ウマ娘編、ハルノウラワの主役回でございます。
前回の話を読んでいただいた方々には改めてお礼を言わせていただきます、が、同時に謝罪させてください。
今回のストーリーは投下するにあたり、全体のペースを落としてしまうか、おかしくさせそうで悩んだんですが、かなり悩んだ末に「今しかない」と感じたので出してみました。
これは、少し未来の話。
【やりました! 浦和からやってきた新星、ハルノウラワ! 最終直線で4人纏めて抜き去って堂々のダートG1勝利!!】
既に日は落ちて夕闇。レース場を煌々と照らすナイター設備の照明たち。
川崎レース場に詰め掛けた大勢の観客たちの目の前で繰り広げられた全日本ジュニア優駿、ダート1600m。
既に夜8時にも関わらず、レース場には歓声が響き渡っていた。
コースを走り切り勝利したのは、若草色の髪を靡かせるウマ娘。
「……ヤァーっ!!」
「「「「うぉぉぉぉぉっ!」」」」
今、1着でゴール板の前を突き抜けて、漸く自分の勝利に実感を持った彼女は夜空に向けて拳を突き上げた───。
───少女が寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こすと、カーテンの隙間から陽の光が漏れていた。
カレンダーは12月。布団から一歩出れば寒い朝が待っている。
二度寝しそうになる誘惑を振り払うために上体を起こすと、早速彼女の目に飛び込んできたのは、自分のベッドの壁掛けハンガーにある三着の服───1つには、紺のブレザー型の制服が。2つ目のハンガーには普段使い用の私服が掛かっている。そして3つ目のハンガーには───。
(……あぁ、そうだった……そういえば私は……)
先ほどの夢の内容を思い出してみる。
しかし、あれは夢であって、夢ではなかった。
ふと、隣のベッドを見ると、壁掛けハンガーに掛かっていたジャージは無く、ルームメイトの姿もない。きっと朝の走り込みにでも行ったのだろう。
(先輩……そういえば今週のオーバルスプリントに出るんだったっけ。……って、こうしちゃおれない。早く起きなきゃ)
そして、今日の支度を始めた。
二度寝への誘惑を断ち切るために布団から出て、若草色の長い髪を櫛で解かし、いつも通りにそれを左側にピンクのリボンで纏めてサイドテールの髪型に結んだ。
あどけない顔立ちに、気の強さを感じる吊り目。
頭にはウマ耳、お尻には髪の毛と同じ色の若草色をした尻尾が生えた見目麗しい女子───その姿をこの世界の人々はこう呼ぶ。
ウマ娘───と。
ウマ娘。彼女たちは、走るために生まれてきた。
時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る───そんな彼女たちが生まれ落ちた世界というのは、
そうこうしている内に若草色の髪のウマ娘の少女は、いつも通りに髪を整え、彼女が好きな和菓子を模した耳飾りを左耳に結い、いつもの着慣れた制服に袖を通し、登校する準備を整えた。
「……ただいまー。ハルナちゃん、起きてる?」
「あ、お帰りなさいプレジャー先輩」
鹿毛の頭から伸びるウマの耳。彼女は右耳に黒いイヤーカバーを付けてその根本に黄色のリボンを結っていた。顔立ちは可愛い系でロングヘアだが、何処となく少年らしさが同居しているような雰囲気を纏っていた*1。
服はやはりというか何というか、この学校の運動着である紺色のジャージ姿であり、その左胸には、横倒しにして「C」とも読めるようにした銀色の蹄鉄に金色で「ST」の文字が刺繍された校章のワッペンがある。
