中央トレセン学園、チーム[セントーリ]のミーティングルーム。
ホワイトボードの前には、ハルノウラワを指導しているトレーナー陣の4人がいた。
チーム[セントーリ]のチーフトレーナーである
そして、隣チーム[ライジェル]のサブトレーナーである宮松明美が並んで立っていた。
また、ライジェルのメンバーであるダイタクヤマトとアイルトンシンボリもその場におり、セントーリのメンバーであるスイープトウショウとカレンチャンもいた。
彼女たちの目線は、やや気まずそうな顔をしているハルノウラワただ1人に向けられていた。
宮松明美は今でこそ知る人ぞ知る競技ウマ娘「フレアカルマ」本人だが、現役時代はさいたまトレセン学園の生徒の一人、つまり、ハルノウラワの同郷で先輩にあたるのだが、実際はそれ以上の関係だ。
彼女の実家である老舗の和菓子屋にハルノウラワは幼い頃から通っていたため、2人は歳の離れた姉妹のような関係性だった。
一方、チーム[セントーリ]を率いる射手園トレーナーは、その体格は隣に立っているマヤノトップガンと大差ないほど小柄だ。
親族や親や周りがウマ娘という環境で生まれ育ったことから、本当のウマ娘にこそ敵わないものの、並の人間よりは身体能力が高く、前髪にもメッシュが入っていることからウマ娘の血が濃い。
もし何も知らない第三者の前で、横にハルノウラワが立ち、さらに帽子でも被っていたなら妹と間違われるかもしれないほどに顔立ちも可愛い系である。
だがしかし、実際には
本人もこの外見と身体に悩んだ時期もあったらしいのだが……今は語る時ではないので、それはまたの機会にしよう。
よって、威厳? そんなものはない。
しかし、最年少で中央の切符を掴んだ天才であり、その腕前は誰もが信頼を置く本物だった。
「なるほどね。スマートファルコンさんの引退に伴う、地方レース場での応援ライブツアー、か……」
射手園は腕を組み、ハルナに向き直る。
威厳には少し欠けるかもしれないが、その声には教え子に親身に接する兄のような優しさがあった。
「……ハルナちゃん。キミの次走が来春のフェブラリーステークスだってことは分かっているよね? 東京大賞典をわざわざ回避したのも、中央のダートレースに集中するための大事な準備期間って説明していたはずなのに」
「え、は、はい、分かってます……」
中央にダートG1は2つしかない。
その内の1つが毎年2月に行なわれるフェブラリーステークス。
ここを勝利した地方ウマ娘といえば、メイセイオペラ以来、シムーンカルマ、シャッタードスカイなどいるが、彼女たちは誰にも負けないような飛び抜けた実力を持ち合わせていたからこそ、芝からダートに入る
このコース特性には、芝に慣れていない地方のウマ娘たちが常に涙を飲んできた。
実際、船橋の最強ウマ娘として名高いあのフリオーソですら、フェブラリーステークスは出遅れて2着という結果に沈み涙を飲んだ。
それ故にハルノウラワに待ち受けるフェブラリーステークスの勝利には高い壁が立ちはだかっていることを再三、射手園たちは教え込んできた。
「そんな大事な時期に、全国を回るライブツアーだなんて……。ハルノウラワさん、あなたにそのスケジュールと体調の自己管理ができるのですか?」
静かに資料を捲っていたダイイチルビーが、毅然とした視線をハルノウラワに投げかける。
正論だった。
G1前のデリケートな時期に、遊び半分の遠征などチーム[セントーリ]として看過できるはずがない。
ハルナがさらに身を縮めて気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……あの、ちょっといいですか? ルビーちゃん、射手園先輩」
その時、宮松明美がふっと微笑んでハルナに助け舟を出す。
2人はそれに頷くと、宮松サブトレーナーはこんなことを提案した。
「フェブが控えてるのは確かに懸念材料ですけど……ツアーの日程を見ていたら案外悪くないと思います」
「というと?」
「フェブラリーステークスで懸念されるのは、まず芝からダートに入るコースレイアウトですよね。でも、中央トレセン学園でもそれを再現できるようなコースって無いですよね?」
「確かにそうだけど……」
「そこで、中津トレセンのコースが使えるかもしれませんよ?」
そう言われてもイマイチ射手園はピンと来なかった。
「トレーニングに使える……? カルマさん、それはどういうこと?」
射手園は小首を傾げるが、宮松はある資料をホワイトボードに貼って見せた。
