『未来への歪み』   作:d1ce-k

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終期 第٦章: 疑念と感情の対立

 

 

紅莉栖と槙島聖護は、研究室で娘の力についての研究を続けていた。娘の力が、時空を歪ませ、現実に異常な影響を及ぼしていることが次第に明らかになり、紅莉栖は日々そのデータを解析していた。デスクには、数々の実験結果と計算式が散乱し、彼女のノートパソコンの画面には複雑な数値とグラフが並んでいる。

 

一方で、槙島は無言で窓の外を見つめていた。その静けさは紅莉栖にとっても異様だった。彼は時折こうして物思いにふけることがあるが、今日の彼の表情にはいつもとは違う何かがあるように感じられた。

 

「聖護さん、どうしたの?」紅莉栖はデータの整理を一旦中断し、槙島に問いかけた。

 

槙島は一瞬、彼女の声に反応するも、すぐにまた視線を窓の外に戻した。そして、少しの沈黙の後、静かに言葉を発した。

 

「紅莉栖、ライプニッツのモナド論を知っているか?」

 

「え?」紅莉栖は意外な質問に驚いたが、冷静さを取り戻し、考え込むような表情を浮かべた。「モナド論…。ライプニッツの哲学よね?彼の考えでは、宇宙は無数のモナド、独立した実体で成り立っている。モナドは外部からの影響を受けず、それ自体が完結した存在。つまり、モナド同士は互いに干渉しない…そんな理論だったと思うけど、どうして?」

 

槙島はその答えに小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。「そう、その通りだ。すべての存在は独立していて、外部の干渉を受けず、各々が自分自身の世界を持っている。だが、この世界で僕はどうだろうか。」

 

紅莉栖は彼の言葉に戸惑いながらも、真剣に耳を傾けた。槙島の顔には、普段の冷静さの裏に何か重いものが宿っているようだった。

 

「僕は、この世界に自分の意思で存在しているのだろうか?」彼はため息混じりに続けた。「あの子の力によって、この世界に引き込まれた僕は、果たして本当にこの世界で独立した存在と言えるのだろうか?」

 

紅莉栖は槙島の言葉の意味を理解し、心の奥で何かがざわめき始めた。

 

「聖護さん…それは…」言葉がうまく出てこない。

 

「あの子が僕をここに引き込んだのだとすれば、僕の存在自体がこの世界の理に反している。そしてもし、僕の存在が強制されたものであるならば、僕の意志や感情、すべてがねじ曲げられている可能性があるんだ。」

 

紅莉栖は思わず息を飲んだ。「やめて…」

 

だが槙島は続けた。「もし僕たちがお互いに抱く感情さえ、彼女の力によって作られたものだとしたらどうだろう?僕たちの愛情すらも、幻想かもしれない。紅莉栖、君が僕に抱いている感情も、僕が君に感じているものも、ただの幻影に過ぎないとしたら…」

 

「やめて!」紅莉栖は感情が抑えきれず、叫びに近い声を上げた。「そんなこと言わないで…そんな風に考えないで!」

 

だが槙島はその叫びにも動じず、冷静に言葉を続けた。「君が感じているこの愛情が本物だと、どう証明できるんだ?もしそれすらも彼女の力によって作られた偽りだとしたら、僕たちは何に基づいて生きているんだ?」

 

紅莉栖は感情が限界に達し、堪えきれない涙が浮かんできた。彼女は震える声で「お願い、もうやめて…」と繰り返したが、槙島は止まらなかった。

 

「紅莉栖、君の感情ですら…」

 

その瞬間、紅莉栖は何も考えられなくなり、感情に任せて槙島の頬を思い切り叩いた。

 

「そんなこと言わないで!」涙が次々と流れ落ち、紅莉栖の顔は怒りと悲しみで歪んでいた。「私たちの感情が作られたものだったとしても、今私が感じているこの気持ちは本物よ!」

 

彼女は槙島に向かって叫び、力なく彼に抱きついた。「…もし偽りだったとしても、私は本物だって感じてる。今ここで、私はあなたを愛してる。それが偽りだなんて思いたくない…」

 

彼女は泣きながら槙島の胸に顔を埋め、涙が止まらなかった。

 

槙島は驚いた表情で彼女の顔を見つめていたが、次第にその表情は柔らかくなっていった。紅莉栖の涙とその言葉に、彼は自分の疑念が揺さぶられるのを感じた。

 

「紅莉栖…」彼は静かに呟き、彼女をそっと抱きしめた。「君がそう言うなら、僕もそれを信じよう。」

 

紅莉栖は彼の胸に抱かれたまま、すすり泣き続けていた。彼女の心の中で渦巻いていた不安や恐れは、槙島の言葉でさらにかき乱されたが、それでも彼女は今、自分が感じている気持ちを本物だと信じたかった。

 

槙島は彼女の髪を優しく撫でながら、自分もまた迷いの中にいることを実感していた。娘の力がどれほど影響を及ぼしているかはわからない。だが、紅莉栖の涙とその言葉が、自分の心に確かに響いたのも事実だった。

 

二人はしばらくの間、言葉を交わさずにその場に立ち尽くしていた。紅莉栖は槙島の胸に寄り添い、彼の温もりを感じながら少しずつ涙を止めた。槙島は彼女を抱きしめ続け、やがてそっと耳元で囁いた。

 

「僕たちがここにいる理由は、誰にもわからないかもしれない。だが、今感じているこの瞬間の感情は、確かに僕たちのものだ。紅莉栖、君のことを信じよう。」

 

紅莉栖はゆっくりと顔を上げ、涙に濡れた瞳で彼を見つめた。そして、震える声で「ありがとう」と呟き、再び彼の胸に顔を埋めた。

 

 

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