同じ校章のワッペンは若草色の髪のウマ娘が着ている紺色の制服の同じ部分にも描かれてた。
STC。
この文字列が意味しているのは、「さいたまトレーニングセンター学園(Saitama Training Center junior and senior high schools 、または単にSaitama Training Center schools)」の略称である。
通称で「さいたまトレセン学園」とも呼ばれているこの学校は、埼玉県さいたま市浦和区に所在する地方トレセンであり、中等部と高等部を有するウマ娘の専門学校である。*2
ハルナの同室の先輩も朝練のジャージ姿から、さいたまトレセン学園の紺色のブレザーの制服に着替え、2人は通学路を歩いていた。
「ハルナちゃんも別に待っていなくて良かったのに……」
「いやいや。私こそ先輩の朝の支度を手伝わせて戴けて役得です!」
「役得って……」
「だって先輩、勿体無いんですから。顔立ち良し、スタイル良し、性格良し。なのにいっつも頭ボッサボサで」
「や、やぁ、ハルナちゃん!」
「あ。オヤマーじゃん……」
学生寮からさいたまトレセン学園へ向かう通学路の道すがら。
ハルナは通学中の男子生徒から声を掛けられて「うわ出た」と言わんばかりの顔を一瞬した。
ちなみに地方トレセン学園も中央トレセン学園と同じく生徒はウマ娘しか通っていないので、ハルナが「オヤマー」と呼んだ少年は近隣の別の学校の生徒というわけである。
「今、「うわでた」とか思っただろ?」
「……べっつにー。……あ。オヤマー。顔が赤くなってない?」
「う、うるせいやい!」
オヤマーからの言葉を軽くいなしてから、今度は揶揄ってみた。
案の定、オヤマーは頬を紅色に染めており、恥ずかしそうにハルナのルームメイトであり、先輩のプレジャーを見ていた。
一方、視線に気付いたプレジャーも顔を隠して恥ずかしがった。
オヤマーは一旦押し黙ってから、口から絞り出すようにこんなことを言った。
「……ハルナ。全日本ジュニア優駿見たぜ」
「へー……どうだった? 惚れ直した?」
「む、むぅ、すぐそう揶揄うなよ……ま、まぁ、カッコ良かったぜ? あの着物姿の勝負服も、その……///」
ちなみに、ハルノウラワの勝負服ならば、クリーニングされたものが寮室の三つ目の壁掛けハンガーに今朝掛かっていた。
(小山田くん、きっとハルナちゃんの勝負服姿を思い出して照れちゃってる……青春って良いなぁ)
「ふふん、〝浦和の桜吹雪〟ハルノウラワ! バッチリ決めました! まぁでも、本音言うとまたオルフェとやり合いたかったんだけどなー」
「オルフェ?」
「オルフェーヴル。兵庫ジュニアグランプリでハルナちゃんと派手にやり合ってた中央の娘よ。来年のクラシック三冠の有力候補の1人と目されているの。小山田くん知らないの?」
「……あー、あのお高く止まってて一人称が「余」とか言ってた奴か! いんやぁ、あんまり興味ないんだよなぁ……」
「む?それはオヤマーでも聞き捨てならないなー。そりゃぁ、あのレース、最後の最後で不覚とってあたしが敗けたけど! そんなあたしの油断を抜きにしてもオルフェは強かったんだから」
「いやぁ、そもそも俺ウマ娘のレースって興味ないからなぁ……そっちよりは野球とかF1のが見ていて面白いし」
「じゃぁ何で見てくれたの?」
「そりゃぁ、身内っつーか元クラスメイトっていうか!?
