浦和の桜吹雪   作:Simca Ⅴ

37 / 46
 多分これが年内最後の投稿になるかと思います。
 今回は作中で散々ゴリゴリに魔改造していた()()を出します。

 しっかし、まさかJR貨物のターミナル駅が南越谷のすぐ近くにあったとは……いつも浦和競馬場に行く時に通りかかってるはずなのに全く気が付きませんでした。

 なお、今回のエピソードを描くにあたって#06にちょっとしたテコ入れをしました。


#22「2012年の幕開け〜エビデンスを塗り替えし者たち〜」※後書きに特大付録有り⭐︎

 ハルノウラワです。

 あけましておめでとうございます。

 何だかんだで波乱だった2011年も終わり、無事に2012年を迎えました。

 結局、私は11月半ばから年末までハグロ牧場で静養していたんですが、年明け早々、馬運車に載せられて……。

 

【南越谷〜、南越谷〜】

 

 という駅のアナウンスが遠くに聞こえたような気がした、そんなこの場所は、操車場のような、コンテナがいっぱいある……*1

 

「狭いが、我慢してくれよ?ハルナちゃん。一日ぐらい掛かるとは思うが、乗り心地は最上級……らしい」

 

 岡嶋調教師(せんせー)の息子の光和さんに連れて来られた先にあったのは貨物列車。その貨車の上には、デカデカと《JR貨物 馬運用コンテナ》と描かれた貨物コンテナが載っていた。

 

「時々停車した駅で様子を見てあげるから寂しがらないでくれよ。な?」

 

 光和さんにそう宥められながらコンテナの中に上がってみた。

 お邪魔しまーす。……っと。お? 凄いな……馬運用コンテナってだけあって中が広く見えるように工夫されてる上に、寝藁が敷き詰められてる……。

 外がよく見える窓もある……。

 まるでVIP待遇だわ。

 

 その後、暫くしてからガタンゴトンという心地よい振動を感じた。

 時々聞こえる踏切のカンカンカンという音をBGMに馬運コンテナで過ごしていたら……───。

 


 

「───ほぉら、着いたよハルナちゃん」

 

 ……あらやだ、いつの間にか寝ていたみたい。

 馬運コンテナから降ろされて外に出てみれば、《JR中津駅》?

 ……え? 中津ですって? もしかして……?

 

 そんなことを思っていたら……あれ? 馬運車は無いのね?

 光和さん……と、

 

「ほぉ、これが噂のハルノウラワちゃんか」

「!」

 

 ビックリしたぁ。

 振り返るとそこにいたのは、厩務員さんが着ているようなつなぎを着た中年の男性。

 ……何だろ。見覚えがある人だな。どこかでお会いしました?

 

「あ、こんにちは、初めまして。岡嶋調教師の助手を務めてます息子の光和です」

「遠路はるばるご苦労様でした。中津競馬場管理人の黒松義安です」

 

 なぬ。黒松?

 ということは、義隆さんの親戚筋?

 ……言われてみれば、義隆さんと似てる気もする中年のおじさんが私たちを迎えてくれた。

 

「あの、馬運車は?」

「あぁ、ここまで来れば徒歩で大丈夫ですよ? ご案内します」

 

 義安おじさんに案内されて、光和さんに牽かれてパカポコと歩き、時々横断歩道で止まり。道を通り掛かれば街の人とすれ違う。

 さらに進んだもう一つの横断歩道では、自転車に乗った親子連れと並ぶことになり。

 「あらあら」「お馬さんだー」と声を掛けられたので、ちょっとだけファンサして。

 

 そうして寄り道もちょっとありつつ、人の足に合わせて10分か15分ぐらい歩いた先にあったのは。

 

 《明るく楽しい中津競馬場》

 このキャッチコピーが掲げられた正門。

 全般的にスタイリッシュなワインレッドと白の塗装が施されたメインスタンド。

 真新しいパドックに、メインスタンドと正門(?)の間にある広場には老人とお馬さんの銅像……?

 

〈《ようこそ中津トレーニングセンター&中津競馬場へ》……って、え!? ここってまさか!?〉

 

 そう。いつの間にか私は中津競馬場兼トレーニングセンターに連れて来られた。

 

 中津競馬場。

 私が知ってる歴史(前世)では2000年に廃場となり、勤めていた人たちや厩舎、さらに馬までもが路頭に迷い、大量の競走馬が殺処分されたという日本競馬史に残る屈指の胸糞事件が起きた現場。

 私が大人になった頃には記録映像やボロボロの競馬場の色褪せた写真にしかその姿形が残っていなかった。

 

 ……しかし、この世界ではその悲劇は無事回避されたらしい。

 前世から引き継いだ記憶の片隅にはボロボロになったスタンドの写真を辛うじて覚えていたけれども、今この場に立ってみるとそれすらも見事に吹き飛ばされた、というか塗り替えられた。

 実に綺麗で、現代的で、何より広い。

 

 それもそのはず。

 ここ中津競馬場は前世と同じく2000年に閉場するも、この世界では()()()()()()

 しかも、それには私の馬主さん一家がガッツリ関わっているときたもんだから、調べたらビックリした。……今更だけど、「え?私の馬主凄すぎない……?」って状態です、はい……。

 

 中津競馬場の正門広場にある、お馬さんを牽くお爺さんの銅像。

 あれが実はゴーアレディさんと、義隆さんのお父さんである黒松重源さんを模したものだそう。

 特に、彼と兄の玄英さん(義隆さんから見ると父方の叔父に当たる人)、さらに、義隆さんの従兄弟である義三さんなどなどが中津競馬場を潰すまいと必死に努力し、報われた結果が今私の目の前に広がっている光景というわけ。

 

 しかも、ちゃんと実益も兼ねている辺りは流石だと思った。

 それは、JR中津駅の存在が大きいかもしれない。中津から小倉までJR日豊本線の電車で約1時間と30分弱、特急を使えば40分掛からない。その立地が、中津競馬場をトレセンへ改修する計画に繋がった。

 つまり、「鉄道網を利用して競走馬を輸送する」という手段のために、中津競馬場が必要とされたというわけだ。

 ただ、この習慣は私の前世では廃れてしまっていた。

 

