浦和の桜吹雪   作:Simca Ⅴ

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#10「試練の年が明ける〜ユングフラウ賞〜」

 初日の出が昇り、2011年が幕を開けた。

 しかし、落語家と競走馬にとっては正月も三ヶ日も関係ない。何なら正月でも地方競馬場は営業してる!*1

 そんなわけで、私も競馬新聞で同期のオルフェーヴルやウィンバリアシオンの足取りを辿りつつ、調教をこなす日々を送っていた。

 

 次走はユングフラウ賞。

 2009年から南関東重賞(S3)に格上げされてるんだけども……一昨年と去年の優勝馬は川崎と大井? 地元浦和の勝利馬は重賞昇格前に遡っても2002年が最後? ちょっとぉ、しっかりしてよね。浦和スピリットはどこ行っちゃったの?*2

 ……まぁ、浦和以外で重賞を勝ってきた、しかも浦和をまだ走ったことすらない私が言えた義理じゃないけどさぁ……もちろん、去年中に浦和競馬場へ足を運ぶ目的そのものは達成したし、同じ浦和に所属する先輩たちにも顔を覚えられたし……ただ足を運んだのは走る方(コース)じゃなくて賭ける方(観客席)だったけど!

 

 さて、ユングフラウ賞の次に出る予定なのが、3月に予定されてる桜花賞。……桜花賞って言ったけど、中央(G1)の方のじゃなくて浦和(S1)の方ね。私も最初プラン聞いた時はビックリしたもんだ。「え!? ダートしか走ってない私が中央の芝でG1取ってこいっての!?」ってな具合で。

 まぁ、その後、浦和でやる方の桜花賞だと聞いて少し安心したものだ。

 

 この浦和桜花賞、南関東牝馬三冠の最初のレースだとか。その後に続くのが東京プリンセス賞、そして南関東牝馬三冠最後のレースを飾るのが川崎で開催の南関東オークス*3

 

 それにしても……浦和桜花賞と東京プリンセス賞がS1なのは別に良いのよ、そこで最後の南関東オークスが何でJpn2なのよー!?

 そこはG1とかJpn1とか、せめてS1でしょ! 収まりが悪いったらありゃしない!

 

「……ってわけで、ユングフラウ賞の後は南関東牝馬三冠を狙っていく路線でいきますが、南関東オークスの結果如何ではジャパンダートダービーへの出走は控えるかもしれません」

「そうですね……全日本2歳優駿を除くと大抵は逃げ切り勝ちが多いハルノウラワですけど、大井や川崎の2000や2100では果たしてスタミナが保つかどうか未知数ですもんね」

 

 三ヶ日が開けて新年の挨拶回りを始めた馬主さんが野田トレセンにやってきて、福延さん、岡嶋先生を交えて今年の私のプランを練っていた。去年末はインフルでダウンしてたって美鶴ちゃんから聞いていたけど大丈夫ー?

 

「ハルナちゃん……行けるかい?」

「ヒヒンッ」

 

 私は馬主さんに問われて「もちろん」と返した。

 ダートマイル戦には慣れてきたし、このまま距離延長出来れば走れるレースも増えるし。

 ゴーアレディさんほどじゃないにしても、私も全国の色んなところで走ってみたいし。

 

 今年1番の大詰めは今のところジャパンダートダービーのダート2000mになりそう。それを走り切るならスタミナが保たなきゃ意味がない。

 というわけで、今年前半の調教内容はとにかくその1.5倍か2倍の距離を走破できるスタミナをつけることが目標になった。

 

 ……ところで。

 地方馬ってのは、大抵が地方競馬場に併設されてる厩舎にいて、競馬場のコースをほぼそのまま調教の設備に使っている。

 一見これは合理的に見えるけれども、弱点もある。

 例えば、南関東競馬に属する中でも「別格」とすら言われている大井競馬場ですら、調教施設にプールが無いんだとか。

 ……私が知ってる芦毛のゆるふわウマ娘(ヒシミラクル)なら(プールがないというだけで)泣いて喜びそうな環境だろう。

 

 私? 私は割りと泳ぐのは好きよ。寒中水泳は勘弁してほしいけど……。

 だから前世知識から「地方の調教施設にはプールがない」と知ってたから最初はげんなりしたもの。

 でも、この世界の野田トレセンは一味違った。

 

「さぁて、今日の午前はプールトレーニングにしようか」

〈わぁーい!!〉

 

 なんとこの世界の野田トレセンには、調教用プールが増設されていた!!