「ちょ、また黒歴史出してくんなぁ……!」
若草色の髪を靡かせているハルナことハルノウラワ。
そんな彼女の小学校時代は本人曰く「黒歴史」である。
……それは追々語るとして。
「にしてもあのレース、オルフェとかいったか? 如何にも周りを威圧するオーラを放ってる奴にハルナはよく物怖じしなかったよな。それどころか何か気に入られてた?」
「あぁー、あれね……」
オルフェーヴル。
来年の中央のクラシック三冠ウマ娘として有力視されているだけでなく、その風格も王様に違わないものだった。
そんな彼女を知る中央のウマ娘たちだけでなく、地方のウマ娘もほとんどが萎縮して話しかけようともしなかったのだが。
「……代理トレーナー。貴様、余がわざわざここまで来たというのに手応えのない相手ばかりでは拍子抜けするではないか」
パドック裏でオルフェーヴルは自身のトレーナーにやや語気を強めてそう言ってるのがハルノウラワに聞こえた。
正直なところ、ハルノウラワは「またか……」と思った。
中央と地方、一昔前の世間では「実力は中央が上」と耳にし、地方のウマ娘の中には「地方は中央の二軍とでもいうのか……!」と恨み節を溢していた者もいたらしいが、ハルノウラワは個人的にこの考え方が両方とも気に入らなかった。
また、ある時。ヨーロッパのウマ娘協会の関係者が「URAとNAUの違いや関係性」を問い合わせてきた時、日本の首相は「日本野球のセ・リーグとパ・リーグ……アメリカ流に言えばアメリカン・リーグとナショナル・リーグの違いみたいなものです」という具合にややざっくりした回答を返したことがある*3。
確かその直後に(ハルノウラワが所属している)さいたまトレセン学園のウマ娘だったシムーンカルマが日本のウマ娘として初の凱旋門賞制覇を成し遂げたという報に日本中が湧いた。しかも、中央から参戦の最強ウマ娘と目されたメジロシクローヌをラストで差し切ってのほぼ同着に近い1着である。
あれを契機に中央のウマ娘たちも地方トレセンを見る目が変わり、露骨に下に見てくるようなことは減った。
また、後者の二軍が云々という話も、結局のところは「適性・向き不向きの問題」だとハルノウラワの父はそう言っていたし、ハルノウラワ自身もその父の意見に賛同していた。
だが、未だに中央のウマ娘の中にも地方とそのウマ娘を見下す者が少なくなったとはいえ存在するのも事実。
ところが、そこにハルノウラワにとって最も聞き慣れた声を耳が拾った。
「オルフェーヴル。決めつけは良くないぞ。第一、何故そう思うんだ?」
「
(……え!?)
オルフェーヴルの代理トレーナー。それは何と、
「パパ!?」
「!?
そこにいたのは、ハルノウラワの実の父。
「どうしてここにパパが? しかも何でオルフェーヴルのトレーナーなんてやってるの……?」
「? 代理トレーナーよ、この娘は何者だ?」
「ちょ、何者って。……パパはあたしのパパよ」
「すまん、オルフェ。この
つい
「ハルノウラワか……ほう? 余が出走するレースに出るウマ娘の1人だったか」
そう言われて手を差し出され、ハルノウラワもその手を取り、握手をした。
「……オルフェーヴル……さん。お噂は予々」
「さん、は要らぬ。オルフェーヴルと呼ぶが良い」
「……分かったわ、オルフェーヴル。……それで、王様。あなたは何がご不満なのかしら? それと何でパパが
やや気不味そうな育三トレーナーと、真顔でハルノウラワからの質問に答えようとするも、育三に「先に話せ」と目配せをするオルフェーヴル。
……実は福野育三は兵庫トレセン学園のトレーナー、つまり地方のトレーナーなのだ、本来であれば。
だが、今回は止むに止まれぬ事情により代理トレーナーを引き受けることになった。
「それがな……遠征してきた沼崎トレーナーがウマ型インフルエンザになってしまってな」
「ウマ型インフルエンザ……」
毒物などに耐性のあるウマ娘といえど、人間と同じく普通に風邪も引くし、病気になったりもする。
ウマ型インフルエンザなどはその典型例と言える。
そのオルフェーヴルの正トレーナーといえば、沼崎スミカである。
かつてクロスクロウと共にイギリスG1「キングジョージ6世&クイーンエリザベス・ステークス」の栄冠を日本に齎すも、そのクロスクロウが引退を余儀なくされる疾患を抱えてからはヨーロッパの各地を転院し、その治療とリハビリに数年掛かりで付き添っていた。
中央トレセン学園のトレーナーとして復帰して早数年が経過していたが、その再出発のパートナーとして選んだのがドリームジャーニーと、その妹であるオルフェーヴルだったという。
その沼崎トレーナーであるが、兵庫のホテルにチェックインした翌日、39度の高熱を出してベッドから起き上がれなくなり、病院で診断したところU型インフルエンザ(ウマ娘、もしくは近親者にウマ娘がいる人間にしか感染しないため俗に「ウマ型」と呼ばれている)だったため、今沼崎トレーナーは強制入院で病院に隔離中……強制入院+隔離でもしないと、這ってでも園田レース場に行こうとしたためである。なお、この
「オルに感染したらどうするんですか?……ってドスの効いた声でトレーナーを制止させていたな」
「……」
一瞬、オルフェーヴルの顔が青褪めたように見えたが、気のせいかもしれない。まさかねぇ。自称「王様」がビビってないよね?
