匣の村   作:上代わちき

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二話「不死身の獣」

 

 

 

「周りの安全は確保しておいたぞ。獣どもがうようよしていたが、すべて斬り捨てた」

「助かった、ジャック殿。……こちらも応急処置は済ませてある」

 

 

 "匣背負い"を退け、負傷した警官達を安全な酒場に運び込んだ後。

 チャーリー達が応急処置を担当し、獣狩りの武器を持つ俺が周りの安全確保を担当した。

 

 "匣背負い"が出て来ただけあって、酒場の周りには人の匂いにつられた獣が何人もいた。

 その獣どもを処理して、それからようやく俺も酒場に合流できた。

 

 

 

「問題がある。先の"匣背負い"だが、やはり酒場の近くにはいなかった。村の奥の方へ逃げたんだろうな」

「あれだけの傷を負ったんだ。命の危機を感じたら獣とて逃げ出す。この酒場から引き離せただけ良しとするべきだ」

「……手負いの獣は恐ろしいぞ?」

「だが、問題はそれだけじゃない。……応急処置を済ませたが、私の部下達はしばらく動けない」

「俺の輸血液は、普通の人間には劇毒だからな。こればかりは仕方ない」

 

 

 酒場の雰囲気は陰鬱なものだ。

 扉や窓をバリゲードや棚などで塞いでいるものだから暗い。

 獣避けの香を焚いているものだから煙臭いのもいけねぇ。

 

 だがそれ以上に、避難している住民やここを護る警官達が疲弊しきっている。

 けがを負って動けない者も少なくない。

 

 

 

 

「……住民から抗議があった。早くこの村から出してくれ。獣がうろつくこの場から逃げ出したい、と」

「あまり頷けないな」

「ああ。下手に村から出せば獣の病が外に漏れ出る恐れがある。……それを思えば、この村の匣のような地形は合理的だ」

「出入口一つを封鎖すれば、それで陸の孤島になるからな。何かあっても村の中で被害を抑え込める」

「だが閉じ込められる村人たちにとってはたまったものじゃない。……有り体に言って、彼らももう限界だ」

「部下の復帰を待つ時間はないわけだな。どこにいるかわからん獣を追う時間もない。リスクはでかいが、一刻も早く獣が湧き出る原因を探って根絶しないとならん」

 

 

 警察のために用意された部屋に通され一息つく。

 大人数用の宿部屋のようで、いくつかベッドや文机が揃えられていた。

 何人かがベッドに横たわっていて、二人ほど隅の文机で何やらタイプライターを打ったり銃の手入れをしていたりしている。

 

 気分を入れ替えるために、空いている椅子に座ってタバコを吸う。

 味は不味いが、独特の癖があって吸いたくなる銘柄だ。

 

 

 

 そうして気分を入れ替えた後、持ち込んだ鞄を開いて中から道具を取り出す。

 注射器・スポイト・試験管・油・火薬・弾薬を包んだ袋……そういった小道具を揃えたこれは簡単な工房道具で、狩り道具の補給ができるようになっている。

 

 先の"匣背負い"や酒場の周りの安全確保で"水銀弾"を消費してしまったからな。

 今のうちに消化した分を補給する。

 

 それから、神経質かもしれないが刀や銃の修理・手入れも簡単に済ませておく。

 いざという時に壊れては困るからな。

 最低限の備え程度はあるが、そういう事態は避けるに限る。

 

 

 

 

「早速仕事に移そう。……何か、原因の手掛かりはあるか?」

 

 

 

 

 

 

「"不死身の獣"?」

「ああ。獣用に調整した銃弾を何発撃ち込んでも、まるで死なないんだ。だから"不死身の獣"だ」

「不死身、ねぇ……」

 

 

 現在この"匣の村"に強大な獣は二人いる。

 

 

 一人は、先程遭遇した"匣背負い"だ。

 酒場の周りの獣と戦ってわかったが、奴は普通の獣より手強い。

 何か強靭な意思を持っているかのように膂力があって、そして生き汚い。

 手傷こそ負わせたが、確実な狩猟に至るには相応の苦労を強いられるだろう。

 やり方や状況次第では人死にもあり得る。

 

 そしてもう一人が、話題に出た"不死身の獣"だ。

 

 

 

「"不死身の獣"は、この村の北にある教会に引きこもっている。……もとは、その教会の主だったとか」

「……聖職者の獣か。そりゃ手強いわけだ」

「報告ではこの"不死身の獣"が、村の最初の獣だ。それから教会に近い家の村人に獣の病が蔓延していったらしい」

「なるほどなるほど。そりゃあ『怪しい』わな。その"不死身の獣"か、もしくはその教会に獣の病の原因があったとしてもおかしくない」

 