 そもそもの話。小倉開催の場合、中央所属馬は栗東トレーニング・センターから7時間近い長距離移動を強いられ、馬にとっては過大なストレスが掛かっていたらしい。うちの馬主さんみたいに飛行機代を気前よく出してくれる人ばかりではないし、そもそも馬を飛行機に乗せて飛ばすことすら大変だし。

 

 で。

 そんな時に、馬主さんの本家筋のある人がこんなことを言った。

 「飛行機はコストが高すぎ、車だと時間が掛かる……じゃあ鉄道使ったほうが早くね?」と。

 しかし、言うが易しというもので問題はここから。

 日本では馬を電車や列車で輸送するという習慣はだいぶ昔*2に忘れられた化石みたいなもので、今では馬運車による輸送が主力になっている。

 当時の鉄道事情からすれば、さっきの馬主さん一族の言ったこととは逆に「車で行ったほうが早いじゃん」という具合だったので、鉄道を使っての馬の輸送という手段は廃れてしまったというわけだ。

 それを敢えて黒松グループは「特殊な馬輸送用コンテナ」を用意して現代に甦らせたというんだから中々に尖ってる。

 彼らが参考にしたのはアメリカの厩貨車、所謂「ストックカー」であり、初期モデルはアメリカ製のストックカーを日本の規格に合わせて再設計したものが主だった。

 こちらは運用コストの面では飛行機ほど割高ではないが馬運車に劣るとされている。ただし、この世界では限定的ながらも現役の移動手段として用いられており、逆に車だと時間が掛かるような場面では重宝されているらしい。

 

 もちろん、私の前世では黒松グループなんて存在しなかったから当然こんなものも無かったはずだけど、この世界の小倉競馬は私の前世よりもさらに盛り上がってて、今G3の小倉記念の格上げやら、海外からG1レースの誘致すらも囁かれ始めているらしい。

 そこに、中津競馬場をトレセンに改修する効果が上乗せされる。

 小倉への輸送が大変な上に、そもそも小倉競馬場自体がそんなに大きくなくて待機馬房の数も限られ、挙句の果てには夏の過酷な暑さが故に小倉記念のような重賞に参加する馬が確保できない、なんて話も前世では聞いた事がある。

 しかし、中津競馬場をトレセンとして使えて、尚且つ黒松グループ特製の競走馬用コンテナがあれば、その悪条件もやや緩和される。貨物列車を使って2時間掛からずの位置にあるならば、阪神競馬場から滋賀の栗東トレセンよりちょっと長いだけの時間という感覚になる*3。何より馬運車と大きく違って「渋滞が発生しない」という大きなアドバンテージがあること。

 日本の鉄道は貨物も含めてほぼ時刻表通りの正確さを誇るので、よほどのことがない限りは、中津にいたお馬さんを小倉まで3時間も掛からずに何なく輸送できてしまうわけだ。

 極め付けは、このシステムと中津トレセンの存在が、2003年に行なわれた小倉記念での熱狂を引き起こす導火線になった実績があるというのだから驚いた。

 

 2000年から2003年4月までの約3年間の大改装でトレセンに改装された中津競馬場。その4ヶ月後の小倉競馬開催時にその真価を見事に発揮して、蓋を開けてみればネオユニヴァースとゼンノロブロイの一騎打ちがこの世界の2003年の小倉記念では繰り広げられたんだと。なお、勝ったのはゼンノロブロイだったらしい。

 

 その後の約4年でより近代的な設備と内装を備えたメインスタンドが建て直され、競馬場として開催を再開した後は地方競馬場でも類を見ない広大な敷地面積を要している。

 最大収容人数は船橋や2020年代の川崎に匹敵する約3万人を誇るという。

 中でも劇的な変化は、元々存在した1周1000mのダートコースが芝コースに変わっており、幅が一律に25mへ拡張されてフルゲート16頭での競走も可能なコースレイアウトになっていること(ただし2000mがゴール位置などの物理的問題から発走距離として存在しない)。

 また元々あった内周のダートコースは全長800m幅15mのウッドチップコースに変更されていて、トレセンとしての機能もしっかり残っているというか現役で稼働中という状況を見て驚きを隠せない。

 これに加えて、さらに外周に1周1300m幅25mのダートコースが追加されている。しかも、内回りと外回りを備えていて、内回りでは1周が1100mだという。

 南関の競馬場で言えば、船橋の1400mと浦和の1200mの中間ぐらいの大きさながらも、全く見劣りしない上に、芝コースを有する地方競馬場としては盛岡に次いで国内二例目になったという。まるで競馬の神様が「中津競馬場を廃場から救うついでに色々と魔改造しちゃえ!」と言わんばかりな破格のぶっ壊れぶり……。

 

 当然、その維持費は莫大で……考えたくない金額なんだけども、それも確実に改善傾向に向かっている。

 中津競馬が再開した後は九州三冠の舞台の一つとなったものの、閉場からトレセンとしての使用を挟んで実に開催再開まで7年ものブランクがあったため、閉場以前に開催していたレースの一部は、他の競馬場に移転したり、廃止になったものも多かった。

 そこで、中津競馬場では海外の競馬関係者、特に斜陽になり始めてるシンガポールやマカオに対して積極的に誘致の声を掛け続けた結果、2009年よりマカオやシンガポールのG1や重賞の一部を引き継いで開催を行なうようになった(もちろん、中央競馬会と地方競馬全国協会との相談はもちろんのこと、シンガポールやマカオが属しているアジア競馬連盟からの承認も得ている辺り、かなり派手にやったらしい)。

 例えば、前世のシンガポールでは2010年代に廃止されていたクリスフライヤーインターナショナルスプリントという競走が、この世界の中津に開催が移転して2010年より国際G1として開催されている*4。さらに今年の7月第二週には芝2100mで施行のマカオ記念が新設G1として開催される予定だそうだ。どちらも芝コースが存在するからこそ出来る芸当とも言えた。

 何より、シンガポール競馬などには存在した堅苦しいドレスコードとかが中津などの日本には無く、庶民や子供でも気軽に競馬場に足を運べる日本の競馬文化が、かつてのシンガポールやマカオで開催されていた競走よりも大賑わいで歓迎されていることに両競馬場の関係者たちは衝撃を受けたそうだ。

 

 そんなビッグな競馬場に凄いコースを目の前にしたら、

 

「お。ハルナちゃん、ウキウキしてるね?」

「ブルルル、ヒヒン!!」〈もちろん、とーぜん!!〉

 

 「走りたい」というお馬さんとしての本能か、それとも前世で見ることが出来なかった新しい世界への好奇心を前にしてか。

 私が興奮している様子なのは光和さんにはすぐ分かってしまったみたいだった。

 ……いやちょっと待って。

 流石に観光か旅行のためにここに連れて来られたわけじゃないよね?

