明けましておめでとうございます。
毎度毎度、感想欄でコメントをいただきましてありがとうございます。
そこで思いついたネタを今回出させていただきました。
短いですがお付き合いください。
東京競馬場を舞台とした2月のダートG1、フェブラリーステークス。
ダート1600m。
……とはいえ、実質のダートコースは1450〜1500mぐらいだろうか。
100mだけ芝を走らされるという特性上、芝を走り慣れていない
だったら1500か1400でも良いだろうに。いっそ2100でもいいぞ。
……というか、東京競馬場のダートコースって確か一周が1800mぐらいあって、「日本一」を謳っているのに、ダートの1600mが、しかもG1が何でこんな中途半端なコースレイアウトなのか理解に苦しむ。*1*2*3
来世が競走馬になるなんて知ってたら、この理由をもっと調べてたかもしれん……今更だから溜め息しか出ないけど。
そんなヘンテコなコースと並み居る競走相手たちを同時に相手取らなきゃならない大事なレース……をもう来週に控えているというのに、私は一足早く東京競馬場にやってきた。
【こんにちは】
【こんにちは。2012年2月11日、本日のウイニング競馬は。京都は第11競走にアルデバランステークス、小倉の第11競走は高千穂特別。東京は第1回開催5日目、本日のメインレースにG3デイリー杯クイーンカップ、芝1600mの牝馬限定戦が控えています】
【そして、本日から中央競馬及び一部の地方競馬場にて、JRA-IPATとJ-PLACEの運用が始まりました】
【黒須さん、そのJRA-IPATとJ-PLACEとは?】
【えぇと、そうですね、まずJRA-IPATは、JRA、つまり日本中央競馬会が運用するネットによる馬券投票システムなんです!】
【なんと! ネットで馬券が買える!?】
【はい。これまでは中央競馬の馬券は中央の競馬場、もしくは各地にあるWINSでのみ購入が可能だったんですが、このJRA-IPATの運用開始により、インターネットからの馬券の購入が可能になりました!】
【では、J-PLACEのほうは?】
【そちらは地方競馬場からでも中央競馬の各競走の馬券が購入できるようになったんです!】
【おぉー、それは凄い!】
【とはいえ、本日から導入になったのは高崎と足利、高知、そして中津の4場のみ。ただし、他の地方競馬場でも続々このシステムを導入予定だそうです】
実況のお二人が解説を繰り広げているJRA-IPATとJ-PLACE。
特にJ-PLACEに関しては、思えば私も前世ではかなりお世話になった。
それこそ、このシステムが無かったら船橋競馬場の近くに引っ越さなかったかもしれないぐらいには。
……ってかもうそれってこの時期には存在していたんだ?*4*5
【なるほど……でも、東京競馬場を見ているとそれ以上に混雑しているように見えるんですが】
【それもそうですね、例年に比べて今日の東京競馬場は輪をかけたように混雑が目立ちます。……えぇー、現地には元騎手の細井舟子さんがリポートに訪れていますので、現地から中継です。細井さん?】
【は〜い、黒須さん、森井さーん! こんにちは!】
【【こんにちは!】】
【実は私は今、東京競馬場の内馬場に来てまして】
【ブフフッ】
【あ、はぁーい。うーん……可愛いですねぇ。……そうなんです、実は今日と明日の期間限定で、東京競馬場内馬場広場にて、『ハルノウラワ・グリーディング in 府中』がイベントとして開催されているんです!】
【何と、あのハルノウラワですか!?】
【浦和のアイドルホースが!?】
【えぇ、本当なんです!】
するとテレビの画面が切り替わって、東京競馬場のターフビジョンに細井舟子と、彼女の顔を舐めてくすぐるハルノウラワという微笑ましい光景が映し出されていた。が。
【おっと? ハルノウラワがカメラに気付いて……あらあら……】
【どうやらハルノウラワ、恥ずかしがっているみたいですね……】
自分自身が東京競馬場の大画面に映った(しかもドアップで)ことに漸く気付いたハルノウラワは、先ほどまで細井を愛想良く狂ったように舐め回していたのがいつの間にか画面外へ逃げてしまう。
その姿には観客から笑いと微笑みが漏れ、お茶の間から見ているご家庭でも、普段は怒ると怖いお父さんや競馬に無関心なお母さんであっても、ついつい笑顔になってしまう。
なおテレビカメラが一瞬追いかけようとして画面がブレるが……結局は動かず、画面外に逃げて行ったハルノウラワを追わなかった。珍しく空気を読んだカメラマンを誰か褒めてあげてほしい。
……だってこれ、全国中継よね?
