ついにウマ娘編に戻ってまいりました。
あと、長い間放置していた問題のいくつかを漸く解決しました。
それに伴い、色々と修正してました……。
最後にちょっとしたアンケートを設置しております。
ご意見ご感想お待ちしております。
それは、ジャパンカップが終わってから数日後の木曜日のこと。
晩秋の放課後。
冷たい夕陽が中央トレセン学園をオレンジ色に染めており、生徒たちは各々家路に着くか、トレーニングに勤しんでいた。
昼間の賑わいはどこへやら。今はすっかり物静かになっており、校舎内に人の影は疎らだった。
そんな高等部のとある教室の片隅に、一人の少女の姿があった。
「……」
若草色の髪のウマ娘の少女───ハルノウラワ。
机の片隅には書きかけのトレセン学内新聞の草稿がぽつんと置かれている。
次の学内コラム用の記事を書こうと筆を走らせていたら、いわゆる「良くない知らせ」を耳にして目にして中断することになった。
彼女の眼前にはその「良くない知らせ」の根源たるウマ娘新聞が広げられており、その内容に黙って目を通していた。
そして、読み終わると、
「はぁ〜……」
いつも明るく楽観的に笑ってるハルノウラワの口から漏れたのは、彼女らしからぬ沈むような溜め息。
その背中に、教室の入り口から低く傲然たる声が降ってきた。
「ハルナ」
振り返ると、夕陽を背に浴びて黄金の髪をなびかせるウマ娘───クラスメイトのオルフェーヴルが立っていた。
「あ、オルフェ……」
彼女はただ、忘れた荷物を取りに教室へ戻ってきただけであり、ハルナと遭遇したのは偶然だった。
だが、いつも周囲を照らす太陽のようなウマ娘が陰りを見せている。それがどうしても見過ごせなかった。
「何を辛気臭い顔をしておるのだ? 物憂げに溜め息まで吐いているとは……うん?」
机に広げられた新聞の見出しと写真を一瞥したオルフェは、ハルナが落ち込んでる様子の理由を察した。
《スマートファルコン、来春のドバイワールドカップを最後に現役引退を表明》
「スマートファルコン……《砂のハヤブサ》だな?」
そう問いかけるオルフェに対してハルナが頷くと、オルフェは納得したかのように軽く息を吐いた。
「なるほど……ハルナ。お前が何故らしくもなく落ち込んでいるのかが理解できた」
「本当に?」
「あぁ」
オルフェーヴルというウマ娘を世間では“金色の暴君”と称している。
レース中の誰をも寄せ付けない気迫と、容赦のない攻め方をすることから名付けられたと言っても過言ではないが、それは日常生活でも変わりなく、彼女の周りには「臣下」と呼ばれる取り巻きたちがいることからも、周りのウマ娘たちにとっても近寄り難い存在である。
ましてや、オルフェーヴルはあまり自分から他人に干渉するタイプの人間でもない。
彼女自らが声を掛ける相手───それも軽口を叩き合える相手というと、彼女の姉・ドリームジャーニーか、彼女のトレーナーを除けば片手で数えられるぐらいしかいないとまで言われている。
その数少ない相手の一人こそが、このハルノウラワというウマ娘だ。
……余談だが、いくらコミュ力の化け物(ウインバリアシオン談)のハルノウラワとはいえ、そのハルナが
実際、オルフェーヴルがハルノウラワというウマ娘に一目置いている事には理由があるのだが、それをオルフェーヴル本人が公の場で、特にハルナ本人がいる前で語ったことはない。
……そこでふと、オルフェーヴルは思い出したことを呟いた。
「……そういえば、あれからそろそろ1年が経つな」
「あれから?」
「園田だ」
「……あぁっ。アレかぁ……」
思えば、オルフェーヴルとハルノウラワの対戦も1年近く前の
しかも、そのレース結果は、短距離・ダートというハルノウラワの得意距離で、彼女の得意脚質の逃げを打ったにも関わらず、オルフェーヴルに差されての2着だった。
もちろん振り返ればハルナにとっては悔しい結果ではある。
「……ハルナよ。もし余がお前の領域に足を踏み入れることがあれば、その時もあの時と同じように挑んでくるか?」
「当然でしょ。……え!? もしかして、かしわ記念かフェブラリーステークスに出てくれるの!?」
「い、いや、そこまでは言ってないぞ……」
「……そっかー……」