 

「ハルナちゃんが早くも走りたそうにしてます」

「しかも芝コースを見てる……いつもダートばかり走ってるから物珍しいのかな?」

「かもしれないですね。いつも競馬新聞では見てるかもですけど、やっぱり実物を目の前にしたらテンションが上がるのは馬の本能なのかも?」

「……ちょっと待て。今何と言った?」

「え? ハルナちゃんが競馬新聞をいつも読んでること……あ」

 

 慌てて光和さんは自らの口を抑えた。

 私がいつもの如く競馬新聞を読んでて対戦相手や気になるお馬さんの情報を追いかけてる光景がすっかり日常化しているけど、これって本当は異常なんだよね。

 慣れって怖いねー(棒)

 

「ほぉ、そうか……義隆から聞かされていたが、やっぱりだったか」

「え? ご存知だったんですか?」

「そりゃそうだ。黒松家が所有する重賞馬の情報には最低限目を通してるが、取り分けこの子には気になっていたからな」

「やっぱり全国的に有名になって、実力もあるから、でしょうか?」

「それもあるがな。浦和を盛り上げている子で、しかも、あのハルウララの初仔だ……成長を楽しみにしていたが、何故あいつがあそこまで入れ込むのか。実際に会ってみてその理由がよく分かった。この子なら芝も走れると思うぞ?」

 

 え。もしかしてここに連れて来られたのって……?

 

「さぁてと……一回芝を走らせてみます。芝を走るのは何年かぶりだなぁ」

「気をつけてくれよ? いつもと扱いが違うはずだ」

「ありがとうございます。フェブラリーステークスはこれに比べたらもっと難しいって考えながら進めますんで」

「よし。じゃぁ、始めようか」

 

 その一声から私の秘密の特訓は始まった。

 


 

 去年の11月頃の話。

 最初、岡嶋先生からあんなことを言い出された日には驚いて一瞬言葉に詰まったものだが、

 

「……わかりました、ちょっと話してみますね」

『よろしくお願いします』

 

 岡嶋先生との電話の後、すぐに私はある場所に電話を掛け直した。

 

『もしもし?』

「あ、義安従兄さん?」

『おぉ、義隆か。どうしたいきなり?』

「ちょっと頼み事というか、相談があってさ。今時間あるかな?」

『昼休みが終わるまでなら。来週から忙しいものでな』

「あ、あぁそうだった……」

 

 この日は2011年11月5日の土曜日。

 地方競馬というのは中央が土日開催なのとは逆に日時が被らない平日に開催していることが多く、九州の地方競馬組合では、佐賀→中津→荒尾→佐賀……という具合に、三場でのローテーション体制で競馬を開催していた(たまに順番が変わることもある)。

 ちなみに来週は中津開催であり、中津では早くも来年の1月11日に中津大賞典が控えていてその準備も忙しいはずだ。

 

 そんな中津競馬場の繁忙期に義隆が頼ったのは親戚の「義安」*5

 一体何者かといえば、実は何を隠そう黒松家の先代当主*6でありながら、現在は中津競馬兼トレーニングセンターの管理人を勤めている人物である。

 

『それで話って何だ? 何かあったのか?』

「あぁ、実はこんなこと聞くのは何だけどさ……」

『何だ? 言ってみろ』

「……厩舎か馬房、空いてない?」

『はぁ? それはまた急だな……何があった……いや、当ててやろう』

 

 そう言って義安、何かを調べていたらしく紙かビニール袋のクシャクシャという音や、ガチャガチャという物音が受話器から聞こえたが、間も無く義安は言った。

 

『フェブラリーステークスだな? 芝100mとダートのミックスみたいなコース。その練習にうちを使いたいってことなんだろ?』

「当たりだよ従兄さん……さすが」

『別にそれは構わないが……何だ? またシムーンカルマ級の化け物でも出たか?』

「いや、その真逆……かもしれない」

『どういうことだ?』

「化け物っちゃ化け物かもしれないけど、その方向じゃないんだよなぁ……」

『……あ。わかったぞ。当ててやる。ハルノウラワをうちで預かって芝コースに馴らせようってんだろ?』

「まさしく大当たり」

『はー……あの馬をフェブに投入するとはなぁ……』

「驚いた?」

『てっきり東京大賞典やかしわ記念に出すならわからないでもなかったが……血統の浪漫や込められた物語が好きなお前にしても流石にキングヘイローのあの惨敗ぶりを見たらゴーサインを出すとは思わなかった』*7

「いや、自分でもびっくりしてるんだよ。ただまぁ、挑戦状を叩きつけられたからには、勝てるように準備しなきゃならないだろ?」

『フェブを決戦の場に挑戦状か……それがどこのどいつか知らんが、だいぶ酔狂なことを考える奴だな。わかった。何とか場所は確保しておく』

「ありがとう」

『……その代わりと言っては何だが』

「?」

 


 

 中津開催3日目第11競走 第31回中津大賞典(Jpn3)

 ダート右2200m / 天候 : 曇/ダート: 重

(枠番)(馬番)(出走馬名)

ローマンレジェンド

メジロトラベラー

ディーセブン

カネマサコンコルド

ナコウトオトメオー

ヘルファイア

ホクセツサンデー

エスポワールシチー

フラクタルフローラ

10グレープブランデー

11ソリタリーキング

12ミラクルレジェンド

13グランシュヴァリエ

 

 2012年1月11日。

 この日は中津競馬場を舞台とした中津大賞典(Jpn3)が開催される。

 この前後の日本競馬におけるダートレースのメジャーどころといえば、12月に中央ではジャパンカップダート(G1)、北関東では北関東大賞典(NKG1)、南関東では全日本2歳優駿(Jpn1)に東京大賞典(G1)が開催され、さらに2月には川崎記念とフェブラリーステークスが控えているため、特に東京大賞典と中津大賞典の間隔が短いことが課題として目立ち始めている。

 

 しかし、蓋を開けてみれば中津競馬場は大盛り上がり!

