本編の主人公ほどではないですが、録画が出来なくなったと知った時には絶望したもの。
……まぁ、その後、宥め賺して、何とか今期の1クールアニメ、最終回を残すのみだったけど何とか完走。
しっかし、買い替えで少なくとも7万円か……うへぇ……モチベまで落ちるなぁ……。
こんにちは。
母にハルウララで父にキングヘイローを持つその娘の私です。
聞いて驚け、私の仮名は母馬の名前と生まれた年を合わせて「ハルウララの2008」!
そこから幼名は「ハルナ」になりました。
最初は「ハッちゃん」ってある厩務員さんに呼ばれていたけど、別の厩務員さんが「女の子なんだからもう少し可愛い名前で呼んであげようよ」と言ってくれたお陰でみんなからは「ハルナ」って呼ばれてるんですが、私のことを「ハッちゃん」と呼んでた厩務員さんはそのまんま。
一回試しに無視してやったら、厩務員さんが落ち込んでいたのが心に来たので、その厩務員さん限定で「ハッちゃん」呼びを許してあげてます。
そんな私も気付けばもう1歳を迎えていて、そろそろセリに出されたり、競走馬名を与えられたりする……はず。
……まさか、いきなりお肉コースになんてならないよね?((gkbr))
ただ、正直言うと、今の私はお葬式気分なんです……。
ここで、唐突に私の前世について語らせていただきたい。
私は2020年代にはアラサー手前のOLをやってて、子供の頃から競馬を見ていた。
……正確には、4年ぐらいブランクを挟む羽目になったから、ずっとというわけではないけども。
【最後の最後、3頭がもつれて……出ました、な、な、なんということだ! 3頭同着! 今年のG1皐月賞でまさかの珍事! 2005年の皐月賞馬はなんと3頭生まれました!?】
それは、ある年に春のクラシックG1、皐月賞を見ていた時だった。
後々で推し馬の父馬と母馬のレース映像を見直していたら、この皐月賞は2005年のものだったと分かった。
2005年……思えばここから翌年ほど、日本競馬に「群雄割拠」と「革命」が同時に押し寄せたような年もなかったと思う。
何せ、まず牡馬たちの中では三冠馬の
その後、バーネットキッドはカイザーフェルゼン、ディープインパクトとの競り合いに危機感を感じたオーナーが古馬戦線へ回避して3歳馬で唯一の宝塚記念勝利馬に。(以後3歳期はそのまま無敗で秋三冠も獲っていた)
カイザーフェルゼンは日本ダービーでディープインパクトにハナ差で敗れたものの、「ダービーでの負けはダービーで取り返せ!」と言わんばかりに、ジャパンダートダービーに参戦。最終的に2着のカネヒキリに10馬身差近くを付けての復活劇も繰り広げた。なお、カイザーフェルゼンが参戦した時の大井は観客動員数の記録を大幅に更新したんだとか……。
一方の牝馬たちといえば、三冠牝馬ヒメカミアゼリアに、アメリカンオークスを制したシーザリオ、NHKマイルカップとマイルCSを勝利したラインクラフトを筆頭に、エアメサイアやデアリングハートといった重賞馬たちが鎬を削っていた。
有馬記念でもディープインパクトとバーネットキッドの同着勝利というこれもまさに前代未聞の記録が打ち立てられていたというのに、翌年からは地方競馬の躍進が始まる……始まったというよりは、表面化した、というべきか。
高崎所属の群馬三銃士、ツバキプリンセス、ノルンファング、ホクリクダイオー*3。この3頭の名牝たちは、日本での乱戦を尻目に海外で大活躍していた。
ドバイワールドカップを勝利した時、8番手からの大外一気で魅せてくれたツバキプリンセス。
バーデン大賞を勝利し、凱旋門賞ではディープインパクトに負けず劣らずの実力を見せてくれたホクリクダイオー。
ノルンファングに至っては2006年の天皇賞・春で2着に付ける好走ぶりを発揮してからの渡米先でアーリントンミリオンステークスを勝利。
この群馬勢は他にも、2006年のマイルCS南部杯で大逃げ勝ちをしたシャッタードスカイを始め、中央競馬にも殴り込みを掛けて勝利した強者たちがいた。