 それも温水プールなので、冬でも凍えずに泳げて嬉しい!

 

「ホント、嬉しそうに泳ぐよなハルナちゃん……」

「中央の馬はプールトレーニングでスタミナ、坂路でパワーを付けるって言うが、プールがあるだけでだいぶ調教が楽になるとは思いもしなかった」

「それもこれも、黒松さん一家のお陰ですよね……きっと重源(ちょうげん)さんは喜んでくれただろう」

 

 私の調教を偵察がてら観察していた他厩舎の調教師の先生方と、岡嶋先生がそんな会話を交わしていた。

 

 そうそう。実はこのプール、私の馬主さん一家が、とあることがきっかけでポケットマネーを注ぎ込んで野田トレセンに設置したものなんだとか。

 そのきっかけというのが……、

 

「元々は重源さんが惚れ込んだゴーアレディのためにと用意されたものの、肝心のゴーアレディは中津で故障引退して繁殖入り……。その重源さんは生前、『プールの維持管理費は私が出すから浦和の馬たちの体力作りに役立ててくれ』って言っていたんだとか」

「あの人は、馬とそれに関わる人たちにとっては聖人みたいな人だったからなぁ……」

 

 ……ちょっと、皆さん、偵察なのを忘れてしんみりとした空気になってない?

 

「……でもまぁ、このプール調教のお陰で、シムーンカルマのように中央と張り合える浦和の馬も生まれたこととか、重源さんの甥っ子さんの持ち馬がこうして泳いでいることを今考えると、壮大なマッチポンプにも思えてきますね」

「だな。今頃重源さんのことだからあの世でガハハッて笑っていそうだ。……だからなぁ、岡嶋さん」

 

 ここで空気がピリッと変わるのを私も感じ、岡嶋先生は調教師の先生方からの指名に応えて返した。

 

「……何だい、大久保さん、藪さん」

「ユングフラウ賞、俺たちの厩舎の馬も出る。他の地方の連中にも中央の馬にも負けてられない」

「ハルノウラワばかりが今浦和では目立っているが、俺たちの馬だって忘れてもらっちゃ困る。レースに出すからには必ず勝たせるからな」

 

 他厩舎の先生方からの事実上の宣戦布告。

 これに対して岡嶋先生は口角を釣り上げて、

 

「……そうこなくちゃな」

 

 そう呟くように応じた。

 


 

 その日の午後は調教コースの走り込み!

 

『あと1500m』

「はい!」

 

 調教コースをグールグル、ってな具合で今3周目を回った。

 え? 「(おら)、こんな調教嫌だぁ!」とか投げ出さないかって?

 まさかぁ。

 そりゃあ、私の母は飽きっぽい性格で調教に苦労したと有名らしいハルウララだけども、私は真面目にやってやりますわよ!