 

【こんにちは。今日は2012年1月11日。2011年度第14回開催の中津競馬3日目を迎えました。今日のメインレースは第11競走、第31回を数えますG3中津大賞典。出走馬は13頭。九州及び全国からこの中津に優駿が集まりました。発走時刻は19時05分を予定しています】

【夕方には降雨が予想されている曇り空ですが、そんな天候など何のその、今日(こんにち)の中津競馬場、正門前広場では《ハルノウラワ・グリーディング in 中津》が開催されています!】

【え? 今日の中津大賞典にハルノウラワは出ませんよね? 一体何故こんなところに?】

【えぇ、どうも秘密の特訓中だったそうで……】

 

 おいぃぃぃ……。これ生中継ぞ。秘密の特訓なのに全国放送で何バラしてんの!?

 ……って、本当だったら内心キレたいのをグッと堪えて、やってまいりました、私も地方巡業です。

 

 本日の中津競馬場の開門時刻は午前10時で、第1競走は12時45分発走。

 なので午前中から中津競馬場にやってきたお客さんたちに愛想を振り撒きつつ、写真撮影やサインなどなどのファンサを展開。

 夏の灼熱地獄だった黒潮盃の時とは打って変わって、今回は肌寒い冬の中津が舞台。

 こういう時は体温が高い馬で良かったと思う。

 途中、休憩を何度か挟みつつ、サインを目の前で書いてファンたちに驚かれながらも、家族連れがいれば一緒に写真を撮ったりと、お陰で大井の時よりは消耗していないので、ファンサを全力で頑張っちゃってまーす。

 ……って、おやおや?

 この前にここへ来る時にすれ違った親子連れも来てくれてる!

 いいよー。サインあげるね。

 

 そうこうしている内にあっという間に日も暮れて、気付けば、次走に第11競走が迫ってきていた。

 本日のメインレース、中津大賞典。2007年に中津競馬場での開催が復活した後、重賞へ昇格、そして2009年開催の第30回より日本国内G3(Jpn3)に昇格を果たしている。

 今回の中津大賞典に出走するメンバーにはオトメオーちゃんだけでなく、私個人の顔見知りも多いので気にしない方が無理な相談というものだった。

 中津大賞典のパドックが始まると一旦ファンサはお休みして様子を見に行く。

 

〈え? ハルノウラワだ!?〉

〈何でこんなところに?〉

〈あ、やっほー。お久しぶり〉

 

 ミラクルレジェンドとグレープブランデーに声を掛けられたのでこちらも軽いノリで挨拶した。

 すると、ホクセツサンデーも寄ってきた。

 

〈ハルノウラワじゃないか〉

〈久しぶり。調子はどう?〉

〈あぁ、バッチリだ。だが、ライジンのやつ、戻ってきたら不機嫌だったぜ?〉

〈あー……やっぱり〉

 

 JBCの時、コロちゃんことオオエライジンが南関東に移籍した云々の話になってたけど、やはりそれはコロちゃんの勘違いだった。

 コロちゃんは鞍上の元村くんと一緒に南関東に移籍できた!と喜んでいただけに、実は「違いました」と知った時のショックはまぁデカかった。

 何ならJBCスプリントで負けた時よりも大泣きされて、園田に帰ろうとしたら馬運車に乗ろうとしなくて駄々捏ねられた。仕方ないので私がちょっと恐わーい声で怒ったけど、あー、やっぱり園田に帰ってからも拗ねちゃってたかー……。

 その元村くんが今日のホクセツサンデーくんの鞍上。今日は3レースほど(第4、6、7競走)で騎乗依頼が来ていたけど、第4競走のパドックで輪乗りした時の元村くんはやっぱり私を見て驚いていた。

 

 その次にグランシュヴァリエとも目が合い……何よその顔?

 

〈はー……お前、ほんっと何処にでも現れるな。まるで忍者だ〉

〈それを言うならくノ一でしょ〉

 

 呆れられたような関心されたような……微妙な笑みを浮かべてきたグランシュヴァリエ。

 というか今「忍者」って言った?

 へー、いいじゃんいいじゃん。珍しく良いこと思いつくじゃないの高知総大将。

 私がウマ娘になったらそのアイディア使わせていただくわね。

 しかし、私がくノ一なら……、

 

〈……なんだよ?〉

〈私がくノ一なら、貴方は戦国武将かしら?〉

〈戦国武将か……じゃぁ俺は長宗我部元親でも名乗るべきか?〉

〈へー……〉

 

 チョウソカベ? そんな戦国武将いたっけ? ……ごめんなさい、私、戦国武将って織田信長とか豊臣秀吉みたいなメジャーどころしか分かんない。

 だから、空返事するしかなくて、何か申し訳ない気分になった。……お? ちょうどいい。気になるお馬さんが視界に飛び込んできた。

 

〈やっほー、カネマサくん、調子はどう?〉

〈あ、ハルナの姐さん……お陰様で競技に復帰出来ました〉

〈良かった良かった……〉

 

 原因は不明だけど、私が知ってる世界(ぜんせ)ではJDDで何かがあったカネマサコンコルドはその後、競馬の表舞台から姿を消して行方不明になってしまった。

 しかし、この世界では「異変を感じたら競走を止めていい」と言い含めていたお陰か、カネマサくんはその後リハビリして、今回の中津大賞典を復帰試合に選んだそうな。

 是非とも福山ダービー勝利馬の意地を見せて欲しい。

 

 その他にも高知のデビュー戦で一緒にいたディーセブンとヘルファイアなどなど。

 

 他にも出走メンバーの名前にはソリタリーキングやローマンレジェンドなど見覚えのある名前が並ぶ……おっと?

