クイーン賞が終わったらすぐに投稿したかったんですが、遅れて申し訳ありません。
地方レース場のウイニングライブを考えた時、真っ先に思いついたのが「カサマツ音頭」。
そこから逆に自分はこう考えた。
「……じゃあ、もしかして、地方のウイニングライブって、実は曲を(ある程度は)選べるんじゃないか?」と。
今回も(特に最後の部分について)例によって不愉快な表現が含まれるかもしれませんので、閲覧注意。
兵庫ジュニアグランプリのゴール直後。
「はぁ……はぁ……はぁ……かー……悔しー……」
園田レース場の電光掲示板に示される着順。
1着12番───オルフェーヴル。
2着5番───ハルノウラワ。
両者の着差は───1バ身。
何となく、こうなることはハルノウラワにはわかっていた。
彼女自身の口からは「悔しい」という言葉が出たものの、気分までは悪くなかった……と思う。
というのも、その直後にオルフェーヴルと彼女の姉の担当を兼任しているトレーナーがインフルエンザを患っているにも関わらず
後日オヤマーに「コントみたいだ」と言われたこの出来事の後、ウイニングライブのためにハルノウラワたちは更衣室で
それはウマ娘にとって羨望の的になるであろうもの。
そう、勝負服だ。
「ね、ねぇ、NAUのウイニングライブって、みんなそんな感じなの?」
3着だったリアライズノユメが着用していたのは、
一方で他の2人はというと、
「下調べが成っておらんぞ、リアライズノユメ」
オルフェーヴルは呆れたように溜め息を吐く。
「いや、下調べも何も……普通に中央ウマ娘が勝負服を作り始めるのはデビューしてからじゃないの? 何で2人ともそんな準備万端なのよ?」
自前の勝負服を着た2人とは対照的に、汎用ステージ衣装姿が浮いて見えるリアライズノユメであるが、彼女はこう見えて、実はジュニア級重賞ウマ娘の1人でもある。そして、年末の目標はダートG1全日本ジュニア優駿の勝利を狙っているので、当然だが勝負服は既にデザインして発注済みだ。
ジュニア期の中央のウマ娘たちは彼女の言うような状態なのだが……。
「余は世代の王者であるぞ。なればこそ、いつ何時でも
オルフェーヴルは腕を組んで堂々と胸を張ってそう言い放った。
……とはいえ、後々ハルノウラワは彼女の姉のドリームジャーニーからこの時期に急いで勝負服を用意した理由を聞かされるのだが、
オルフェーヴルに続いてハルノウラワはこう答えた。
「あたしは……やっぱり勝負服を着て走るのって憧れあるじゃん。だからデビューが決まってすぐにお母さんと相談してすぐに用意……じゃなくて、勝負服を作りに行ったんだ」
「……ん?待て。今、「用意した」と言おうとしたな?」
オルフェーヴルが指摘すると、ハルノウラワは、
「あはは……バレちゃったか。そう。その通り。実は私のお母さん、地方で昔走っていたんだけど、その時に作った勝負服は使わず仕舞いで。それを寸法直しして、私が今着ているってわけ」
「なるほどな……其方が鎌倉記念のウイニングライブで既にその勝負服を着ていた理由がわかった」
「ふっふーん、良いでしょー? オルフェもきっと和風スタイル似合うと思うけどなぁ」
「鎌倉記念……あ。そういえばあなたってアレを勝ってなかった?」
「大正解。でもねー、あの時は音響機材が故障して、まぁー参ったわよ。スピーカーはあるのにライブ曲を流せなかったもんだから……」
「それでどうしたの?」
「あたしがiPodに入れてるお気に入りの洋楽のインスト*2をライブ曲に使って英語で歌ってやったわよ」
そう言われて気付いたドリームジャーニーはこんなことを口にした。
「! ……なるほど。だからNewOrderのRound and Roundをあの時披露したんだね?」
その反応に真っ先に食いついたのは他ならぬハルノウラワだった。
「! ドリームジャーニーさん、NewOrderをご存知なんですか?!」
まるで同好の志を見つけたかのように目を輝かせるハルノウラワ。これに対してドリームジャーニーはやや控え目に肯定しつつ、