オルフェにとって、今のハルナのような反応をしてくれる同期のウマ娘はほとんどいないだけに、彼女がやや食い気味に迫ってくることには戸惑いつつも新鮮だった。
だが、対戦経験が1年近く無かったのは別にお互いを避けてきたわけではない。
理由は単純に路線の違いだった。
片やダートを主戦場としてきていつの間にか“南関東のスケバン”と形容されるほど有名になっていたハルノウラワと、片や日本のウマ娘レースの王道である中央クラシック三冠を駆け抜けて手にしたオルフェーヴル。
芝とダート、それぞれの舞台で輝いてきた両者は、つまりクラシック期に交わる余裕が無かっただけだった。
そして、「いつかは公の場でリベンジしたい」という思いを未だに秘めていて、それは先ほど話題を振るまでもなく、お互いの目を見れば分かるほどだった。
実際、オルフェーヴルは、確かに兵庫ジュニアグランプリの大衆の面前でハルノウラワを破ってみせた。
だが、ハルノウラワがレース前にも見せていた闘志は、レースで敗北した後も、(オルフェの)トレーナーである沼崎スミカが醜態を晒して場の空気を凍りつかせようとも、ウイニングライブでセンターに立てなかったとしても、しかし決して衰えなかった。
それは未だに彼女の心の中に燻っている。
だからこそ、ハルナが浮かない顔をしている理由を察することができた。
「……余とお前があれ以来交わらないのは互いに道が違っているからだ。しかし、お前と《砂のハヤブサ》であれば、直接対決する機会はあったのではないか?」
そう言われてハルナは一瞬耳をピンッと立て、次に瞬間には項垂れた。
オルフェは続けて問う。
「……何と言ったか、お前は東京大賞典には出ぬのか?」
地方のダートレースにはあまり詳しくないオルフェーヴルだが、(一応は)国際G1となっている東京大賞典の事は頭にあった。
しかし、問いかけられたハルナは首を横に振った。
「射手園トレーナーとカルマさんに止められちゃって……「まだ中距離で挑ませるには不安がある」って言われたのと、あと、来年の1発目がフェブラリーステークスだからそっちに集中しなきゃ、って」
「ふむ……妥当な判断だな。本番を控えた時期に、わざわざ不安要素のある距離へ特攻させるトレーナーなど愚者の極みだろう」
彼女のトレーナーたちの考え方はオルフェも理解を示す。
しかし、「理解」と「納得」は似ているようで違うことも知っている。
目の前のハルナは「理解」している、が、その顔から「納得」が浮かんでいるかというと……。
「……いつまでもそこに有ると思うな、って本当のことだね」
「?」
その突然の言葉にオルフェは首を傾げたが、ハルナの次の一言でその意味を理解した。
「だって
「……何事にも終わりはやってくるものだ。もちろん、余にも、お前にもな」
「そうね……」
ハルノウラワは、さいたまトレセン学園からの特別留学生でありながら、既にこの時点で数多のダートG1の栄冠を手にしてきた紛れもない「
(───逆境を糧とし、いかなる結果であれ、どんな相手であれ。レースを真摯に全力で『楽しむ』。勝敗の泥に塗れても、決して折れぬ精神の持ち主。それこそが、余が唯一、貴様には敵わぬと認めて一目を置いてる部分だ)
オルフェは、それを決して口に出すことはなく、胸中だけでその悔しくも尊い事実を噛み締めていた。
(ハルナ本人は軽く受け流すか、あるいは否定しているが)南関東に限った範囲だけだとしても、ダート界では彼女がいつの間にか輪の中心に立っており、燻っていた一部の地方ウマ娘たちにまでその活力が及んでいるように思えた。
そんなしんみりした雰囲気の教室に現れたのは、
「あ! ハルナちゃん!」
「ウララちゃん!?」
オルフェとハルナの2人きりの教室に現れたのは、桜を思わせる淡い桃色の髪をポニーテールで結び、赤い鉢巻をつけた天真爛漫を絵に描いたような小柄な1人のウマ娘───ハルウララであった。
ハルノウラワよりも幼く見えるハルウララであるが、彼女はチーム[キタルファ]の一員として活躍し、実は既にトゥインクルシリーズを引退している。
「一体どうしたの!?」
「む? ハルナよ。ウララと由縁があるのか?」
「あ、オルフェちゃん! 実は昔ね───」
「そう、実は───」
ハルウララとハルノウラワ。
実は高知で共に生まれ育った幼馴染でもあった───。