 

「ハルナちゃん、親父が立ってるあの部分が4周半だ。あそこまで走ったら一旦休憩な」*4

〈はーい〉

 

 鞍上にいる調教助手さんが示した先に、ゴールポスト代わりの場所に岡嶋先生の姿が見えたのでそこまで走る。

 ただ……レースのような全力疾走ではない流しでの4周半とはいえ、さすがにバテバテ。

 なので、ラストスパートを掛けずに緩めで先生の目の前を通過した。

 

「うーん……比較的緩めに走らせてみたが、4700mをざっと6分半か」*5

「テキ。本気で走らせていなくても後半でバテているのを背中に乗っていても感じたよ」

「やっぱりか……一旦休憩だ」

「了解」

 

 岡嶋先生の休憩コールで、調教助手を勤めている先生の息子さん、岡嶋光和さんが私から下馬し、綱を引いてそのまま馬房へ引っ込む。

 休憩中に関節をアイシングしてもらったりして、気付いたらもうおやつの時間(午後3時)になっていた。

 

「うーん……テキ。ハルノウラワの逃げでの適正距離って、今のところ1500mぐらいが限界に感じるけどどう思う?」

 

 休憩中、岡嶋先生に、光和さんがそんなことを問いかけていた。

 その問いに岡嶋先生も頷き、

 

「そうだな。俺もそう思う。一応、1600mでG1級を勝っているとはいえ……あれは逃げではなく差しや追い込みに近い形だったしなぁ」

 

 まぁね。

 正直言うと1600mを逃げで先頭を譲らずにとなると、今の私にはちょっと厳しいかもしれない。

 逃げで走ること自体は気持ちいいし、気にするのは後続のことだけで、その他のことを思考の外に追いやって目の前に集中できる。

 個人的にはそっちの方が楽だ。

 でも、これから距離が伸び、レースのグレードが上がっていくと、全部が全部それで勝てるとは限らない。

 全日本2歳優駿が良い例だ。

 本当は逃げ切りで勝利するつもりで私も福延さんも構えていた。

 構えすぎたせいで出遅れたけど、その状況を逆に利用して、集団の動きを見極めつつ走っていた。それだから勝てたようなもの。

 あの時、逃げでぶっ飛ばしていても果たして最終直線で使える脚が残っていたかどうか……今考えたところでそれはわからない。

 

「幸いなのはハルノウラワが、一般的な逃げ馬と違うことだ。もし普通の逃げ馬だったなら、全日本2歳優駿で大金星どころか着外だったかもしれない」

 

 岡嶋先生の言う「一般的な逃げ馬」というのは、例えばツインターボやカブラヤオーのように、馬群や他の馬を怖がったり嫌がったりして常に先頭を走って逃げ切ろうとするタイプや、集団で蓋をされたり先頭を取れなかったりするとやる気や落ち着きを無くすサイレンススズカのような馬などを指す。逃げ馬というのは一目で強いかどうかが観客にわかりやすく、特にツインターボの場合は毎回「逃げ切れるか、それとも……?」と玄人たちをドキドキさせて人気を獲得したんだそうだ。

 

 ……例外的に、私の前世にはバーネットキッドのようにオペラオーシフトからの脱獄を決めて(3歳期の札幌記念のラフゲームを)勝利したり、そもそも載っているエンジンが違いすぎて後続を10馬身以上の置き去りにした有馬記念のシマカゼタービンに、それに、無敗四冠馬のケイジだって逃げ一辺倒の戦い方だけでなく、先行・差し・追込をレースやコンディションや対戦相手を見極めて戦っていたような馬たちがいた。

 

 先行はまだやったことないからコツは掴めないけど……あいにく、進路を塞がれたり出遅れたりでやる気を無くすほど私は性根は腐っちゃいない。

 

「そうなると……ハルノウラワに逃げをやらせるとしたら短距離戦に限定した方が?」

「いや、一応2000mでもスタミナが持つように鍛えた方がいい。小柄であることは馬群を抜ける際に若干有利にはなるが、パワーが身に付いていない場合は不利になる場面が多いだろう。今回のユングフラウ賞でも、なるべく前目に付けて、障害になる馬があまりいない状況に持っていく戦法をメインにしよう……おっとお客さんだ」

「ブルッ、ヒィン?」〈ハル嬢ちゃんいるかい?〉

「ブルブルッ」〈プレジャーさん〉

「あ、岡嶋さん、休憩中なのに申し訳ない。ハルノウラワが調教で走ってるのを見たセイウンプレジャーがどうしてもって……」

「構いませんよ富山さん。ちょうどスパーリングパートナーを探していたところでした」

 