「多分……君ほどじゃないね。ただ、
これについて、「確かそうですよ」と代わりに答えたのはセイウンプレジャーだった。
「前のクラスメイトがその曲と振り付けを覚えたりするのに苦労していたのを見聞きしたことがありますね。それを知っているだけにハルナちゃんたちは凄いよ」
「ん? プレジャー先輩?」
「即興であんなこと出来たんだから。私も負けられないな、って」
さらにセイウンプレジャーがこんなことを付け足した。
「ちなみに、本州は重賞で勝利するとこんな感じだけど、九州や北海道だとメイクデビュー後の一勝クラス以上から
「え? てことは地方のウマ娘はみんなそれぞれ勝負服を持ってるの?」
「重賞に常連の子は大抵持ってる感じかしら」
「さぁ、出来たよオル」
ハルノウラワとオルフェーヴルは、それぞれ付き添いのセイウンプレジャーとドリームジャーニーの手を借りて、自前の勝負服に身を包む。
URAのウイニングライブでは、1着から3着のウマ娘たちはURA規定の衣装を着て臨む。
一方でNAUのウイニングライブでは、各々が自前の勝負服を用意してこれをライブ衣装として使用する。尤も、そのような習慣がNAU全体で広まったのはここ数年からである
この規定の違いは北海道ウマ娘協会の前理事長の提案によって生まれたものとされているが……詳しい話は長くなってしまうので、この場では説明を控えることにする。*4
ハルノウラワの勝負服は、桃色の襟の白い着物の上から、柏の葉の模様が描かれた朽葉色の陣羽織を、黄緑色の帯と白の帯紐で巻いて結んだ和風テイスト。戦装束を思わせる、膝下まで伸びた黒を基調とした足袋に、オレンジ色のリボンが結ばれている。
一方、オルフェーヴルの勝負服は、黒を基調に赤が所々に入ったスカートと一体になった中着に、黒い裏地の白い上着を着用し、同じく裏地は黒だが、赤いマントを肩から掛けている姿であり、まだジュニア級のデビューしたてとは思えないほど既に王者の風格が漂っていた。
そんな2人の勝負服姿とNAUのウイニングライブの話を聞いたリアライズノユメは羨望の眼差しを向けてきた。
「良いなぁ……NAUってそこまで自由なんだ」
「いやいや、ユメちゃんが思うほどじゃないと思うんだけどなぁ」
そこに、ドアをノックする音がした。
ドアの外からスタッフの人の声が掛かった。
〔オルフェーヴルさん、ハルノウラワさん、リアライズノユメさん、ライブまであと10分です〕
「はーい! 今行きます。じゃあ、行ってきますね先輩」
「姉上。余のライブしっかり目に焼き付けてくれ」
「行ってらっしゃい、ハルナちゃん」
「オルのライブ、見るだけじゃなくてしっかり録画しておくからね」
メイク室を後にするウマ娘たち3人。
だが、そこでハルノウラワは、リアライズノユメを先に行かせた状態でふと思い出したかのようにオルフェーヴルに尋ねた。
「……そういえばオルフェ」
「何だ?」
「あなた、出走前にあんなことを言ってたけど、あれはどういう意味?」
「? どれのことだ?」
「手応えのない相手ばかりでは拍子抜けする云々言ってたけど、それをパパが「何故そう思う?」って尋ねたら、あなたはさらにこう言ってたわよね。「
「……あぁ。確かに余はそう言っていたな」
「あれはどういうことなの?「見れば分かる」なんて」
「ふむ……そうだな。何というべきか。余には
「覇気のようなもの?」
「……眉唾と言われるかもしれないが、余にはそれぐらいの表現しかできぬ。だが、メイクデビューや芙蓉ステークスの時に感じた空気には熱があった。ここではそれが感じられなかったのだ」
「熱……か」
「だが、それは余の見込み違いだった。
「あたし?」
「……其方や、リアライズノユメはきっと怒るであろうが、余はこのレースで自らが勝利することを確信していた……故に周りの連中を無意識に低く見ていたのやもしれん。だが、其方の走りに余は目を覚まさせられた。地方に所属するウマ娘だというのに、余に敗北の予感をさせたのだからな」
「そうは言っても、あなたは確か前走で……」