「───なるほどな……貴殿らにそのような関係があったとは」
「世間は狭いな」とオルフェーヴルは思った。
ハルナは軽く咳払いをしてから、ウララに要件の内容を促した。
「って、そんなことより。ウララちゃん、あたしに何か用事があって来たんでしょ?」
「あ、そうだった、そうだった! 3人ともー、入ってきていいよー?」
ウララが廊下に向かって元気に手招きをすると、ガラガラと扉が開いて、3人のウマ娘が教室へと入ってきた。
その顔ぶれを見たハルナは、ハッとした。
「あ、アキュートさん!?」
「ハルナちゃん、突然にごめんねぇ?」
のんびりとした、しかしどこか安心感のあるその声の持ち主は、今年は大井開催になったJBCの時に知り合ったワンダーアキュートだった。*1
「いえいえ、アキュートさんならばいつでも歓迎しますよ! ところで、そちらの2人は……?」
ハルナの視線の先には、緊張した面持ちで並ぶ2人のウマ娘の姿があった。
「は、初めまして! ホッコータルマエです!」
「こ、コパノリッキーです!」
緊張した面持ちながら元気良く挨拶するホッコータルマエとコパノリッキー───この2人は後にダート界の新星として眩い輝きを放つ日が来るのだが、この時のタルマエは、あのゴールドシップやケイジたちと同期でありながらもデビュー戦を翌年1月に控えている状態であり、リッキーに至ってはまだ本格化の兆しすら訪れていない段階であった。
だが、その瞳の奥には、確かな熱い光が宿っている。
「あ、あの……! ハルノウラワさんですよね!? お噂はかねがね……!」
「その、突飛なお願いで押し掛けてしまって、申し訳ありません……!」
「あらあら2人ともぉ、そこまで緊張せんでも
まだレースの厳しさを知らぬ初対面の後輩たち。彼女たちが自分に対してここまで畏まっている姿に、ハルナは戸惑いつつも、すぐにふんわりとした優しい笑顔を浮かべた。
「ううん、わざわざ来てくれてありがとう。そんなにガチガチにならなくていいから。リッキーちゃんに、タルマエちゃんだね? それで……一体どうしたの?」
ハルナのフランクで温かい呼びかけに、2人は少しだけほっとした表情を浮かべた。
「その、ウララさんから、ハルナさんが地方のレース場のステージ事情にすごく詳しいって伺いまして……。実は、どうしてもハルノウラワさんの力が必要なんです!」
タルマエが、熱のこもった敬語で一歩前に出た。
「あたしの、力……?」
「うん。……ハルナちゃんも、その新聞を読んどったんかねぇ?」
アキュートが、ハルナの机の上に広げられたスマートファルコン引退の号外を、のんびりと、しかし少し寂しげな目で見つめた。
それに対して、ハルナもつい沈むようなトーンの声で肯定した。
「えぇ……はい」
そこでリッキーが拳を握り、真っ直ぐな目をハルナに向けて言った。
「私たちはファル子先輩……ずっとあの人の背中を追いかけて、あの人の速度を目指してきました」
一方でタルマエも、
「わ、私は、苫小牧を盛り上げるために中央トレセン学園にやって来ました! そんな最中に地方で活躍してるハルノウラワさんのお話やレースを耳にして実際に目にして、「ダートの世界でもこんなに輝けるんだ……!」って、だから私もダート路線でデビューしようって決めたんです!」
「え? ……そう、なんだ?」
「はい!」
「競技ウマ娘としてレースで活躍したい」───それは、ウマ娘であれば恐らく一生の内に最低でも一度は抱く願望だと言われている。
ハルナ自身、そんな願望を初めて抱いたのがいつだったのかはよく覚えていない。
だが、少なくとも「和菓子職人になりたい」という夢と並行して切っても切り離せないものとして心の中に育っていた。
だが思い返せばデビュー以来、彼女から見て先輩であるセイウンプレジャーやシャッタードスカイ、グランシュヴァリエたちの走りに勇気付けられたり、リアライズノユメやクラーベセクレタたち同期のライバルとの競い合いに胸を熱くしたり、と、彼女自身が周りから影響を
ところが、目の前のホッコータルマエという少女は、明らかに自分が影響を
何なら、彼女のデビュー戦を芝からダートに変えさせたきっかけを(間接的ではあるが)与えた。
その結果はまだ芽が出ていない。