側から見れば競馬解説者としてはもはやお馴染みの細井舟子さんと、そんな彼女の顔を舐めてくすぐる
その姿に観客の間からは笑いと微笑みが漏れていたのは別にいいけどさぁ……あのこれ、今更だけど、なんでこんなことになってんだっけ?───
───話の発端はおよそ1ヶ月前に遡る。
「おーおー、エスポワールシチーもグランシュヴァリエも久々の芝なのにいい感じに飛ばしてるなー」
中津競馬場。
地方競馬場というのは、競馬が開催されていない日はトレセンとして使用されていることが多いのだが、中津の場合は「ただの地方競馬場」では留まらない規模である。
ここ中津から小倉まで、鉄道で競走馬の輸送用コンテナを使えば片道3時間。栗東から直接小倉へ行くよりも、中津まで運んで現地で暫くトレーニングさせてからレース当日の朝に輸送、という手法が使えるため、中央競馬、特に小倉開催が目前に迫っている期間の中津は中津所属馬、他の地方馬、中央馬などが調教で入り乱れる大所帯と化す。
とりわけ、ここまでのカオスっぷりになるのは立地だけが理由ではなく、芝コースも完備されているからである。
改修前の中津競馬場に元々存在した1周1000mのダートコースが、トレセンへの改修時に芝コースに変更され、その外側に新たに1周1300mのダートコースが追加されるなどの大改造を受けた。
しかもこの芝コース、盛岡競馬場と同じく実際の競走でも用いることが出来る本格仕様だ。
お陰で今、中央競馬と中津競馬との間で小倉競馬場の大規模改修についての議論が活発化しており、小倉競馬場が使えない間の競技を中津で開催できないか調整中だという。
そして、芝といえば───、
〈あの東京の忌々しいクソコースだな……〉
……言っておくけど、今「クソコース」って言ったのは
確かに同じこと思ってたけど、実際に「クソコース」とか言ったことないし。……多分。
じゃぁ誰が言ったのかといえば、……
〈フェブラリーステークスとやらは走ったこと無いが言うほどクソか?〉*6
〈ったりめぇだ! あのドデカいご立派な競馬場でやるクセして、途中まで芝走らされてその後ダートに入るとか頭腐ってんじゃねぇか!? 障害じゃあるまいし、んで平地でそにゃ苦労わざわざせにゃならん!?〉
Oh。これは私どころかグランシュヴァリエ以上に口が悪くてお怒りのご様子。
高知総大将ですらドン引きしてるってよっぽどじゃないの。
とはいえ、エスポさんのお怒りはご尤も。
フリオーソさんが去年のフェブラリーステークスで下手打って2着になったのも、芝に慣れておらずに出遅れたことが原因として挙げられてる。
「あれさえなければ……」と惜しまれる展開は競馬では日常茶飯事だけども、自分が同じ立場に立つとそれも笑っていられない。
……いやでもちょっと待った。
〈あのぉ、エスポさん、あなた2010年の
それをツッコんでみると、
〈それはそれ、これはこれだ。走りにくいったらありゃしない!〉
ご尤も。
〈……はぁ〜……そういや、ハルナ。お前も今回のレースに出てくるんだよな?〉
〈えぇ。その時はよろしくお願いします〉
〈……かぁー、やりヅレェ。噂話程度の相手だったら当日顔を合わすまで手の内を見せずに済むんだがなぁ〉
〈えぇー? 私としてはスパーリングパートナーが出来てめっちゃラッキーなんですけどね?〉
〈ラッキー? ……言うほどラッキーか?〉
〈だってそうでしょ、私より実戦経験を積んでるベテランですもん。横で先輩が走るなら尚更学ぶことは多いって思いますからね!〉
〈ぐっ……そんな目で俺を見るなぁ……キラキラしすぎなんだよお前ェ……〉
〈……な、言ったろ?〉
〈うっせーぞグラン……〉
……一体、あたしのことを何てエスポさんに吹き込んだのぉ? グランシュヴァリエさぁん?