「其方の言いたいことはわかる。だが、あの時と今回では感触が全く違う。あちらでは余は勝ったと思った。走ってる最中に一度として『敗北』の文字など過らなかった。……ゴール板を走り抜け、1着に余の番号が載っていないことを見て知るまでは、な。負けは負けだ。しかし、今日の其方との走り。確かに余は其方に勝った。だが、余は周りを侮り、あまつさえ危うく負けるところであった。これが果たして完全勝利と言えるのだろうか。一方で其方はこの一勝を本気で勝つために挑んでいた。……余は其方に気持ちで負けたのだ」
「……あたしの主戦場であなたに負けたのに、そのあなたにそう言われるなんて」
「全くだ。余ですらこんなことを口にするとは思わなんだが……ハルノウラワよ」
オルフェーヴルは自らの手をハルノウラワに差し出し、こう言った。
「共に、中央で走らないか? 其方のようなウマ娘なればきっと中央でも輝けるであろう」
「……」
「其方が身近に居れば、余はもっと強くなれる。余と共に来い。共に頂きを目指そうではないか」
それは事実上、オルフェーヴルによる告白も同然だった。
だが。
「……ごめんねオルフェ。申し訳ないけど、その誘いには乗れないかな」
「何故だ? 其方であれば中央でもっと強くなれるであろう?」
「魅力的なのは否定できないけどさ、中央へ行くよりも、あたしにはあたしの夢がある」
「夢、だと?」
「えぇ。私の夢はね───」
「おーい、2人とも! 何やってんのよ早く来なさい!」
「……そうだった」
「ごめん、今行くね」
ライブの後にハルノウラワがオルフェーヴルに言ったのはその言葉の続き。そしてそれこそが───。
───それからあっという間に翌年の3月を迎えた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……っふ!」
「良いぞ、その調子だ付いてこい!」
南国の海のような明るい青い短髪のウマ娘と併走トレーニングに勤しむハルノウラワは、群馬トレセン学園のトレーニングコースを走っていた。
「関東圏地方レース場で尤も過酷なコースを有する」とまで称される高崎レース場には全長1800mのダートコースの向正面になだらかだが高低差10mの坂が存在する(実は以前の大規模改修の際にもっと急な坂、さらに高低差の激しいコースを用意しようとしたが、設計中のコースを監修したNAUとURAの双方に「それはやりすぎ!(意訳)」と言われて止められたらしい)というが、群馬トレセンはそれとは比べ物にならない、さらに過酷な
その名を「群馬スペシャル」。
急な坂が多く、高低差は高崎のコースに設置されているものよりもさらに激しい。それもそのはずこの練習コースはかつての山道をウマ娘のトレーニングコースとして整備したものである(整備とは言っても、足元をダートに直した程度であり、急な坂や高低差の激しさはほぼそのまま残っている)。しかも聞いて驚け見て笑え、その全長は約3km! 3000mといえば菊花賞と同じ距離であるが、前述したようにこの群馬スペシャルは京都レース場のコースがオモチャに思えるほどに過酷だ。
そんなコースを既にハルノウラワは2周半している。
全力疾走ではないが、それでも群馬スペシャルの過酷なコースレイアウトは着実に彼女の体に疲労の蓄積を齎していき、軽いランニングとはいえ、3周も走ればバテバテになる。
何でこんな苦行に文字通り足を踏み入れたかと言えば。
「南関東ティアラ三冠に、ジャパンダートダービーか。そりゃぁ大きく出たもんだわ」
群馬スペシャルの洗礼を浴びに浴びたハルノウラワ。
バテバテの彼女は足の関節のアイシングと水分補給のために休憩中。
そこにやってきたのは黄色いジャージに身を包むリアライズノユメ。
兵庫ジュニアグランプリ、全日本ジュニア優駿で競い合い、いつの間にか切磋琢磨するライバルであり友人になっていた彼女と今後の展望や目標レースについて語り合っていた。