「……何なのだ、その顔は?」
「べっつにぃー」
実は第一印象で、オルフェーヴルからは傲慢で冷たい感じがしたのだが、割りと人間らしさもあって微笑ましくなった。
おっと、流されるところだったけれど、結局のところ答えを聞いていない。
「それで何で
「あ、あぁ、それなんだが……」
「代理トレーナーは沼崎トレーナー殿の師匠だとお聞きしたが?」
「え?」
「……実はそうだ。沼崎は野田時代の昔の教え子でな」
福野育三はちょっと照れくさい表情を浮かべながらオルフェーヴルが言ったことに首を縦に振る、つまり肯定した。
「え? 確かパパって、ゴーアレディさんのトレーナーさんじゃなかったの!?」
「む? あの〝貿易風の令嬢〟のトレーナー殿が代理トレーナーだったというのか!?」
「あ゛……」
「ヤバッ、バレた」みたいなリアクションを取る育三トレーナー。
……実を言えば、育三トレーナーは一時期担当ウマ娘を持たずに後進の指導教官役に転身していたことがある。
そのきっかけが他ならぬゴーアレディの一件だった───。
───ゴーアレディ(Go a Lady)。
その名を知らないさいたま市民はいないと言われるほどに有名な競技ウマ娘であり、かつては浦和レース場を代表するアイドルウマ娘でもあった。
生涯戦績、23戦18勝。
その戦歴には、いわゆるサラブレッド系ウマ娘たちが主戦場としていた日本各地に点在する地方レース場の名が刻まれており、今は亡き上山レース場でも走ったことがある。一部の例外を除けばその全てで、何らかの競走で勝利している経歴が続いており、紛れもない強者だった。
なお、ゴーアレディが現役だった時代にはまだアラブ系ウマ娘たちが幅を利かせていた園田・姫路・益田は走っていないが、それを除けば、彼女が唯一勝利したことがない───正確には「
そんな彼女が無念の引退を余儀なくされたのは、ある年の1月の中津レース場でのことだった。
ここを勝てばゴーアレディは、当時の平地のサラブレッド系ウマ娘が出走を許された地方レース場全てを走り勝利した全国制覇の証を歴史に刻むことができた。
ゴーアレディが挑むのは中津大賞典。九州重賞格のレース開催ということで出走するウマ娘たちは全員が各々の勝負服に身を包んで現れた。
しかし───パドックでのアピール後、出走を目前に控えた返しウマの時、彼女の視界は暗転した。
【おっと、ゴーアレディが転倒。大丈夫でしょうか……?】
ダートコースに脚を踏み出して、出走ゲートへと向かう途中で、ゴーアレディは転んだように見えた。
その程度だったなら大したことはないと皆が思ったことだろう。
ところが、ゴーアレディは立ち上がれず、「どうしたことか」と通り掛かった他の出走ウマ娘たちが彼女の様子を見た途端、叫んだ。
「きゅ、救急車を呼んで! 早く!!」
そして、観客たちが投げかけていた熱い声援は、苦痛に顔を歪めたゴーアレディを目にした途端、悲鳴に変わった───。
───ゴーアレディを襲った激痛の正体。それは、突然の屈腱炎の発症だった。
屈腱炎はウマ娘にとって競走生活を左右する難病に等しいものであり、競走で足を酷使している以上は発症するリスクの付き纏う厄介なものだ。
これを一度発症すると、競技に戻れるまでに最低でも数ヶ月を要する上に、完治が難しく、例え競技に戻れても再発・症状の悪化が懸念される。つまり、これは競技ウマ娘としては人生を絶たれたも同然の状態になる。これのせいで引退に追い込まれたウマ娘は数多く、「これを発症さえしなければ……」と自他ともに嘆きの声が止まないが、幸いなのは、ある程度回復すれば日常生活に支障が出ない範囲で歩けるし、酷使しない範囲であれば走れることだろうか。