そんな思いを込めた視線をグランシュヴァリエに向けてみると、気不味そうにグランシュヴァリエはそっぽを向いた。
そんな風にハルノウラワが中津トレセンで先輩2人のトレーニングに根気良く喰らい付いていたのと大体同じ頃。
北海道のハグロ牧場の事務室にて。
「え? あ、あの、それマジで言ってます!? ……あ、し、失礼しました、あまりにも予想外の申し出だったものでして……」
『えぇ。驚かれたかもしれませんが、本当です』
「あ、い、いやいやいや、あの、東京競馬場で、ですよね? 「ハルノウラワ・グリーディング」をやるのって? あんなどデカい所で、警備とか会場設営とか大丈夫なのでしょうか? 結構大変なことになりそうですし……警備費用と人員、こちらが出した方がよろしいでしょうか?」
『いえいえ、もし黒松さんがよろしければ、こちらからお願いしたいぐらいでして』
(……ちょっと待て。今更だが何故だ? 何故、あの天下の中央競馬会が俺にこんな事を頼んで来るんだ?)
その理由を電話口のJRAの職員に問い質したか否か───それ自体は義隆本人には曖昧な記憶しか無いが、彼の頭は急回転で回り始めていた───。
───ここでちょっと昔の話を語ろうと思う。
黒松義隆の父・
そして、そもそも若き日から玄英と重源は競馬を「ギャンブル」とは考えておらず、「スポーツ」や「ドラマ」の舞台として信奉していた。
競馬場が「鉄火場」として扱われていた昭和時代、それもハイセイコーなどのアイドルホースが登場するより遥か昔からそのような考え方を持っていた人物というのは歴史上稀と言えるだろう。
その稀な例といえば、有馬記念の由来でもある有馬
それは、「競馬が日本のスポーツコンテンツに立つこと」をいつか夢見ていたことであるが、その立役者を自分の所有馬から送り出すことにも執着していた。
玄英と重源が若気の至りと勢いでナコウトケストレルを中央へ送り出したのはまさにその夢への一歩であった。
そして、ナコウトケストレルとマルゼンスキーの死闘は、「蛮勇vs怪物」として伝説になった。
それから後の世の日本競馬では、ハイセイコーやオグリキャップやハルウララなどの登場で、中央と、地方では大井と笠松が潤い、高知が廃場を免れたのは知っての通りである。
だが、かつて「黒松の若造馬主兄弟」と呼ばれた2人が目指していたのは、そこを潤わせるだけでは終わらないものだった。
もっと言えば、玄英は地方競馬に生産牧場などを加えた群を「中小企業」、中央競馬をその上にいる「大企業」に見立てた考え方をしていたことがある。
「傘の上にいる大企業の存在は、下支えしている中小企業の存在無しには成り立たない」という、一見するとごく当たり前な構図だが、それ故に玄英も重源も一致していた考え方として、「地方競馬や生産牧場の衰退は、いずれは中央競馬すらも滅ぼす」ということを見抜いていた。
そして前述した通り、「競馬が野球に並ぶ日本のスポーツコンテンツに立つこと」を夢見て、「日本の競馬界をもっと盛り上げたい」という野望を抱いたが、その盛り上げは「中央も地方も問わず」である。
かつては田舎出の若造馬主とも言われていた2人だが、大井、笠松、高知だけでなく、日本全国に点在する地方競馬場全体を盛り上げて、若い世代にも競馬の良さを知ってもらう、という果てしなくも、ボンヤリとした夢は絶対に手放さなかった。
その夢を重源から先、代々の黒松家当主たちが継いでいた。
黒松グループが中津や北関東の存続に多額の投資を行なって支えて、ついでに地方競馬の裏にいた反社会勢力との「お話」に前のめりになっていったのも、その一環だったと言えるかもしれない。お陰で黒松グループお膝元の九州地方では「黒松グループの名を聞いただけで暴力団が震え上がる」といった悪評まで轟く始末だったというのだから、義隆は自分の父や叔父たちが果てしない夢のためにどれだけ凄まじい動きをしていたのかが窺い知れる。
(尤も、義理人情に熱い昔ながらの組のほとんどが黒松グループの味方に付いたらしいのだが、こればかりは表に出せない話だし、知りたくもないので義隆は生涯詳細を知らないままであるが)
……思えば、そんな凄まじいことをやってのける気性は子である義三や義安、そして義隆らも引き継いでいるように見える辺り、遺伝というやつなのかもしれない。
正直な話。
2005〜6年頃に高知のアイドル馬だったハルウララをインチキ馬主に
ぶっちゃけると、第一仔の父がキングヘイローでなくても、セイウンスカイやスペシャルウィークでも良かったのだ。義隆は当時、心の中のどこかで、高知のアイドルホースの血が絶える事に何処か危機感を抱いており、とにかく急いでいた。