 

「ビヒヒーンッ!?」〈はぁ!? 何で同胞が、んなとこにおるんじゃぁ!?〉

 

 おっとぉ、栗毛のお馬さんにめっちゃ驚かれた。

 ゼッケンを見ると8番の……エスポワールシチー!? あらら、マジかぁ。ここで遭遇するとは。

 

〈どうも、初めまして。ハルノウラワでーす〉

〈ハルノウラワ!? あぁー……ワンダーアキュートやトランセンドが言ってたなぁ。「パドックに居座って自分たちを見てくる変な牝馬が居た」ってな〉

 

 Oh。私の認識は「変な馬」という扱いですかぁ。……まぁ、それは否定できないけどね。

 ちょうどそんな時にナコウトオトメオーちゃんと顔を合わせる事になった。

 

〈何々ハルナちゃん。またお友達作ってるの?〉

〈あ、オトメオーちゃん、こんばんは。調子はどう?〉

〈結構良いよ〜〉

 

【4枠5番ナコウトオトメオー、一番人気です】

【牝馬ながらも去年の九州で三冠を達成した中津の次代のスターホースです。しかし、前走のJBCステイヤーズではスマートファルコン、ナコウトプカラに先着されての四着。東京大賞典への出走を回避して地元に戻って参りました。ここを勝利して再起を狙います】

 

 中津のトレセン施設に居候させてもらう関係上、ナコウトオトメオーちゃんと馬房が隣同士になり、併走もよく付き合ってもらっていた。

 南関東では勝利こそ出来ていないとはいえ、それもほぼ全部惜敗続き。故にその実力は決して侮れるものじゃない。お互いに学べるもの、目で見て盗めるスキルもあったし、地の利を別にすれば実力はほぼ対等。馬齢も同じで同期なので、スパーリングパートナーとしては最高だった。

 でも、ライバルにも強力な対抗馬がいる。例えば───、

 

【二番人気は6枠8番エスポワールシチー。前走三着のジャパンカップダートから早一月(ひとつき)。今年で7歳になりますが闘志に衰えは見られません。次走をフェブラリーステークスに照準を合わせている中、前哨戦にこの中津大賞典を選択。……奇しくも、ハルノウラワは次走の最有力馬と遭遇したことになりますかね?】

【間違い無いでしょう。G1級勝利こそ遠ざかって久しいですが、今回の中津大賞典に出走する競走馬の中では間違いなくトップクラスの実力を持ち合わせたベテランでしょう】

【その7歳のベテランと同い年で、尚且つ闘志を燃やしている対抗馬がいますよ。三番人気、8枠13番グランシュヴァリエ。前走の浦和記念にて念願の南関東重賞馬に名を連ねる活躍を見せてからひと月の休養を挟みまして、高知の騎士は今シーズンの幕開けをここ中津から始める事に相成りました】

【そのグランシュヴァリエと同郷のヘルファイアは11番人気ですが、ここまで15戦3勝、着外はわずか2回だけという高知の次期実力馬として侮れません】

 

 ほら、やっぱり。

 ピッチピチの3歳馬や4歳馬に比べれば瞬発力とか体力とか諸々は劣るかもしれないけど、7歳馬のベテランたちはそれでも侮れない。

 

 さらに、注目株がもう一頭。

 

【本日の四番人気は2枠2番メジロトラベラー。デビューは福山競馬場、その後、栗東に転厩して2010年の中央競馬で大活躍したことは競馬ファンの皆様の記憶にもきっと残っていることでしょう】

 

 そう……このメジロトラベラーだ。

 その戦績には実に驚いた。

 ウッドストックが居ないこの世界で2010年のクラシック戦線で奮闘した内の一頭であり、菊花賞を勝利して晴れてG1馬入りを果たしたとんでもホースである……が。

 

【中央で菊花賞とジャパンカップダートを勝利したメジロトラベラー。福山出身の馬としても史上初の離れ業をやってのけた次代エースとして期待されていましたが、その矢先での屈腱炎発症というまさかの状況に。しかし、陣営も、馬自身も諦めることなく、ここ中津にやってまいりました】

【えぇ。中津で屈腱炎の発症で引退を余儀なくされたゴーアレディのことを思い出してしまいます。そのゴーアレディの銅像が見守る中、果たして勝利できるか注目したい所です】

 

 実力馬であることは確かなものの、ジャパンカップダートの後に屈腱炎を発症し、競走馬としての実力に脂が乗るとされている4歳期はほぼ丸々療養生活に充てられてキャリアに影を落としてしまった。

 日常生活には支障は無くても、競走馬としては走れなくなる屈腱炎は、ある意味競走馬にとって死刑宣告も同然の難病みたいなものだ。

 そのため引退が囁かれたものの、栗東から再び福山に出戻って1年近くのリハビリを経て、その復帰戦に選ばれたのがこの中津大賞典だった。

 実況も取り上げたけれど、ゴーアレディさんも確か、中津大賞典を出走する直前で屈腱炎の発症が発覚して出走取り消しになり、そのまま引退して行ったと聞いて、運命は残酷だなとか、どういう因果だこれ、とか色々と思うところはあるものの……。

 ……今私に出来ることは、今夜は何も悪いことが起きないよう精々祈るぐらいしかできない。

 

〈おや……? 同胞が客席側にいるなんて珍しいな……〉

〈あ、どーも〉

 

 色々考えてボーッとしながらパドックで様子を見ていたら、そのご本馬(ほんにん)様に声を掛けられた。

 ……? あれ、やけに小さい気がするな……?

 

【2番メジロトラベラー、パドック外にいるハルノウラワを見つめてます】

【一部を除いてこの光景は物珍しいことに変わりはないですからね、流石に中央でG1を勝った馬でも驚いてることでしょう】

 

〈お前の名前は『ハルノウラワ』……っていうのか?〉

〈あ。はいそうです〉

〈そうか……中津に来たのはこれで三回目だが会ったのは初めてだな。誘導馬頑張れよ〉

〈え?〉

 

 あらやだ。

 私のことを誘導馬と勘違いされてる?