ゴーアレディもこれのせいで競技生活を引退する羽目になった。
それから父は大変だったことはよく聞かされており、野田と浦和がさいたまトレセン学園として統合する前に、トレーナー職を辞し、代わりに教官に転向した。
統合後はしばらくさいたまトレセン学園にいたが、やはり前述の経緯故に、中には育三に心無い言葉や陰口を言う者も少なくなかった。
しかし、そんな時期にさいたまトレセン学園に現れたのが、沼崎スミカと、その義妹のクロスクロウだった。
当時のスミカは義妹のためにトレーナーを志していたのだが、そのスミカが競技ウマ娘だった時の現役時代のトレーナーというのも実は育三だった。そんな育三を頼ってスミカは第一種と第二種の両トレーナー資格の獲得のために猛勉強と実地での学習を積んだという。
ちなみに、この世界におけるトレーナー免許は主に4種類に分かれているが、詳しい説明は後述とさせていただく。→*4
第一種と第二種の両方を取得する……それだけで福野トレーナーには、スミカが中央トレセン学園のトレーナーを目指していることが伝わった。
「今思い返してみても、スミカはとても熱心な子だった。義妹のクロスクロウのために日夜勉強とトレーナー修行に明け暮れて……怠け者な私など比べものにならないほどだった。結局、さいたまトレセン学園にクロスクロウがやってきて、スミカが中央トレーナーの資格を取ってさいたまを後にしてから、私は兵庫に転勤してきた、というわけさ」
「……む? 貴様は教官ではなくトレーナーであろう?」
「あの2人に刺激されて、兵庫に来てからまたトレーナー資格を取り直したのさ。……なぁ、ハルナ」
思い出話に浸りつつ、育三はハルノウラワに振り向く。
その
「……なぁに? パパ」
「今、実はな、俺とサブトレで育成してる娘がいてな。その娘がもしかすると来年辺りお前とぶつかるかもしれん」
「……本当に?」
「あぁ。その時はお手合わせ願おう。……それに、オルフェーヴル」
「何だ? 代理トレーナー」
「君はここに来てからというもの退屈そうにしていたじゃないか。それがどうだ。俺の娘と会ってみたらそんな仏頂面が何処かに失せただろう?」
「……まぁな」
「だからだ……オルフェーヴル。遠慮はいらん。私の娘だが、遠慮なく負かしてほしい」
「いいのか?」
「あぁ。男に二言はない。全力でやってくれ」
この時、育三の目に宿って滾っていたのは「ベテラントレーナー」としての姿と矜持だった───。
───その時の様子を思い返しながら、ハルノウラワは、
「……ってわけで、前で前でと粘っていたけど、最後の最後でオルフェに負けました」テヘペロ彡⭐︎
「いや、おい、てへぺろじゃねーよ」
「ホンットにパパも我が子に容赦ないんだからなー……」
自身を兵庫ジュニアグランプリで完膚なきまでに負かしたオルフェーヴルには畏怖の念すら抱き、彼女の背中を思いっきり押した我が父には悔しいやら呆れるやら嬉しいやらと複雑な気持ちが入り混じっていた。
また、その父が今鍛えている最中だというウマ娘の名前は聞けなかった。
それに、兵庫に行けば
「そういや、レースが終わった後、オルフェとお前ともう1人のウマ娘が観客席に飛び込んで誰かを引き摺り出した挙句救急車にぶち込んだのを見たが、あれは何のパフォーマンスだったんだ? 九楽さんがネタにしていたけどよ」
「あー、あれね……」
実はその落語家さんが大喜利でネタにした自分たちの行動について。
ハルノウラワは、「あの時は、あれしか方法が思いつかなくて……」と、恥ずかしがりながら事の経緯を語った。
兵庫ジュニアグランプリ。ダート1400mの最終局面。
先頭を直走っていたハルノウラワと、競り合っていたリアライズノユメの2人を、外側からオルフェーヴルが差し切って勝利した、その直後だった───。