それは、中津レース場/トレセンの概略図だった。
最も内側のコースはウッドチップだが、内コースが芝、外コースがダートであり、特に芝1250m、及び芝1750mコースに着目すると、スタート地点がダートコースからであった。
「これが、今の中津トレセンのコースレイアウトです。府中の場合とは逆ですが、中津ではダートから芝に入る競走も存在するので、これを応用出来るかもしれません」
思えば数年前、矢萩と共に射手園たちが九州に行った時は鹿屋トレーニングセンターや中津トレセンにお世話にはなったものの、中津レース場はコースの改修中で「完成品」を見た事がなかった。
あれから何年か経つが、今はもうこうなっていたのかと、時の流れの残酷さを少し感じた。
余談だが、この時の中津レース場は「知る人ぞ知る地方競馬場」という扱いであり、中央トレセン学園のトレーナー間でも知名度は低かった。
しかし、後に中津レース場の存在が重要になってくるのはここだけの話である。
「なるほど……つまり、中津の特殊馬場利用したフィジカルと対応力の底上げ、か……」
射手園は宮松サブトレーナーことフレアカルマからの提案を慎重に吟味し始める。
(あえてその『ダートから芝へ入る変則レイアウト』を経験させて足腰と感覚を鍛え上げる……。カルマさんのロジックは、確かに合理的だ。けれど……)
やはり射手園にとっての大きな問題はスケジュールだ。
12月末の有馬記念が開催される中山から始まり、その後、東京大賞典、東京シンデレラマイル、東京ジュニアウマ娘優駿が開催される大井で3日間ライブ。
来年1月は報知オールスターカップが開催される川崎、それから成人の日に中津大賞典が行なわれる中津へと飛び、その後、白銀争覇が開催予定の笠松。
そこからTCK女王盃と川崎記念とニューイヤーカップが開催されるのに合わせて関東に戻ってきて大井と川崎と浦和レース場で1日ずつライブ。
加えて、2月のフェブラリーステークスの前週に行なわれるクイーンカップと共同通信杯の日は東京レース場でライブ。
3月からはスマートファルコンがドバイに行くのに合わせて変動する───ここまでの過密スケジュールを見ると、もしハルナがライブツアーに行くとなれば、移動と本番に忙殺される
特にフェブラリーステークス前にこれをするとなると、フィジカルの維持すら危うい……。
「……ハルナちゃん。カルマさんの言う中津の環境は魅力的だけど、これだけ全国のレース場を短期間に飛び回るんじゃ、物理的にまともな走り込みの時間なんて作れないよ。本番前にキミの足腰が鈍ってしまうリスクが高すぎる」
射手園はそうハルナを諭そうとした。
いくら威厳が感じられないとしても、この場ではトレーナーとして最も経歴が長く、チーム[セントーリ]を預かるチーフトレーナーとしての責任感と、何より、中央トレセン学園にやってきてからカルマと共にハルナのことを見守り、時に指導してきた立場として、このライブツアーへの参加に対して快くどころか素直にすら頷くわけにはいかなかった。
射手園の隣に静かに立つダイイチルビーも静かに頷いた。
「……射手園トレーナーの仰る通りです。このライブツアーには野心的な要素が数多く見受けられますが、遠征のスケジュールが過密になればなるほど、私たちが管理できるトレーニングの密度は薄くならざるを得ません。G1前の大事な時期に、
トレーナー陣から突きつけられた現実的な時間の壁。
ハルナが気まずそうに身を縮めた、その時だった。
「ううん、射手園先輩、ルビーちゃん。それは逆ですよ」
「付きっきりでの高負荷メニューはできなくても、大井、川崎、中津、笠松、浦和……。これだけ各地のレース場を短いスパンで渡り歩くということは、『現地の違う種類の足場を、ライブのリハーサル代わりに毎日、ハルナの足裏に直接経験させられる』ということです。1ヶ所に留まって同じ練習を繰り返すよりも、全国の生きたダートを網羅する方が、府中特有のあの変則的なコースに一瞬で適応する最高の『実戦駆動型トレーニング』になりませんか?」
「……確かに、各地の砂質を直接踏みしめる『実地視察』としてのメリットは魅力的かもしれない。だけど、カルマさん。いくら砂を踏めるとはいえ、移動による肉体的な疲労や、ライブの合間の限られた時間だけでは、G1を勝つための絶対的な『練習量』と『筋肉への負荷』が圧倒的に足りない。僕は、ハルナちゃんのフィジカルが過酷なフェブラリーステークスに耐えきれなくなることがどうしても懸念材料として残る。それだけでは拭いきれないよ」