天皇賞・秋に出走したアルトレーネに、マイルCSに参戦したアルトアイネス。このアイネスフウジン産駒の双子姉妹も高崎所属で両G1競走を制覇。さらに、高知のアイドルホースだったハルウララも高崎所属という立場ながら宝塚記念でディープインパクトを差し切って悲願のG1初勝利(しかも同競争の最高齢勝利馬でもあった)。トドメに年末の有馬記念では人気最下位のシマカゼタービンが逃げ切り勝ちを収める番狂せも起きた。
ちなみに、2006年のクラシック期ではバーネットキッドの全弟であるクアッドターボが大活躍し、同じ年にデビューした半妹セキトカイゼリンも後にG1を勝っていたはずだ。
私が知ってる2005年と2006年はそんな年だったけれども、その後は学校が忙しくなったり、父の転勤で転校したりで競馬を落ち着いて見ている時間が無くて、2007年の牝馬戦国時代をリアルタイムで見れなかったことを生涯悔やんだほどだ。
漸くそんな時間が取れるようになったのは、東日本大震災とほぼ同時期だったように思う。
久々に夜の競馬番組を見ていたら、トランセンドとヴィクトワールピサによるドバイでのワンツーフィニッシュを見て勇気付けられて、また競馬中継を見るようになった。
その年の三冠馬になるオルフェーヴルと、その実兄であるウッドストック*4の凱旋門賞での大活躍。あの兄弟には私だけでなく、震災で気分の沈んだ日本全国が勇気付けられたと思う。
その翌年には、四冠馬ケイジと悪友ゴールドシップを筆頭とした2012年世代が幕を開けて、ついに競馬熱が再燃した。菊花賞のKG対決同着は感動を通り越して思わず涙したほど……!*5
それから10年近く、大学生から社会人になっても、私にとって競馬は生き甲斐だった。
そんな中で、大人気コンテンツになる『ウマ娘プリティーダービー』のアプリゲーム版の登場。アプリリリース時から始めて、重課金、下手したら廃課金に足を突っ込んでたレベルでハマっていた。
しかし、私が明日で30歳になるという日、突然にそれは起きた。
『君のお父さんが倒れた』
父が職場で突然倒れた、と父の同僚から電話で聞いた私は、居ても立っても居られず、(当然上司に許可を貰ってから)自分の職場を飛び出した。
しかし、父が運ばれた病院へ急いでいたら、駅の階段を踏み外して……その後、頭に鈍い痛みを感じてから急に体が冷えていくような感覚がして……そのまま意識が無くなったと思ったら、次の瞬間には馬として産まれ落ちて藁の上にいた、というわけだ。
仮名から分かったのは、自分がいるのは2009年、つまり、自分が亡くなった時よりも過去の世界だ。
……神様よ。なんで私は馬に生まれ変わらなきゃならんかったの?
前世の記憶持ちのまま人に生まれ変わっていたなら当たり馬券でウハウハ出来たというのに。……って、こんな思考だから馬ですか、そうですか。
タイムマシンを手に入れたビ●・タネンと同じ邪なことを考えてしまったせいで畜生道に落ちる羽目に。……そこは百歩譲って自業自得、お肉になるとか予後不良とか将来なってしまうとしても、それは競走馬という経済動物に産まれ落ちてしまった以上はもう仕方ない。
……それらの理不尽や不条理を差し引いてもね、神様、あなたには文句を言いたい。
何で悉く私の推し馬たちが存在しない世界なんかに連れてきたんだ!って。
私のことを「ハッちゃん」呼びしていた厩務員は尾山っていうアラサー男。そんなオヤマーが読んでた競馬新聞を盗み見ていたら、私は愕然とした。
何故なら、この世界には、皐月賞の三頭同着事件も無ければ、ハルウララの宝塚制覇もなく、G1勝利馬の名前に、カイザーフェルゼン、ヒメカミアゼリア、シマカゼタービン、ツバキプリンセス、ノルンファング、ホクリクダイオーが居らず、それにバーネットキッドらレイヴンカレン産駒が全く存在しなかったのだ!
辛うじて存在を確認できたのは、アルトレーネとアルトアイネス、それにシャッタードスカイぐらいだったが、シャッタードスカイ以外はG1を勝てていなかった。
……代わりに、私が知らないG1馬がいる。
例えば、人呼んで「黄金世代」と呼ばれている1998年クラシック期の競走馬たちと鎬を削った優駿に「クロスクロウ」という皐月賞馬がいて、その息子の「クロススキッパー」も皐月賞を獲り、娘の「メジロシクローヌ」に至っては日本の中央馬初の凱旋門賞馬!