 

 簡単なブリーフィングの結果、その"不死身の獣"が次に狩るべき標的だという結論に至った。

 最善とは言えない手だが、チャーリーに当たっても仕方ない。

 ひとまずはその通りに狩るべきだろう。

 

 

 

「部下はおいていく。他の者もだ。彼らには、酒場の見張りや防衛にあたってもらう。現場の指揮は慣れている奴に任せる」

「動くのは俺達二人だけか」

「すまない。……できる限りの支援はする」

「構わん。もとより一人での狩りが殆どだった。仲間が少なくても仕損じたりしないさ」

 

 

 

 

 

 手入れを終えた千景とエヴェリンを構え、酒場を出る。

 外はすっかり暗くなってしまったが、チャーリーが松明で道を照らしてくれた。

 

 

 

「静かだな……」

「ああ。嫌な空気だ」

 

 道中の獣を駆除しながら北へのぼっていく。

 その最中の道には民家がいくつかあったが、どれも草木に飲まれて廃墟のようだった。

 獣の病が蔓延している今はどれも無人で、なおさら嫌な静けさがあった。

 

 

 

 

「見えてきた。……あれが、噂の教会だな」

 

 

 

 

 

 

「あれが、"不死身の獣"か」

 

 重々しい教会の扉を開くと、舞い降りる埃の先に獣の姿が見えた。

 ガラス越しの月光に照らされて、妙に神々しくおどろおどろしい。

 

 "匣背負い"よりも大きい獣だ。

 聖職者の獣というだけあって、その膂力はより強いものだろう。

 

 見た目はどちらかというと教区長エミーリアに少しだけ似ているが、まぁ手強い聖職者の獣であることには違いない。

 

 

 

「来るぞ、チャーリー」

「ああ。足手まといにはならない」

「ああぁぁあああああああああああああ!!!」

 

 

 

 "不死身の獣"が来る。

 

 その突撃に対し、エヴェリンの銃撃で迎撃する。

 チャーリーも専用の銃で援護してくれた。

 

 

 

「まぁ、それで体幹が崩れるわけはないわな。避けろ!」

 

 二発の弾丸は"不死身の獣"に命中した。

 だが"不死身の獣"が怯むようなことはなく、むしろそのまま振り上げた剛腕を振り下ろしてきた。

 

 風と埃を纏う重い一撃だが、その前振りも大きいもので、俺もチャーリーもその場からステップする要領で避けることはできた。

 

 

 

「こいつを食らいな!」

 

 銃弾がだめなら、武器で攻撃するまで。

 回避するついでに獣の懐に潜り込み、腰の鞘から千景を引き抜きながらそのまま血の居合斬りを放つ。

 

 その斬撃はしっかり獣に命中し、"不死身の獣"に血の呪いと劇毒がしみ込み始める。

 

 

 

「ぐあぁああああああああ!!!」

 

 追撃はしない。

 "不死身の獣"が腕を振り回して反撃を試みるのを気配で感じ取り、すぐさま後方へ飛んで安全を確保した。

 

 

 

 

「ジャック殿、奴の傷を見ろ! ……傷が、ふさがっていく?!」

「なるほど、そりゃ"不死身"だ」

 

 ふと"不死身の獣"を見やると、妙なオーラを纏っていやがるのが見えた。

 ヤーナムで得た啓蒙がそうさせるのだろうか。

 

 それと同時に獣の傷がふさがり始めて、つまり回復し出しているのがわかった。

 こういうところもエミーリアと同じらしい。

 

 

 

「どうする……! このままではこちらが追い詰められる……!」

「まぁ落ち着け。まだ慌てる時じゃない。……丁度、その手への備えがある」

 

 懐から瓶を取り出して、祈祷のようなポーズをする"不死身の獣"に投げつける。

 すると瓶の中から霧のようなものが発生し、それが"不死身の獣"の祈祷と回復を阻害する。

 

 ふさがり始めていた傷が、しかしふさがらなくなった。

 

 

 

「なんだあれは? 傷がふさがらなくなったようだが……」

「"感覚麻痺の霧"だ。あの霧を浴びたり吸い込んだりすると痺れるわけなんだが、特に"生きる力"って奴を鈍らせるってのがウリでな」

「生きる力……」

「ああ。前の仕事でもああいう手合いがいてな、その時もこいつに頼った。この獣も同じ性質で助かったぜ」

 

 