教え子の体を第一に思うが故に、頑なに渋る射手園。
同じ立場だったハルナに寄り添い、彼女たちの望みを叶えてあげたいと考える宮松。
どちらが正しいとも間違いとも言えない。
その時、隣に静かに立っていたマヤノトップガンが、腕を組んだままホワイトボードに一歩近づき、射手園の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……ねぇ、イルくん」
「マヤノ……?」
現役を引退して数年。少しだけ背が伸び、チーム[セントーリ]のサブトレーナーとしてスーツを着こなすようになった彼女は、かつての天真爛漫な少女の面影を残しつつも、どこか落ち着いた、確かな指導者としてのトーンで静かに口を開いた。
「イルくんのチーフとしての懸念は尤もだと思う。だけど、練習量についての問題なら、マヤに一つ解決策があるよ」
「……解決策?」
一見すると袋小路に思えたこのライブツアーのスケジュール問題。
それを破るきっかけを与えたのは、マヤノが手元に持っていたスマートファルコンのライブ映像のキャプチャ。
「マヤ、ファル子ちゃんのステージ動画を何度もスローで解析してみて分かっちゃったんだ」
ホワイトボードに映し出したそれをスロー再生しながら、マヤノは指差した。
「ファル子ちゃんのダンスって、ただ可愛いだけじゃなくて、実はレース並みにハードな運動量で構成されているの。激しいダートの走りを表現するために、常に腰を限界まで落としたまま、ものすごいハイピッチでステップを踏み続けている」
そこまでマヤノが言うと、
「……つまり、究極の低重心維持トレーニングになっている……」
それを見たルビーも顎に手を当ててマヤノの言わんとする事を理解した様子だった。
マヤノはハルナへと視線を移し、再び射手園に向き直った。
「そう! 付きっきりの高負荷メニューをこなす時間はなくても、ハルナちゃんが毎日ファル子ちゃんの真横で、あの重心の低いステップを踏み、その圧倒的な熱量を浴び続ける。それができれば、筋肉への負荷も、レースを全力で楽しむメンタルの耐性も、私たちがここで机上のメニューを組むよりずっと実戦的に鍛えられるはず。……だからイルちゃん、ルビーちゃん。ハルナちゃんの背中、押してあげてもいいんじゃないかな?」
「イルちゃん」と、かつて自分をトレーナーの道へと導いてくれた最愛のウマ娘に親しげに語りかけつつも、そのロジックは極めて冷静で、確固たる説得力に満ちていた。
ルビーは顎から手を離すと、いつもの規律正しいお嬢様トーンを崩さないまま、少しだけ困ったように眉を下げた。
「マヤノさん……」
一瞬、駄目だと思ったが、ルビーは言葉を続けた。
「あなたの提示したスマートファルコンさんのステップによる運動量補填、およびカルマさんの提示した中津のトレーニング環境───その2つが合わさるならば、この過密日程における合理性は認めざるを得ませんね」
そう言ってルビーが少し微笑みながら射手園に目をやると、
「ハァ……。まったく、みんな熱意だけじゃなくて、ちゃんと僕を論破するだけの完璧な材料まで揃えて突っ走るんだから……マヤちゃんにそこまで論理的に言われたら、チーフとしてもこれ以上首は振れないよ」
射手園が前髪のメッシュに触れながらため息混じりに困ったように微笑むと、それまで固唾を飲んで様子を窺っていた周囲のウマ娘たちの緊張の糸が切れた。
「はいはい! カレンもこのライブツアーに参加したい!」
堰を切ったようにライブへの参加を主張したのはカレンチャン。
いつもの可憐な笑顔を輝かせながらハルナと射手園に言う。
「ファル子ちゃんの引退ライブにサプライズなんて、カレンも絶対に一枚噛まなきゃダメじゃん♪」
それに対してスイープトウショウは少し不機嫌そうに言う。
「ちょっとカレン。何であんたがそんな前のめりなの?」
「だって、カレンはファル子ちゃんがずーっと『ウマドル』として地方も中央のダートも盛り上げようと頑張ってきたのを見てきたもん。ファンを笑顔にしてきたそんなファル子ちゃんの『最後のステージ』となれば、カレンのプロデュースで、世界一キラキラした完璧な花道にして見送ってあげたい」
「う、うーん……それ、ファルコンさん喜んでくれるかな……?」
そのカレンチャンの提案にはファル子への敬意の念が込められているとハルナは理解していたが、それだけに彼女は少し困り顔をした。