そこで料金とタイミングに折り合いがついたからキングヘイローを選んだ。身も蓋もない話で、誰にも話せない今更な話であるが。
その後、キングヘイローとハルウララの相性が良かったからトントン拍子に進んだからいいものを、その仔であるハルノウラワが、まさかあれほど強く、しかも人間並みの賢さを備え合わせて、ここまでのアイドルホースになることは想像できなかったのも皮肉な話である───。
『───あの、「何故」とは?』
「……あ、あぁ、申し訳ない、声に出てましたね……そもそもですが、何故、ハルノウラワのグリーディングを中央の競馬で開催しよう、という話になったのかが気になりまして」
数秒にも数十分にも感じた間の後、電話口のJRAの職員からの問いを受けて、自身の問い掛けが自然と口から出ていたことに義隆は漸く気付いた。
すると、JRAの職員は答えた。
『それは当然、中央としてもダート界を盛り上げたいからです』
「え? でもそれは……中央と言えば、ダートでも強い馬がいますよね? トランセンドにエスポワールシチーにワンダーアキュートも。スマートファルコンなんてJBC三大競走制覇なんて偉業を成しているのに。……あ、あと、オルフェーヴルも」
慌ててオルフェーヴルを付け足した義隆の脳裏に
『黒松さんの仰りたいことは承知しております。しかし、黒松さんも、ハルノウラワの“特異性”をご存知のはずです』
「特異性……ですか?」
『えぇ。ハルノウラワみたいな競走馬は、きっと後にも先にも生まれないと思います。何せ、気性は穏やかで、愛想も良くて、そこでさらに字まで書ける賢さを持ち合わせているんですから』
「まぁ……確かに。オルフェーヴルでも真似できないでしょうね」
世間の競馬ファンの間ではクラシック三冠を果たしたオルフェーヴルの方が確かに人気は上だろう。
が、オルフェーヴルにハルノウラワと同じ芸当は出来ないはずだ。
ここまでのやり取りで、義隆は漸く若干後悔した。
(やりすぎた……)と。
思えば、ハルウララの人気に肖って高知で新馬戦を走らせたり、その大人しい性格と賢さを見込んで(不定期ながら)始めた競走馬を中心としたグリーディングを開催したり。……今更だが、義隆本人も自身の決断があのインチキ馬主とあまり変わらないことをしているのではないか? ということに気付いてしまった。
そんな義隆が自分自身を嫌悪しそうになっていた時、受話器の向こう側のスタッフが言った。
『……確か一昨年でしたっけ? 実は浦和で行なわれたグリーディングイベントの映像を見させていただきましたが、その時のハルノウラワは競馬場に訪れたファンの人々を楽しませることに意欲を見せていた様子でした』
「!」
義隆は思い出した。
浦和競馬場で行なったグリーディングも、そもそもはハルノウラワ自身が
あの日、自分はインフルエンザで倒れて動けなかった。忘れていたのはそのせいだろうか?
「……分かりました。東京競馬場でのグリーディングイベントについて検討させていただきます。ただ、ゴーサインを出すのは調教師とハルナ自身との相談やコンディションを確認してからにさせてください。来週中にはお返事しますので」
『よろしくお願いします』
「はい、失礼します」
そうして数分にも数十分にも感じた依頼の電話を一旦置き、すぐに義隆は中津に飛んだ───。
───そして、約1ヶ月後。
あの後、義隆は岡嶋正男調教師、及び、ハルノウラワ自身にもJRAからのグリーディングイベントの件を相談した。
岡嶋は悩んだが、ハルノウラワ自身は乗り気だった───府中の東京競馬場のスケール感に圧倒されるまではの話であるが。
岡嶋親子はハルノウラワのコンディションに問題がないか絶えず気を配りつつ、中津で調教を積み、グリーディングの1週間前には野田に戻って諸準備と調教に明け暮れて、そのままグリーディングイベントの開催当日を迎えることになった。
〈な、な、何じゃこりゃぁ……!?〉
人の言葉を喋れたなら、間違いなくハルノウラワはそう絶叫していたことだろう。
内馬場エリアのほぼ半分を貸し切って行なわれたグリーディングイベントの会場は見渡す限り人、人、人。たまにウマ耳カチューシャを付けた人、また人、人、人という具合の大混雑を見せており、
〈ゲゲッ……東京競馬場のスケールを甘く見てたわぁ……〉
人と接することが大好きなハルノウラワであるが、思わず
……だが、そう思ったのも一瞬。
〈……って、そんなこと思ってる場合じゃないわよね。イベント、頑張らなきゃ! 頑張るぞ、オー!!〉
請け負った以上はやり切るしかない、そう密かに覚悟を決めたハルノウラワであるが、当日は美鶴と光和らの付き添いでグリーディングイベントは進行することになった。