「オルフェー!! お疲れ様ー! やったね!!」
───そのか細い声に聞き覚えがあったオルフェーヴルは嫌な予感を覚えつつ、声のした方向を見た。そこにいたのは、マスクとサングラスをした状態で観客席の最前列からレースを観戦していた不審者姿の栗毛のウマ娘だった。
「貴様が何故そこにおる!?」
レースを走り切った直後とは思えない怒号にも似た驚愕の声が、オルフェーヴルの喉の奥底から飛び出た。
「え? どうしたの?」
「やっほー! オルフェー!」
何事かと尋ねるハルノウラワに対して、思わず天を仰いだオルフェーヴルはか細い声で尚自分にアプローチを掛けてくる観客席の栗毛のウマ娘を指差した。
「人に指をさすのはマナー違反だが……あやつは余のトレーナー、だ……」
「……えぇー……」
思わず嫌な顔をしたハルノウラワ。
彼女が
「ん?救急車のサイレン?」
一緒に走っていたリアライズノユメが真っ先にレース場の外の
サイレンの音を聞き、慌てて逃げようとした不審者栗毛ウマ娘こと───沼崎スミカを、中央トレセン学園の制服を着た小柄なウマ娘が即座に飛びつくようにして確保。ただ、(インフルを患っているとはいえ沼崎トレーナーもウマ娘なので)彼女だけではいざという時に抑えきれないと感じたオルフェーヴルと、それにつられて反射的に足が向いたハルノウラワが、3人掛かりで観客席からスミカを引っ張り出して、そのままバ道を逆走してレース場の外に出て、外で待機していた救急隊員たちに引き渡した。
この間、僅か3分だったという。
「……ってことがあったのよ。周りにも
「まるでコントだな……あ。じゃぁ俺はここで」
「うん。行ってらー」
「じゃあな」
通学路の分かれ道。小山田少年は自身の通う学校への道を行き、ハルノウラワたちと別れた。
さいたまトレセン学園まではここから人の足でも歩いて3分もない。
その僅かな時間、僅かな間の静寂。
ハルノウラワとセイウンプレジャーは歩く。
しかし、それを早々に切り裂いたのは、セイウンプレジャーだった。
「……そういえばハルナちゃん」
「何でしょう?」
「噂なんだけど、中央トレセン学園から特別留学のお誘いがあなたに来てるって?」
「あのオルフェに負けた私が? 無いです無いです」
「でもあなた、ダートG1を勝ったじゃないの。しかも、お得意の逃げじゃなくて追い込みで。最終直線で4人纏めてごぼう抜き……あんなすごい勝ち方をされたら中央だって気になるんじゃないの?」
「まっさかぁ。いくらリカバリーが良かったとしても自分の得意とする走りで勝ててない時点でたかが知れてますよ。それに私なんかが中央に行っても活躍できるとは思えませんよ」
「そうかな? ジュニア期でG1を勝つって凄いことなのに」
「例え勝ってもそこが私の最盛期だったら意味がないと思います」
「まぁ……確かに言われてみればそうかも?」
「あと、子供の頃からの夢だった和菓子屋さんでのアルバイトも漸く
「そう……」
ハルノウラワは自虐しつつも、自分の力量との折り合いと、長年の夢だった目標まであと少しという状況下で、仮に特別留学を提案されてもあまり乗り気ではなかった。それを聞いたセイウンプレジャーはそれとなく耳が折れて垂れており、ちょっとガッカリしたかの様子だった。
そもそも特別留学云々について、所詮は噂程度のホラ吹き話だともハルノウラワは思っていた───その日の夕方、理事長室に呼び出されるまでは。
「ハルノウラワ。もし君に希望があれば、中央トレセン学園からの特別留学を受けてみないか?」
さいたまトレセン学園理事長───ウラワールは、ハルノウラワを諭すようにそう告げた。
(続く?)