そこに、スイープトウショウのズバッとした指摘が飛んだ。
「ハルナの言う通りよ! ファル子って、変なところで
普段のスイープは「わがまま魔女少女」とも言われるほどに気難しい性格で知られている。
しかし、それは彼女の鋭い洞察力と天才的なレースの才能の裏返しであり、事実、彼女の指摘は鋭く核心を突いていた。
そんなスイープの深い部分もある程度カレンも理解しているので、怒るどころか、フッと静かに笑顔で答えた。
「……うん。スイープちゃんの言う通り、ファル子さんはそういう人。だからこそ、カレンたちが付いていかなきゃダメなの」
カレンは射手園やハルナにも目を向けて、言葉を続ける。
「あの人はもうすぐ引退しちゃうんだよ? なのに、最後まで一人で泥まみれになってファンを集めて、力尽きてドバイへ行くつもり? ……そんなの、カレンは絶対に許さない。あの人が意地を張って誰の手も借りないって言うなら、カレンたちが
カレンチャンの強い瞳に圧倒される一同。
すると、スイープも頬を膨らませながら、負けじと胸を張った。
「ちょっと。カレンばっかり格好いいこと言って、私を置いていかないでよ。ファル子をびっくりさせて、地方のファンのみんなを笑顔にするんでしょ? だったら、あたしの『人をあっと驚かせる特大の魔法』が絶対に必要じゃない! あたしの魔法で、ステージを世界一びっくりなキラキラにしてあげるんだから。……だからトレーナー、あたしも行きたい!!」
先ほどの冷えたような空気は一転、両チームのウマ娘たちが続々と興味を示し、部屋の中は完全に「遠征賛成」の雰囲気へと塗り替えられていった。
「ツアー……ライブツアーやね! それ、めっちゃ面白ろそうやんか。なぁ、ハルナ。ウチらも混ぜてくれへん?」
ダイタクヤマトが楽しげな京都弁で身を乗り出し、横にいたアイルトンシンボリも頷いて参加の意思を見せた。
一方、射手園のすぐ横で涼しげな顔をして澄ましているダイイチルビーであるが、
「……ルビー。もしかしてこうなることを分かっていた?」
射手園はそう尋ねる。
普段から言葉の少ないダイイチルビーだが、その所作や癖も何年か一緒にチームをやっている射手園には何となく分かってしまうものだった。
するとルビーは、射手園に聞こえる程度の声量で言った。
「えぇ。この企画、目にして耳にすれば、この学園の生徒であれば誰もが一度は関わりたいと思う内容だと思います」
「キミは反対していたんじゃないのかい?」
「『反対』と『懸念があること』はまるで別の話です。それに、私は
「……今回と他がどう違うと思ったんだい?」
「ハルナさんの共演相手がスマートファルコンさんだからです。あの人から得られるものはきっとハルナさんにとって多くが糧になるでしょう。それに、このライブにはあの人の花道を飾りたい皆の想いが詰まっている優しさも同時に感じました」
「しかし、ただ優しいだけのスケジュールではありませんが」と、ルビーは静かに付け足したが、その頬の端は明らかに上向きだった。
さらに、目の前でスイープやカレンまでもがはしゃいでいる様子まで加われば、射手園もついに根負けするしかなかった……ただし、同時にあることを思い付いた。
「……分かったよ」
「トレーナーさん?」
「ハルナちゃん、それにみんなの熱意は充分に伝わってきたよ。カルマさんの考えにも一理あるし」
「トレーナーさん! ありがとうございます!!」
「ただし! 幾つか条件がある。キミにはこれから言う約束を守ってほしい。僕からは全部で6つだ」
射手園はホワイトボードに並ぶ過密なツアースケジュールを見つめ、ハルナの目を真っ直ぐに見返した。
「1つ。トレーニングはなるべく欠かさないこと。ライブも確かに運動になるけれど、そういう日はストレッチとライブ後のアイシングを忘れないこと」
「2つ。カルマさんの言う通り、中津のあの変則的なコースはすごく良いトレーニングになるけれど、刺激が強い分、フォームを崩しやすい。中津にいる間は、毎日必ずウッドチップコースでの基本の走りを1本こなして、フォームを整えること」
「3つ。それに加えて、今回は中津だけでなく色んなレース場を巡る事になる。砂の厚みも粗さも、足場の様子は全く変わる。冬の凍結防止剤の影響だってあるんだ。だから各地で合間合間にトレーニングする際、足元を細かく確認して、その違いをちゃんとキミの足裏で注意深く覚えなさい。足場への警戒を疎かにしたら絶対にダメだからね」