驚くことに、事前に販売されたイベントチケットは、当日ハルノウラワがイベントに出てこないかもしれない不確実性を伴いながらも、瞬く間に完売してしまった。
イベント直前にコメンテーターの細井舟子と戯れていたのも束の間。
グリーディングイベントが始まると会場はあっという間に人で埋まる。
幸いなのは、今回のイベントはハルノウラワとの写真撮影やサイン会だけでなく、馬主代理である美鶴や、主戦騎手を務めている福延とのトークショー、2日目に至っては元主戦騎手ながらも生沿が会場にやってきて、福延、美鶴らの3人でトークショーを繰り広げるサプライズもあったお陰か、ハルノウラワ自身の負担をある程度は軽くできた。
だが浦和や中津、大井ですら比較にならないような人混みであり、休憩時間といえばレース時とその前後の10分程度。12レースあるので凡そ1時間か30分毎に10分休憩を挟んでいることにはなるが、それらを差し引いても大衆の熱狂というものは凄まじく、ハルノウラワは確かに疲労を感じる羽目になったことは言うまでもない。
優先チケットを持っていない大抵の人々は内馬場エリアに行くことは諦めて、スタンドからグリーディングイベントの会場を眺める人々も多く見られた。
では優先チケットを手にしていた人々、特にハルノウラワに一目会いたかっただけの家族連れはというと「せめてサインだけでも」、「記念写真を撮りたい」というお客さんたちと一緒に揉みくちゃになりつつ、グリーディングイベントの会場に足を運んでいた。
このように、「普段から競馬を見ない客層」、特に家族連れがハルノウラワに一目会いにと府中に押し寄せた結果、G1が開催されていない週にも関わらず、それはあの東京競馬場がキャパオーバー寸前に陥るほどであった。
当然だが迷子も多く、迷子アナウンスが引っ切り無しに行なわれるほどの混沌ぶりも見せたが、結果的に、2日間に及ぶ『ハルノウラワ・グリーディング in 府中』は大盛況に終わり、無事にイベントを終えた一行は足早に一旦野田へ戻って休憩。
そして、次の週には再び東京へ戻ってきた。
今度は、ちゃんと出走馬として。
〈……ということがあったわけ〉
〈Oh……滅茶苦茶忙しかったのは伝わった〉
あるレースが控えている直前のパドック。
その周回中でリアライズノユメと数ヶ月ぶりに再会したハルノウラワは、先週までにあったことを打ち明けていた。
〈だからこんなにお客さんが来てくれたんだ……!?〉
〈はー……これは下手な負け方は出来ねぇな〉
本日は2012年2月19日。
東京競馬場で行なわれるメインレースは第11競走のフェブラリーステークス(G1)。
このレースに出走するライバルたちの中には、彼女らと同じ地方馬のナイキマドリードの他、JRAからはエスポワールシチーやワンダーアキュート、トランセンドなど、ダートの一戦級で活躍する馬たちが軒を連ねている。
だが、彼ら彼女らはいざパドックに出てみると、いつものダート戦とは違った雰囲気に自分たちが置かれていることを空気で悟っていた。
いつもの、いや、今までのフェブラリーステークスとは明らかに様子が違う。
詰めかけている人、人、人。
その中には如何にも競馬にどハマりしているギャン中のおじさんたちだけでなく、子供を肩車してパドックのお馬さんたちを見ている親子連れの姿も多数いる。その親子連れのペアが例年に比べてもかなり多いことがパッと見ただけでもわかる。
「ハルノウラワー! がんばれー!」
「リアライズノユメも負けるなー!!」
パドックの何処かから、そんな子供の声援が聞こえた。
これに驚く馬もいたので、即座に、「パドックではお静かに」というアナウンスが流れた。
それを鬱陶しく思う者もいれば、微笑ましく見守る者もいる。
反応は様々であるが、彼ら彼女らの注目は、まさにハルノウラワと、リアライズノユメによる2頭の同期によるライバル対決に注がれている。
〈ふーん……お嬢さんたちが人気みたいだ〉
〈……だからこそ、倒し甲斐があるってものだ〉
〈あぁ。負けねぇぞ〉
〈おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るよ?〉
注目を集める牝馬のコンビたちに、ダートで活躍する
2012年、第29回フェブラリーステークス。G1に相応しい激戦が今まさに幕を開けようとしていた。
ごめんなさい、フェブラリーステークスを描くのは次回に持ち越しとなります。
転職活動に終わりが見えない……。
どっちが先に見たい?
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ウマ娘編
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実馬編