浦和の桜吹雪   作:Simca Ⅴ

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 勢いのまま書き上げました。
 怒られるかもしれませんがお許しを。


#05「分かってはいても……」

 2010年9月29日川崎競馬場で行なわれた第10レース。

 

【先頭駆けてそのまま譲らず、ハルノウラワ! やったぞ! 生沿騎手とのコンビは南関東重賞初挑戦で大金星! 第9回鎌倉記念、最後の最後、同じ浦和所属のキスミープリンスの追撃から無事逃げ切り勝ちだ!】

 

 川崎競馬場からこんばんは、ハルノウラワです。

 いきなりですが、重賞勝っちゃいました。南関東重賞は「South kanto」の頭文字から「S1」とか「S2」とかいう区分があって、私が勝った鎌倉記念はS2。距離は新馬戦(1300m)からやや伸びて1600m。年末の2歳馬G1級ダートレース、全日本2歳優駿の前哨戦でもある。

 つまり、全日本2歳優駿が目と鼻の先……母の戦績と比べられるととんでもない躍進に見られているらしく。

 

 川崎から帰ってきて翌日、野田トレセンで午前中に軽めの調教を終えて馬房に戻ってみると、そこには、

 

《川崎に瞬いた緑と桃の閃光》

《高知のアイドルホースの娘、南関東重賞を制する!》

《ハルノウラワ、鎌倉記念を逃げ切り勝ち。ダートG1への挑戦は目の前だ》

 

 などなど。

 生沿さんが地方版の競馬新聞を広げて待っていてくれて、読んでみれば、いやはや、嬉しいやら恥ずかしいやら、私の特集記事まで組まれていた。

 

 あぁ、そうだ。

 新馬戦をやってから早くも1ヶ月経ったんだけど、改めてあの日の新馬戦を特集した記事を見たら凄いの何の……。

 

《ハルウララ効果は未だ健在!?》

《高知競馬場で12年ぶりの新馬戦。売上は過去最高を更新か》

《ハルノウラワ、新馬戦を快勝! 高知競馬場のレコードタイムも更新!》

高知のアイドルホース(ハルウララ)の娘の門出を祝して現地に15000人が詰め掛けた》

 

 ……見出しからしてビックリドッキリなものが目白押し。特集記事をペラりと捲って読んでみると……。

 

《2010年第9回高知開催2日目第4競走新馬戦。高知での12年ぶりの新馬戦開催は、ハルウララとその初仔の存在と、高知県競馬組合からの打診を受けたハルノウラワのオーナー、黒松義隆氏の決断によって結実した》

《高知では1998年8月12日開催の第2競走を最後に長らくサラ系新馬戦が開催できない状態が続いていた*1。ハルウララ効果によって高知競馬場の運営そのものは現在に至るまでにある程度持ち直してきており、《高知総大将》グランシュヴァリエの活躍も注目され始めているが、それでも新馬戦を行なうためには2歳馬の不足が深刻だった。それに対し、九州では、一度は競馬場としては閉場し、トレーニングセンターへの改修を受けて数年運用された後、再び競馬場として復活を遂げた中津競馬場があるのは読者も承知だろうが、その中津でさえ、2007年の競走復活以来、毎年のように九州産馬による新馬戦が行なわれてきた。中津と高知。共に経営難にあった地方競馬場であるが、くっきりと明暗が別れてしまった》

 

 何と。この世界では中津競馬場が存続している……!?

 

《高知競馬場で新馬戦が開催できなかった理由は2歳馬の不足だけでなく、やはりある程度持ち直してきたとはいえ、未だに高知競馬からは経営難という暗雲が晴れずにいたためだった。そのような中で行なわれた2010年第9回高知開催2日目第4競走。高知競馬に所属する2歳馬たち(未勝利馬含む)をこのレースのためだけに高知県競馬組合が掻き集めた。結果は注目だった1番人気ハルノウラワの快勝とレコードタイムの更新が待っていたが、この日の高知競馬場は一日の入場者数が実に1万8524人を記録し、第4競走の売り上げだけでも2億4905万4500円を記録することになった》

 

 母の名前を借りてる自覚はあるけども、まさかここまで大変なことになるなんて思っちゃいなかった。新馬戦の売上金だけで2億5千万円とか聞いたことないんですけど……!?

