紅莉栖は夜遅くまで研究に没頭していたが、ここ数週間続く奇妙な夢に、彼女は眠ることすらためらい始めていた。夢の中で、彼女は全く知らない場所や出来事を追体験していた。まるで、他人の人生を目の前で見せられているかのような感覚だった。
夢の中で彼女が目にしたのは、暗く冷たい未来の都市。そこでは、人々が監視され、秩序という名のもとに抑圧されていた。巨大なスクリーンには、「シビュラシステム」と書かれた文字が映し出されていた。人々はそのシステムに従い、自由意志を持たずに生きているように見えた。紅莉栖はその光景に戸惑いながらも、夢の中で見知らぬ人物の視点を通してこの未来を体験していた。
その人物――彼女はすぐに理解した――槙島聖護だった。
「何故、私は聖護さんの過去を見ているの…?」紅莉栖は夢の中で、自分に問いかけた。
夢の中の槙島は、あの冷徹な表情を保ちながら、人々が無意識にシステムに従う様子を観察していた。彼の瞳には、その社会の不自由さと無機質さに対する苛立ちと冷笑が浮かんでいた。彼がなぜこのような行動を取るのか、紅莉栖には次第にその理由が理解できてきた。
彼はシステムに反抗し、自由を取り戻そうとしていた。しかし、その方法は過激で、時に暴力的だった。紅莉栖は、彼の心の奥底にある理想や信念を感じ取りながらも、その過程で彼が犯した数々の過ちや犠牲を目の当たりにしていた。
「これが…聖護さんの世界…」紅莉栖は、夢の中で重苦しい感情に包まれていた。
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次の日の朝、紅莉栖はその夢から目覚め、冷や汗をかいていた。体中が緊張で固まっているような感覚が残り、心は今見た夢の残像に囚われていた。
「どうして、こんな夢を見るの…?まるで彼の記憶を追体験しているみたいだわ。」紅莉栖は一人呟き、深く息を吐いた。
彼女は寝室から出てリビングへ向かい、そこで娘を抱いた槙島の姿を見つけた。彼はいつものように冷静な表情を浮かべていたが、紅莉栖は彼にどうしても尋ねずにはいられなかった。
「聖護さん、少し話せるかしら?」
槙島は娘を優しく揺らしながら、彼女に目を向けた。「どうしたんだい、紅莉栖?いつになく真剣な顔をしている。」
紅莉栖は一瞬ためらったが、やがて言葉を選びながら話し始めた。「実は…最近、夢であなたの過去を見ているの。シビュラシステム…監視社会…あなたがその中でどんなことをしてきたのか…。」
槙島はその言葉を聞いて、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は冷静さを取り戻した。「夢で、僕の過去を…?」
紅莉栖は頷いた。「ええ、まるで私があなたの視点で、その出来事を体験しているかのように。どうしてこんなことが起きているのか分からないけれど、すごく現実的で…。」
槙島はしばらく黙り込んだ後、穏やかに答えた。「それは興味深いことだ。君が僕の過去を夢で追体験しているというのは、彼女…僕たちの娘の力が関係しているのかもしれないな。」
「娘の力が…?」紅莉栖は戸惑った。
「彼女はただの子供ではない。君と僕、交わるはずのなかった二つの世界から生まれた存在だ。彼女の力は、時間や空間だけでなく、記憶にも干渉することができるのかもしれない。」槙島は、少し考え込むように言葉を続けた。「そして君は、彼女の影響を受けて、僕の過去を体験しているのかもしれない。」
紅莉栖はその説明に衝撃を受けた。娘が無意識のうちに、自分の力で両親の記憶に干渉しているという考えは、彼女にとって信じ難いものだった。しかし、これまでの異常な現象を考えれば、それはあり得ないことではなかった。
「それが真実だとしたら、彼女の力はあまりにも強大すぎるわ…。私たちはこのまま何もしないでいいの?」紅莉栖は、娘を見つめながら問いかけた。
「彼女が無意識に記憶を共有させているなら、それは僕たちの過去や思考を直接的に知ることができるということだ。危険でもあるが、同時に僕たちが理解するべき力でもある。」槙島は冷静に答えた。「紅莉栖、君が感じたものはただの夢ではなく、彼女を通じて僕の過去を見たものだ。だが、今はそれを恐れるのではなく、どう対処すべきかを考えるべきだ。」
紅莉栖は深く息を吐き、考え込んだ。娘の力がますます制御不能になりつつあることに対する恐れと、槙島の過去に触れたことで生じた感情が、彼女の中で複雑に絡み合っていた。
「分かったわ、私たちは彼女の力を理解しなければならない。彼女のためにも、そしてこの世界のためにも。」紅莉栖は決意を込めて言った。
槙島は微笑み、娘を見つめながら頷いた。「そうだ、紅莉栖。君と僕がいる限り、彼女は大丈夫だ。」
こうして紅莉栖は、娘の力を理解し、その力を制御するための新たな研究に没頭することを決意した。彼女は槙島の過去を知ったことで、彼に対する理解を深め、二人の絆はさらに強固なものとなっていく。しかし、その背後にはまだ、予測できない未来への不安が残っていた。