目下、ハルノウラワの目標レースは南関東ティアラ三冠、即ち、浦和開催の桜花賞、大井の東京プリンセス賞、6月の川崎で開催予定の南関東オークス。これに7月前半に控えているジャパンダートダービー。これら4つのレースを勝利、ないしは好走すること。
特に南関東オークスとジャパンダートダービーは距離がそれぞれ2100と2000。ハルノウラワがこれまで出走してきたレースは最長が1600mであることを考えると、2100mの先頭を譲らず走り切るスタミナは必須であり、喫緊の課題でもあった。
一方でリアライズノユメが狙っているのは、北関東ティアラ三冠。
ハルノウラワもリアライズノユメも本番に向けて前哨戦を無事勝ち抜いてきた。
「あ、そうだ。ハルナ。ユングフラウ賞おめでとう」
「ありがと、ユメちゃん。ユメちゃんも宇都宮で二連勝して今度は北関東桜花賞だっけ?」
「そうそう。それでこんなところに来ちゃったんだけど……いやはやヤバすぎ、何これ。こんなの中央トレセンでも見たことない」
彼女がそう評したのはやはりというか何というか群馬スペシャルの全長3kmコースだった。
そんな彼女は中央トレセンの赤いジャージではなく、胸に栃木トレセン学園の校章が描かれた黄色いジャージを着ていた。
「ユメちゃんこそ、まさか栃木トレセンに移籍してくるなんて」
「あなたが南関東ティアラ三冠を狙っているって風の噂で聞いたら、居てもたってもいられなくなっちゃって。でも、横浜も大井も船橋も、さいたまも交換留学で編入出来なかった。それで、親戚がいる栃木に来ちゃった」
実はジュニア期の中央のウマ娘というのは、地方トレセン学園への再編入について厳しい制限が設けられている。
というのも、中央から地方のトレセン学園へ編入するということ自体は珍しいことではないのだが、それは中央で勝てなかったり、戦績に陰りが見えてきたりして、それでも「走り続けたい」というウマ娘特有の本能から来る欲求は止まることを知らず、それで地方に移籍する場合が大半だ。
あるいは、中央への入学を果たしたものの、家庭の事情により地方のトレセン学園、ないしは一般の中学校・高校・大学などに編入せざるを得なくなるケースもある。
だが、ユメちゃんことリアライズノユメはこのどちらにも当てはまらない。
何ならこれまでの戦績を見ると、エーデルワイス賞*5を勝利し、兵庫ジュニアグランプリではハルノウラワに続く3着、ダートG1の全日本2歳優駿でも3着と好走していることから、クラシック期を迎えてすぐに地方トレセンへ編入したいと言い出すとは中央トレセン学園関係者及びリアライズノユメというウマ娘を知ってるクラスメイトたちからすれば大方予想外で不意を突かれる出来事だった。
でも、それ即ち
特にリアライズノユメの目標を聞いてみれば、ある意味ではその行動について筋が通るわけで。
「それで
「野望って。あなたこそ南関東ティアラ三冠路線に舵を切ったでしょ? だったら私だって北関東か南関東のクラシック級レースを何処かで勝たなきゃ箔がつかないじゃない」
彼女たちが口にしている「北関東ティアラ三冠」、及び「南関東ティアラ三冠」とは、前者は北関東、後者は南関東に属する地方トレセン学園に籍を置くクラシック級のウマ娘たちだけが挑める重賞級レースである。つまり、「中央トレセン学園に籍を置いたままのウマ娘」には出走資格がないのだ。
なお、これは逆もあり、例えば中央に所属していない地方ウマ娘には、
この「出走資格」の壁を乗り越えるために新たに作られた制度に、「特別留学」と「交換留学」がある。
特別留学制度は、簡単に言えば、本籍を地方トレセンに置いたまま、中央トレセン学園を出入りし、中央トレセン学園のトレーニング施設を自由に使用でき、尚且つ中央のレースにも参加できる特別資格も場合によっては付与される(ただし、戦績とファン数、及び獲得賞金によっては出走除外の憂き目に遭うこともしばしば。そもそも地方トレセンに籍を置いたままのウマ娘が中央の芝のG1を勝利したことが今までなかった)。