 

《これもひとえに、黒松氏の決断が無ければ実現しなかった出来事だった。本誌は黒松義隆氏にインタビューを行ない、この記事でその一部を抜粋させていただいた(当該のインタビュー記事は15・16ページを参照)。黒松義隆氏といえば、《熱い砂嵐の王》シムーンカルマの馬主としても知られており、ハルノウラワに関しては育成牧場を出てから浦和競馬所属にする事を早い段階で決めていたという。そんな彼にハルノウラワの高知デビューを決断させたことについて、黒松氏はこう語っている》

黒松:ハルノウラワのデビュー戦を歓迎してくれる声は、きっと浦和よりも高知の方が大きいはずだ、と思ったからです。高知競馬場といえば大抵の人が思い浮かべるのは(ハルノウラワの母である)ハルウララのことだろうし、浦和でデビューしても注目はされたと思いますが、どうせなら(ハルウララの)縁がある場所の方が注目されるだけでなく、喜んでくれる人が多いんじゃないかって考えました。それに、私としても地方競馬場の盛り上げに一役買うことができれば良いな、って。ただ、最初は悩んだんです》

記者:というと、やはり移動中の疲労や、一時的とはいえ転厩が必要になったことでしょうか?》

黒松:そうですね、それに加えてジョッキーさんとか、調教師とかどうしようとか。高知と浦和って砂の質からしても違うし》

記者:今回ハルノウラワのジョッキーを勤めたのが生沿健司騎手だったのですが、確か彼はJRA所属だったかと》

黒松:実はその点も心配していたんです。今のところハルノウラワのクセを理解しているのは彼ぐらいでしたし、高知県競馬組合の組合長からオファーを頂いた段階で既にデビュー戦まで時間がなかったのに「(高知でのデビューだけでも大変だというのに)騎手まで変えてられるか!」って、岡嶋調教師に怒られました(苦笑)》

記者:な、なるほど……》

黒松:えぇ。でも、組合長もそこは分かってくれて、生沿騎手をデビュー戦で乗せていいって許可を貰ってからは行動が早かったように思います。それに、生沿騎手や野田トレセンでハルノウラワの調教を担当していた岡嶋先生からハルノウラワの様子を聞いてみると移動にも耐えられそうだと判断したので。敢えて浦和ではなく高知でのデビューと相成りました》

 

《黒松義隆:1969年10月25日生まれ。地方での勝負服カラーは茶色をベースに白の十字襷、緑の袖と白の山形一本輪。競馬を始めたきっかけは「メジロパーマーとダイタクヘリオスが熱戦を繰り広げた1992年の宝塚記念を見たから」「実際に馬券を買ったのはその年に行なわれた群馬記念(1992年10月25日開催)が初めて。なお初馬券は負けた」と記者に語った》

 

 黒松牧場勝負服

【挿絵表示】

 

 はぁー。馬主さんのプロフィールまでさっくり書かれてる。群馬記念っていうと高崎のレースだよね?

 ということは、いつかは私も群馬記念を走ることになるんだろうか?

 

「黒松さんがハルノウラワを高知でデビューさせたいって言い出した時はどうなることやらと思ったが、改めて生沿くん、ありがとうな。鎌倉記念も良くやってくれた」

「いえいえ、騎手としての仕事をこなしただけっすよ。それより、ご迷惑をお掛けすることになってしまって……」

 

 特集記事を良いところまで読み込んだら、岡嶋先生と生沿さんが馬房までやってきた。

 

「いや、仕方ないさ。オーナーさんからも理解を頂いているし。それにその()()()()()()()って馬は君にしか乗りこなせないじゃじゃ馬なんだろう?」

 

 ……ん? オルフェーヴルだって?