 セイウンプレジャー先輩の調教師がこの富山不二夫先生。名前が某六ツ子の作者さんに似ている以外は普通の人。

 件のオーバルスプリントを観戦してお知り合いになったセイウンプレジャー先輩にはあれから色々と目を掛けてもらって、時折調教時の併走に付き合ってくれる。

 

 そうそう、彼の大先輩にあたる競走馬のお話を色々と聞けた。

 やっぱりそれがセイウンスカイだった。

 しかも、この世界ではシャッタードスカイのパパさんというだけでなく、有馬記念で黄金世代の頂点に立つ大金星を打ち立てたというんだから凄い。その1999年の有馬記念は伝説になっているんだとか。その代わり皐月賞はクロスクロウに取られちゃってるから生涯のG1勝利数は変わってないらしいけど……。

 

 彼曰く、「セイウンスカイの劣化コピーのような走り方ですまない」と前置きされつつも、逃げ・先行・差し・追込の各脚質での走り方の違いやプレッシャーの加えられ方の違いなどを色々と身体に覚えさせてくれた。

 本人曰く重賞を勝ったことこそないものの、その目力や脚の使い方、プレッシャーの加え方などなど、流石は現役の9歳馬からは学べることが多かった。

 

「しかし、まさかセイウンプレジャーがここまでやる気に溢れているなんて見たことがないですよ」

「そうなんですか?」

「はい。去年1月に故障してから浦和に移ってきた時なんて、完全にやる気を無くしていました。オーナーさんが変わってからの初戦がオーバルスプリントでしたが、正直言ってレースには出せても勝てないだろうなっていうのは感じていました。それがなんと途中まで先頭を駆け抜けて、終わってみれば4着まで残っていましたからね。それもこれも岡嶋先生のところのハルノウラワのお陰です」

 

 悲しいかな……競走馬というのはレースで実績を立てないと他のオーナーの手に渡ったり、最悪は食肉加工されるなどして処分されたりする。

 サラブレッドは日本では毎年7000頭生まれるが、その中で競走馬として成功するのは一握りに過ぎない。その成功者というのもオープンを勝てれば御の字。大半は未勝利戦すら勝てずに去っていく。オープンを勝った馬の中でもG1を勝てる馬なんていうのも一握りに過ぎず、そもそもG1に挑めるだけでも立派だという。……悲しいことに、例えG1を勝利した馬であっても殺処分されることさえある。

 

 私の知る前世ではアイルトンシンボリやダイタクヤマトもそのような悲劇を辿ってしまっていた。

 

 でも、この世界ではその2頭ともうちのオーナーさんが買い取ってまた種牡馬をさせたり、乗馬をさせたり。

 そうそう、アイルトンシンボリの場合はハグロフォルゴーレという一等星の父親になったことから今やどこに出しても恥ずかしくないハグロ牧場の功労馬になっているらしい。

 

 前世のセイウンプレジャー先輩がどのような道を辿ったかは正直私にもわからない。

 だけど、この世界では少なくとも悲しい結末にはならないで欲しいと願う他ない。

 今の私に何かできるとしたら、セイウンプレジャー先輩から出来る限り技を盗むこと(学ぶ)しかない。

 

 そして、いつか競馬新聞にはこう載って欲しいものだ。

 

 《ハルノウラワの師匠はセイウンプレジャー》って。

 

 ……その前に。2011年1月13日の第9レースにセイウンプレジャー先輩が出走して、マルチビクトリー特別を勝利した記事を新聞で見ることになるのはまた別の話で、そうこうしている内に1月があっという間に終わった。

 


 

 そして迎えた2月9日。

 

浦和開催3日目第11競走 第3回ユングフラウ賞(S3)