しかし、ハルノウラワにとって、自身が誰かの人生を変えるほどの影響を
リッキーとタルマエはお互いに目を見合わせてから頷き、意を決したようにリッキーが言った。
「だから……ただ悲しんで見送るんじゃなくて、ファル子先輩のために、
「ファルコンさんのために……
「はい。でも、その『何か』がどうしても纏まらなくて……」
タルマエが困ったように眉を下げ、手元のノートを広げた。
「先輩が愛した地方のレース場で、感謝の花道になるようなライブをプレゼントしたい、っていうところまではみんなの意見が一致したんです。でも……」
タルマエはそこで言葉を詰まらせ、きゅっと唇を噛んで言い淀んでしまった。
大好きな先輩のために動きたいという熱意はあるものの、自分たちのアイデアがあまりにも漠然としている現実に、急に不安が押し寄せてきたのだ。
タルマエが困ったように手元のノートを抱え込むのを見て、アキュートがトントン、と彼女の肩を優しく叩き、のんびりとした口調で引き継いだ。
「うん。でもねぇ、ハルナちゃん。その先が、どうにも纏まらんくてねぇ。ファル子先輩に内緒でサプライズとして用意するべきなのか、それとも、真正面からファル子先輩を誘って一緒にステージを作るべきなのか……2人の意見が割れちゃってね」
「あ、なるほどねぇ……。サプライズならビックリして喜んでくれそうだけど、現役トップアイドル同然のファルコンさんに内緒でステージを準備するのって、スケジュール的にもすっごく難しそうだもんね」
ハルナは腕を組み、タルマエが抱えていたノートを覗き込みながら、一緒に優しく考える。
新聞の草稿などを書き、大人たちの動きを間近で見ているハルナだからこそ、彼女たちの志の高さに共感しつつも、企画の難しさを肌で感じ取っていた。その様子を壁に背を預けて見ていたオルフェが、ふっと鼻で笑った。
「くだらん、実に間怠っこしいではないか」
「ちょ、オルフェ……」
「サプライズなど仕掛ける必要は無かろう。貴様たちが《砂のハヤブサ》───スマートファルコンに敬意を払い何かをしたいのであれば小細工など不要だろう?」
諌めようとするハルナだったが、彼女の心配は無用だった。オルフェはタルマエとリッキーが悩んでいた課題にあっさりと答えを出してしまった。
「「「え……?」」」
傲然たるオルフェの言葉に、リッキーとタルマエが目を丸くし、諌めようとしたハルナまでもがまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そんなのはお構いなしにオルフェは黄金の髪をなびかせ、絶対的な視線を彼女たちに注いだ。
「そも、レース場でこそこそと祝い事など、奴の残した軌跡に対してあまりに不敬ではないか?」
“金色の暴君”と称されるオルフェーヴル。
彼女の普段の態度は不遜で傲慢と受け取られることもしばしばある。
だが、そんな彼女だからこそ、強者が何らかの矜持を持ち合わせていることを推して測り、察することができた。
「真正面から奴を引っ張り出し、その圧倒的な速度の隣に並び立ってこそ、真の敬意というものだ」
オルフェのハッキリとした、しかし妙に説得力のある正論に、教室がしんと静まり返る。
その時、それまでノートの端に落書きをしていたハルウララが、パッと顔を上げてニコニコと笑った。
「ねぇねぇ! どうせならライブツアーにしちゃおうよ!」
「えっ……? ライブツアー、ですか……?」
タルマエが驚いて声をあげる。ウララは天真爛漫な笑顔のまま、大きく両手を広げた。
「そう! 1つのレース場だけじゃなくて、ファル子ちゃんが走ってきた全国の地方のレース場をいーっぱい回るの! それでそれで、ついでだから、ファル子ちゃんが行ったことのないレース場にもつれていって、そこでみんなでライブをするんだよ。それなら絶対に楽しいし、ファル子ちゃんのスケジュールもバッチリでしょ?」
ウララの無邪気で、だけどあまりにも壮大で自由なアドバイス。
それを聞いたハルナは、
「……そう、それだわウララちゃん!」
「へ?」
「およ? ……ハルナちゃん、何か思いついたねぇ?」
見た目や雰囲気はのんびりしているように見えるアキュートだが、実家がボクシングジムで、実はこの教室にいるウマ娘たちの中で最も現役期間が長い。それ故に勘も鋭く、ハルナが何か妙案を思いついたことをいち早く気付いた。