一方で交換留学制度は特別留学制度とはある意味逆で、中央のウマ娘が一時的に地方トレセンに籍を置くことを指す。ただし、その審査はとても厳しく、認められる例はごく一部で、特別留学は本人が希望する期間を決められるが、交換留学制度は一年に一度の更新が求められる。という具合に、特別留学制度とはこれまた真逆に門戸の狭いものだった。
リアライズノユメはというと、ハルノウラワとのリベンジに対する熱意を面接試験で表現し、これまでの戦績がある意味で
「しっかし、群馬トレセン学園に顔を出してみればまぁビックリ。ハルナとはこうして再会するわ、プレジャー先輩もいるわ。さらにメジロの新顔ちゃんまで居るなんて。何ていう巡り合わせかしら。おまけにあのシマカゼタービンさんとナコウトプカラさんたち筆頭の群馬勢を見ていたら……まぁー、世界は広いわぁって思ったわ」
「あ、あははは……」
休憩中のベンチから遠目で青い髪のシマカゼタービンと金髪を靡かせるナコウトプカラの併せウマを見ていたら、リアライズノユメはその2人の
実は、いざ群馬トレセンに来てみてリアライズノユメが合同練習に来ると聞き、ハルノウラワは相談したいことがあったのだが、「あの事」を話すのが憚られてしまったためだ───。
───全日本ジュニア優駿を勝利してから、オーバルスプリントを控えていたある時期。
「特別留学、ですか?」
さいたまトレセン学園のウラワール理事長。
元々は浦和トレセンの生徒で、競技生活引退後はレース場の誘導バを勤めていたこともあり、現在進行形でマスコットキャラの役目も演じている。
そんな彼女が今の地位に上り詰めるまでは色々あったのだが、それを語るのはまた別の機会に取っておきたい。
そんなウラワールに理事長室へ呼び出されたハルノウラワが何事かと思えば、今朝先輩のセイウンプレジャーと話していて、「ただの噂に過ぎない」と切り捨てていた自身への特別留学の打診が「実は本当だった」と。それが事実だったことと向き合うことになった。
「そう。君の全日本ジュニア優駿での大活躍が中央の上層部の目に留まったらしい。それで、従姉妹……もとい、あちらの秋川やよい理事長から打診が来た。秋川理事長は直接君に会いたがっていたものの、なにぶん多忙を極めているこの時期だ。泣く泣く中央にご帰宅されてしまったので、代わりに私から話そうと思った。……でも」
「……何でしょうか理事長?」
「その顔だよ」
「え?」
「実はあまり気乗りしないのね?」
「……実は、そうです」
ぶっちゃけるとハルノウラワ自身、あまり特別留学に乗り気ではなかったのだ。
というのも。
「なるほど……確かに君は来年で高等部だから、アルバイトの許可も下りる。そのアルバイト先が」
「はい、宮松庵です。あのお店のお姉さんたちには昔からお世話になっていましたし……」
「それに……
「……」
ハルノウラワ。
12月現在、さいたまトレセン学園中等部三学年に在籍。
戦績は実に強者と言って差し支えなく、簡単には物怖じしない肝っ玉と芯の強さを持つウマ娘の少女である。
また、小学校時代には度々男子と殴り合いになったこともあるのだが、そんなことになったのは、クラス内でイジメが起きた際にハルノウラワがいじめられていた生徒を庇ったことから始まっていた。すぐにハルノウラワもイジメの標的になったのだが、そんな彼女を怒らせた結果、いじめっ子たちは大いに後悔する羽目になったという。
そのエピソードが彼女の通っていた小学校だけでなく近隣の他の小中学校に広まったため、ハルノウラワはここへ入学して早々、「さいたまトレセン学園のスケバン」と密かに呼ばれているとかいないとか。
しかし、そんな彼女も密かな夢がある。それは。
「和菓子職人になりたい……だったかしら?」
「! どうしてそれを」
ウラワールに図星を突かれて、恥ずかしくなり答えられなかったが、続いて出た言葉にハルノウラワは驚いた。
「あれは確か、メモリヒメさんが勝った時の桜花賞だったかしらね? ご家族と一緒にレースを観戦していたわよね。さいたまトレセンに入学してからも、浦和レース場で宮松庵が出店すると必ず手伝いに入っていたでしょう?」