 ダート左1400m / 天候 : 晴/ダート: 稍重

(枠番)(馬番)(出走馬名)

ダブルタイム

オリークック

ゴールドターフ

クラーベセクレタ

トーセンノーブル

フラワームーン

ハルノウラワ

マツリバヤシ

マルヒロブライティ

10フロレアル

11アビィ

 

【2010年度浦和開催第10回3日目、今日のメインレースは第11競走、第3回ユングフラウ賞。南関東牝馬三冠の前哨戦、11頭が集まりました。船橋から4頭、大井から1頭、川崎から2頭。地元浦和からは4頭が参戦。注目の一頭は、6枠7番ハルノウラワ。今期3歳の浦和のアイドルホースは全日本2歳優駿を勝利で飾ってから早くも2ヶ月、去年浦和に足を運んだのはオーバルスプリントの観客席にいたのが唯一……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

【競走馬が観客席でマークシートと鉛筆を咥え始めるような事態にならなくて良かったですね】

 

 あははは……年末のアレが実況でネタにされてる……。

 

【そのハルノウラワが仮に馬券を買うとしたら、自分自身をオッズに含めるでしょうかね?】

【あはは、流石にさっきのはジョークです。でも、今日のユングフラウ賞は早くも過去一番の売り上げを更新しています。しかし、今日の一番人気はクラーベセクレタ。去年の11月に門別から船橋に移籍し、ここまで7戦4勝。しかも前走の東京2歳優駿牝馬*6を勝利してから今回のユングフラウ賞にやってまいりました】

【なるほど……現状、勝率は大体同じながら戦歴はクラーベセクレタの方に分がある状態ですね。しかし、二番人気のハルノウラワの実力が見劣りするわけでは有りません。前走の全日本2歳優駿は交流重賞で中央馬ともやり合って勝利していますからね。騎手は続いて福延悠一です】

 

 むぅ、一番人気は持っていかれたか。

 でも、短距離の逃げ勝負なら私の得意分野、ここで負けるわけにはいかないんだからね。

 

〈ちょっと、あんたがハルノウラワ?〉

〈……そうだけど?〉

 

 噂をすれば件の一番人気のクラーベセクレタが話しかけてきた。

 

〈あんたの噂は聞いてる。リアライズノユメを川崎で破ったんだって?〉

〈そうよ。それがどうしたの?〉

〈……はぁー、あんたみたいな小柄な奴に負けたの? あいつ〉

 

 私のことは小柄、小柄、とよく言われるけど、お母さん(ハルウララ)のデビュー時*7に比べると私は大きいと思う。ちなみに、お父さん(キングヘイロー)の馬体重の平均値は480kgだったはずで、私の平均体重は2人の平均体重を足して2で割った数よりちょっと下回るぐらい。今まで440kgを超えたことは無かったと思う。なお、今日の私の馬体重は432kgなり。

 ……つまり私のことをチビだのガリガリだのと挑発したいのかしら?

 あいにく、そこを気にしたことはないので私の逆鱗に触れることは特にない。けれどもこのまま言い返さないのも癪なので、パドックビジョンに出てきたデータを見ながら言った。

 

〈あなたの馬体重は458kgね……私よりも小柄なフロレアルちゃんとかアビィちゃんとかがいるのに何でわざわざ私に食ってかかってくるのかしら?〉

〈ちょ、乙女の体重を勝手に見るなんてデリカシーの無い馬ね? 浦和の馬ってみんなそうなの?〉

〈そうは言ってもパドックモニターにデカデカと写ってるんだから見ようと思ったら簡単に見えちゃうわよ。それよりあなたユメちゃんの知り合い?〉

〈エーデルワイス賞であいつに負けたのよ〉

〈なるほど……だから私を倒せばユメちゃんも倒したことになる、って思ってるのね?〉

〈えぇ、そうよ〉

 

 なるほど……バチバチと対抗意識を燃やしてるのは、単に私が浦和で目立ってるだけじゃなくて、そういうことか。

 ……でもね。

 