 

 ……まぁ、そりゃそうか。

 

 今の私の格好だが、馬着の上から背中に名前の「ハルノウラワ」と、右に「謹賀新年」、左に「2012」がそれそれデカデカと刺繍が施された飾り鞍にゼッケンを付けてて、首周りには十二単をイメージしたらしいカラー状の首飾りの上から、成人式で着物を着ている女の子たちが着けてるようなファーみたいなものを巻いてる。

 おまけにメンコの顔の中心には縦書きで「あけましておめでとう」の金ラメの文字まで入ってる。

 私のことを知ってる馬や噂ながらも聞いたことがあるならともかく、戦線離脱していてほぼほぼ閉鎖空間にいたような(またしても何も知らない)メジロトラベラーなどのお馬さんから見たら、確かに今の私の格好は誘導馬だなこりゃ。

 

 

 

 ……さて、今回の舞台の中津競馬場。

 前世で名前こそ聞いたことがあっても見ることは終ぞ叶わなかった古に消えた競馬場。

 それが、今は私の目の前に広がってて、調教の時に走ってみたらその実在感がより重みを増して伝わった。

 

 ダート2200mの外コースを使用するので、第2コーナー奥に作られたポケットからのスタート。

 まず向正面の直線を走っていくけど、高崎(10m)ほどではないものの、ここにも高低差がそこそこ(約5m)ある緩やかな上下坂が連なっている。さすがは曲がりなりにもトレセン。ここで坂路トレーニングさせていただきました。

 第3コーナーの手前で下り坂になり、内コースのカーブに入る際はまるで螺旋降下するかのような感覚を味わうため、速度が出やすく、その分、コントロールが難しくなる。最初走った時は足元を挫かないか心配になったけど、慣れてくれば気にならなくなった。これこそ馬の実力と経験と騎手の腕の見せ所が光ると言えるかもしれない。

 一方、外コースを行く場合は緩やかに坂を下っていくけど3コーナーと4コーナーの間が一番の谷で、ここから最終直線までは緩やかな上り坂が続く仕様になってる。そして、スタンド前直線は平らだけども、これを走って第1コーナーに入ると、第2コーナーの半ばを超えた辺りから上り坂が始まる。

 

 コースを観察していると、早くもゼッケン1番2番7番の馬が返し馬を始めていた。

 メジロトラベラーとホクセツサンデー、それに、ローマンレジェンドだったかしら。

 その後、続々とパドックにいたお馬さんたちも陽の落ちた中津のダートコースに繰り出していく。エスポさんに、オトメオーちゃん、カネマサくんに、グランシュヴァリエなどなども。

 2200mスタート地点のポケット奥に作られた屋根付きの輪乗り場に出走する13頭がみんな集まっていく。

 

【中津競馬第11競走、投票受付の締め切りまであと5分です】

【放送席、放送席。こちら特別来賓席です】

【はい? 如何なさいましたか?】

【……えぇー、ここで急ですが、ここに特別ゲストがいらっしゃってます。広島県福山市市長の羽根田彰良さんです】

【何と!?】

【羽根田さん、よろしくお願いします】

【よろしくお願いします】

【羽根田さんのイチオシは?】

【そうですね……エスポワールシチーやグランシュヴァリエなど気になる競走馬も居ますが、ズバリ私の本命はメジロトラベラーです】

【なるほど、福山競馬所属ですから羽根田さんのお気に入りですかね?】

【お気に入りなんてもんじゃないですよ。まるで我が子のような存在です】

【おぉ……】

【正直言って屈腱炎で引退するかもと聞いた時は私が買い取って世話をしようかとすら思ったほどでした、でも、オーナーに言われました。「この馬はまだやれます」って。だからその復帰第一戦目ですから気にならないわけがなく、いやぁ、こうして突然押しかけてしまって申し訳ありません】

【いえいえ……羽根田さんが見ていると知れば、きっとメジロトラベラーにとってもやる気が出るでしょうね】

【えぇ。でも、今回は勝つよりも無事に走り切ってほしい。そんな思いでレースを見させていただきます】

【ありがとうございます。特別来賓席でした、放送席にお返しします】

【放送席です。……いやはや、凄いゲストが来ましたね……】

【そうですね】

 

 グリーディング会場からパドックビジョンを見つつ、ラジオで放送を聞いていたらそんなアナウンサーさんたちの驚きと興奮の入り混じったコメントが流れてきた。

 羽根田さんっていうと、私を福山の若草賞に招待した人だったよね? へぇ……まさかあの人がここまで競馬好きだなんて思ってなかった。メジロトラベラーに相当お熱みたいだし。

 

【羽根田さん一推しのメジロトラベラー、どうやら今の放送を聞いていたためか、テンションが上がっているようです】

【掛かってしまっているかもしれませんね……】

【えぇ、気を取り直して。本日のファンファーレは、大分県立中津北東高等学校*8吹奏楽部による演奏です】

 

 〜♪

 

 うーん? 何か聞き覚えがある曲だなぁ……?

 そんな高校生たちが演奏した初々しくも温かみのあるファンファーレの後、スタンドからは万雷の拍手と歓声が上がった。

 

【ファンファーレは、大分県立中津北東高等学校吹奏楽部による演奏でした。中津競馬、本日の第11レースはダートG3、中津大賞典。2012年開催のダート重賞一番手。この後に南関東ではTCK女王盃*9*10、中央では根岸ステークス*11が控えています】

【距離2200m。出走馬13頭。この内、復帰戦として本レースを選択したのがメジロトラベラーとカネマサコンコルドです。カネマサコンコルドはジャパンダートダービーでの競走中止から実に5ヶ月ぶり、メジロトラベラーに至っては2010年のジャパンカップダート以来、実に1年1ヶ月ぶりに競馬の表舞台に戻ってまいりました】

【その他にもエスポワールシチー、ホクセツサンデー、グレープブランデー、ミラクルレジェンド、グランシュヴァリエなどなど、地方と中央からも実力馬が揃いました、今年の国内ダート戦線を占う重要な一戦ですが波乱の予感です】