日本にはウマ娘のレース協会が主に2つ存在する。
一方は日本ウマ娘レース協会、こちらが俗に言う「中央」の「URA」という組織。
もう一方が日本の地方トレセン・地方レース場の統合組織の地方競馬全国協会(The National Association of Umamusume racing)、俗に「地方」とも言われる「NAU」である。
一般的にURA管轄のトレセン学園は府中市に所在する『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』、通称「中央トレセン学園」のみであるが、一方でNAU管轄というか傘下のトレセンは複数存在し、それぞれが地方ごとの管轄で管理と運営が別々に別れており、これらが俗にいう「地方トレセン学園」という区分に当たる。
両者は基本的に中等部と高等部が設けられたウマ娘専門の学校という点は変わりないが、中央トレセン学園の場合は大学部と大学院を備えており、地方のトレセン学園では大学部や専門学校部を備えているか否かはバラつきがある。
ところで中央トレセン学園との明確な違いの一つとして、地方トレセン学園というのは、大抵がレース場に校舎が付随する形態を取っているため、大抵は「〇〇レース場=〇〇地方トレセン」という認識である(例外も存在する)。
ここ南関東地区は日本の首都圏だけあって地方トレセンだけでも4つ存在する(かつてはさらに多くのトレセン学園が存在した時代もあるのだが、それについては後述とする)。
その南関東地方に所属する地方トレセンは、まず大井レース場に本拠地を置く「大井トレセン学園」。この大井といえば、イナリワンなど中央のウマ娘と張り合っても通用するような著名なウマ娘が多く知られ、また南関東どころか日本全国の地方トレセン及び地方レース場の中で最も大きくて設備も整っているため、同じ南関東勢ですら「大井は別格」と認めているほどだ。
その大井の次に大きいのが、川崎レース場に本拠地を置く横浜トレセン学園である。
横浜には、かつてURAとその前身に当たる日本ウマ娘レースクラブが所有していた横浜レース場がある(設立時の名前の「根岸レース場」と呼ばれていたこともある)。ここは1866年の幕末に日本で初めてとなる常設の洋式競馬場として開設されたことから中央・地方関係なく日本のウマ娘レース興行組織にとっては聖地に等しい場所でもあった。
その歴史の重みに比例するかのように横浜レース場も老朽化が激しく、1940年代には中央による興行が行なわれなくなった。
1946年以降にその用地の再活用について議論が巻き起こり、紆余曲折あって戸塚から川崎に地方レース場が移転する形で1908年以来の復活を遂げることになると、横浜レース場はトレセンとしての機能を付与されることになり、ここに戸塚トレセンが移籍して来て、そして現在に至る。
それらに比べるとやや小ぶりな印象を受けるのが埼玉の浦和と千葉の船橋両レース場であるが、どちらも地方競馬の黎明期に今の地に移ってきた過去が共通している。
特に、船橋レース場とトレセンはその後の地方トレセン学園のモデルケースになった。地方トレセンとしては初めて「調教施設としてのダートコース」と「興行開催用のコース」の一本化を行なったことで知られているが、その前進となったのは同じ千葉県の柏市に1928〜50年まで存在した柏レース場。当時は戦後の混乱期にあり、ウマ娘レースよりも競輪がブームになっていた時代だったことに立地の悪さが祟り、50年にレース場としては閉鎖され、52年に現在の船橋レース場に移転してきた歴史を持つ。しかし、柏レース場の名は、ダートG1の「かしわ記念」として現在でも残っており、最近では船橋出身のウマ娘であるフリオーソの活躍も目覚ましい。
そして、浦和レース場と、さいたまトレセン学園であるが。
実は最近まで埼玉には地方トレセン学園が2つ存在した。
片方が現在の浦和レース場に本拠地を構えていた「浦和トレセン学園」。もう片方が大宮にルーツを持ち旧浦和市の上野田に存在した「野田トレセン学園」。
2000年代に入り埼玉県では浦和・大宮・与野・岩槻の4市が合併して「さいたま市」となったが、さいたまトレセン学園はまさにこの2つのトレセン学園を統合して誕生した。
なので、レース場の名前とトレセン学園の名前が一致していない一例でもある。
第一種は「地方免許」とよく言われているが、実際には「ダートウマ娘育成資格免許」という種別である。要は、「日本各地のレース場のダートコースについての知識を持ち、