この他にも、予後不良で亡くなったはずのサイレンススズカの産駒がいたり、「ハグロフォルゴーレ」とかいう聞いたことのない馬がいたり……。
「ブエナビスタ」に至っては、父と母は同じなのに生まれが3年早かったり……。
……まるで、
(例えばサンデーサイレンスが予後不良になってしまってその後の産駒が生まれなかった話みたいに、見慣れない血統が確立された世界を見ているような……って、ウイポじゃん、それ……)
別の意味で「おやまぁ」だよ全く!
ウイポをやったことこそないけど、ハーメルンに転がっていた二次創作でそんな話を見たことがある!
でもあれって馬主視点で馬作ったりしてゲーム内で走らせるゲームでしょ!?
それが私は馬視点とかどういうことだこれ!!
「おうおう、ハッちゃん、何
うっさいうっさいうっさいわ! オヤマー、お前のせいだ!*6
「あいたっ、小突くな小突くなよ。これやるから機嫌直せって、なぁ?」
そう言ってオヤマーが差し出してきたのは黄色い……私の大好物。
(Oh,バァナーナ!)
これこれこれ! 人間時代でも馬になっても私の好みは変わらない!
どこぞの
……まぁそうだよね。今は
「ははは、いい食べっぷりだなぁ……それだけに、そろそろ世話できなくなるのが寂しくなるなぁ」
……え?
「いきなり正気に戻るなよ……まぁいいや。とりあえず近い内に育成牧場行くことになるのと、あと、ハッちゃん、お前さんの馬名決まったぞ、聞いて驚け見て笑え。お前の馬名は「ハルノウラワ」だってさ!」
いきなりお肉になる心配をしなければならないのかと思ったけどそんなこともなく、でもって私の馬名が「ハルノウラワ」!?
……。
プイッ
「あ、お? え? まさか気に入らない?」
ぶっちゃけるとそう!
何だそれ!
馬主さん、絶対駄洒落で決めたでしょその名前!! 断固抗議する!!*7
「おいおい、不機嫌になるなよ……これ食って落ち着け」
落ち着いていられるかモグモグ、馬名の名付けなんてモグモグ馬生の一生左右するビックイベントなのに!モグモグ
「怒ってるはずなのに良い食いっぷりだなぁお前……」
ちょ、オヤマー! 私怒ってるのにバナナ口に入れて来るnモグモグ……
そうして、私の抗議も虚しく、私の馬名は「ハルノウラワ」に相成りましたとさ。
後日、命名理由を聞けば、
「浦和所属で走らせたいのと、ハルウララの「ウララ」と「ウラワ」って似てない?」と馬主さんが言い出したからだとか。
ぉんのれぇ……、私と命名センスが同レヴェルかよ……!
覚えてろぉ、地べたを這って泥水すすってでも、そんな地域限定な
……なんて思っていた時期が私にもありました。
ハーメルンでウマ娘や架空馬たちの話を読み漁っている人であれば、きっと一度は夢見たであろう世界線。
その世界線を過ごしていたハルノウラワの中の人(前世の競馬好きアラサー女子)が筆者は羨ましい。
……問題が起きた場合は修正して再投稿します。
※なお、戦績は書き上げた2024年10月6日時点で分かっているところと、多少脚色した部分まで。
◎おまけ
ハルノウラワ(ハルウララの2008)の血統表
| キングヘイロー (1995) | ダンシングブレーヴ (1983) | Lyphard (1969) | ノーザンダンサー |
| Goofed | |||
| Navajo Princess (1974) | Drone | ||
| Olmec | |||
| グッバイヘイロー (1985) | Halo (1969) | Hail to Reason | |
| Cosmah | |||
| Pound Foolish (1979) | Sir Ivor | ||
| Squander | |||
| ハルウララ (1996) | ニッポーテイオー (1983) | リイフォー (1975) | Lyphard |
| Klazia | |||
| チヨダマサコ (1977) | ラバージョン | ||
| ミスオーハヤブサ | |||
| ヒロイン (1991) | ラッキーソブリン (1974) | ニジンスキー | |
| Sovereign | |||
| ピアレスレデイ (1979) | テスコボーイ | ||
| イーストサイド |
※血統表のテンプレートはスターク(元・はぎほぎ)さまよりお借りいたしました。ありがとうございました。
主人公の前世は?
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架空馬超マシマシ
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架空馬ちょい増し
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ほぼ史実通りにやれ