【そうですね、前日の雪の影響と、今日のスッキリしない空模様の影響で馬場の状態は重の発表です】

【中津競馬、第11競走の発売を締め切りました】

【さて、ゲートに各馬向かいます。まず奇数番の馬たちがゲートに納まります、ローマンレジェンド、ナコウトオトメオー、ホクセツサンデー、グランシュヴァリエ───】

【───次に偶数番、ヘルファイア、ミラクルレジェンド、カネマサコンコルド───最後にメジロトラベラー収まりまして───】

 

 間も無く、ゲートが開き、13頭が一斉にダートの上へ駆け出していく。

 

【───スタートしました、バラついたスタートです、早くも先頭に立ったのは7番ホクセツサンデーと8番エスポワールシチーです。一方2番メジロトラベラー、4番カネマサコンコルドは後方からのスタートになりました】

【向正面を駆けていきます13頭。中津の坂に入りまして、ここで三番手に上がってきたヘルファイア、次にフラクタルフローラが内から、外からソリタリーキング、ディーセブン、1馬身差でローマンレジェンド、ナコウトオトメオーが続きまして2馬身後ろからグレープブランデー。続きますカネマサコンコルド、ミラクルレジェンド、グランシュヴァリエ、最後方にメジロトラベラーですがレースはまだ始まったばかり。中津の坂を登って下って、1周目の第3コーナーに入ります】

 

 高崎の時は向正面の坂をまるで障害物競走のように上り下りしていたけど、高低差が5mで距離も離れているためかあまり差が目立たない。

 けれども、曲がりなりにも坂は坂。まだ加速が付いていない1周目はまだいいけど、2周目は速度調整が大変になってくる。

 

【1周目の第4コーナーを抜けてスタンド前直線に入ります。ここで先頭がエスポワールシチーに変わります。三番手にソリタリーキング、ヘルファイア、フラクタルフローラの順で滑走。続きますディーセブン、ナコウトオトメオー、グレープブランデー、ローマンレジェンド、ここに上がってきましたカネマサコンコルド。外を回っていきますメジロトラベラー、コーナーからの加速か】

 

 小柄な体躯と小回りの利く足回りを活かして第4コーナーから徐々にスピードが乗っているメジロトラベラー。

 今更だけど、馬体重が471kgか……この時代の平均的なお馬さんの体重ってこんなもんだったっけ?

 ゴルシやケイジ辺りが出てきてからこの辺りが変わって行ったような気もするけど……。

 

【第1コーナーに入ります、先頭でまだ競り合ってるエスポワールシチーとホクセツサンデー、三番手にナコウトオトメオーが名乗りを上げるが、ここで後方からさらにカネマサコンコルド、ミラクルレジェンド、ローマンレジェンド、グランシュヴァリエが続きます、メジロトラベラーは現在八番手、内にグレープブランデー、続きましたソリタリーキング、ヘルファイア、ディーセブン、最後方にフラクタルフローラです。第2コーナーを超えて2周目の向正面と中津の坂が待ち構える、おっとここで先頭に立ったのは地元のナコウトオトメオー、エスポワールシチー、ホクセツサンデー、必死に食らいつく、後ろからミラクルレジェンド、ローマンレジェンド、カネマサコンコルド、一気に動くぞ、グランシュヴァリエ、グレープブランデー、メジロトラベラーも迫る! 先頭集団から最後方までは凡そ13馬身の展開。メジロトラベラーから4馬身、いや5馬身離されていくソリタリーキング、そのまま第3コーナーカーブに入ります。先頭ナコウトオトメオーだが、外から二番手の……メジロトラベラー二番手!? こ、後続にエスポワールシチー、ミラクルレジェンド、カネマサコンコルド、グランシュヴァリエ続きます、ホクセツサンデー苦しいが粘っているか、内からグレープブランデー、ローマンレジェンド、間も無く第4コーナー! ナコウトオトメオー先頭だが、メジロトラベラーが3馬身まで迫ってる、エスポワールシチー、ミラクルレジェンド、カネマサコンコルド続きましてそのまま二度目のスタンド前直線! ゴールまであと200m、先頭ナコウトオトメオーだが、メジロトラベラーグングン差を詰める、2馬身、1馬身、先頭、先頭に立ったメジロトラベラー! ナコウトオトメオー差し返そうとするが間に合わない……そのままゴール!! やりましたメジロトラベラー! 1年2ヶ月ぶりの復帰戦を白星で飾った!!】

 

 ひゃー。やっぱり菊花賞馬って強いなー(棒)

 ……冗談は抜きにしても1年2ヶ月ぶりの勝利なんて、まるでトウカイテイオーみたいなことやってのけちゃったね……。

 いやぁ、面白いもの見せてもらったわ。

 

 ……さて、中津大賞典も終わったことだし、私もここからフェブラリーステークスに向けて本格的にトレーニング頑張んないと!

 


 

 2012年1月11日水曜日 中津競馬 第11競走 

 第31回中津大賞典Jpn3 ダ2200m(右) 曇 重

 

 着順

1着・メジロトラベラー

2着・ナコウトオトメオー

3着・ミラクルレジェンド

4着・カネマサコンコルド

5着・エスポワールシチー

 

6着・グランシュヴァリエ

7着・グレープブランデー

8着・ローマンレジェンド

 

11着・ホクセツサンデー

 


 

 ちなみに中津大賞典の後のウィナーズサークルでは羽根田市長も来賓席にお呼ばれした結果、メジロトラベラーがめっちゃ喜んでいたことは付け足しておく。

*1
越谷貨物ターミナル駅

*2
昭和30年代

*3
なお、栗東トレセンから阪神競馬場までは高速道路を使用して所要時間がおよそ1時間20分らしい。

*4
なおコース内容は芝1200mでの開催

*5
玄英の長男。玄英は重源の兄なので、義隆から見れば父方の従兄弟に当たる人物である。

*6
なお黒松家当主四代目

*7
2000年のフェブラリーステークスに出走したキングヘイローは13着で終わった。

*8
元ネタは『大分県立中津北高等学校』

*9
2012年1月18日開催

*10
なお、2023年開催を最後に廃止……

*11
2012年1月31日開催




 まさか、ツルマルボーイに続いてジェンティルドンナまで亡くなるなんて思ってもいませんでした……。
 おまけに先日、活動報告でも話したように、13年間勤めた会社を去る決断をしました。
 世間の風向きが良い方向に向き始めた、と思った矢先にこんなことになるなんて……。
 なるべく執筆も続けつつ、転職活動を行ないたいと思っていますが、今後暫くは更新できなくなることがあるかもしれないので、先に謝らせていただきます。