「ファルコンさんは、確か大井や園田、金沢に高崎まで、本当にたくさんの地方レース場を走ってきたよね?」
「そうですね」
「でも、
「全部ではない……「「あっ!」」」
ハルナが言った「全部」。ウララ、タルマエ、リッキーの3人は何を言われたか一瞬分からなかったが、その意味を理解すると思わず声が出た。
言葉を続けるハルナ。
「そう、ファルコンさんが行ったことの無いレース場に連れていく───これって、サプライズになるんじゃないかしら?」
「「おぉー……!」」
その鋭い閃きに、リッキーとタルマエが感心した。
「あれれ? そういえば、ファル子ちゃんは高知に来たことないかも……!?」
「中津は……ファルコンさんは、佐賀に行く時にトレセンとして使ったことあるって言ってたけど、レースで走ったことはないんじゃない?」
「あと荒尾と福山も!?」
顔見知りのアキュートが、ハルナの意図を察してポンと手を叩いた。
「そうかぁ……。ファル子先輩には『自分が走ってきた場所を巡る感謝のツアー』として真正面から参加してもらう。だけど、そのスケジュールの中に、先輩が一度も行ったことのない高知や荒尾でのステージをこっそり隠しておく……。それなら、ファル子先輩を絶対にビックリさせられるねぇ」
「そう! ファルコンさんがまだ見たことのない地方の景色を、私たちの手でプレゼントするの。これなら、最高のサプライズツアーになると思わない?」
悩んでいたリッキーとタルマエの顔にパッと明るい光が戻った。
「わあ……! 感謝のツアーの中に、未知のレース場のサプライズ……! それ、すっごく素敵です、ハルナさん!」
「うん! 天下のスマートファルコンを驚かせるなら、それくらいやらなきゃね」
まだデビュー前で、本格化前の二人の新星たちが、ここへ来て初めて声を弾ませた。
その様子を壁に背を預けて見ていたオルフェが、ふっと不敵に口元を歪め、腕を組み直した。
「ふん……悪くない。冬場にレースが開催されない場所を除く、北関東より以南の、日本全国の地方レース場を巡る『巡業』。そこに未知なる戦場を紛れ込ませるか。それほどの規模で真正面から挑むというのなら、砂のハヤブサを驚かせるに足る花道になるだろうな───」
オルフェがウララのアイデアとハルナの機転に賛同し、尊大に太鼓判を押した。
が、同時に課題も述べた。
「───しかし、これほど大掛かりなライブツアーともなれば準備やら根回しやら資金やら。その他諸々の煩雑な手続きやらが山のようにあるぞ。まさか貴様ら忘れてはおるまいな?」
「「「「「……あっ」」」」」
現実的な問題について彼女が口に出すと、ハルウララ、ハルノウラワ、ホッコータルマエ、コパノリッキー、そして最年長であるはずのワンダーアキュートまでもが完全にその事を忘れていたためか、思わず教室内で間の抜けた声がシンクロしてしまった。
「やはりか……」と言わんばかりにオルフェは溜め息を吐いた。
そして、残された時間もあまりにも少なかった。
今はもう11月末。
ラストランとなる春までは、下手をすればこの企画の審査が通らないかもしれないほどに、時間ギリギリの瀬戸際と言えた。
翌日の放課後。
ハルナ、ウララ、リッキー、タルマエ、アキュートの5人は、急拵えした企画書を抱え、緊張の面持ちで理事長室の重い扉を叩いていた。
「し、失礼しますっ!」
ハルナが恐る恐る扉を開けると、デスクにいた小さな理事長がパッと顔を上げ、持っていた扇子を勢いよく広げた。
「おぉ、
秋川やよい理事長の豪快な出迎えに圧倒されそうになりながらも、ハルナはゴクリと息を呑み、一歩前に踏み出した。
「……秋川理事長、たづなさん。折り入ってお話があります!」
ハルナが意を決して、表紙に『ライブツアー企画:チームCaravan(仮)』と書かれた企画書を差し出した。
「中央のダート界を引っ張ってきたスマートファルコンさんのために、引退の地方レース場でライブツアーを開催させてください!」
突撃してきた特別留学生たちの直訴に、デスクにいた駿川たづなが目を丸くする。
しかし、ふかふかの椅子に座っていた秋川やよい理事長は、驚くどころか、その小さな体を震わせてニヤリと豪快に笑った。
「フハハハハ!