もっと言えばこれは基本的に日本全国の競技ウマ娘トレーナー全員が持っていなければならないものである。
その理由は後述する。
第二種は「中央免許」と巷ではよく言われているものであり、これには第一種のダート資格に加えて、中央レース場の芝コースの知識などを会得して初めて獲得できる免許である。つまりここで「芝を走れるウマ娘も育成していいですよ」というお許しが出るわけである。そして、中央トレセン学園では(後述の第三種aまたはbを持つ場合を除き)トレーナーは第一種と第二種の両免許を所持していなければならない。
ここで「第一種の免許要らないんじゃ?」と思ったかもしれないが、とんでもない、要らないどころか必須である。何故なら、ウマ娘を指導する上で、例えば足元のパワーを鍛えるためにダートコースでのトレーニングは避けて通れない課題になる事が多い。だから、ダートコースの知識がない者に指導させてしまうのは危険ということになるのだ。
そして、第三種トレーナー免許というのも存在する。
この第三種はいわゆる「特殊免許」とも呼ばれるものであり、区分も「a」と「b」に分かれる。
第三種「a」と「b」の共通点は、第一種を獲得しているトレーナーが、3ヶ月間の期限付きで中央トレセン学園に在留できる資格を持つ免許であり、更新には3ヶ月毎の試験をクリアする必要がある。この3ヶ月毎の試験を計4回、連続で合格することによって正規のトレーナー資格を得ることができる。つまり、第二種免許を最短1年で取得できる制度ということになる。
ただし、「第三種a」はこの3ヶ月毎の試験をクリアできなければ即剥奪されるのに対し、「第三種b」は3ヶ月毎の試験を不合格になってしまっても、すぐには剥奪されない。この違いだが、「第三種b」の別の呼び方を知れば理解できるかも知れない。「第三種b」とは、即ち「中央のサブトレーナー免許」の事を指す。その
これを見ると第三種bは第三種aの上位互換に見えるかもしれないが、第三種aを必要とするトレーナーもいる。
それは、海外でトレーナーをしている人物が、一時的に日本においてトレーナーとして活動するための短期免許として第三種aを使うためである。
また、地方から中央への移籍を検討し始めているトレーナーがこの第三種a免許を取得する場合もある。
なお、第四種の免許は「障害物免許」だが詳しい説明はここでは省くことにする。
「ウマ娘編を出してもいいか」とアンケートを出した際に、「(ウマ娘編のハルノウラワの物語を描く場合、)出してもいいけど浦和所属で」が票としては一番伸びたんですが、実はこの方向性で物語を膨らませることを全く考えていなかったんです。
そこに、フリオーソ実装で、そのキャラスト1話を読んでいたら、「あぁ、こういうことも出来るのか」と知ることが出来、同時に、見ていて思いついたこともここで出してみました。
なのでかなり難産になってしまい、申し訳ありませんでした。
なお、ハルノウラワの「イヤな顔」は、pixivにてタダシ(旧sinzan)さんに描いていただいたものです。
この場でお礼を申し上げます。
以下、前回の前書きの続き。
小倉牝馬ステークス、マジで凄かった……。
筆者は1月25日土曜日の15時半ごろ、都内某所のウインズであのレースを観戦していましたが、何と初開催から同着が出てしまったというんだからたまげた。そのフェアエールングとシンティレーションの後ろから追い込んできたコガネノソラの姿にも興奮しました。
ちなみに、馬券を買った分はほぼそのまま戻ってきたものの、微妙に惜しいワイド馬券がありました。それは「3-12」で買ったもの。あのレースの4着が12番のオーロラエックスだったわけですが、残念ながら1着から3着の内で二頭同着が出ると、その下の順位は繰り上がって来ないんだとか。ぐぬぬぬ……。
こんなことを実際に経験してみると、ハルノウラワの中の人の前世で「皐月賞三頭同着事件」が起きた時はきっと荒れたに違いない。
ところで、改めて今回のレースの順位表を見ていたら、netkeibaさんでは何故か3着が正常に表記されていませんでした。(2025年1月25日22時の時点)
そこでふと、こんなことを思った。
「1着と2着が同着、3着と4着が同着、なんてレースが成立した場合はどうなるんだろう?」なんて。
確率的にかなり低いとはいえ、これも可能性はあるわけだし……。降着があるんだったら繰り上がりがあってもいいじゃないの……。