「あ、ははは……バレちゃってましたか……」
やや恥ずかしそうに笑いつつ、ハルノウラワは何故特別留学に乗り気ではないのかを素直に話すことにした。
「……そうです。私は将来和菓子職人になりたい。そのために宮松庵でアルバイトをしつつ修行をしたくて。でも、特別留学をしてしまうと仮に毎日宮松庵へ行こうとしても、中央トレセン学園からは遠いですし……それに」
「それに?」
「オルフェと……中央のオルフェーヴルって子がいるんですが、その子と約束したんです───」
《───来年から私は和菓子屋さんでアルバイトして修行する。そしていつかきっと、あなたを、あたしの作った和菓子で笑顔にしてみせる。そのために───》
「───私はオルフェからの誘いをあの時は断ったんです。でも、その誘い自体は嬉しくて。だから、私自身の夢を叶えるために、修行もレースも怠らないぞ、って」
「……何だか、その。良いわね、その決意」
「はい。……それに、私みたいな問題児が中央でご迷惑をお掛けするわけにもいきませんし。そもそも中央に特別留学したところでそのまま中央でやっていけるとは到底イメージできなくて……」
「そんな事ないわよ。あなたのこれまでの成績は5戦3勝。この内、
「えぇ、でも、上には上がいます。オルフェのように。ユメちゃんだってこれからもっと強くなっていくでしょうし。……もちろん、私だってただで負けてやるつもりはないですし、勝てるレースは勝ちに行きます。でも、この競技人生だって永遠じゃない。それを楽しみつつ、私の夢を叶えるためにはここじゃないと駄目だって思えてくるんです」
「……なるほどね」
ここに至って、ウラワールはハルノウラワの通称が事実だと実感した。
確かに芯が強い。肝っ玉もある。だが。
「それでも、ちょっとあなたは迷っているわね?」
「! ……」
「……図星ね」
オルフェーヴルの誘いを断ってしまった後悔というか負い目というか。
「イメージできない」とは言いつつ、中央のレースで勝ってウイニングライブでスポットを浴びたいという気持ち。
一旦は消したつもりでも、それらが確実に火種としてハルノウラワの心の中に燻ったまま残っていることを、ウラワールは確実に見抜いていた───。
「───……ハルナちゃん、何で俺にそれを話すんだ?」
「その……本当はユメちゃんに相談しようって、最初は思ったんです」
1日のトレーニングが終わり、各々群馬トレセン学園の生徒たちは学生寮へ。遠征及びトレーニング施設を借りて練習しにやってきた外部のウマ娘やそのトレーナーたちは群馬トレセン学園の合宿所や近隣の宿泊施設へ戻っていく。
しかし、冬空にそろそろ星が浮かびそうになる時間帯にて、自分とトレーナーが宿泊している合宿所に向かう途上でハルノウラワはシマカゼタービンに相談を持ちかけた。
聞くところによれば、シマカゼタービンは養父が経営する会社の製品製造に携わり、その経営も学んでいるところであり、将来は瀬名酒造の次期社長を目指しているという。
それ故に、ハルノウラワは自身の中にある迷いを打ち明けるにはタービンが良いだろうと
しかし、相談されたタービンは……、
「そのユメちゃんが選んだハルナちゃんとの決戦の舞台が浦和開催のオーバルスプリントと言ったか。そのレースって中央のウマ娘が出れないのか?」
「元々は地方交流戦だったんですが、今年から2年間グレード無しの交流重賞扱いになりました。距離はダート1400mで、私とユメちゃんの得意な距離です」
「ふーん……そこを目指すことはお互いに変わらないんだろ? なら別に特別留学を受けてもそうでなくても結果は変わらないんじゃないか?」
「でも、ユメちゃんは北関東に交換留学制度を使ってわざわざ籍を移してやってきてくれたんです、なのに私ったら、締め切りが今月末だって言うのにまだ迷ってる……尚更このことを相談しづらくて……」
「なるほどな……お前さんが特別留学に首を縦に振ると、ユメちゃんに申し訳ないってか」
「そう……ですね」
「でも、
「それだけ、って」