〈……甘いわね〉

〈何ですって?〉

〈こう言ったらアレだけど、私は浦和の客寄せパンダに過ぎないわよ。世の中探せば私なんかより本当に強い馬がいるんだから。もちろん、私たちと同期の中でね〉

〈あんたなんかより強い馬? 教えなさい、その馬の名前は?〉

〈そうね……〉

 

 ここで教えてやってもいいけど……どうせならやる気にさせて(挑発し返して)やりましょうか。

 

私に勝ったら教えてあげる

 

 ふふん、決まった。一度は言ってみたかったのよね。

 

〈……ふんっ。負けて悔しい思いをするのはあんたよ。その約束、精々覚えときなさい〉

〈もちろんよ、正々堂々相手をしてあげる〉

「止まーれ」

 

 間延びした止まれの合図と共に、パドックを周回していた馬たちの足が止まり、それぞれの鞍上に騎手さんたちが乗る。

 クラーベセクレタも背中に尾崎啓太騎手を乗せると、鼻を鳴らして、若干鋭く光らせた目を私に向けながら、パドックを後にして行った。

 

「ハルナちゃん、今日も頑張ろう」

「ヒヒンッ!」〈もちろん!〉

 

 福延さんが私の背中に乗り、鬣を優しく撫でながらの呼びかけに、私は返事の代わりに嘶いた。

 


 

【浦和競馬、本日のメインレース第11競走は第3回ユングフラウ賞。南関東重賞S3、浦和のダート1400mで行なわれます】

【天候は晴れですが、あいにく昨日の雨で馬場状態は稍重の発表です。1着から3着に入賞した馬には来月23日開催の桜花賞への優先出走権が付与されます、重要な一戦】

【クラーベセクレタ、ハルノウラワ、マルヒロブライティなどの実力ある馬、アビィ、トーセンノーブルのように出走経験を積み重ねてきた馬などが軒を連ねるようにゲートに入ります。最後に8枠10番フロレアルが入りまして、全頭枠入り完了───】

 

 ガチャンッ、という音と共に、私はスタートダッシュを決めた!

 

【───スタートしました。7番ハルノウラワ好スタートで先頭に躍り出た。他は若干バラついたか。先頭、ハルノウラワが行く、2番手に1番ダブルタイム、後続に4番クラーベセクレタ、8番マツリバヤシ、5番トーセンノーブル、9番マルヒロブライティが続く。直線コースからそのまま第1コーナーに入ります。2番オリークック、3番ゴールドターフ、6番フラワームーン、10番フロレアル、11番アビィの順で間も無く第2コーナー。先頭は依然ハルノウラワ、2番手のダブルタイムから2馬身、3馬身、どんどんとリードを広げていきます】

【完全に逃げの体勢に入ってますハルノウラワ、3番手にクラーベセクレタが追走し、向正面に入ります。ここでクラーベセクレタが猛烈な追い上げを見せて2番手、しかし、ハルノウラワとの差は縮まりません。3番手にマツリバヤシ、ダブルタイムは4番手に後退。マルヒロブライティとトーセンノーブルが5、6番手に上がってきてそのまま第3コーナーに入ります、いよいよ終盤です。依然として先頭を直走るハルノウラワ、2番手クラーベセクレタとの間には既に5馬身以上の差が開いてる! 1000mの通過タイムは……59秒9!? ま、間も無く先頭のハルノウラワが第4コーナーに入ります!】

【稍重ですが、上がり4ハロン(800m)の通過タイムが48秒8になっています、これは例年よりも速いスピードです。そのまま第4コーナーを超えて最終直線に入る! 先頭は依然としてハルノウラワ6馬身以上リードしている、後続からクラーベセクレタ、トーセンノーブル、マツリバヤシ、マルヒロブライティ迫る、迫るが残り200mに入って、届かない! クラーベセクレタ、残り3馬身まで迫るが───ゴール! 1着はハルノウラワ! 浦和ダート1400m、稍重の中をハイペースで逃げ切り勝ち! 晴れの日に南関東3歳牝馬の頂点に輝きました!】