バァン!と扇子を広げて机を叩く理事長。ハルナたちが呆気に取られていると、理事長は企画書の表紙に目を留め、興味深そうに顎を引いた。
「ふむ! 志はよし! しかし、この『Caravan(仮)』というチーム名……なかなか渋い響きではないか。一体誰のアイデアだ?」
「あ、それは……───」
───約1時間前、放課後の教室。
「「はぁ〜……」」
ハルナとウララは頭を抱えており、2人揃って溜め息が出てしまう。
その時、廊下からバタバタと足音が近づき、教室の扉が開いた。
「ハルナさん、ウララちゃん! 遠征支援委員会に行って、ドリームジャーニー委員長にお話を聞いてもらってきました!」
息を切らせて戻ってきたのは、タルマエ、リッキー、アキュートの3人だった。
そして、彼女たちの後ろから、メガネの奥の瞳を優しく細め、柔和な微笑みを浮かべたドリームジャーニーがそっと教室へと入ってきた。
彼女はハルナたちの様子に気づくと、小首を傾げて丁寧に声をかけてくれた。
「おや、皆さん揃って浮かないお顔をして、どうされたのですか? タルマエさんたちから、スマートファルコンさんのためのライブツアーの企画書を急いで出したいと伺いました。私でよければ、何か力になれることがあれば良いのですが」
「あ、ドリームジャーニー先輩……! ありがとうございます。実は、内容はまとまったんですけど……」
そう言いながら、机の上に広げていた企画書をドリームジャーニーに手渡した。
「ふぅ……む……これを作ったのはハルノウラワさんですね?」
「は、はい……」
「なるほど……その顔を見るに、徹夜されましたね?」
「……分かりますか?」
「えぇ。つまりこれは昨日今日でここまで作り上げた、ということになりますね? 時間がない割りにはよく出来ているとは思いますが……」
流石は新聞部と言ったところだろうか。
昨日の今日で急ぎ作成した割りには良くできてる、とハルナ本人は思っていたし、実際にドリームジャーニーからも太鼓判は押されるぐらいの水準に達していた。
しかし、だからこそ。すぐジャーニーは問題点に気付く。
「チーム名……ですね?」
「え?」
ジャーニーはざっと企画書を見てみたが、彼女の目は企画書の所々に不自然な空白があることをすぐに見破った。そして何故空白なのかという理由にもすぐ察しがついた。
「今回のライブのために結成するチームについて。名前が決まっていないのですね?」
「あはは……流石はジャーニーさん……」
ハルナが困り顔をしながら肯定すると、隣でノートを覗き込んでいたウララが困ったように眉を下げた。
「肝心のチーム名が空欄のままだよぉ……」
提出期限が迫る中、仮の名前すら決まらずに立ち往生という有様だった。
ジャーニーは顎に手を当てながら、企画書のある文言に興味を惹かれた。
《スマートファルコンに贈る、サプライズ付き全国規模のライブツアー!》
その内容には、スマートファルコンが走ったことがない、もしくは訪れたことがないレース場を楽しんでもらうためのサプライズが随所に盛り込まれていた。
(なるほど、それは素敵な旅になりそうですね)と優しく微笑むジャーニー。
すると、あるアイディアを思い付いた。
「……旅をしながら各地を巡る、ですか。ふふ、それなら一つ、私の個人的な趣味から提案させていただいてもよろしいですか?」
ハルナたちが頷くと、ジャーニーは穏やかな声で続けた。
「少し古い映画なのですが……『幌バ車』*2という作品を最近見る機会がありましてね」
「幌バ車……ですか?」
ハルナたちが知ってる幌バ車といえば、屋根の付いた荷車のようなものを、複数人のウマ娘が交代で牽引して西部開拓時代の荒野を駆けていくものである。
誰が言ったか、例えば「人力車かリヤカーを4輪にして巨大にしたもの」が想像として近いかもしれない。
でも何故それがジャーニーの頭の中でこの企画書と結びついたのだろうか?