 感覚麻痺の霧。

 こいつもカインハーストから持ち帰った狩り道具の一つ。

 

 本来は狩人の輸血液の使用と効果を阻害して回復を阻止するための道具らしいんだが、転じて回復を試みる獣への特攻となる投げものだ。

 その性質はわりと特殊ってなもんで、カインハーストでしか作られていなかったらしいが、どさくさに紛れて武器と一緒にこいつを作る技術を持ち帰ることができた。

 一度にも持てる数は多くないが、工房さえあれば俺はいくらでもこの手の相手への特攻手段を用いれる。

 

 

 

「がぁあぁあああああ!」

「おうおう、痺れて感覚が麻痺しているんだな。まるで動きがなっちゃいねぇぜ!」

 

 

 その感覚麻痺の霧で、蓄積したダメージが一気にのしかかったのか。

 "不死身の獣"がその場に崩れ落ちる。

 

 その隙を見逃す程耄碌はしていない。

 すぐさま獣の懐に潜り込み、その頭部に右手を突き刺す。

 

 

 

 "内蔵攻撃"だ。

 ヤーナムでは銃で体幹を崩した相手に用いたもので、文字通り相手の内臓に響くような攻撃手段だ。

 だから、こいつの衝撃は獣にとって致命的なもの。

 

 いかに"不死身の獣"といえど、感覚麻痺の霧を食らった状態でこいつを食らえばただじゃすまない。

 大量の血を吹き出しながら、後方の地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「ぎ、ぐぅぅううう……!」

「まだ、生きている……?!」

 

 だがそれでも"不死身の獣"は生きていた。

 血塗れになって、もう俺達へ反撃する力もないが、それでも生きて足掻いていた。

 

 血を垂れ流す体を引きずるようにして、どこかへ逃げようとしているのだ。

 

 

 

 

「霧を食らってなおも生きようとするのは流石だが、もう終わりだ」

「が、あ…………?!」

 

 

 だが、もう逃がすようなヘマはしない。

 獣の無防備な背中に血の居合斬りを浴びせて動きを止め、それからすぐ刀を切り上げてトドメとする。

 

 それでようやく"不死身の獣"を狩ることができた。

 

 

 

 

 

 

「すまないジャック殿。貴公の力と備えに頼るばかりで、私はあんまり助けられなかったな」

「気にするな。あんたはあくまで警察で、俺はこういう獣を狩るのが専門だ」

 

 "不死身の獣"の血で汚れた教会を見やる。

 特に"不死身の獣"が、地を這いながら向かっていた方へ。

 

 その方向は東であり、その先には祭壇があった。

 

 

 

「これは、地下への隠し階段か?」

 

 啓蒙が囁くままにその祭壇を調べると、やはりというべきか地下への階段が隠されていた。

 いよいよもって、きなくさくなってきた。

 

 

 

「探るぞ。もしかしたら地下にこそ獣の病の原因があるかもしれん。さっきの"不死身の獣"も、多分この奥の"原因"で獣になったんだろうよ」

「ああ。絶対に獣の病を根絶して、食い止める……こんな異常事態、外に出すわけにはいかない」

 

 

 




 ジャック
 ヤーナムの"獣狩りの夜"を乗り越え、匣背負いを退けた狩人。
 カインハーストの業を武器に戦う。
 その都合で"感覚麻痺の霧"という備えを有しており、回復の力を使う"不死身の獣"を狩るに至る。



 チャーリー
 ジャックへ獣狩りの協力を要請した依頼主。
 今回は右手に専用の銃を持ち、左手に松明を持つスタイル。
 匣の村に来てから殆どジャックに頼りっぱなしになっている自身に焦りと怒りを覚えている。



 不死身の獣
 匣の村の北に座する教会に住まう、聖職者の獣。
 彼は匣の村の最初の獣の病の罹患者であり、ここから匣の村は獣の病に苛まれた。
 聖職者であったが故かその力は強大で、何人もこの獣の膂力により犠牲となった。

 獣に至る前の聖職者は、死に怯える矮小な人物であった。
 だから妄執に等しい所業を成して獣に至り、そしてその祈祷はある種の奇跡を呼んだ。
 傷がふさがる"不死身の獣"の由来である。



※前回の"匣背負い"がガスコイン枠なら、今回の"不死身の獣"はエミーリア枠。
→正直なところ今回はほぼエミーリア戦のイメージで書いていました。
→ぶっちゃけここで"感覚麻痺の霧"を使う展開を思いついたから、主人公のジャックをカインハーストに縁深い狩人と設定しました。そうでなければ適当に斧とか持たせてました。
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