◎おまけ
 メジロトラベラー
 父・ラストアンサー
 母・メジロドーベル

 性別は牡で黒鹿毛。別名「メジロドーベルの2007」。つまり、2012年の中津大賞典の時点で5歳になっていた。
 馬名の「トラベラー」の由来は、イギリスにかつて存在した自動車メーカー「モーリス(もしくは旧名の「モーリス・モーターカンパニー」)」がかつて生産していた「モーリス・マイナー・トラベラー」という車に由来する。
 「トラベラー」とは本来、モーリス社が製造したバンタイプの車種に付けられるグレード名であるため、正確には「マイナー」が車名であるが、メジロ牧場の四代目オーナーは「マイナー」ではなく「トラベラー」を車名であると思い込んでいた。
 なお、車好きな四代目にとって、車体後部に木枠の構造物があるモーリス・マイナー トラベラーの姿は強い印象を持って残っていたため、名付ける前に上記の誤解に気付くものの、結局は「メジロトラベラー」と名付け、申請も難なく通った。
 ただし後年、オーナーは「マイナーに育つと思ったらミニサイズになってしまった」と、とある競馬雑誌でインタビューに冗談混じりにそう答えるのだが、実際にメジロトラベラーの平均馬体重は440kg前後であり、生涯戦績を見ても460kg以上になったことがほとんど無かった(ちなみに中津大賞典時は最大値の471kgをマークしていた)。
 一見すると牝馬とも見紛うような小柄な体格だったため、オーナーは中央でのデビューを早々に諦めるも、その小柄な体格を活かせるよう福山競馬に所属させた。ところが、この戦略が後々、福山競馬場の運命すら変えることになる。
 2009年8月に福山競馬場のデビュー戦を勝利で飾った際、当時の福山市長だった羽根田氏がこのレースを観戦していたが、不思議なことにメジロトラベラーはこの羽根田という男にとても懐く。
 その後の条件戦では6着、3着と敗北を重ねてしまうが、その後、陣営が一計を案じて同年の兵庫ジュニアグランプリで羽根田市長を招待し、実際に彼が観戦に訪れた結果、同競走を勝利した。同年の朝日杯ではスケジュールの都合から羽根田氏が中山競馬場に来れなかったためか、それでも3着に食い込む健闘ぶりを見せていた。
 そこから中央へ本格的に参戦を確定させると、2010年のきさらぎ賞を勝利。この時、羽根田は市長室のテレビから同競走を観戦していたという。
 2010年の皐月賞では12着、日本ダービーは5着という成績だったが、8月の小倉で開催の小倉記念と菊花賞では羽根田氏が競馬場に訪れて同競走を観戦していた。
 結果、小倉記念ではその小柄な馬体と小回りの良さを活かして第4コーナーで他馬を引き離しての5馬身差、菊花賞ではビッグウィークを抑えてメジロシクローヌ以来6年ぶりのメジロ冠による同競走勝利を飾った。これらの勝利は福山競馬の躍進にも一役買い、「メジロドーベル産駒は走らない」という評判も見事に覆してみせた。また、福山競馬の廃止を一時期考えていた羽根田の考えを大きく変化させた。
 2010年の有馬記念に出走する予定もあり、ファン投票5位を獲得するも、ジャパンカップダート勝利後に屈腱炎を発症し、1年近くのリハビリを要することになった。
 その復帰の舞台が中津大賞典となるが、その結果はご覧のとおりである。

特大付録
 中津競馬場の概略図(改築後・2007年〜)

【挿絵表示】

 既存の中津競馬場の敷地を拡張し、全長1300m(外回り)/1100m(内回り)を追加。改築前に存在した780mや2180mといった単位を廃止し、代わりに800mや2100m、2200mといったコースを新たに設定している。またコースの拡張・追加に伴い、発走距離の設定が増えた。
 改築前に使用されていた全長1000mのダートコースは、トレセン化に伴い芝コースに変更され、この芝コースは競馬開催復活後にも競走用コースとして使用されている。
 2010年より元シンガポールG1のクリスフライヤーインターナショナルスプリントのために芝1200m(2200mとしても使用可能)が。2014年には後述の理由から芝1700mが新たに発走距離として追加・改修され、芝コースの第1、及び第4コーナーにはポケットが設けられている。
 2015年と2016年は小倉競馬場の大規模改修が行なわれた関係で、小倉大賞典、北九州記念、小倉記念などの本来小倉で行なわれるはずだった重賞は一部距離変更(小倉大賞典は1700m、小倉記念は2100mでの施行)の上で中津で開催された(主催は日本中央競馬会、運営は中津競馬組合、及び指定管理者である黒松グループという複合編成による)。
 またG3としての小倉記念が最後に開催された地となった(2017年にG2、2018年にはG1に昇格している)。

①北門(中津駅口)
②西門
③新一号スタンド(メインスタンド)
④二号スタンド
⑤ターフ広場
⑥プロムナード(飲食店街・屋台・露店区画)
⑦パドック
⑧大分県競馬組合本部、及び関係者専用施設(調整ルーム・検量室含む)
⑨「馬と老人」の像
⑩馬頭観音
Aターフビジョン/着順掲示板
Bパドックビジョン
C駐車場




SpecialThanks‼︎ miz様

 中津競馬場のコースレイアウト・施設案内図については、pixivにてmiz様よりお借りした資料を青写真として組み立てさせていただき、漸く完成させることができました。

 改めて、miz様、ありがとうございました。

どっちが先に見たい?

  • ウマ娘編
  • 実馬編
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。