 

「オルフェーヴルの調教につきっきりになる、か……まぁ、生沿くんの評判を聞いていると、致し方ない」

「はい、とても申し訳ない。ハルノウラワに今まで乗せてもらって凄く良い馬ですし、出来ればこのままコンビを続けたかったんですが……」

 

 私が馬房からヒョコッと顔を出すと、生沿さんが顔を撫でてくれた。

 

「おや。ハルノウラワちゃんが、行かないでくれって言ってるみたいだぞ?」

「どうなんすかね……」

 

 ……実を言えば、私だって本心ではこのまま生沿さんに現役の間はずーっと乗ってて欲しいよ。

 でも、競合相手がオルフェーヴルじゃぁ仕方ないさ。生沿さんが騎乗しないとクラシック三冠を獲るどころか、騸馬コース(チンチングッバイ)か、下手すりゃ馬刺しになりかねないんだし……。どっちになったって困る。シルバーソニックやメロディーレーン、ウシュバテソーロとかオルフェ産駒たちが生まれなくなる責任まで私ぁ取りたくないし取れません。

 

「クロスクロウの時は奥分さんが降りると知った時はめっちゃ暴れたんですよね……果たしてこの娘は理解しているのかどうか」

 

 失礼な。と思って、鼻で思いっきり生沿さんを小突く。

 

「あいたっ」

「はははっ。これでも理解していないと思うか?」

「……いいえ。でも、そうなると尚更名残惜しいですが……って」

 

 私のことはいいから。早く行ってやりなさいよ、と。私は鼻で生沿さんの背中を押した。

 

「行ってこいって?」

「ブルルッ」

「……わかった。ありがとう」

 

 あ、ちょっと待って!

 

「ヒヒーッン!」

「え?」

「どうした?」

 

 忘れてた。えっと……確かここに……あぁ、あった。

 

「ワグッ」

 

 「行ってこい」と背中を押した手前、引き留めるってのも実にテンポが悪いことだけど、それでもこれだけは渡さなきゃと今日のために用意していたんだから。

 それで寝藁に隠していたあるものを口に咥えて、生沿さんに手渡した。

 

「……!?」

「どうした……はっ!?」

 

 2人とも驚いてる驚いてる。

 ふふんっ。何も私だってただじゃ行かせてなるものか。これで私のことを忘れられないようにしてやる。

 そもそもこんな日が来るのは予測済みだった……んだからぁ……。……何で私泣いてるのかな、泣いちゃダメえええ……。

 

 

 

 ハルノウラワがまるでドヤ顔のような満足げな表情を浮かべていたように、2人にはきっと見えたことだろう。

 しかし、その直後に、彼女の目から涙が流れたことを2人は認識した。

 

 そして、ハルノウラワが生沿に手渡したものは、緑のペンかクレヨンで「がんばれいっちゃん!」と書かれた幼駒時代のハルノウラワの写真だった。

 

 2人は理解した。これがハルノウラワなりの生沿へのエールだと。

 

 直後に、生沿の目にも涙が溢れていたのは、この場にいる2人と1頭(3人)だけの秘密である───。

 


 

 ───それから数日後。あんな感動的な別れ方をしたはずなのに生沿さんったら次の騎手に引き継ぎをするために暫く野田トレセンに残っていた。

 私の涙を返せこのやろーとも思ったけど、引き継ぎ相手の騎手の顔を見て、涙と一緒に悪態まで引っ込んだ。

 

「……そんなわけで、今日からハルノウラワの主戦騎手になる福延です」

 

 私の次の鞍上がまさかの福延悠一(パパのそっくり)さん!?

 

*1
アラブ系の新馬戦も2003年7月5日を最後に行なわれていない。




 福延さんとの初競走までは描きたかったんですが、ぶっちゃけ全日本2歳優駿まで特に見せ場がないので……構成に迷った結果、一旦ここで区切りました。
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