「わざわざ俺に相談を持ってきたからだよ。俺はあくまでもトレセンに所属したことがない、何なら群馬トレセンを無許可で出入りしている不審者みたいなものだ」
「……え? そうなんですか?」
なお、ハルノウラワは、シマカゼタービンのあまりの馴染みっぷりや、群馬スペシャルが出来た経緯を聞いていたことからも、群馬トレセン学園のOBか非常勤講師みたいな存在だと思っていたので、シマカゼタービンが一般高校の芦名高校の卒業生で、尚且つこの人生(正確には「ウマ娘生」とでも言うべきか)で一度としてトレセン学園の所属したことすらないなどとは思いもしないだろう。
まぁ、こんなシマカゼタービンが群馬トレセンで(厳密には違うのだが)後輩のウマ娘たちと併走しているのは運動不足解消以外にも当然理由があるのだが、それを語るべきは今ではない。
「だからレースとかグレードのことなんて俺にはからっきしだ。南関東重賞だの地方交流戦だの交流重賞だの、このレースには地方だから中央だから出れないだとか、正直分からん。ど素人だ。あくまでも、俺は群馬の片隅にいるただのチンピラだ。それでも俺の意見が必要か?」
そうシマカゼタービンは前置きしたが、ハルノウラワは躊躇うことなく首を縦に振った。
「そうか……」
「私が知ってるウマ娘の中でも、周りで社会人になった人たちは現役を引退しても何らかの形で未だに本業がレースに関わってますから。私にとって、タービンさんが初めてでした。自分と歳が近くても、レースとは関係ない分野で職を得て今酒造会社で働いているんですから。だから、夢を追うべきなのか、でも、特別留学の推薦なんて一生に一度訪れるかどうかというチャンスなのに」
「つまり、和菓子職人になるために、レースとの二足草鞋で修行していくか、あるいは特別留学を受けてその修行の機会を後回しにしてしまうか。それで悩んでるわけか」
「はい……」
この時、シマカゼタービンは、背後に誰かの影を感じたが、ハルノウラワには言わずにおいた。
タービンは頭を掻きながら、こんなことをハルノウラワに告げた。
「うーん……難しく考えすぎだな」
「……え?」「ぇ?」
「俺はこんなこと言う柄じゃないが、「今しかできない」と思うことがあるなら、それを先にやらなきゃダメだ」
「今しかできないこと……?」
「何事にも段階や手順ってものがある。酒造りもそうだ。ちゃんと順番も配合も守らねぇと、商品として出せなくなる。そうなった時に「あぁしておけば良かった」って後悔しても遅いからな」
「そりゃそうですけど……」
「それにその、和菓子職人になるための修行って、お前さんが言ってた
「……ぁ」
「ようやく気付いたか。そう言うことだ」
タービンの言わんとすることをハルノウラワは何となく察した。
「そもそもお前さんが特別留学をしようがしまいが、ユメちゃんとの決戦の場がオーバルスプリントになるゴールは変わらないだろう? それに。別に和菓子屋はお前さんが憧れの店だけしか無いわけではない。府中にもあるだろう? 詳しくは知らんが。中央トレセンに通いつつ、自分が修行できる和菓子屋を探しゃあいい。スマホで調べればすぐ出てくるだろ? ……まさか忘れていたとか言うんじゃないだろうな?」
「い、いいえ、考え付かなかっただけです。そっか……確かにその手があった」
「まぁ、あとはお前さんの人生だ。好きに決めるといい」
「……ありがとう、タービンさん」
ハルノウラワはそのまま坂を登り、タービンと別れて合宿所へ駆けて行った。
それをタービンは手を振って見送り、ハルノウラワが合宿所のドアの向こうに消えてから、
「……もういいぞ、出てこい」
ハルノウラワとの会話の途中から感じた微かな気配。
その正体に心当たりがあったタービンは答え合わせとして振り向くと、そこにいたのは、電柱の影に隠れていたリアライズノユメだった。
「……やっぱりな」
「バレバレでしたか……」
「まぁな。……で、俺たちの会話をどこから聞いてた?」
「えっと……その……」
翌日のお昼過ぎ。
群馬トレセンの合宿所の食堂にて。
