと孤独と蒼い惑星》は、乾いた拍手しか誘わなかった。
喜多ちゃんにも、気の利いたことも言えやしない。
リョウはたまにやってくるビビリを発揮して、いつもの息が合わせられない。
けれど。
静寂を切り裂いた、鋼鉄の
(ぼっちちゃん……)
後藤ひとり──たまたま下北沢の公園にいたギタリスト。極度のコミュ障で、リョウが命名した《ぼっちちゃん》というデリケートな渾名にも喜んでしまう。友達もいなかったという彼女は、だけど勇気を振り絞って私とリョウの結束バンドに参加してくれた。
下手だと思っていたぼっちちゃんの演奏は、オーディションの日、明らかにいつもと違った輝きがあって。
それ以降、その演奏にどこか既視感があって、忙しない日々の中で頭を刺激するそれが何なのかを考えていた。
そして、今。
「二曲目っ……《あのバンド》、でしたっ!」
最初の緊張をどこかに吹き飛ばして、一心不乱に歌い切った喜多ちゃんの声が響く。
目が離せない。ぼっちちゃんを見続ける。
ぼっちちゃんは、我に返ったように、奇行の後のように、錆びれた時計みたいに振り向いて。
私は思わず、生み出た笑顔を、さらに意識して笑みを増やした。
「じゃあ次、ラストの曲です……!」
喜多ちゃんの声。併せて、みんなが私に顔を向ける。
ドラムスティックでリズムをとる。さあ三曲目、《ドッペルゲンガー》だ。
リョウとぼっちちゃんの才能が爆発して、次々に生み出した曲の三曲目。それは、怖がりな誰かさんを助けようと手を差し伸べる、
(そうか。もう一人の誰かさんは……ぼっちちゃんだったんだね)
理解する。今、コミュ障で不器用なはずのぼっちちゃんは、誰よりも観客の視線を奪いにかかっている。
それは私も例外じゃない。私の視線の先には、視線を奪って離さない女の子がいたんだ。
俯き気味な視線はギターだけしか見ていなくて、ピンク色の髪が無造作に跳ねる。その前髪に邪魔されて、火照った頬が少し見えるだけ。
それでも。
(ぼっちちゃんの、あの演奏は──)
今になって、自分の中の違和感に気づいた。
気づいてしまえば、どうして気づけなかったのかと自分を馬鹿にしたくなる。
忘れるわけがない。覚えがある。そのキレのあるストローク。
たくさんの視聴者を有無を言わせない演奏で釘づけにしてきた、そのネット上の配信者の名前は。
(《ギターヒーロー》だ……)
その時、お母さんの言葉を思い出した。
目の前のぼっちちゃんと、動画の中の華奢な背格好のヒーローが重なっていく。ぴったりと。
同じような猫背で、顔も見せず、ただ必死になってギターを奏でている姿を思い出す。
同じピンク色のジャージだった。同じギターだった。
遊びに行ったあの和室と、配信で見る壁は一緒だった。
驚きが、確信に変わる。
(私……今、ギターヒーローと、演奏してるんだ)
確信は、恍惚に変わって。
(私……今、ギターヒーローと、演奏してる──)
私は、今。
最高に、どうかしてる。
────
ライブ終わり。店長であるお姉ちゃんは、他の人も交えて打ち上げを開いてくれた。
私。ぼっちちゃん。リョウ。喜多ちゃん。お姉ちゃん。ライブハウスのPAさん。ぼっちちゃんのチケットを買った廣井さん。合計で七人。
常に誰かと誰かが話していて、真面目な話も、笑い話も、絶えることはない。
全員に達成感と疲労感がある。私も同じで、笑って、ツッコミして、楽しくて、楽しくて、楽しくて。
でも、目が冴えて。
「私ちょっと、トイレー」
そんな風に言い訳して喧騒から抜け出した。
居酒屋の外へ出る。台風はもう通り過ぎて、夏の終わりにしては涼しい。
それに、星がよく見える。
(ギターヒーローの、生演奏を見れたんだ)
思い出すのはそれだけだ。