「その中で、荒野を往く幌バ車隊を率いる指導者のことを『
「なるほど……確かに言われてみればイメージピッタリかもしれないねぇ?」
賛同するワンダーアキュートであるが、実は彼女もこの場にいるウマ娘たちのウエスタンルックを密かに想像していた。
一方、タルマエ、リッキー、ハルナはジャーニーの提案に唸っていた。
「ワゴンマスター……」
「……いかがでしょう、少し烏滸がましかったでしょうか?」
「い、いえいえ、烏滸がましいなんてそんな、ありがとうございます、ドリームジャーニー先輩! ……でも、《ワゴンマスター》はちょっと違う気が……」
「ワゴンマスター……幌バ車……騎兵隊……いや違うな……ガンマン……駅バ車……商隊?……あ!それだ!」
「「「「「?」」」」」
連想ゲームのように、西部開拓時代やその映画に登場するものを思い浮かべながら口にしていたハルナ。
彼女も「ワゴンマスター」よりは別の単語を探していたのだが、どうやら見つけたようだった。
教室の黒板に、やや落書きに近いが、幌バ車の姿とササッと描き、その横に《幌バ車》、《ワゴンマスター》と箇条書きする。
「ジャーニーさんのお陰で思い付いた。でも、ワゴンマスターだと堅い感じがして。だから……これなら?」
ここでハルナは、いくつかの単語を黒板に書き足した。
それは、
「
一見すると何が言いたいのか分からない。しかし、最後に「商隊」という単語を書き足した上でそれら四つの単語を大きな丸で囲って、ハルナは欄外にデカデカと達筆に英単語を書き記した。
「達筆すぎて読めない……」
「
リッキーとタルマエには字が崩れていて判読できなかったが、ジャーニーはすぐに言い当てた。
「そうです。……私たちがライブツアーをやるとしたら、ガンマンや保安官が乗ってるようなお堅い感じよりは、サーカスや劇団が同乗してるようなイメージが近いじゃないですか。だとしたら、ワゴンマスターというよりは、商隊や、旅行者の集団の方が近いんじゃないかって」
「「「おぉ!」」」
「キャラバンね。うぅん、いいと思うよぉ?」
「なるほど……ハルノウラワさんはこのライブツアーのチームを「地方を巡る移動劇団」でイメージした、というわけですね」
「そうです! だから、……まだ仮の段階ですけど,チーム名を『Caravan(仮)』という名前で一先ず出してみようかなって。みんなもこれで良い?」
「良いと思うよハルナちゃん!」
「Caravan……うんうん、良いと思います!」
「ジャーニーさん。その……折角提案してくださった名前なのに、その……」
ハルナは「ワゴンマスター」という名前をそのまま使うのはイメージとして違う気がしたため、折角その名前を提案してくれたジャーニーに謝ろうとする。
しかし、ジャーニーはそんなハルナの口に人差し指を当てて制止させる。
「ハルノウラワさん。別に謝る必要はないですよ。むしろお役に立てたのなら光栄です。……ふふ、皆さんの紡ぐ『旅路』がどこへ辿り着くのか、遠征支援委員会としても楽しみに見守らせていただきますね」
ドリームジャーニーはどこまでも物腰柔らかく、聖母のような微笑みを浮かべたまま綺麗に一礼して去っていった。しかしハルナは、彼女の去り際の笑顔に、何故だか背筋が伸びるような不思議な凄みを感じていたのだった───。
「───なるほど! 遠征支援委員会の長たるジャーニーの着想か! 道理で旅情をそそる名だ!」
秋川理事長は納得したように大きく頷いた。
しかし、すぐに秋川理事長は悪戯っぽくニヤリと笑い、さらにたづなが言った。
「ハルナさん、みなさん。実は……出すのが一歩遅かったですね」
「えっ? ダメ、ですか……?」
タルマエが顔を青くする。だが、理事長は首を横に振り、胸を張って言い放った。
「
「「「「「えええええーーーっ!?」」」」」
理事長の話によれば、スマートファルコン本人にも事前に話は通してあり、彼女が走ってきた全国の主要なレース場での「ツアー」として、既にURAとNARが連携して計画が動き出しているのだという。
「な、なんだぁ……! 先輩、もう知ってたんだ……!」
リッキーがガクッと肩を落とす。
折角の企画書も完全に空振りに終わったかと思われた、その時だった。
ハルナは、理事長が広げた公式のツアースケジュール表を見て気付く。
(……あ、大井、園田、船橋……高崎もある。けど、やっぱり、高知や中津や福山の名前が入ってない)
ハルナはリッキーの袖をグイッと引き、理事長に向き直った。
「その、スケジュールなんですが、大井や船橋、園田や佐賀には行きますよね?」
「あぁそうだ。スマートファルコンの希望でな」
「え? ファルコンさんが?」
「左様。スマートファルコンがこのライブツアーについてな、「今までお世話になったレース場やファンの人たちにお礼をしたい」と言っていた。そこで、彼女が行きたい場所と、戦績と、今年末から来年ドバイに行く直前の2月末までレースが開催、ないしは開場しているレース場の方々に声を掛けてみたところ、このようになってな。中央のレース場でも幾つかライブを行なう予定だ」