「ねぇ、良いかしら?」
「! ユメちゃん。おはよぅ……ってそんな時間じゃないかもう」
昨日の今日で話し辛かったハルノウラワと、一見何も知らない素ぶりのリアライズノユメ。
食堂の片隅の席に2人掛けで対面した。
「その顔……ひょっとして寝不足?」
「あ、ははは……ちょっと調べ物をしてたら遅くなっちゃって」
「ダメじゃないの」
「同じことトレーナーとプレジャー先輩にも言われて今日のトレーニングはお休みになっちゃった」
「全く……おやつの時間も近いって言うのに。一体何を調べていた……のかは聞かないでおいてあげる」
「……ちょっとぉ。あたしは別にいやらしいムフフなサイトを探していたわけじゃぁないわよ、誓っても良いんだから」
「冗談よ、冗談」
「もう……」
こっちは真剣に悩んでいるのに、と言いたいところだったが。
目の前にいるリアライズノユメも、栃木トレセンへの交換留学をする時に、同じように悩んでいたはずだ。
なのでその言葉をグッと堪えて飲み込む。
しかし、
「……私ね。別にあなたとの対決だけが目的で栃木に来たわけじゃないのよ」
「……え?」
突然にリアライズノユメはそんなことを語り始めた。
「もちろん、きっかけを与えたのはあなた、ハルナだった。それは変わらない。あなたをライバルとして意識してることも否定するどころか首を縦に振って肯定するほど。だけど、私が栃木に来たのは、NAUのウイニングライブが見せてくれた自由と華やかさに憧れたから。OP戦から上位に残れば勝負服を着て行なえるウイニングライブなんて、URAの方式が優先される交流重賞では見られなかったもの。……あなたに直接関係がない交換留学の理由といえば私はそれなの」
「……どうして今それを?」
「はぁー……まだ寝ぼけてるの? あなたが特別留学で中央に行こうが
「! ……もしかして昨日の放課後の時?」
「やっと気付いた? そうよ。あなたの様子がおかしかったから後を付けていた」
「え?」
「バレバレよ。ホントにあなたは顔に出やすくてわかりやすい。隠し事なんて10年早いんじゃないの?」
「……あっはははっ。言うわねユメちゃん」
「大方調べていたのは、府中のトレセンに近い和菓子屋さんのアルバイト……」
「「!?」」
その時、2人の目の前にあるコップに入っている水に波が立つ、いやこれは。
「みんな! テーブルの下に伏せて!!」
ハルノウラワは食堂中にいる全員に聞こえるように大声で叫んだ。
そして、数秒も経たない内に群馬トレセンの合宿所、トレセン、群馬……いや、関東のほぼ全域が激しく揺れた。
咄嗟にテーブルの上から水入りのコップを引っ掴んで、リアライズノユメと共にテーブルの下に隠れたハルノウラワ。
食堂にいた他の教職員、トレーナー、生徒たちも全員がテーブルの下に隠れた直後、激しい横揺れと共に、各々のテーブルの上にあったものが床に投げ出された。食べかけの料理、飲みかけの飲み物、フォーク・ナイフ・スプーンなどの食器類、空になったお皿は床にキスした途端割れてその破片が散らばる。
教室や更衣室では立て付けの悪いロッカーが倒れたりもしているだろう。
その様を見ながら、
(あぁー……これは掃除が大変になりそう……)
などと、ハルノウラワはどうでも良いことをつい考えていた。
ハルノウラワの一人称について「私」と「あたし」の2つが混在しているなー、と気付いた人。
実はハルノウラワは一人称を使い分けています。
基本的に目上の人や他人には「私」と言い、同期や友人、気を許せる相手や家族には「あたし」と言ってます。
何気に今回は大盛りになっちゃった……。
ついでに言うと、投稿する前日まで展開に悩んだ上に眠くなって集中力が保たず、一度「消して最初からやり直すべきか」とも考えたんですが、今朝になって解決策を思いついて、今回のようになりました。
なお、さいたまトレセン学園のウラワール理事長のイメージはこんな感じ。画像はPixivにて、とあるユーザー様にAI生成で出力していただいたものでございます。
【挿絵表示】