みんな頑張った初ライブ。でもファンとして、思い出しちゃうのはたった一人の演奏だ。
確信がある。後藤ひとりは、ギターヒーローだ。
オーディションの時の爆発力、今日のアドリブソロのテクニカルさ、《あのバンド》の時の鮮烈な演奏。
ずっとファンで、その活動も追っていた。考えてみれば、ここ数か月はいつもより配信頻度が落ちていた。ぼっちちゃんが結束バンドに加入した時期とも一致する。
(ギターヒーローが、私のバンドで演奏してた)
その驚きはまだ冷めない。どこか現実味がなくて、でも紛れもない現実だと頭が理解して、体が宙に浮いてしまうような、ポワポワとした感覚。
ファンとしての悦びじゃない。ライブが成功した喜びでもない。
この感覚は、そう──
「お姉ちゃんのカッコよかったライブ……みたいだなぁ」
初めて観たライブは、お姉ちゃんのライブだったな。
あの頃、私は家を空けるお姉ちゃんのことが嫌いで、お姉ちゃんを奪うロックバンドなんて大嫌いで。
でもお母さんが亡くなって、寂しがる私をライブハウスに連れてってくれた。
初めてのライブは、初めてお姉ちゃんが演奏する姿は。大きなドラムの衝撃は、観客の人たちの歓声は、虹色に輝く星のような光は。
全部がキラキラして、すごく幸せな空間だった。
(あはは……あの時と、同じだ)
ねえ、お母さん。世界のすべてを塗り替えてしまうような衝撃が、今日のライブにはあったんだよ。
──虹夏、夢はね。
──どんな辛い時も、道を照らしてくれる。
──光になるんだよ。
お母さんの言葉を思い出したよ。
夢が、光になってくれたよ。
私の夢だけじゃない。たくさんの人のたくさんの頑張りが、私の夢を照らしてくれる光になったよ。
リョウが自分たちの音楽をやろうとして、喜多ちゃんがみんなで一緒に何かをすることに憧れて、ぼっちちゃんもきっと、結束バンドにかける想いがあるんだよ。だから今日、あれだけの演奏ができたんだ。
(そっか……ぼっちちゃんはずっと、変わりたいって思ってたんだね)
ちゃんと聞かなきゃ本当のことはわからないけど、でも、そうなんだと自然と思う。
《ドッペルゲンガー》にある歌詞は、どこまでも直接的だ。弱い自分じゃなくて、ギターヒーローみたいなカッコいい自分になりたいと思っているんだね。
(大丈夫だよ、ぼっちちゃん)
ぼっちちゃんのドッペルゲンガーは、すごくカッコよかったよ。
私に超ド級の衝撃をかましたよ。
少し恥ずかしいけど、私は確信したんだ。
リョウが最初に私の願いを聞いてくれたから、夢が始められるんだって。
喜多ちゃんが引っ掻き回してくれたから、夢はどんどん広がっていくんだって。
ぼっちちゃんがいたら、夢を叶えられるって。
結束バンドなら、みんなで夢を叶えられるって。
ぼっちちゃんが歌詞を通して願ったように。
ぼっちちゃんのドッペルゲンガーは射った。
私の心を射った。
ギターヒーローは、最初からそこにいたんだ。
お姉ちゃんと一緒だね。
キラキラしているものは、最初はそうは見えないんだ。
いつの間にか私の隣にいて、私に力をくれるんだよ。
「あっ、虹夏ちゃん……」
「ぼっちちゃん」
居酒屋の扉を開けて、
今はもう、自信なさげだ。
「な、なにしてたんですか?」
「ちょっと、涼んでたんだ」
お互いの言葉が止まる。少しする。
うん、やっぱり聞こう。
「あのさ」
「あっ……はい」
「ぼっちちゃんがギターヒーロー……なんだよね?」
────
ねえ、お母さん。
これからもたくさん見ててね。私たちのロックを。
私はまだ死にたくないから、そっちにはいけないけど。
代わりに、私たちの音楽を。一つ一つの魂を込めた、いろいろな色がある私たちの
星と一緒に、届けるから。