【タイムは1分26秒6! 2002年にマイグッドネスミーが記録した1分26秒7を僅かに上回る記録です】

【2着クラーベセクレタ、3着にトーセンノーブルです。ハルノウラワ、浦和のアイドルは地元のレースでも強かった。一足早く浦和に春が訪れた!】

【ハルノウラワ、桜花賞への道筋をしっかりと刻みつけた。南関東牝馬三冠の夢に一歩近づきました】

「「「「わあぁぁぁぁぁっ!」」」」

 

 ハルノウラワがウイニングランを終え、鞍上の福延が手を天に向かって突き上げると、スタンドは歓声に湧いた。

 

*1
※実話です。

*2
そんなもん無い。

*3
史実で言う関東オークス(Jpn2)のこと

*4
野田トレーニングセンターの調教コースは1周1050m。

*5
参考タイム:中山競馬場でかつて行なわれていた日本最長距離ステークス(芝4000m)の資料より

*6
開催地は大井競馬場。距離はダート1600m。2010年の大晦日に行なわれていた。

*7
なお、ハルウララのデビュー戦時の馬体重は397kgだったという




 このハルノウラワが生まれ落ちた世界の野田トレセンには調教用プールが存在することになっていますが、実在の野田トレセンにはありません。この辺りは虚実が剥離していることを気にしたんですが、あることがきっかけで吹っ切れました。
 野田トレセンについて色々と御教授いただきました、あらん様には申し訳ない気持ちもありますが、今話を楽しんでいただけたならば幸いです。

 なお、中津競馬場・中津トレセンについての記述を元々載せるつもりでしたが、差し込む余地がないため泣く泣くカット……。
 ここでぶっちゃけますが、野田トレセンのプール増設なんてまだ優しい方で、黒松一家の資本が思っくそにぶち込まれた中津競馬場はトレセンとしての機能を追加された結果、芝コースと屋内調教用プールが新設された他、厩舎とスタンドも一新され、それこそ、中央競馬に属する小倉よりも充実した設備を用意しており、下手すればそのまま国際G1を招致できるレベルの競馬場に変貌しています。
 それ故に中津が競馬を再開した2007年の当初は芝コースの存在が小倉の出番を阻害する恐れがあったものの、後々、小倉の大規模改修工事(2015〜16年)が必要になった際には、小倉大賞典、小倉記念、北九州記念を中津で代行開催する際に使用されるなどの有用性も無事に発揮してきます。
 そして中津という地の交通の便の良さと中津のトレセンとしての設備の充実度が、今度は宮崎にあるJRAの育成牧場の役割を食い荒らす結果に……なったかもしれません。

 作中の第3回ユングフラウ賞はレースの実況が残っていない中、辛うじてYouTubeに転がっていたレース映像と、再び地方競馬情報サイト『KEIBA.GO.JP』様にお世話になりまして、『第3回 ユングフラウ賞』のデータを参考に今回のレース展開を組み立てさせていただきました。




 実は1月1日の元旦は船橋大神宮へ初詣に行って参りました。
 アイルトンシンボリ編の情景を考えるためのロケハンを半分目的で行きましたが、さすがは初詣。いつも閑散としている場所と同じとは思えないほどに人が多く屋台も並んでいました。

 それで初詣を終わらせてからそのまま家に帰るのももったいない気がしたので、15分ほど船橋競馬場の方まで歩いたんです。
 ららぽーと船橋でのんびりして夕飯でも食べて帰ろうかと思いつつ船橋競馬場に立ち寄ったら、なんと営業中でした!
 正直言ってかなりびっくりしました。まさか元旦でも競馬をやってるなんて思いもしなかった……。

 次回は……色々な意味でカオスになりそうです。
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