「4つ。食事と睡眠だけは絶対に削らないこと。慣れない長距離移動でキミの体が一番悲鳴をあげるのは内臓と疲労だからね。夜更かしをしたり、移動中に睡眠をサボったりしたら、すぐに中央へ強制送還させる」
「5つ。一緒に行く仲間たちのことを、ちゃんと頼ること。キミは責任感が強いから、つい『自分が言い出した企画だから』って全部一人で背負い込もうとしがちだ。だけど、キミにはこんなにたくさんの頼もしい仲間がいるんだから、しんどい時はちゃんとみんなを頼りなさい」
「そして6つ───無理をしないこと」
射手園はそこで言葉を区切り、少しだけ声を低くした。
「ある時点でフェブラリーステークスに出るのが厳しいと感じたり、あるいは合間のトレーニング中やライブ中に異変や不調を感じた場合は、すぐにツアーを中止してキミは戻ってくるように。最悪の場合はフェブラリーステークスを出走回避する可能性があることも、視野に入れておいて欲しいんだ」
「最悪の可能性」を口にする射手園の言葉に、ハルナはゴクリと息を呑んだ。
チーフトレーナーがどれほど大きな責任と心配を背負って自分を送り出そうとしてくれているのか、その等身大の重みが胸にまっすぐ伝わってきた。
ハルナは真剣な顔で、しっかりと頷いた。
「……っ、はい。分かってます。絶対に無理はしませんし、6つの約束、絶対に守ります!」
ハルナが迷いのない真っ直ぐな瞳で答えるのを見て、射手園は肩の力を抜き、ふっといつもの優しい微笑みに戻る。
そして、ホワイトボードの横で頼もしく佇んでいる宮松サブトレーナーと、スーツ姿で静かに微笑んでいるマヤノトップガンの2人を見やった。
「よし。……それと、このライブツアーには、カルマさんと、マヤノが同伴すること。これが結びの条件だよ。2人とも、ハルナちゃんのことをしっかり頼んだよ?」
「ええ、もちろんです。射手園先輩」
カルマさんが嬉しそうに背筋を伸ばし、ハルナに向かって小さくウィンクを送る。
「うん。イルちゃんが管理しきれない移動中のメニューやハルナちゃんのケアは、マヤたちが責任を持って完璧にこなしてみせるよ。安心してここで待っててね」
マヤノもスーツの襟を少し正しながら、確かな指導者の顔で頼もしく微笑み返した。
しかし、ここで射手園からのアイコンタクトを受けたルビーが付け足すかのように言った。
「……ハルナさん。私からも1つあります」
「ルビーさん……?」
「先ほどの6つの約束事に加えて、これは7つ目。スマートファルコンさんの隣に立つ時は、絶対に『観客』には戻らないこと」
「え……?」
何を言われたのかが理解できない様子のハルナに対して、ルビーはさらに言葉を続けた。
「ハルナさんがスマートファルコンさんに少なからず憧れや尊敬や畏怖の念を持っていることは理解しています。しかし、だからこそ粗相なく、対等な走者として隣に立つのです。あの人の最後の花道を本気で飾る気があるならば、同じダートの道で活躍する者として恥ずかしくないパフォーマンスをライブで魅せてください」
スマートファルコンと対等に───それは一見すると不可能なことのように思えた。
だが、その言葉の裏にある意味を、ハルナは即座に理解する。
ハルナは背筋をピンと張り、姿勢を正してから、その激励に応えた。
「……ありがとうございます! 私、全力でがんばります!」
ハルナの顔に、いつものような満面の笑顔が咲き誇った。
こうして、ハルナの持ち込んだ無謀とも言える企画は、チーム[セントーリ]とライジェルのウマ娘たちをも巻き込む巨大な渦となり、地方を巡る『Caravan(仮)』の遠征へ、漸く正式なGOサインが出た。
ごめんなさい、まだもう少し続きます。
一年前のハルウララの訃報を知った時、自分は某ハンバーガーチェーン店で#16.5とウマ娘編の北関東秋華賞の話を同時並行で執筆していました。
何故そんなことを覚えているかといえば、それだけハルウララの死がショックだったからです……。
いつかは実馬のハルウララにも会いに行きたいな、なんて思いつつ、「でも予約がいっぱいだなぁ……」なんてあの知らせが舞い込むまでは溜め息を吐いているだけに留まっていた。
しかし、いざハルウララが虹の橋を渡ってしまうと、後悔ばかりが残ってしまいました……。
また、今日オウケンブルースリも亡くなり、先日ツルマルツヨシも亡くなり……。
やはり、推しには会える時に会いに行かないとダメなんだな、と改めて思いました。
近々、某女優馬ちゃんに会いに行きたいな……。