ライブで行く場所のスケジュール表を見ると、「中山」、「小倉」、「東京」の名前もあった。
その前後に各地の開催に合わせて佐賀、園田、船橋。さらにハルナの地元である浦和などの名前も間に入っている。
やはり公式の力は伊達ではない。
ライブツアーを用意した上で、主役となる本人に打診し、希望を聞いて、それに基づいて各方面への根回し。
自分たちの企画書がいくら立派であったとしても、所詮は理想夢想の類に過ぎなかったと改めて思い知らされる。
しかし、「余白」があることを見逃さなかった。
「理事長。そのツアーなんですが、行き先を増やせませんか?」
「行き先を増やす? 出来なくはないと思うが、何故だ?」
そこで浮かない顔をしていたハルナやタルマエたちの表情が少し明るくなった。
彼女たちが夜更かししてまで作った企画書はまだ「死んでいない」。
「ファルコンさんが今まで日本全国の色んなレース場で走ってきたのは私たちも知っています。でも、
「そう、だから私たち、ファルコンさんが一度も行ったことのない高知や福山で、あの人に『極秘サプライズステージ』を仕掛けたいな、って!」
「むっ? サプライズとな!?」
理事長が身を乗り出す。
「はい! ファルコンさんにはこのスケジュール表通りのツアーだと思わせておいて、例えば、途中で『えっ!? 次は行ったことない高知なの!?』ってビックリさせるんです!」
「お願いします理事長! 色々と難しいかもしれないですが、私たちなりにファルコンさんの花道を飾ってあげたいんです!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
ハルナの等身大かつ鋭い提案と、先輩を想うタルマエたち後輩の思いをぶつけられ、部屋は一瞬静まり返る。
だが間も無く。秋川理事長は再び扇子を大きく広げた。
「……妙案! よろしい、その熱意、公式の計画に組み込もう!」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。この『ファルコン引退ツアー』を極限までのバックアップを約束しよう!」
「ありがとうございます!」
ハルナたちの顔に、今度こそ大歓喜の笑顔が咲く。
こうして、学園上層部をも巻き込んだ巨大プロジェクトが正式に始動した。
しかし、理事長室を出て廊下を歩いている途中、ハルナは「あ……」と何かに気づいて、ピキリと凍りついた。
「ハルナちゃん、どうしたのー?」
ウララが不思議そうに覗き込む。ハルナは冷や汗を垂らしていた。
「……みんな、ごめん……」
そうして振り返ったハルナは先ほどの笑顔が霞むほどの困り顔を見せた。
「ちょ、どうしたんですかハルナさん!?」
「あらら……猫ちゃんの尻尾を踏んづけちゃったかのような顔をしてどうしたのぉ?」
何事かとリッキー、アキュートが尋ねると、
「私、
「一番大事な人……?」
それが誰の事を指すのかタルマエには思い当たらなかった。
「──────」
ハルナがそう答えると、
「「「「……あっ!!?」」」」
4人もその「
ハルウララ
実馬編ではハルウララが母で、ハルノウラワが娘という関係性だが、ウマ娘世界ではハルノウラワの方が年上で、ハルウララはハルノウラワの従妹に当たる。
ただし、ハルウララの母はハルノウラワの母の姉に当たる人物、というちょっとややっこしい関係。
本人たちは高知生まれの幼馴染。
ごめんなさい、1話に纏めようと思ったら長くなりそうなので次回に続きます。
今回の話、かなりリテイクが多くて没稿や不採用になったパターンのシーンが幾つか出てきちゃいました。
本来ならそういう没稿もなるべく拾いつつ無駄にしない作り方をするんですが、今回はそれが出来ない展開だったため、採用するプロットの選別に悩みに悩んだ挙句、時間が思ったよりも掛かってしまいました。
(実は、この回を描き始めた初稿の段階では、リッキー、タルマエ、アキュートが出てくる予定はありませんでした)
お待たせして大変申し訳ない。
また、これの次回になる予定だったメジロクーパーの話も、既にタイトル番号を後ろにズラしてあります。
ホッコータルマエのトレーナーは誰がいい?
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チーム《シリウス》
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アプリ版トレーナー
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スティルインラブのトレーナーと同じ人
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某所の三白眼ダストレと同じ人
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「ハジケリスト世代だろ!」準拠
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